黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ 作:Arupaka55
ピエロが忘れな草賞に勝利した数日後
トレセン学園では、クラシックティアラの第1戦、桜花賞をジュニア女王のスターアニスが圧倒的な強さで制したことが話題になっており、早くもオークスとの2冠もあるかもとか、噂で持ちきり。
忘れな草賞のことを話していたのは少数派。
トレセンの食堂、その一角。
ピエロは山盛りの昼食を前に、黙々と箸を動かしていた。
向かいに座ったルミナスが、しばらくピエロを眺めている。
「……ねえ、ピエロちゃん」
「ん?」
「この前の忘れな草、何なん?凄かったよ」
「何が?」
「4コーナー手前のスパート」
「ああ、あれか」
ピエロは箸を止めた。
「コーナーの手前で、外が空いてるの見えたから」
「うん」
「そこ、ぶち抜いたら気持ちいいやろなと思うたんや」
「…………」
ルミナスは絶句した。
「そのまま、みんな置いていったやん」
「そうやったかな」
「そうやったよ!」
ルミナスは思わず身を乗り出す。
「私、見ててびっくりしたんやから」
「そう?」
「4コーナーから一気に加速して、前の子らがどんどん後ろになって……」
「ああ、みんないつの間にか居らへんなって…、あれ?って感じやったな」
「あれって、ちゃうって」
ルミナスは呆れたように笑った。
「ピエロちゃん、自分がどんな走りしたか分かってる?」
「うーん……」
ピエロは少し考えた。
「気持ちよかったな」
「それだけ?」
「うん」
「……やっぱりピエロちゃんやなあ」
(あかん、自分の凄さを全然自覚してへんやつや)
ルミナスは苦笑した。
そして、少し間を置いて。
「次は、オークスやんね」
「そうやな」
ピエロは味噌汁をすすった。
「チーフが言ってた」
「ピエロちゃん、オークスって何か知ってる?」
「東京の2400メートルやろ」
「……まあ、そうなんやけど」
ルミナスは苦笑する。
「クラシックレースやで」
「へえ」
「桜花賞とオークスは、3歳しか出られへん、大きなレースなんよ」
「そうなん?」
「そうやで」
「ふーん」
ピエロはあまり気にした様子もなく、ご飯を口に運ぶ。
「今年は強いウマ娘もいっぱい出るんやで」
「誰?」
ルミナスは食堂を見渡した。
「あそこにいるスターアニスさん。桜花賞を勝ったんやで」
「へえ」
「アランカールさんもおるし」
「みんな同じところにおるんやな」
「そりゃ同じ栗東寮やからね」
「そっか」
ピエロは少し考えた。
「まあ、走ったら分かるやろ」
「何が?」
「東京の2400がどんなもんか」
「……もうええわ」
ルミナスは笑った。
「でもさ」
「ん?」
「私も来週、東京のフローラステークスに行くから」
ピエロが顔を上げる。
「おお」
「勝ったら、オークスで一緒に走れるからね」
「そうやな」
ピエロは笑った。
「じゃあ、がんばって勝ってこいや」
「うん!」
ルミナスは力強く頷いた。
「ピエロちゃんも、ちゃんと待っててな」
「分かった」
二人は笑った。
ピエロは何事もなかったように、また箸を動かしていた。
――オークス。
その言葉が持つ意味を、ピエロはまだよく分かっていなかった。
2週間後。
トレセン学園の空気が、少しずつ変わってきた。
忘れな草賞で見せたピエロの強烈な勝ち方が広まり、今ではオークスの有力候補の一人として、その名前を挙げる者も増えている。
だが、当の本人はというと――。
「このパンうま」
売店で新発売のクリームパンを頬張っていた。
「ピエちゃん」
瀬那が声を掛ける。
「ん?」
「チーフが呼んでる」
「なんかやらかした?」
「してないと思う」
「思う?」
「たぶん」
「たぶんかい」
いつものやり取り。
しかしトレーナー室へ入ると、いつもと空気が違った。
机の上に一つの箱。
細長い深い紫色の化粧箱があった。
「座れ」
珍しくチーフの声も真面目だった。
ピエロも何となく察する。瀬那も黙っている。
チーフは静かに箱を開いた。
そこにあったのは紫の勝負服。
薄紫を基調とし、胸元から裾にかけて並ぶ紫のダイヤ模様
左耳につける金細工の髪飾りや肩、腰に掛ける金のチェーン
紫色の手袋に金細工を施した白いブーツ。
まるで王冠の意匠が溶け込んだような装飾が光を受けて、静かに輝いていた。
ピエロは言葉を失う。
「これ……うちの?」
チーフが頷く。
「そうだ。おまえの勝負服だ」
「絶対似合う」
「まだ着てへんやん」
ピエロは少し照れる。
「なんで紫なん?」
チーフは少し考える。
「黄金を際立たせるためだ」
紫。高貴な色。
その上に散りばめられた金。
まるで黄金の血統そのもの。
「なるほどなぁ」
ピエロは、左耳の髪飾りに触れる。
そこには特に細かな金細工が施されていた。
まるで小さな冠のよう。あるいは王の証。
ふとオルフェーヴルの姿が脳裏をよぎる。
三冠ウマ娘。金色の暴君。黄金の一族。
その血は自分にも流れている。
「重いな」
ぽつりと呟く。
瀬那が驚く。
「重い?」
「うん。期待とか」
勝負服を見つめる。
「夢とか」
静かな声だった。
チーフは少し笑う。
「なら背負え。クラシックの重みを」
「簡単に言うなぁ」
「走るのはお前だ」
その通りだった。誰も代わりにはなれない。
勝つのも負けるのも自分自身。
しばらくしてピエロは勝負服を胸に抱えた。
そして小さく笑う。
「早う着て走りたいわ」
オークス、クラシックティアラの重み
この服を着て走る意味が、少しだけ分かった気がした。
瀬那もピエロを見て微笑む。聞いて安心した。
期待や重みに潰されたりはしない。
期待ごと走っていく。
それがジュウリョクピエロなのだと。
窓の外には夕焼け。
オークスまで、あとわずか。
紫と黄金の勝負服は、まだ見ぬ大舞台を静かに待っていた。