そこからの琴平の行動は早かった。
「よっしゃ! 五十嵐、まだ帰るなよ。今から上に連絡するから」
「今から!?」
止める間もなくどこかに電話をかけ始める。この行動力が、何故部屋の片付けに活かされない。
「もしもしみっちゃん? 昨日話したクラスメイトのことなんだけど。俺のサポート、引き受けてくれるって!」
「試しにだからね!?」
電話の相手に聞こえているかわからないけど、本決まりしたように言われると困る。まだ実際の仕事内容もわからないのに。
「てか、人が来るならもう一息片付けよう」
僕は慌ててソファーから腰を浮かせた。
守護者が『上』と呼ぶ相手なら、【庭】の社員だ。つまり社会人をやっている大人が来る。
マイナス百がマイナス五十くらいになっただけに過ぎないこの部屋を見せるのは恥ずかし過ぎる。
「大丈夫だよ。みっちゃんよく来るし」
誰だよみっちゃん。
「せめて掃除機かけたい。どこにあんの」
ツッコミは一旦飲み込み、とにかく片付けを再開することにした。さっきからスリッパの裏がじゃりじゃりするのだ。これだけでもなんとかしたい。
「どこにやったっけ」
その言葉だけで、琴平がここに住み始めてから一度も自分で掃除機を使っていないことを察した。
「じゃあ、探してみるからどういうのか教えて。写真があるといいんだけど……」
「それなら通販の履歴見ればわかる! えーとねえ」
琴平はすいすいとスマートフォンを弄る。見せられた画面に映っていたのは、吸引力の変わらない、片手で扱えるコードレスのあいつだった。しかも最上級モデル。
「持ち腐れ!」
またしてもキレ散らかしながら、僕は掃除機の行方を探すことにする。
「どうやって探すの?」
「見た目がわかればなんとか……」
目を閉じて、意識を集中させる。水中に入ったような独特の浮遊感の後、頭の中に一気に情報が流れ込んでくる。この部屋にはない。
他に掃除機がありそうな場所と言えば、クローゼットや物置のような広めの収納だけど――と思っていたら、キッチンの隣にある小部屋に見覚えのある形を見つけた。
「あった! パントリー入って右のとこ!」
落ちている物を踏まないように気をつけながら、小走りで広いリビングダイニングを横切る。
大型の冷蔵庫が設置され、本来は食料や消耗品を置くための狭い空間は、例に漏れずぐちゃぐちゃだった。
しかし、掃除機は見たとおりの場所で静かに充電されていた。
「よかった、前のハウスキーパーさんがマメな人で……」
さっそく手当たり次第に足元の埃と塵を吸い込む。高性能掃除機はパリパリカラカラと不穏な音を立てながらも、着実に床の細かいゴミを駆逐してくれた。
「ねえ、今のが五十嵐の異能?」
初めて使った掃除機の取り回しの良さに感動し、たまに貸してくれないかな、などと考えていたら、後ろから琴平がちょこちょこと付いてくる。ペットのトイプードルか何かか。
「そうだけど。僕のデータ見たなら知ってるでしょ?」
「うん、【
別に僕が名付けたわけじゃない。【庭】のスタッフがそう分類しただけだ。
「探してる物の位置がわかるだけの、地味な異能だよ」
言われる前に自虐しながら、床の粉っぽさをなくすことだけに集中していると、それから五分もしないうちにチャイムが鳴った。
「おっ、来た来た」
琴平が玄関を見に行く。すぐにスーツ姿の大人が二人入ってきた。
「すごい。ちょっと片付いてる……」
先に入ってきた方、キューティクルの整った茶髪の美女が、ほんの少しだけ空気が綺麗になった室内を見回して感心している。そして僕と目が合った。
「初めまして。きみが五十嵐くん? 突然押しかけてごめんね」
「あ、えと、初めまして……」
美女はにこっと愛想良く微笑んだ。僕はレイコさんとはまた違う『できる女』の雰囲気に怖じ気づく。
「この人が、さっき話したみっちゃんだよ」
琴平が改めて紹介してくれた。できればニックネームじゃなくて本名を教えてほしい。
「学生ってことは、放課後に来たんだよな。一、二時間でここまで? へえ……」
剃り込みの入ったツーブロックをマンバンにした強面の男性は、僕を値踏みしているようだった。
「こっちはきーやん」
「どうも」
「こ、こんにちは……」
鋭い視線と声に、鳩尾の辺りがキュッとなる。何か逃げ道はと視線を泳がせたところで、ふと思い出した。
「あ! 洗濯物!」
洗剤自動投入、乾燥まで全てやってくれる羨ましすぎる最新型洗濯機が、食って喋って掃除している間にいつの間にか止まっていた。
「入れっぱなしで良くない?」
「皺になるじゃん。てか、第三弾まであるんだよアンタが積みまくってたせいで」
僕が帰ったら、琴平が続きをやることはないと断言できる。地層がなくなるまで全てぶち込んでいく必要があった。
「すみません、続きをやりながら話しを聞いてもいいですか?」
「え? ええ……」
ひとまず二人には、さっきまで僕が座っていたソファーに座ってもらった。琴平に許可を取り、ほとんど使われた形跡がないガラスのコップを軽く水洗いして、冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を注いで出す。
それから脱衣所に向かい、柔軟剤も使ってふわふわになった大量の洗濯物をカゴ一杯に抱えて戻ってきたら、大人二人が珍獣を見るような顔で僕を見ていた。
「がんばれー」
琴平はと言うと、また巣に戻ってクッションを抱き、緩い笑顔で他人事のように応援してきた。思わず舌打ちする。
「やっぱり帰ろうか、家主」
「ごめんなさい」
幸いにも広々としたウォークインクローゼットに、役割を全うできていないハンガーが大量に掛かっていた。畳む技能は始めから期待していないけど、ハンガーに掛けるだけならこの男にもできるはずだ。
僕の動きを見ながら渋々服の仕分け作業をし始めた琴平が、引っ張り出したシャツを見て不意に声を上げた。
「あ、これ気に入ってたやつ! どこにあったんだろ」
「廊下で雑巾みたいになって行き倒れてたけど?」
「まじで? 飼い主に似たのかなあ」
その行き倒れで迷惑を被った身としては笑えない冗談だった。
「そういえば、今まで制服はどうしてたわけ?」
これだけ何もかもグチャグチャなのに、琴平の制服がくたびれている印象はない。むしろいつもパリッとしていて、清潔そうに見えた。
「コンシェルジュの人にお願いしたら、クリーニングに出しといてくれるから……」
「このずぼら富豪が」
妬みの混じった罵倒を投げつけてから、大人二人の存在を思い出して振り返る。
「あ、えと、すみません……」
僕はほとんど無能に近いくせに、異能は異能だと開き直って支援を受けている穀潰しだ。
【庭】の一声で家賃すら払えなくなる立場なことを忘れて、特級守護者を思いきり
しかし琴平がみっちゃんと呼ぶ女性は、僕の情けない顔を見てからぷっと吹き出した。
「なるほど。ナギが気に入るわけね」
「……だな。まあ、いいだろ」
きーやんさんも、ため息をつきながら頷いた。
そして、二人は改まった様子で姿勢を正した。その隣に、何故か得意げな顔の琴平も並ぶ。
何が始まるのかと慌てる僕を前にして、みっちゃんさんは柔らかく微笑んだ。
「五十嵐シノくん。【特級守護者】琴平ナギのサポート役、君に任せてもいいかしら?」