ダイヤのA 〜closer of Diamond〜 作:虹犬β
ーおいしょ〜!!ー
「なんつーか……」
「あぁ、大味だな」
ちゃんとボールを見てんのかと言いたくなるほどスイングをする沢村に唖然とする二人。
しかし、そんな沢村に何かを感じたのだろう、川上は油断することなく、一層気を引き締め、自分の決め球であるスライダーを投げ……
「あ、逸らした」
キャッチャーがボールを後ろに逸らした間に一塁に走りだす沢村。
そして、全力疾走の結果……
ーセーフー
この試合、1年チーム初めてのランナーが出る。
しかし、続く二人が易々と三振に倒れ……
「あーあ、勿体ねー」
「最近の若いもんは自分達で考えるってことをしねーのかよ」
決して、有名なシニアにいたわけではない二人は自分達で行動を考え、実践することに慣れているのだが、有名な監督の元で育った1年生達にそれは難しいことなのだろう。
折角のチャンスを活かすことなく追い詰められてしまう。
「お疲れ様です」
「「ん?」」
横手から現れた降谷が蓮夜と御幸の間に入る。
降谷の目的が御幸だと気付いた蓮夜は一瞬で降谷から興味を失くし、試合に注目する。
「いいのかい怪物君……最後まで見なくて」
そんな蓮夜の様子にやれやれと肩を竦めながら御幸は降谷の相手をする。
「もう終わってますよ。たった一人でチームを勝利に導けるほど野球は甘くないですから……」
「それはお前の経験か?」
「…………」
視線は試合を見たまま質問を投げかける蓮夜。
特に威圧するような雰囲気もなく、ただ単に疑問に思っただけ、そんな感じなのだろう。
そんな神矢の疑問を平然と無視する降谷。
……おいおい……
本人達は特に気にしていないんだろうがこの雰囲気は居心地の良いものではなかった。
そんな空気を変えてくれたのは……
ーすいませーん!メンバーチェンジお願いします!代打オレ!ー
「この試合って自己申告制だったのか……つか、木製か!」
「また面白そうなのが出てきやがったぜ!」
高校野球では珍しい木製のバットを持ってバッターボックスに入るピンク髪の少年。
「あれ……小湊って……」
「あぁ、亮さんの弟だな」
なるほど、あの人の弟で木製バットって只者じゃないなと二人が注目する中……
ーえ!?何それ!?何のサイン!?オレ聞いてねーぞ!ー
ー俺が絶対ホームまで返す!二人で1点取ろう!ー
沢村に向かい何やらサインを送る小湊(弟)だったが、それをぶち壊しにする沢村。
「あはははは、やっぱあいつ馬鹿だ」
「なるほど、ブラフか。なかなか面白いことするな、あいつ。一也、お前だったらどう抑えるよ」
「そうだな……」
沢村の行動に一笑いした後、真面目な顔になる御幸。
「木製バットは金属バットと違ってしなりを使って打つ。だから、あんなに短く持ってちゃ、意味が無い」
つまり、あれはアウトコースに投げさせるための罠。
そこまで、説明して一息入れる一也。
そして、キャッチャーがアウトコースのボール球を要求するのとほぼ同時に御幸は言葉を続ける。
「だから、俺はまずはインハイで様子を見るな」
川上が投球に入ると同時に御幸の読み通り、小湊(弟)は短く持ったバットを持ち替え、アウトコースのボール球をライト線ギリギリに打ち返す。
その間に沢村は2塁を回り、3塁も蹴りホームへ突っ込む。
完全にアウトのタイミングだが、スライディング中に体勢を変え、ミットを掻い潜り強引に体を捻りベースに手を伸ばす、その結果……
ーセーフ!!ー
ーとったど〜!ー
「おお」
「やるね〜」
この試合、初めて1年生チームが2・3年チームから1点を奪うことに成功する。
しかし、次の打者があっさりと打ち取られ、5回表が終了し、26-1。
監督が整列を掛け、試合を打ち切ろうとする。
当たり前であろうやっと一年生が点数を取ったとはいえ、公式戦であればコールドゲームだ。
それに9人対2人の勝負であれば、これ以上続けても点差が広がるだけだと言う監督。
だからこそ……
ーただし、一年全員がこの試合を続けたいなら話は別だがな……ー
どうなんだ?と問いかける監督の言葉に押し黙る一年生達。
そんな同級生に発破をかける沢村の言葉に反発するようにやる気を取り戻していく1年生達。
その様子を見て、一応の納得はしたのか監督は
ーなぜ最初からその気迫を見せない?ー
負ければそこで終わりの高校野球。
そこに1年や2年、3年という歳の差は関係なく、選手として試合に出れば一つ一つのプレーに全力を出していかなければ到底試合に勝つことはできない。
と言葉少ないながらも監督は1年生達に伝える。
その結果、試合に出るということの意味を実感したのであろう1年生達の目に闘志が付く。
ーこの回から投手はお前だ。さっさとマウンドに行けー
それを確認した監督は沢村を一年チームのピッチャーに指名し、試合を再開する。
こうして、やっと本当の意味での1年チームと2・3年チームとの試合が始められたのであった。
「えー、そうなんですかー」
「うん。だから、小学校の時からの腐れ縁ってわけ」
日も落ちかけ周りも暗くなった学校の帰り道。
蓮夜は両手に大きなビニール袋を掲げ、二人の女子生徒の後を歩いていた。
……にしても……今日の試合……
「……ね。…………い?」
「ほら、蓮夜!春乃が話しかけてるのに何ぼーっとしてるの」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「いい、いえ、こちらこそごめんなさい。わざわざ、買い物に手伝って頂いて……」
「いいって、部の備品なんだろ。本来なら俺達がしないといけないのをやってもらってるんだから……ほんと、マネージャーの皆には感謝してるよ、ありがとう」
「い、いえ、そんな私なんて……」 「そうだ、もっと感謝しろー」
申し訳無さそうに身を縮こませる吉川と何故か、胸を張り尊大な態度を取る唯。
「で、吉川さん。どうしたの?」
取り敢えず、唯のおでこにかるくデコピンをして吉川さんの要件について問いかける。
「えっと、その……」
改めて言うには頭の整理が必要なみたいなんでその間に現状を説明すると、練習後、いつも通り唯を待っていると備品の買い出しを忘れていた吉川さんと一緒に買い出しに行くから付いて来てくれと言われ、今に至るというわけだ。
「今日の試合お疲れ様でした。その……藤井先輩、凄いカッコ良かったです」
「ありがと。でも、俺は途中までだし、大したことはしてないよ。それこそ、吉川さん達の方が大変だったでしょ」
彼女たちがスコアラーやドリンク作成等の仕事で試合中、色々と動き回っていたのを蓮夜は何度か目にしていた。
「……たく!そういうことじゃないでしょ!春乃はあんたが降谷君から打ったホームランのこと言ってるの。素直に喜べばいいのに……この天邪鬼」
そう言って、さっきのお返しというように蓮夜の頭を叩く唯。
いつもよりあたりの強い幼馴染を若干不思議そうに見ながら蓮夜は今日の試合を思い出す。
少なくとも今日の主役は俺ではない。
試合の決定打を放ったわけでもないし、守備でも本来とは違う外野でぼうっと突っ立ていただけ。
今回の主役は序盤に気迫あふれる完璧なピッチングを見せた丹波さんと後半、一年チームを引っ張った沢村だろう。
30-1。
沢村がピッチャーとなり、再開された試合だが、あれから1年チームは2・3年チームを相手に点数を取ることなく、スコア上の結果だけ見れば監督や他の者の予想通り、点差を広げただけであった。
しかし、その内容は2・3年を相手に取られた点数は4点のみ。それも不運なエラーが積み重なった結果であり、まともに打たれたのは一軍選手の増子からの一発のみ。セットプレーやカバーリングなどの基本的な動きが全く出来ていないという欠点もあるが身体の柔軟さを活かした独特のフォームや打者の手元で様々な変化を見せるムービングボールなど、潜在能力の高さを十分に示していた。
「まぁ、正式に一軍の練習に参加出来るようになったのはうれしいかな。やっと、スタート位置に立てたんだ……」
「蓮夜……」 「藤井先輩……」
普段の飄々とした様子からは考えられないくらい真剣な色を含めた蓮夜の言葉に戸惑う二人。
蓮夜の過去の話を何度も先輩達から聞いた春乃、そして、ずっと側で彼を見てきた唯ですら見たことのない彼の決意。
求めるものが得られず追い続けるものと失くしたものを取り戻そうとするもの、どちらの気持ちが強いのかなんてここで議論するつもりはないが、今回の試合に限って言えば、一軍の座を降ろされた丹波や増子は自分が手にしていた場所の大切さと責務を知り、もう一度それを掴み取ろうと奮起していた。その気迫は1年生達を圧倒する2・3年チームの中でも際立っており、それが結果に繋がったと蓮夜は思っている。
そして、蓮夜も表面上は飄々としているが、丹波、増子でさえ、比較にならない程の喪失を味わっており……
「グラウンドに戻ってきて、皆と練習出来るだけで楽しかった。ミットに良い球が収まったり、バッティングでいい当たりが出たりして帰ってきたんだって実感した……でも、今日、試合してみて思ったんだ……」
先程の試合を、そして、それよりずっと前の記憶を思い起こすように遠い目をする蓮夜。
「まだまだ俺には取り戻せてないものが沢山ある。だから、それを取り戻したいと思うし、その先を見てみたいんだ。だからさ……」
失くしたものは戻らない。
左フォームに変えて投手として復活した蓮夜だが、それは勿論、事故によって失くしたものがそのまま戻ってきたわけではない。
本来、得られるはずだった仲間との時間や青春、可能性など戻らないものは多数ある。
そのどれもが自分にとっての大切な物であったと今なら断言できる。
大切なものを無くしても時間は続く、その中で人はまた大切なものを見つけ、育んでいく、だから日々の刹那を精一杯駆け抜けなければならないのだ。
「これからいっぱい迷惑かけると思うけど、よろしくな。絶対に皆で甲子園に行こうぜ!」
いつもの不敵な顔に戻り、しかし、目はいつにもなく真剣な色を乗せて蓮夜は二人に笑いかける。
「うん」 「はい」
見惚れてしまうような蓮夜の表情。
そして、自分達のことを同じチームの一員として、考えてくれていることへの嬉しさに頬を夕焼け色に染める二人はその熱さを自覚しながら笑顔で蓮夜に応えるのだった。
次話で関東大会編に入りたいです