職場の喫煙所で出会った激メロお姉さんが推しのVtuberだった 作:しっとりした百合が好き。
「今日、配信あるよ」と、そんな声と共に、喫煙所に入って来たのは、身長は160センチ後半くらいのすらりとした長身で、長い黒髪を無造作に流した美人。
初対面の人、しかも同性にこんなことを思ってしまうのはどうかと思うけれど、控えめに言ってもメロいお姉さんだった。
突然現れたメロいお姉さんに視線を奪われていると、お姉さんは私の隣、人一人分を空けた位置に立ち、こちらを見る。
「……ねえ、ライター持ってる?」
「え、あ、はい!」
私の方を見たお姉さんは自分のライターを探す素振りもなく、私にライターを求めて来た。
まあ、ライターを貸すくらいなんでもないので気にしないけど……何かが引っかかる。
あんまりまじまじと見つめるのも失礼かな……などと考えつつも、ライターを手渡しながら、ジッとその顔を見つめてみた。
……だが、どこかで会ったことがありそうな感じはしなかった。
「ナゲクの配信、見てくれてるんだ?」
すると、火をつけたタバコを一吸いして、ゆったりと、艶やかささえ感じられるように煙を吐き出してからお姉さんはそう切り出した。
「あ、はい。実はずっとファンで………………あ、職場ではあんまり言わない方がいいですよね。すみません」
急に出て来た推しの名前に、ついここが職場であることを忘れて、自分が夜泣ナゲクちゃんのファンであることを言ってしまう。
先ほどの「今日、配信あるよ」という口振りから察するに、このお姉さんは運営の中でもマネージャーなどの配信者と近い位置の方なのだろうか?
だとすれば、もしかしたら危険人物、推しに近づくために入社した変態だと思われてしまうかもしれないと思い、私は咄嗟に謝罪をする。
「いや、良いんじゃない? マネージャーの中にも、このVtuberを支えたいって言って入社してくる人もいるし」
そんな私を余裕たっぷりな様子で笑いながら、お姉さんはフォローをしてくれた。
「そうなんですね! 良かった……実は私、ナゲクちゃんのワンオンワンイベントで、迷っていた背中を押してもらって転職してきたんです。広報課ですが……」
「……そっか。うん。いいんじゃない」
そんなフォローに安心して、私は思わず言わなくてもいいことまで言ってしまう。
でも、お姉さんは大して興味もないだろうに、聞き流すようにしながらもしっかりと頷いてくれた。
「……あの、あなたもナゲクちゃんのファンなんですか?」
その姿勢に私はなんだか嬉しくなってしまい、お姉さんにそんなことを聞いてしまった。
「いや、私は違うかな。でも、ナゲクを応援してくれるのは嬉しいよ」
すると、返ってきたのはそんな答え。
「そうですか……すみません。変なこと聞いちゃって」
「ううん、いいよ」
どうやら、同担と言う訳ではなかったらしい。
まあ、確かに関係者でファンって人もいるとは言ってくれたけど、全員がファンなだけじゃ職場が回らなそうだし、当然っちゃ当然か。
若干残念な気持ちを抱きながら、ずいぶんと放っておいてしまったタバコに口を付けると、すっかり火がフィルターまで来てしまっており、もうほとんど吸えなくなっていた。
「……あ、時間!」
そんなタバコの火を見て、急いでタバコを片付けると私はポケットからスマホを取り出し時間を確認する。
すると、いつの間にか、もうあと数分でお昼休憩が終わりの時間になっていた。
「やばっ。すみません、私そろそろ休憩終わりなので戻ります!」
大した会話もしていないが、無言で出て行くのも何か違う気がしたので、お姉さんに一声かけてから喫煙所を出て行こうとすると——。
「ねぇ、
お姉さんがそんなことを聞いてきた。
「え、あ、はい。毎日、ではないですが……」
「そっか。……じゃあ、仕事、頑張って」
どうしてそんなことを聞くんだろう? と思いもしたが、別に隠すようなことでもないので、普通に答えれば、また、聞いているのかいないのか分からないような表情で頷いた後で、こちらに軽く手を振って来た。
私はよくわからないまま軽く会釈をして、デスクに戻る。
……そう言えば私、あのお姉さんに名前って言ったっけ?
戻って来たデスクでふと、そんなことが頭を過る。
しかし、そんな一瞬の疑問は、すぐに入って来た仕事用のメッセージツールの通知音にあっさりとかき消された。
◇◇◇
——夜。
転職をしてからと言うもの、定時帰宅の素晴らしさを改めて感じている。
死にかけながら最寄りのコンビニで濃いだけのチューハイと売れ残りのお弁当を買って、食べて、眠るだけだった前職時代とはまるで違う。
なにせ——
「こうして、自炊する時間があるんだからね」
転職を機に引っ越した私だが、超ブラック企業で休みもなく働いていたおかげで、お金だけはかなり溜まっていたので、少し家賃の高いマンションを借りている。
寝るだけの家ならどこでも良かったけど、生活するとなるとやっぱり色々気になるものなので、ここは少し頑張って良かったと思っていた。
今はそんなマンションの設備の整ったキッチンの前で、夕食と晩酌用のおつまみを作っていた。
「はぁ~、日常の充実ってこういうことだよね~。ほんと、ナゲクちゃん背中を押してくれてありがと~」
慣れた手つきで料理をしながら、今日も今日とて推しへの感謝を呟いていると、スマホからSNSアプリの通知音が聞こえて来た。
「ん? 何だろ? ……あ!」
休みのないブラック企業勤めのおかげで、すっかり連絡を取る友達もいなくなってしまった私のスマホが音を鳴らすのは珍しい。
でも、だからこそ、その通知は嬉しいお知らせのことが多いのだ。
「やっぱり! ナゲクちゃんの配信告知だ!」
通知の内容は先ほどまで感謝を呟いていた推しのVtuber夜泣ナゲクちゃんの配信告知だった。
「あと二時間後か。うん、丁度いいね。これからご飯食べてお風呂入ったら、晩酌をしながらナゲクちゃんの配信を観よう!」
ナゲクちゃんの告知にハートマークを付け、料理に戻ろうとしたところで、その内容に目が行く。
『〈雑談〉嬉しいことがあったから、今日は私の話を聞いて欲しい』
「へぇ~ナゲクちゃんの雑談配信か。珍しいな」
ナゲクちゃんの配信のメインコンテンツはワンオンワンイベントでもあったように視聴者からのお悩みや質問、別名『嘆き』に対してナゲクちゃんが答えていく、いわゆる相談系の配信だ。リスナー交流型と言うのだろうか?
その中でももちろんナゲクちゃん自身の話が出てくることはあるけれど、こんな風にナゲクちゃんの話を聞くことがメインの配信は私の知る限りでは一度もない。
「まあ、推しの雑談を聞くってのもまた一興だよね~」
もちろん珍しいというだけで、私がナゲクちゃんの配信を観ないということはない。
私は気分上々で料理の仕上げに取り掛かり、二時間後を楽しみに待つことにした。