黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ   作:Arupaka55

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第8話 黄金の霹靂

トレセンのグラウンド。

 

練習を終えたジュウリョクピエロが、コースの脇でストレッチをしていると、リアライズルミナスが声を掛けてきた。

 

「ピエロちゃん、明日やね?」

 

「ん?」

 

「忘れな草」

 

「ああ、そうそう」

 

「……ほんまに芝好きになったんやな」

 

ピエロは少し考えた。

 

「好き……なんかな?」

 

「え?」

 

「走りやすいとは思うけど」

 

「それを好きって言うんちゃう?」

 

「そうなん?」

 

「そうやろ」

 

 

ルミナスが笑う。

 

「でも、明日は結構注目されるんちゃう?」

 

「なんで?」

 

「京都で勝ったやん」

 

「ああ」

 

「しかも2000」

 

「うん」

 

「今回は相手も強いんやん?」

 

「そうなんかな?」

 

「そらそうやん。特別レースなんやから」

 

「知らん」

 

「……ピエロちゃんらしいわ」

 

二人で笑う。

 

そして最後に、ピエロの顔を見る。

 

「でもさ」

 

「ん?」

 

「明日は、ほんまに頑張ってな」

 

「私もトライアルレースに出ることにしたから」

 

「せっかく同じオークス目指すんやもん」

 

ピエロは少しだけ笑った。

 

「ほんなら、お互い頑張ろうな」

 

「うん!」

ピエロは笑った。

 

「桜花賞ばっかり注目されるけど、忘れな草賞もちゃんと見とくから」

 

「ありがと」

 

「勝ったら自慢してええで」

 

「じゃあ勝ったら、クリームパン奢ってや」

 

「なんでよ!パンくらい、自分で買いいや」

 

夕暮れのトレセンに、二人の笑い声が響いた。

 

 

桜花賞当日 阪神レース場

 

華やかな空気が競馬場を包んでいた。

 

誰もが注目するのはクラシックの桜花賞。

 

クラシックの最初のタイトルを懸けて戦う日だ。

 

朝から集まった観客の数も、普段の開催日とは明らかに違う。

 

スタンドは人で埋まり、あちこちから期待と興奮の声が聞こえてくる。

 

そんな大舞台の一時間前。

 

忘れな草賞 芝2000メートル

 

そのコースに、一人のウマ娘が立っていた。

 

ジュウリョクピエロ。

 

それでも、周囲の視線は自然と集まっていた。

 

つい少し前まで、彼女はダートを主戦場とするウマ娘だった。

 

芝を走ったのは一度だけ。

 

しかも、それはたまたま適性があっただけなのではないか。

 

そんな見方もあった。

 

だが、京都で勝った。

 

芝2000メートルで、二度目の勝利。

 

本当に芝で走るのか。

本当に強いのか。

 

その答えを確かめるために、多くの視線がこのレースへ向いていた。

 

 

パドック

 

「……また汗かいてる」

 

瀬那が呟く。

 

ピエロの額には、すでに汗が浮かんでいた。

 

「いつものことや」

 

チーフは淡々と答える。

 

瀬那も、もう慣れていた。

 

レース前になると汗をかく。

 

それ自体は、いつものピエロだ。

 

けれど――。

 

今日は少し違う。

 

瀬那は周囲を見渡した。

 

以前なら、ピエロを気にする者などほとんどいなかった。

 

ところが今日は違う。

 

視線が集まっている。

 

記者らしきウマ娘。

 

他チームのトレーナー。

 

出走するウマ娘たち。

 

そして観客。

 

みんなが、ジュウリョクピエロを見ていた。

 

瀬那は少しだけ息を吐く。

 

「……見られてますね」

 

「ああ」

 

「京都で強い勝ち方したから」

 

「それもある」

 

チーフはピエロを見つめる。

 

「今日は試金石だ」

 

「試金石……」

 

「ここで本当に強いのかどうか分かる」

 

瀬那は黙った。

 

忘れな草賞 芝2000メートル。

桜花賞に出れないウマ娘達が、次のステップへ向かう舞台。

 

ここを勝てば、次に見えてくるのは――オークス。

 

「オークスへ向かう資格があるか」

 

チーフが静かに言う。

 

「それを問う一戦だ」

 

瀬那は頷いた。

 

ピエロはそんな二人の会話など気にする様子もなく、パドックを歩いている。

 

いつも通り。

 

少しだけ周囲を眺めながら。

 

「ピエちゃん」

 

瀬那が呼ぶ。

 

「ん?」

 

「今日はどう?」

 

「普通」

 

「緊張してない?」

 

「してないで」

 

「ほんま?」

 

「うん」

 

ピエロは少し考えてから付け加えた。

 

「芝、好きやし」

 

瀬那は笑った。

 

「そっか」

 

「うん」

 

それだけだった。

 

やがて出走の時刻が近づく。

 

ピエロたちはゲートへ向かった。

 

 

ゲートイン。

 

ピエロはいつもなら、少し落ち着かない。

 

だが今日は違った。

 

ゲートの中で暴れることもない。

 

じっと前を見ている。

 

静かだった。

 

「珍しいな」

 

チーフが呟く。

 

そして――。

 

スタート。

 

一斉に飛び出す。

 

「……あ」

 

瀬那が声を漏らした。

ピエロは少し出遅れた。

 

「ピエちゃん、物見したかな?」

 

チーフは答えない。

 

ピエロは最後方から。

 

無理に押し上げようとはしない。

 

そのまま流れに乗る。

 

前との差は大きい。

 

だが、2000メートルのレース。

 

焦る必要はない。

 

「大丈夫かな……」

 

瀬那は双眼鏡を握った。

 

チーフは腕を組んだまま、何も言わない。

 

向こう正面

ペースは落ち着いている。

 

ピエロはまだ後方。

 

前には何頭ものウマ娘がいる。

 

この位置からでは、先頭は遠い。

 

「……ちょっと後ろすぎない?」

 

瀬那が呟く。

 

チーフは答えない。

 

3コーナー。

 

先頭集団が動き始める。

 

後ろからも徐々に進出するウマ娘が出てきた。

 

だが――。

 

ピエロはまだ動かない。

 

瀬那は不安になった。

 

「ピエちゃん……?」

 

 

4コーナー。

 

先頭との差はまだ大きい。

直線に入ってからでは遅すぎる。

 

そう思った、その瞬間だった。

 

ピエロが動いた。

 

一歩。

 

二歩。

 

その脚が地面を捉える。

 

そして――。

 

加速。

 

「え……?」

 

瀬那の声が止まった。

 

速い。

 

いや、そんな言葉では足りない。

 

一気だった。

 

まるで、それまで抑え込まれていた何かが、突然解き放たれたように。

 

ピエロの身体が前へ飛び出す。

 

1頭。

2頭。

3頭。

 

次々と前のウマ娘を抜いていく。

 

4コーナーを回る。

 

その瞬間――。

 

後方にいたはずのピエロが、先頭集団へ襲いかかった。

 

「なんだあれ!」

 

観客席から声が上がる。

 

「速い!」

 

「一気に来た!」

 

「まだあんなところにいたのに!」

 

ピエロは止まらない。

 

先頭との差が、見る見るうちに縮まっていく。

 

直線へ出た時には、ほぼ先頭。

 

ピエロだけが違った。

力んでいない。苦しそうでもない。

ただ自然に走っている。

 

まるで、「もっと速く走れるよ」

とでも言うように。

 

全てを一気に抜き去り、直線半ばで先頭に躍り出た。

 

後続が必死に追うが、差は縮まらない。

むしろ広がっていく。

 

「まだ伸びるのか……!」

 

チーフの目が細くなる。

 

残り100メートル、

 

残り50メートル 3バ身差

 

ピエロが、スッとペースを落とす

 

そのままゴール。

 

圧勝だった。

 

阪神レース場が揺れた。

 

「強い……」

 

誰かが呟いた。

 

その一言が、すべてだった。

 

瀬那は呆然としていた。

 

京都での勝利とは、何かが違う。

 

あの時も強かった。

 

だが、今日は違う。

 

相手も強い。

 

そして何より――。

 

4コーナー。

 

あの瞬間。一気に全てを置き去りにした。

 

瀬那の脳裏に、あるウマ娘の走りが浮かんだ。

 

黄金色の髪。圧倒的な加速。

そして、4コーナーから一気に前を飲み込んでいく姿。

 

「……オルフェ……」

 

思わず口から漏れた。

 

チーフが横を見る。

 

「気づいたか」

 

「……はい」

 

瀬那はコースを見つめた。

 

「今の……」

 

「似ていたな」

 

4コーナー。

 

まだ前とは距離がある。

 

そこから一気に加速し、直線に入る頃には先頭。

 

そのまま後続を突き放す。

 

父――オルフェーヴル。

 

かつて幾度となく観客を震わせた、黄金の走り。

 

それと同じ光景が、今、目の前で繰り広げられていた。

 

チーフは静かに笑った。

 

「なるほどな」

 

「何がです?」

 

「血だ」

 

瀬那がチーフを見る。

 

「血……?」

 

「ああ」

 

チーフは、まだコースの上にいるピエロを見つめていた。

 

「黄金の一族」

 

その名を口にするだけで、チーフの声が少し低くなる。

 

「その血は、何度も常識をひっくり返してきた」

 

瀬那は黙ってピエロを見る。

 

父と同じ。そう簡単に言っていいのかは分からない。

 

だが、今の走りを見れば、そう思わずにはいられなかった。

 

ダートも走る。芝も走る。

 

距離にもまだ底が見えない。

 

そして何より――。

 

あの爆発的な加速。

 

「オルフェの再来だ……」

 

誰かが呟いた。

その言葉が、少しずつ広がっていく。

 

ピエロ自身は、そんな声を知らない。

 

 

ウィナーズサークル

 

「瀬那」

 

「何? ピエちゃん」

 

「なんか、みんな騒いどるな」

 

「あんたのせいよ」

 

「そうなん?」

 

ピエロは首を傾げた。

 

そして少し考える。

 

「……気持ちよく走れたわ」

 

瀬那は苦笑した。

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

ピエロにとっては、それだけだった。

 

勝つために特別なことをしたつもりはない。

 

ただ、4コーナーで前が見えた。

 

だから走った。

 

それだけ。

 

けれど――。

 

その走りは、多くの者の記憶に残った。

 

桜花賞の一時間前。

 

クラシックの主役を決める舞台の、その直前。

 

一頭のウマ娘が現れた。

 

ダート馬だと思われていた。

 

芝は未知数だと思われていた。

 

それが、芝2000メートルで圧勝した。

 

そして何より。

 

四コーナーからの爆発的な加速。

 

父オルフェーヴルを思わせる、あまりにも鮮烈な走り。

 

それはまるで――。

黄金の霹靂だった。

 

 

その日から、少しずつ呼ばれ始める。

 

芝の新星、現る。

 

『黄金の霹靂』

 

その名を持つウマ娘、ジュウリョクピエロ。

 

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