職場の喫煙所で出会った激メロお姉さんが推しのVtuberだった 作:しっとりした百合が好き。
中堅と言うと、少し悪い気もするが、まあ、最大手ではないVtuber事務所あ~んでっどライブ。
今日、私はそんなあ~んでっどライブに所属している推しVtuberの1on1トークイベントに来ていた。
「今日は1on1イベントに来てくれてありがと。名前は?」
ブースに入って席に着けば、目の前の大きなスクリーンに映る推しが配信で見るいつも通り、少し気だるげな様子で聞いてくる。
「あ、はい! 私、枢木鈴音って言います」
「へー枢木ちゃんね。それで、何か話したいことはある?」
一見ぶっきらぼうにも聞こえる対応。
だが、違う。
私の推し、夜泣ナゲクちゃんはこう見えてすごい優しいのだ。
1対1で会話できるのはたったの5分間。
それが分かっているから、自己紹介なんかは手短に、時間いっぱいイベントを楽しんでもらうために無駄を省こうという気遣いの対応なのだ。
「……はい。ぜひナゲクちゃんに聞いて欲しいことがあって——」
だから私も、最近ずっと迷っていたことについて、事前に用意してきた話をなるべく突っかからないように、でも早口にもならないように話す。
「——そんなわけで凄いブラックなんです。もう転職しようかな……」
私がしたのは、新卒から3年間務めている広告代理店がブラック過ぎて転職を考えているという話。
休みと言う休みはほとんどない。
残業、休日出勤が当然で、アンデッドモチーフの可愛いキャラクターが多いあ~んでっどライブのVtuberさんたちよりも、もっとアンデッドみたいな顔をしている人ばかりの会社だ。
本当なら今日も休日出勤の予定だったのだが、半年前からこの日だけは絶対に休ませて欲しいと何度も言い続け、休日なのに有休を消化することを対価に何とかもぎ取った休みだった。
「そっか。……じゃあさ、うちに来れば?」
そんな私の悩みに、切れ長で思わず吸い寄せられてしまうような夜を思わせる瞳をした私の推しが、突拍子もない解決策を提示してきた。
「そうだn………………えっ!? ナゲクちゃん今なんて言ったの?」
時間がもったいないと分かっていても、聞き返さずにはいられない。
「だから、うちに来れば? って。マネージャーが広報担当してくれる人欲しいって言ってたし。広告代理店で働いてたなら、その辺出来るんじゃない?」
スクリーンに飛び込まん勢いで身を乗り出した私を、やれやれと仕方なさそうに見つめながらも、ちゃんと私の話を聞いていたことが分かる提案をしてくれるナゲクちゃん。
広告代理店イコール広報と言うと、まあ、違わなくもない程度だが、そんなことはどうでもいい。
私はこの、一見どうでも良さそうにしていて、実はしっかりと話を聞いて、こちらのことを考えてくれるナゲクちゃんが大好きだった。
だから、反射的に言ってしまったのだ。
「はいっ! 行きますっ! 私、転職するよナゲクちゃん!」
「……うん。頑張ってね」
ナゲクちゃんのその応援の声と共に、無慈悲にも制限時間を告げるアラームが鳴り、スタッフさんが席を立つように合図してくる。
「ナゲクちゃん! 今日はありがとう! 私これからもずっと応援してるから!」
背中にジッとこちらを見つめる視線を感じて、スタッフさんの方へ向かいながら、最後にもう一度振り返り、それだけ告げると、あっという間に私のイベントは終わってしまった。
「……転職、しようかな。うん」
そして、ブースを出た先で、私は転職を決意した。
◇◇◇
——約一年後。
ナゲクちゃんに転職の背中を押された私は、転職時間の確保のために、より一層仕事に励み、なんとか休みを作り出し、高倍率の面接を乗り越え、ようやく……。
「今日からお世話になります。枢木鈴音です」
私はあ~んでっどライブ運営事務所の広報担当へ転職を果たした。
「枢木さん。こちら各システムの利用方法や基本的な業務内容をまとめたマニュアルです」
「ありがとうございます」
ゾンビのような顔をした人のいない職場は新鮮だった。
……そっか、これが普通なんだ。
「分からないことがあれば、近くにいる人を頼ってくださいね。仕事についてはマニュアルを読みながらでも出来るものを午後から振っていくので、午前中はしっかりマニュアルを読み込んでおいてください」
「分かりました」
すごい……心に余裕があるおかげか、前職に比べて周りの人の言葉が優しい。
ありがとうナゲクちゃん……!
ナゲクちゃんのおかげで私の人生、上手く生きそうだよ!
顔には出さないように心の内で、推しにお礼を言いながらも気を引き締める。
今の私はただのファンじゃない。
推しを支える職場で働く、関係者の一人になったんだ。
私のミスが直接ナゲクちゃんや他のVtuberさんたちの迷惑になることは少ないかもしれないけれど、それでも少なからず影響は与えてしまう立場になった。
責任を持って仕事をして、ナゲクちゃんを支えよう!
デスクに着いて、貰ったマニュアルを読み進めていく。
仕事を初めてしまえば、公私を分けるのは得意だった。
◇◇◇
転職から数日後。
前職の経験もあってか、職場にもすぐに適応し、すっかりあ~んでっどライブ運営の一員となった私はお昼休憩に職場の喫煙所で、一人白い煙を吐いていた。
「……
じりじりと燃えて、徐々にフィルターに近づいて行く小さな火を見ながらぼやく。
そして、そんな自分に驚きを覚えた。
前職のストレスによって、私はがっつり愛煙家になってしまっていた。
仕事の短い休憩中に吸うタバコ、深夜のお酒とナゲクちゃんの配信だけが生きがいだった私の人生。
それがまさか、推しの一言で、そんな生きがいの一つを止めても良いと思えるほどに好転するとは……。
「はぁ……今日はナゲクちゃんの配信あるかな」
誰もいないのをいいことに、大きめの独り言を呟いたその瞬間——。
「今日、配信あるよ」
いきなり開けられた喫煙所の扉と共に、そんな声が飛び込んできた。
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