Dr.STONE ―石世界紀行― 作:科学知識に自信が無いのでAIに書かせた
# 第一話 八百年目の目覚め
夢を見ていた。
いや、夢というには、あまりにも長かった。
最初に覚えているのは、森の匂いだ。湿った土と青々とした葉の香り。頭上では見知らぬ木々が風に揺れ、どこか遠くから鳥の鳴き声が聞こえていた。
そこは、知らない世界だった。
剣があり、魔法があり、人ならざるものが当たり前のように存在する世界。
そこで、一人の旅人が生きていた。
最初から旅人だったわけではない。幼い頃には家族がいて、友人がいて、帰る場所があった。やがて大人になり、故郷を離れ、初めて訪れた街の市場で見知らぬ果物を買った。
それが、旅の始まりだった。
以来、随分と多くの場所を巡った。
緑豊かな森。赤茶けた大地。どこまでも続く草原。人間以外の種族が暮らす街。
空に浮かぶ島を見上げたこともあれば、地下深くに広がる遺跡を探索したこともあった。
魔法だって覚えた。
もっとも、旅人にとって魔法とは、世界を救うための特別な力などではない。火を起こし、水を得て、危険から身を守る。旅を続けるために必要だったから、身につけた。
もちろん、いつも楽しいことばかりではなかった。
道を間違え、財布を盗まれ、魔物に襲われて命からがら逃げ出したこともあった。何度も病に倒れ、もう駄目かもしれないと思ったことだってある。
それでも、旅をやめなかった。
まだ見たことのない景色がある。
まだ会ったことのない人がいる。
それだけで、次の街へ向かう理由には十分だった。
そして、長い年月が過ぎた。
世界は広かった。どれだけ歩いても、どれだけ旅を続けても、知らない土地はなくならなかった。
それでも、いつしか旅人は思うようになった。
そろそろ、一つの場所に腰を落ち着けるのも悪くない、と。
旅に飽きたわけではない。足が動かなくなったわけでもない。ただ、次の景色を求めて歩き続ける人生もいいけれど、同じ景色が季節とともに移り変わる様子を眺める人生も、きっと悪くないと思ったのだ。
そうして旅人は、道中で気に入った小さな村に居を構えた。
畑を耕し、料理を作り、時には近くの森へ散歩に出かける。庭には旅先で集めた植物を植え、村の子供たちに遠い国の話を聞かせることもあった。困り事を持ち込まれれば、長い旅で身につけた知恵を貸した。
晴れた日には庭先で本を読み、雨の日には窓辺で茶を飲む。そんな、穏やかな毎日。
春には花が咲き、夏には木陰で涼む。秋には畑の実りを喜び、冬には暖炉の前で昔の旅を思い返す。
そうした暮らしを、何年も、何十年も続けた。
やがて身体は衰え、庭仕事にも人の手を借りるようになった。それでも、旅人は幸せだった。
そして、ある日の夕暮れ。
住み慣れた家の寝台に横たわり、静かに目を閉じようとしていた。
窓の向こうには、自分で植えた木が立っていた。初めは小さな苗木だったそれも、今では立派な枝を広げている。
長い旅だった。そして、いい人生だった。
後悔がなかったわけではない。
それでも、満足していた。
――悪くない人生だった。
最後にそう思った。
世界が暗くなる。意識が遠ざかる。
そして。
ぱきり、と。
何かが割れる音がした。
◇
西暦二八一九年。
全人類が石化してから、八百年。
「…………ん?」
冷たい。
それが、最初の感覚だった。
頬に触れる風。背中に当たる硬い地面。そして、鼻をくすぐる草の匂い。
ゆっくりと目を開けると、そこには青い空が広がっていた。白い雲が流れ、木々の梢が風に揺れている。
「……外?」
知らない天井だった。
いや、天井そのものがない。
随分と妙な寝起きだ。
身体を起こそうとして、違和感に気づいた。
腕が、軽い。
手が、小さい。
節くれ立ち、皺の刻まれていたはずの指が、見覚えのある滑らかな肌へと変わっている。
「……え?」
両手を広げる。握る。開く。もう一度握る。
「…………え?」
おかしい。
何かがおかしい。
いや、おかしいどころの話ではない。
記憶にある身体は、もっと大きかった。日に焼け、傷だらけで、年齢相応に衰えていたはずだ。
しかし今、視界に映っているのは、どう見ても少年の手だった。それも、見覚えのある手。
「……あ」
不意に、思い出した。
学校。教室。友人たち。スマートフォン。帰り道。
そして――。
「……光」
あの日、空を覆った光。
誰かの叫び声。逃げようとした記憶。
そこから先は、覚えていない。
「……そっか」
日本に住む、ごく普通の学生。アニメや漫画、ゲームが好きで、友達とくだらない話をして、毎日学校に通っていた。
少なくとも、剣を携えて世界を旅した老人ではなかった。
「…………」
沈黙。
数秒後。
「いやいやいやいや」
思わず首を振る。
「待って待って。どういうこと?」
記憶が二つある。
片方は、日本で生まれ育った十五年間。
もう片方は、剣と魔法の世界を旅して、老人になるまで生きた一生。
どちらも、自分の記憶だった。
夢にしては鮮明すぎる。知らない言葉も、見知らぬ土地も、そこで出会った人々の名前も覚えている。
何より、あの人生を生きていたときの感情まで残っていた。
嬉しかったこと。悔しかったこと。大切だった人。失ってしまったもの。
そのすべてが、確かに自分のものだった。
「……前世?」
口に出してみる。
漫画や小説では、ありふれた題材だ。
前世の記憶。異世界転生。魂の輪廻。
現実にあるはずがないと思っていたものが、今、自分の頭の中にある。
そう考えて、星はふと気づいた。
もしもあれが本当に前世の記憶だというのなら、自分はあの世界で確かに一生を終えていることになる。
そして今、自分は生きている。
十五歳だった頃の身体で、こうして目を覚ましている。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
「いや、そんなことある?」
返事はない。
ただ、風に揺れる木々が、ざわざわと音を立てていた。
◇
しばらくして、星はようやく周囲を見渡した。
森だった。
少なくとも、最初はそう思った。
しかし、よく見ると妙なものがある。
木々の間に、灰色の地面が覗いていた。その表面には無数の亀裂が走り、草や小さな樹木が根を張っている。
「……道路?」
舗装された道。
そう気づくのに、少し時間がかかった。
周囲を注意深く見れば、石や土に埋もれた人工物がいくつもある。崩れた壁。錆びて原形を失った金属。何かの基礎だったらしいコンクリートの塊。
かつて、ここには人間の生活があった。
少なくとも、そうとしか思えない痕跡が残されていた。
さらに、その向こうには――。
「…………人?」
石像があった。
正確には、人間の形をした石の塊だった。
片腕を前に伸ばし、何かから逃げるような姿勢のまま、地面に横たわっている。表面は風化し、苔が生え、顔立ちもほとんど分からない。
それでも、人間だったことだけは分かった。
「……っ」
記憶が蘇る。
あの日の光。固まっていく身体。叫び声。
「……石化」
視線を落とす。
足元には、薄い石の破片が散らばっていた。自分の身体を覆っていたような、奇妙な形の石片。
星はその一つを拾い上げた。
灰色の破片は、指先で触れるとざらついた感触がした。
自分も、あの石像と同じだったのだろうか。
そして、何らかの理由で石化が解けた?
「……僕、石になってたの?」
では、あの異世界の記憶は何だったのだろう。
石化していた間に見た夢?
それとも、石化をきっかけに前世を思い出した?
分からない。考える材料が足りなすぎる。
とりあえず、現状を整理する必要があった。
自分は生きている。周囲には誰もいない。そして、文明はどうやら壊滅している。
それから、もう一つ。
「…………寒い」
星は自分の身体を見下ろした。
何も着ていなかった。
「……最悪」
久しぶりに目覚めた少年の、最初の切実な問題は衣服だった。
◇
とはいえ、嘆いていても仕方がない。
服がなければ作ればいい。
幸い、前世の記憶がある。
旅を始めたばかりの頃は、野宿の仕方すらよく分からなかった。しかし、何十年も旅を続ければ嫌でも覚える。
安全な寝床の探し方。水の確保。火の起こし方。食べられる植物と、避けるべき植物。道具の作り方。
もちろん、前世の世界と日本とでは生態系が違う。知っている植物に似ているからといって、同じ性質とは限らない。
それでも、何も知らないよりはずっといい。
「……まずは水かな」
喉が渇いていた。
しかし、手近な水を何でも飲んでいいわけではない。
地形を確かめようと立ち上がる。
瞬間、膝が笑った。
「うわっ!」
地面に手をつく。
「……あー、そっか」
身体が違う。
記憶の中では、何十年も歩き続けた旅人だ。けれど、今の身体は十五歳の少年でしかない。
筋肉も、体重も、歩幅も違う。経験はあっても、身体がその動きを覚えているとは限らないのだ。
それに、前世の記憶を取り戻したからといって、すぐに何でもできるわけではない。
覚えていることと、実際に身体を動かせることは別だった。
「……慣れるしかないかぁ」
小さく息を吐いて、もう一度立ち上がった。
そして、耳を澄ませる。
木々が擦れる音。鳥の声。風の音。
その奥に、微かな水音が混じっていた。
「……あっち?」
音のする方向へ、慎重に歩き始める。
途中、何度か足を滑らせた。枝に引っかかり、腕に細い傷も作った。
それでも、やがて小さな流れへたどり着いた。
岩の間を、透明な水が流れている。
「……よかった」
思わず頬が緩んだ。
水は見た目には澄んでいる。ただし、それだけで飲めるとは限らない。
上流に何があるかも分からないし、細菌や寄生虫の危険もある。
「……火を起こさないと」
そう呟いてから、星は自分の格好を見下ろした。
それより先に、何とかしなければならないものがある。
「……服だよねぇ」
いつまでも裸で歩き回るわけにはいかない。
星は近くにある植物を観察し、繊維を取り出せそうなものを選んだ。
もちろん、前世の世界と同じ植物があるわけではない。実際に触れ、引っ張り、裂け方を確かめながら、使えるものを探していく。
丈夫そうな蔓。柔らかい樹皮。大きな葉。
集めた材料を加工し、身体を覆えるように組み合わせる。
そうして、およそ二時間後。
「…………」
星は自分の格好を見下ろした。
植物の繊維を撚った紐に、大きな葉と柔らかい樹皮。それらを組み合わせ、最低限身体を覆えるようにしたもの。
正直、服と呼ぶには相当な無理があった。
「……原始人?」
いや、原始人に失礼かもしれない。
植物の種類が変われば、繊維の取りやすさも変わる。加工に向かず、途中で捨てた材料も多かった。
どうにか形にはなったものの、強く引っ張れば簡単に壊れそうだった。
「……まあ、ないよりマシ」
少なくとも、素っ裸で森を歩き回るよりはいい。
次は寝床だ。
星は付近に倒木や大きな岩がないかを探し、雨風をしのげそうな場所を選ぶ。そこへ枝を立てかけ、葉を重ね、簡素な屋根を作った。
本来なら、もっと早く完成するはずだった。しかし、思うように力が入らない。枝を運ぶだけでも疲れる。
途中で何度も休憩を挟み、ようやく形になった頃には、日が傾き始めていた。
「……疲れたぁ」
その場に座り込む。
ひどく情けない一日だった。前世では、もっと手際よくできていたはずなのに。
「……十五歳って、こんなに体力なかったっけ?」
もちろん、十五歳だからというより、単に今の身体が野外活動に慣れていないだけだろう。
身体を鍛え直す必要がある。
それから星は、火起こしのための材料を探した。
しかし、周囲の落ち枝は湿ったものが多い。使えそうな木片は見つかったものの、十分に乾いた火口を揃える前に日が暮れ始めた。
「……うーん」
無理に作業を続ければ、暗闇の中で身動きが取れなくなるかもしれない。
ひとまず、今夜は諦めることにした。
水も加熱できない。腹は減っているが、見知らぬ植物を食べるのは危険だ。
不本意ではあるものの、まずは朝を迎えることを優先しよう。
◇
夜。
森は、昼間とは別の顔を見せていた。
風が冷たい。葉が揺れる。どこかで獣が鳴いている。
身を縮め、簡素な寝床の中で空を見上げる。
木々の隙間に、星が見えた。
「……綺麗」
思わず、声が漏れた。
前世で、何度も見上げた空だった。
世界が違っても、夜空を眺めるのは好きだった。
もちろん、見える星は違う。星座も違う。空の色も、月の姿も、あちらとは異なっている。
それでも、星空の下で旅をする感覚は、どこか懐かしかった。
「……そういえば」
ふと、思い出す。
この場所は、本当に日本なのだろうか。
道路の痕跡があった。人間の石像があった。そして、最後に覚えているのは日本での日常だ。
だから日本だと思っていた。でも、確証はない。
あの光から、どれほどの時間が経ったのだろう。
一日? 一年? 百年?
少なくとも、街が森に変わるほどの時間が過ぎている。
「……みんな、どうなったんだろ」
友人たちの顔が浮かんだ。家族の顔も。
石化する直前まで、当たり前のように会っていた人たち。
あの石像のように、今もどこかで眠っているのだろうか。
それとも、自分だけが特別なのだろうか。
「…………」
答えはない。
自分がどうして目覚めたのかさえ、分からないのだから。
もしかすると、前世の記憶と関係があるのかもしれない。けれど、それも想像でしかなかった。
星は、ゆっくりと息を吐いた。
「……とりあえず」
明日は、もう少し周囲を調べよう。
食べ物を探す。火を起こす。まともな服を作る。できれば、道具も欲しい。
そして、落ち着いたら。
「……旅、しようかな」
ぽつりと呟いた。
前世の自分なら、きっとそうする。
知らない土地があるなら、歩いてみたい。見たことのない景色があるなら、確かめたい。
それに、もしかしたら。
どこかに、他の人間がいるかもしれない。
「……うん」
悪くない。
少なくとも、ここでじっとしているよりはずっといい。
そんなことを考えながら、星は目を閉じようとした。
そのときだった。
がさり。
寝床の外で、何かが動いた。
「…………?」
目を開ける。
今のは、風の音ではない。明らかに、何かが草を踏み分ける音だった。
がさ、がさ。
近づいてくる。
そして。
「……フッ」
低い鼻息のような音が聞こえた。
「…………」
星は、ゆっくりと息を止めた。
前世の記憶が告げている。
夜の森では、寝床の場所を慎重に選ばなければならない。特に、獣の通り道を避けること。
それは旅人として、最初に覚えるべき常識の一つだった。
「…………あ」
今さらながら気づく。
寝床のすぐ横には、草が踏み固められた細い道があった。
昼間は気にも留めなかった、小さな獣道。
その向こうで、何かが再び鼻を鳴らした。
「……やっちゃった?」
八百年ぶりに目覚めた少年の最初の夜は、まだ終わらない。