ダイヤのA 〜closer of Diamond〜 作:虹犬β
ー 一軍昇格メンバーは…… ー
「……というわけで……提出は三日後……興味が…………」
ー 一年小湊春市!同じく一年沢村栄純! ー
「それで……だが、…………交のある……井君に……」
ー この二人を加えた一軍20名で夏を闘う ー
朝のHRの中、担任の言葉が右から左へと素通りしていく。
頭のなかで反響するのは昨日の一軍昇格メンバーの発表時の光景。
正直なところを言うと、蓮夜はクリスと公式戦でもう一度バッテリーを組んでみたいと思っていた。
入学時から注目されていた自分にピッチャーとして必要な知識を教えてくれたクリス。
自分と同じ時期に怪我で離脱しながらも復帰を目指し、人知れず努力を重ねていったことも蓮夜は知っているし、同じ境遇だったものとして共感し応援していた。
しかし、その意に反して選ばれたのは一年生の小湊と沢村だった。
二軍の黒士館との最後の試合、新しいフォームを身につけたのはいいが、コントロールが定まらない沢村を上手くリードし、3回を0点に抑えたクリスの活躍。
一つのアウトを取るためにどこまでも貪欲になれるその姿勢、ブランクがありながらもそれを感じさせないそのバッティングセンス、そして、理論に裏打ちされたそのリード。
この人なら俺をどうリードしてくれるんだろう……そんなことを思いながら観戦していたその時、敵チームのバントと牽制を誘うリードによってクリス先輩の不安要素である肩の状態が露呈される。
そう……クリス先輩の肩は完治してなかったのだ。
もし、クリス先輩の肩が治っていれば……なんて仮定は何の意味もないだろう。
クリス先輩だけではなく、他の選ばれなかった先輩に納得してもらうためにも選ばれたものは前に進むしか無いのだ。
「よろしいですか?藤井君」
「え……あ、はい」
「わかりました。それでは、よろしくお願いします」
気が付けば、担任が普段よりも近い位置におり、何か重要なことを言われたのだと思うのだが、まぁ、後で一也か唯に聞けばいいだろうと結論付け、俺はわけもわからないまま
返事をするのだった。
それからちょうど一週間が経った日のHR。
そのことをすっかり忘れていたことを蓮夜は後悔していた。
「本日より交換学生として聖エトワール女学院より参りました、榊美玲と申します。短い間ですけど、皆さんとは楽しく過ごしていければと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
目の前には見慣れた教室の風景とは場違いともいえる気品を持った少女がニコリと笑っている。それは芸術品のようであり……っていけねいけね。
ーパチパチー
他の生徒もその雰囲気に飲まれて反応出来ない中、蓮夜はいち早く正気に戻り、自己紹介をした彼女に拍手を送る。
ーパチパチパチパチー
「マジかよ、あの榊美玲がうちのクラスに!?」 「すげー、芸能人が目の前にいるよ」
まるで呪縛が解けたかのように騒ぎ出す教室。
ある者は蓮夜と同じように拍手を送り、またある者は口々に驚きの声をあげる。
「はいはい、皆静かにねー。話したいこともあるだろうけど、それは休憩時間にね。では、美玲さんは藤井くんの隣の席に座ってください。わからないことがあれば、彼にどんどん聞いてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
担任に一礼し、こちらに向かってくる美玲の顔はどこか悪戯の成功した子供のような嬉しそうなものだった。
「お久しぶり、蓮夜。びっくりした?」
あぁ、そっか……先週、先生が何か言ってたのはこのことだったのか……と今更ながらに気付く蓮夜。
「あぁ、びっくりしたけど……」
「けど?」
「ほんと嬉しいよ。こんなに早くまた会えるなんて思ってなかったからな。言ってくれたらよかったのに……」
「もぅ……なんでそういうことさらっと言えるかな、蓮夜は……」
はぁ……となぜかため息を吐かれたんだがなんでだ?
「ま、なにわともあれ……ようこそ、青道高校へ。エトワールで世話になった分、こっちでは俺が精一杯サポートしていくよ。何かわからないこととか助けが必要だったら遠慮無く言ってくれよな、美玲」
「ええ、よろしくね。蓮夜」
差し出された右手が握られる。
女の子らしい柔らかい感触、それでいてしっかりと力強く握り返してくるその手からはしっかりとした信頼が感じられ、単純に嬉しさがこみ上げてくる。
「じゃ、HRを終わるよー、日直、よろしく」
「起立ー……」
そんなこんなでエトワールでのクラスメイトであり、芸能人でもある榊美玲を迎えての俺の一日が始まったのだった。
「……であるからして……」
HR後の短い休憩時間が終わり、1限目の現社の授業。
蓮夜は教科書を広げ、隣の席に座る美玲に見えるように机を移動させた状態で授業を受けていた。
……そういや、さっきの休憩時間、誰も美玲に話しかけなかったな……
興味はあるのだろうがなかなか声を掛けづらい……そんな緊張感のある視線は先程から現在に掛けて続いており、その中には自分に対する何か嫉妬に似た感情を投げかけている者もいるように思えてしまうのは気のせいではないだろう。
……っても、まぁ、こんな注目されてんのに当の本人は全く気にしてねぇもんな……
チラリと横を見てみるとそこには教科書と黒板に書かれている項目について交互に見て、要所をノートに書き込む美玲の姿があった。
榊美玲:俺が聖エトワール女学院でお世話になっていた時のクラスメイトであり、お嬢様ばかりの学校の生活で四苦八苦する俺をサポートしてくれた恩人である。親が一時期、とても話題になったタレントらしく、その娘である美玲も現在、CMやテレビ番組で活躍している芸能人である。正直、彼女の親の事については自分が生まれる前には引退してたということもあり、よくわからないが、彼女自身の容姿や演技力等の潜在能力とそれを活かすための日々の努力を見て、徐々に惹かれていき今では彼女のファンの一人になっていた。
「?なに?蓮夜」
「いや、なんでもない」
「?」
ーキーンコーンカーンコーンー
「よし、今日はここまで。日直」
「起立、礼」
「「ありがとうございました」」
ついまじまじと見てしまってたのか美玲に気付かれてしまうが、ちょうどいいタイミングでチャイムがなり、授業が終わる。
「そういえば、昼飯はどうする?学食と売店があるから案内するけど?」
「お昼のことなら心配しないでいいわ。食堂や売店にも興味はあるんだけど、今日は蓮夜と話したいこともあるから少人数で食べられる場所があれば、教えて欲しいんだけど」
「了解」
「あ、あのう……ちょっとよろしいですか?」
「はい……なにかしら」
一区切り会話が終わった所で、期を伺っていたのか男子が数人、美玲に話しかけてくる。
美玲もそれに動じることなく、いつものように優しい笑顔で対応していく。
「ん?どうしたよ?」
「いや、榊さんが蓮夜と楽しそうに話してるから、榊さんに話しかけるチャンスは今しかないと思ったんだ……」
なるほど、一人で居る時に喋りかけるのは迷惑とか思って遠慮してたんだな……
「私も皆と同い年なんだから気なんて使わなくてもいいのよ。むしろ、私も皆とお友達になりたいから遠慮なんてしないでね」
慣れている自分でさえ、見惚れそうになるその笑顔。
美玲のその言葉と笑顔は話しかけてきた男子だけではなく、教室中の生徒に影響を与え……
「じゃ、じゃあ、俺、榊さんに聞きたいことあるんだけど、いいかな?」 「あ、あたしもお話したいかもー」 「ちょ、お前ら押しすぎ」
一瞬の膠着の後、まるで今までの遠慮が爆発したように美玲に殺到する生徒達、そして、あっという間に美玲の包囲網が完成してしまう。
ちなみに俺は何故かその包囲網から弾き出されていたのだが……
「大変だな……美玲も」
そう呟き、蓮夜は人溜まりから離れる。
そして、少し離れた席に座りスコアブックを見ている御幸に話しかける。
「よっ、一也。昨日の試合のやつか?」
「あぁ、色々、興味深い試合だったしな。つーか、お疲れさん。いきなり大変だな。」
二軍の試合は終わったが一軍の夏の本戦に向かった調整はまだまだ続いている。
ここ数年、投手陣に大きな課題を抱えていた青道。
蓮夜の復帰や降谷と沢村という高い武器を持つ有望な新人の参入といった明るいニュースはあるがまだまだ不安材料は残っているのだ。
その不安材料を練習試合という実戦で炙り出し、練習で克服していく。
また、選ばれた新人達が本当に使い物になるのかを判断する最終段階に突入している。
だからこそ、今日から始まる夏直前合宿の後半に強豪との試合が組まれているのだろう。
「お前もな。あいつらの面倒見るの大変だろ?」
「まぁな。でも、楽しいぜ。あいつら、お前みたいに捻くれてねぇし、扱いやすいからな」
シシシと御幸の顔はいかにも性格悪そうな笑みを浮かべる。
「なんだー?二人悪い顔して笑ってんだ。この極悪バッテリーは」
突然、横から掛けられる声に俺と御幸は視線を動かし、それに応える。
「俺は別に笑ってねーだろ。つか、お前が一番悪い面してるくせに……」
「あはは、そりゃ言えてるな」
「誰が悪人面だ!全く、こいつら……つーか、話したいのはそういうことじゃなくて!」
「ん?」
「榊美玲さんのことだよ、お前、彼女とどういう関係なんだよ?」
「え、どうって言われても、向こうでのクラスメートだけど?」
「ん?そうかー?俺にはそう見えんけどなぁー」
「だったら、本人に聞けばいいじゃん」
「いや、流石にあの中に入っていくのはなぁ……」
「だな……」
見れば、先程よりも一回り以上大きくなった人の群れ。
これじゃ、話しかけることすら難しいだろうな。
「ねぇねぇ!藤井くんと榊さんってどういう関係なの?さっきから凄い仲良さそうに見えたけど」
「ん?」 「む……」
そんな中、他の人も気になっていたのだろう倉持と同じ質問を美玲に投げかける。
途端、先程までの盛り上がりが無かったかのように静まり返る教室。
今まで美玲のみに集中していた生徒達は半分はこちらに注目しており、内訳としては主に女子が美玲に、男子がこちらを見ているのだが、その居心地は決していいものではなく、端的に言えば、この場から逃げ出したいのだが……
「ま、諦めるんだな」
「ヒャハハ、逃げられねぇぞ」
「わかってる」
青道の誇る内野陣に退路を阻まれ、諦めたように席につく蓮夜。
「蓮夜と私の関係?」
一方、その質問が予想外だったのだろう、キョトンとした表情を作り、顎に指をかけ、考える素振りを見せる美玲。
蓮夜を含め、皆が注目する中、彼女の中で納得の行く答えが出たのか、口を開き……
「私と蓮夜は……」
……キーコーンカーンコーン……
「ちッ……時間かよ。命拾いしたな、蓮夜」
「まぁ、今日から合宿だし、時間はあるからな、夜にたっぷり聞かせてもらうからな!ヒャハハハ」
美玲の言葉は幸か不幸か2限目の授業開始のチャイムに阻まれ、残念そうに自分の席に戻っていく生徒達。
同じように元の席に戻った蓮夜も内心、少し残念に思いながらもお疲れと美玲にねぎらいの言葉をかけるのであった。
「凄い……ここが屋上なのね」
「あぁ……」
そこはなんの変哲もないフェンスに囲まれた屋上の風景。
一応、ベンチの上には日差しを遮る屋根はあるものの夏も近くなったこの時期に屋上で昼休憩を過ごす人は皆無であった。
でも、俺はこの場所が好きだった。
学校で一番高い場所で普段、練習しているグラウンドだけではなく、学校全体、いや、自分達が住んでいる街が見渡せるこの場所。
昼には晴れ渡る空が見え、夕方には優しい黄昏が包み込んでくれるそんな場所。
「まぁ、ドラマみたいにダチと一緒に馬鹿やったり、騒いだり……男と男のタイマン場所になることなんて滅多にないけどな……」
「後は、告白場所だったりね」
「あはは、それは絶対に体験することはなさそうだな……」
悪戯っぽく笑う美玲は心なしかいつもよりもテンションが高いように感じる。
「で、ここで良かったか?」
「ええ」
「でも、肝心の飯がないぞ?」
「あ、それなら問題無……」
「お姉さまー、いらっしゃいますかー」
「はいはい、ここにいるわよ。そんなに慌てないの」
トタトタと軽快な音を響かせ、姿を見せる少女。
短めの髪と活発そうなその姿は相変わらず見ているこちらまで元気になってくる。
「美樹?」
「あー、先輩!!お久しぶりです」
小さなその体に不釣り合いな大きな重箱を持ち、現れた少女の名前は前宮美樹。
美玲と同じく、俺が聖エトワール女学院でお世話になった人の一人である。
「久しぶりだな!てか、美樹も来てたのか!?」
「はい!色々と話したいことはあるんですが、まずは……」
食事にしませんかと手際よく、一緒に持っていたシートを広げ、持っている重箱を下ろし、食事の準備にとりかかる美樹。
「うわ、すげぇ」
広げられる色とりどりのおかずを見て、蓮夜はお腹を鳴らすのだった。
人物紹介
榊美玲
聖エトワール女学院の2年光組に在籍。 ソフトボール部に所属。副業でタレントをしており、舞台にグラビアから歌までこなす マルチタレント。クールな性格ながら人付き合いもよく、異性だけではなく同性にも人気がある。父親は水泳の日本代表選手であり、母親は元タレントであるサラブレッドであり、容姿もさることながら運動神経もよく、学業も出来る完璧人間であるがそれは彼女の努力の賜物であり、その努力を認めて、褒めてくれた蓮夜に特別な感情を持ち始めている。蓮夜が聖エトワール女学院に来る前にも接点があったようだが、蓮夜はそれを覚えていない。青道高校と聖エトワール女学院の交換学生の試験生として、前宮美樹と共に青道高校へ留学する。元々は美樹一人が青道高校へ来る予定だったがタレント業の都合で特別に美玲も交換学生となる。
前宮美樹
聖エトワール女学院の1年星組に在籍。ソフトボール部に所属。母親はプロテニスプレーヤーであり、現在も世界を相手に活躍中。ソフトボール部ではピッチャーとして、中学時代から活躍していたが、ある事件からイップスに陥ってしまうが蓮夜との交流によって復活を成し遂げる。美玲とは身の回りのお世話をする コンダクトの契りを交わしているため、学園にいる間は行動をともにしている。明るく素直な性格で、その仕草はたびたび「犬っぽい」と表現される。