一瞬ゴミ置き場まで往復しただけでもう疲れた顔をしている琴平は、部屋に帰ると速やかに巣に戻った。
「洗濯機どこ?」
次に僕は、そこら中に落ちている服を拾い上げ、その辺にあった大きめの段ボール箱をカゴがわりに回収する。
「あっち……」
弱々しく指差された扉を開けた。
「うっわ、ここも汚っ」
広い脱衣所は案の定グチャグチャで、洗濯機は積み上げられた服の地層に埋まっていた。
「ゴミ袋の上で寝られるわけだ……」
むしろ、普段の環境に近くて安眠できたのではないかとすら思った。
「今までどうやって暮らしてきたの……?」
「ちょっと前まで時々掃除しに来てくれる人がいたんだけど、なんか急に辞めちゃってえ」
片付けても片付けてもリセットされる、賽の河原の石積みのような状況に絶望したのではと、邪推せずにはいられなかった。
ひとまず洗濯機をフル稼働させながら、テーブルの上や床に転がっている食べ殻と紙ゴミを新しいゴミ袋に詰め、脱衣所に入らない服を拾って端に積み上げる。
ようやくリビングの床が少し見えるようになった頃、琴平が注文していたデリバリーピザが届いた。
「一旦休憩して、食べよ食べよ」
「はあ……」
アンタはずっと休憩しているだろうがと思いつつ、疲れたのも確かだ。大人しく琴平の巣の対面から発掘された一人掛けのソファーに――ここも僕が片付けた――腰を下ろした。
肉とチーズ中心のボリュームのあるピザに、琴平は嬉しそうに手を付ける。三角形を半分に折り畳み、大きく口を開けて頬張った。
「宅配ピザなんて、久々に食べた……」
僕は恐る恐る手に取り、伸びたチーズが垂れる三角の端から齧る。しばらく縁がなかったカロリーの味がした。
「マジで? 俺週一で頼むのに」
チーズに苦戦しているうちに、数口で一切れを食べ終わった琴平が、二切れ目に手を出しながら驚いていた。
「高いじゃんピザって。守護者ってやっぱ稼げるんだ」
店頭で受け取れば半額なんてキャンペーンをやっていたりするくらいだから、ピザ屋自身も高いことはわかっているはずだ。それを頻繁に注文できるなんて、僕にとっては富豪以外の何物でもない。
「そうなんじゃない? 他の仕事したことないからわかんないけど」
琴平は手に付いた油とソースを舐めながら、他人事のように言った。そしてにやりと笑う。
「仕事、興味出た?」
「……」
僕は返事に詰まった。もちろんサポーターは守護者本人ほど稼げないだろうけど、それでも今の節約生活から脱出できることは間違いない。
「サポートって、そもそも何をすんの?」
一応話だけは聞いてやるという態度は崩さず、二枚目のピザに手を伸ばす。いつの間にか一枚目はなくなっていた。
「サポートはサポートよ。俺が健康的にスムーズに守護者の仕事ができるように、身の回りのことから仕事のことまで、俺ができないことを補助してもらう」
それを聞いて、部屋の惨状を目の当たりにしている僕は勘付いた。
「つまり、ハウスキーパー?」
空になったピザの箱を畳んでゴミ袋に仕舞い、既にやらされているがとそのゴミ袋を持ち上げて見せた。
「基本はそうなるかも!」
冗談で言ったわけではないのに、琴平はけらけらと笑う。
「他にもやってもらうことはあると思うけどさ。できないことはさせないよ」
そこで僕はふと気付く。
「【庭】って、僕の異能のデータを持ってるよね? 琴平も見たの?」
「見た見た」
僕は【庭】の支援プログラムを受けている。高校に通いながら一人暮らしをするために必要な生活費と学費を受け取るかわりに、定期的な検査を受けてデータを提供するという契約だ。
「じゃあ、大した異能じゃないって知ってるでしょ。特級守護者のサポーターなら、もっと強そうな異能を持ってた方が良くない?」
異能者はどうしても、異能のレベルと有用性で判断されがちだ。特級の補佐をしているのにこの程度かとナメられて、ナギまで悪く言われるんじゃないかと心配した。
でも琴平は、またきょとんとした顔で首を傾げた。
「強い異能だったら、守護者になった方が良くない?」
「……」
言われてみればそのとおりだ。うっかり納得してしまった。
「そういうんじゃなくってえ。単に俺が五十嵐にサポートしてほしいってだけなんだけどなあ」
「部屋の掃除と料理ができる奴が欲しいって言いなよ……」
「じゃあそういうことでいい。どう、悪くないと思うんだけど?」
表情を見る限り、琴平の言葉に裏はなさそうだった。
「……時給いくら?」
『お前でいい』は言われても『お前がいい』と言われたのは初めてだ。なんとなく照れくさくなって、目を逸らして誤魔化した。
「時給じゃなくて月給の固定給。細かいことはこれから決まるけど、少なくても支援制度で貰える額よりは多い。もちろん今までの支援が打ち切られることもない」
琴平はここぞとばかりに畳みかけてくる。クラスメイトの部屋を片付けて食事を作ってやるだけで、収入が倍以上になる計算だ。僕は更に揺らいだ。
「ええと……。とりあえず一旦、試用期間ってことで……」
意地だけで断るのはあまりにも惜しかった。