Dr.STONE ―石世界紀行― 作:科学知識に自信が無いのでAIに書かせた
朝、目が覚めた。
それだけのことが、星には少し嬉しかった。
昨夜は獣に襲われることもなく、寒さで何度も目覚めることもなかった。寝床を移した効果は、どうやらあったらしい。
「……んんっ」
身体を起こし、大きく伸びをする。
全身が痛い。
特に腕と肩、それから太腿の筋肉が悲鳴を上げていた。
「……筋肉痛かぁ」
石化する前は、こんなに身体を動かす生活をしていなかった。
体育の授業はあったし、友人と遊びに出かけることもあったけれど、木を切ったり石を運んだりする機会なんて、そうそうない。
前世の記憶があっても、身体能力まで引き継いでいるわけではない。
分かってはいた。
分かってはいたのだが。
「……もうちょっと、こう……何とかならない?」
誰にともなく問いかける。
当然、返事はなかった。
星はため息をつきながら寝床を抜け出した。
空は薄曇り。木々の間から差し込む光も、昨日より幾分弱い。
それでも、雨が降っていないだけありがたかった。
今の寝床は、多少の雨ならしのげるだろうが、本格的な豪雨に耐えられるほど立派なものではない。いずれ、もっと頑丈な住居を用意する必要がある。
もっとも、それより先に解決しなければならない問題があった。
「……ご飯、どうしようかな」
昨日はサワガニを食べた。
しかし、十分な量だったとは言い難い。
今日も食べ物を探さなければならない。
明日も、その次の日も。
そして、それを毎日続けることになる。
「……うーん」
星は腕を組んだ。
前世では、旅の途中で野営することも多かった。
それでも、食料のすべてを現地調達していたわけではない。
街で保存食を買い、村で食材を分けてもらい、必要なら狩りや採集をする。
そうやって旅を続けていたのだ。
しかし、今は違う。
街に行っても店はない。
お金があっても使えない。
そもそも、人間がいるかどうかさえ分からない。
当然ながら、食料を手に入れるには自分で何とかするしかなかった。
「……毎日カニを探すのもなぁ」
捕まえられる保証はないし、沢の生き物を根こそぎ取ってしまうのも困る。
もっと効率のいい方法が必要だ。
そこで、星は前世の記憶を探ってみることにした。
旅をしていた頃、川沿いの集落で見たもの。
漁師たちが使っていた道具。
木の枝や蔓を編み、魚を捕まえるために作られた仕掛け。
「……ああ、そうだ」
思い出した。
罠を作ればいい。
もっとも、捕まえた魚を食べられるかどうかは別問題だ。
昨日も沢で魚を見つけたものの、種類までは分からなかった。
だから、まずは魚をよく観察できる状態で捕まえてみよう。
「……うん。やってみようかな」
星は道具を手に取り、沢へ向かった。
◇
沢の流れは、昨日と変わらず穏やかだった。
星は水辺にしゃがみ込み、川底を観察する。
小魚はいる。
数こそ多くないものの、流れの緩やかな場所や岩陰に、小さな影が見え隠れしていた。
問題は、それをどう捕まえるかだ。
「……魚籠、かな」
竹や蔓を編んで作る、魚を捕まえるための籠。
前世でも似たものを使ったことがある。
もちろん、今すぐ立派な漁具を作れるわけではない。
加工のしやすい材料を選び、簡単な構造で仕上げる必要がある。
星は近くの竹藪へ向かった。
昨日、竹筒を作ったときに見つけた場所だ。
細い竹を何本か選び、石器で切り出していく。
続いて、使えそうな蔓も集めた。
材料を揃えると、星は沢の近くに腰を下ろした。
「……さて、と」
まず、竹を細く割る。
太いものは籠の骨組みに。
細いものは編み込むための材料に。
それらを組み合わせ、魚が入り込める程度の隙間を残しながら形を整えていく。
途中、竹の繊維がささくれて指に刺さりそうになった。
石器では細かな加工が難しく、思ったような形にならない部分もある。
それでも、作業そのものは順調だった。
前世で覚えた編み方は、今でも記憶に残っている。
「……こうして、ここを通して……」
手を動かしながら、星は小さく鼻歌を歌い始めた。
石化する前によく聴いていた曲だ。
歌詞は曖昧なところもあるけれど、旋律は覚えている。
誰かに聴かせるわけではない。ただ、黙々と作業していると、何となく歌いたくなっただけだった。
そうして、一時間半ほどが経過した頃。
「……完成!」
星は編み上げた籠を持ち上げた。
細長い筒状の籠。
片側には、内側へ向かって狭くなる入口を設けてある。
魚が入り込みやすく、出にくい構造だ。
もちろん、これで必ず魚が捕まるわけではない。
仕掛ける場所が悪ければ、一匹も入らない可能性だってある。
星は沢の流れを観察し、岩の間にできた狭い水路を選んだ。
そこへ籠を固定し、周囲の石を並べて流れを誘導する。
籠が流されないことを確認してから、ゆっくりと立ち上がった。
「……よし」
あとは待つだけだ。
運がよければ、魚が捕まる。
そして、捕まえた魚の特徴を詳しく確認できる。
「……便利だねぇ」
自分で作った仕掛けを眺めながら、星は満足げに頷いた。
もっと早く作ればよかった。
◇
魚が捕まるのを待つ間、星は昨日見つけた旧道を調べることにした。
目当ては、地名の分かるものだった。
道路標識。
石碑。
建物の跡。
何でもいい。
ここが日本のどこなのか、少しでも手掛かりが欲しかった。
もっとも、石化からどれほどの年月が経過したのかも分からない。
標識が残っている保証など、当然なかった。
「……地図、欲しいなぁ」
しみじみと呟く。
スマートフォンがあれば、現在地くらい簡単に分かっただろう。
いや、通信が途絶えていても、保存していた地図データが使えたかもしれない。
しかし、そのスマートフォンは今どこにあるのかも分からない。
仮に見つかったところで、電源が入るとは思えなかった。
「……便利だったなぁ、GPS」
改めて、文明のありがたみを実感する。
それでも、道を探す方法はある。
前世では、地図のない土地を何度も歩いた。
太陽の位置を確かめ、山の形を覚え、川の流れを辿る。
そうやって少しずつ周囲の地形を把握していけば、道に迷う危険は減らせる。
もっとも、ここは初めて訪れた土地だ。
現代日本の道路地図を思い出したところで、目印となる建物はほとんど残っていない。
星は慎重に歩き始めた。
草木に覆われた道路。
崩れたコンクリート。
地面から突き出た錆びた金属片。
かつての文明の痕跡は、至るところに残っていた。
けれど、どれも何のために使われていたのか分からないものばかりだった。
「……これ、何の建物だったんだろ」
星は崩れた壁の前で足を止めた。
石とコンクリートの塊。
その間から、太い木が生えている。
建物の形は、もうほとんど残っていなかった。
店舗だったのか。
民家だったのか。
それとも、まったく別の施設だったのか。
判断できない。
周囲を調べても、看板らしきものは見当たらなかった。
「……うーん、分かんない」
残念ながら、ここから得られる情報はなさそうだった。
星は先へ進む。
しばらく歩くと、道路が二つに分かれている場所へ出た。
片方は緩やかな上り坂。
もう片方は、木々の間を下る道だった。
どちらにも、かつて人が通ったらしい痕跡がある。
「……さて、どっちだろ」
星は周囲を見渡した。
地形から判断するなら、下り坂は沢の方角へ続いているように思える。
しかし、その先に何があるのかまでは分からない。
上り坂の方も、途中から木々に隠れてしまっていた。
「……上から見た方が分かるかな」
高い場所へ行けば、周囲の地形を見渡せるかもしれない。
そう考え、星は上り坂を選んだ。
◇
「……はぁ、はぁ……」
結論から言えば、その判断はあまり良くなかった。
道は途中で崩れていた。
しかも、斜面には倒木がいくつも横たわっており、その先へ進むには大きく迂回しなければならなかった。
「……行き止まりかぁ」
星は倒木に腰を下ろした。
無理をすれば進めないこともない。
しかし、その先に何があるのか分からない以上、危険を冒す必要はなかった。
何より、今の身体は疲れやすい。
昨夜は十分に眠れたものの、筋肉痛が完全に治ったわけではないのだ。
「……地図、地図ねぇ」
小さく呟きながら、周囲を見渡す。
見えるのは木々ばかりだった。
わずかに空が開けている場所もあるが、遠くの景色までは分からない。
結局、現在地を特定できるような情報は何も得られなかった。
「……まあ、そう簡単にはいかないよね」
星は苦笑した。
前世でも、こんなことは何度もあった。
道を間違え、引き返し、また別の道を探す。
旅とは、そういうものだ。
知らない土地を歩く以上、すべてが予定どおりに進むわけではない。
そもそも、今は予定そのものがないのだから。
「……ん?」
そこで、星はふと考えた。
自分は、どこへ向かおうとしているのだろう。
誰かを探したい。
世界を見て回りたい。
知らない景色を見つけたい。
それは確かだ。
けれど、具体的な目的地があるわけではない。
「……ああ、そっか」
星は小さく笑った。
「僕、どこに行きたいのか決めてないんだ」
当たり前のことだった。
前世でも、最初から世界中を巡る予定があったわけではない。
気になる街があれば訪ねた。
面白そうな話を聞けば、そこへ向かった。
そうして、次の目的地が決まっていった。
ならば、今回も同じでいい。
まずは、この辺りを調べよう。
それから、行きたい場所を決めればいい。
星は立ち上がった。
そのとき、ふと耳に入ったのは、遠くから響く水の音だった。
沢の流れだろうか。
いや、今いる場所からでは、どの方角なのかはっきりしない。
ただ、その音を聞いているうちに、一つの考えが浮かんだ。
「……川を下ってみようかな」
川は、いずれ海へ続く。
もちろん、途中で別の川と合流したり、滝や険しい地形に阻まれたりすることもあるだろう。
けれど、流れを辿れば、少なくとも一つの方向へ進むことができる。
それに、日本は海に囲まれた島国だ。
いつかは海へたどり着けるはずだった。
「……海、かぁ」
石化前に見た海を思い出す。
砂浜。
波の音。
潮の香り。
前世でも、海沿いの街を訪れるのは好きだった。
そして、もう一つ。
「……塩も欲しいしね」
食事をするたびに、調味料がないことを思い知らされる。
海水から塩を作れれば、料理の幅も広がるだろう。
もちろん、それには容器や燃料などが必要になる。
けれど、今はそこまで考えなくてもいい。
まずは海を目指してみよう。
星はそう決めた。
そして、来た道を引き返そうとした、そのときだった。
「……ん?」
風に乗って、かすかな香りが漂ってきた。
草木の青い匂いとは違う。
どこか甘く、少し酸っぱいような香り。
「……何だろ」
星は鼻をひくつかせた。
もう一度、風が吹く。
今度は、はっきりと感じられた。
「……果物?」
そう思った瞬間、腹が鳴った。
「…………」
どうやら、身体は随分と正直らしい。
星は苦笑しながら、香りのする方角へ目を向けた。
道路から少し外れた斜面。
そこには木々が密集していたが、よく見ると地面に不自然な段差がある。
石を積み上げたような、低い壁。
「……石垣?」
近づいてみると、斜面には同じような段差がいくつも並んでいた。
今では木々に覆われているものの、かつては人の手で整えられた土地だったらしい。
星はその光景を見上げた。
「……畑、だったのかな」
段々畑。
あるいは、果樹園。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
そして、ふと視線を上げたとき。
「……あ」
葉の間に、橙色のものが見えた。
◇
「……ミカン?」
星は思わず声を漏らした。
木の枝に、丸い果実がいくつも実っている。
大きさは不揃いだった。
石化前にスーパーで売られていたものより小さく、形もいびつなものが多い。
それでも、その姿には見覚えがあった。
「……いや、でも」
星はすぐに手を伸ばすことをためらった。
第三話で見つけたノビルらしい植物。
あのときは、食用と断定できなかったため、採集を諦めた。
今回も同じだ。
果物に見えるからといって、何でも食べていいわけではない。
星はまず、木の全体を観察した。
葉の形。
枝の様子。
果実の付き方。
続いて、地面に落ちていた実を拾い上げる。
表面は橙色で、細かな凹凸がある。
皮を傷つけると、柑橘類特有の香りが広がった。
「……ああ、これ」
随分と懐かしい匂いだった。
星はさらに皮の内側や果肉の構造を確かめた。
白い内皮。
薄い膜に包まれた房。
房の中には、小さな果汁の粒が並んでいる。
ミカンやオレンジで見慣れた構造だった。
「……柑橘類、だよね」
少なくとも、星が知っている柑橘類の特徴と一致している。
ただし、品種までは分からなかった。
もともと何という果物だったのかも、今となっては知る由もない。
何より、果実の形が現代のミカンとは少し違っている。
「……野生化したのかな」
そう考えて、星は周囲を見渡した。
段々に整えられた斜面。
崩れかけた石垣。
その間に生える、何本もの木。
ここは、昔の果樹園だったのかもしれない。
もしそうなら、人間がいなくなった後も、種から新しい木が育った可能性はある。
今目の前にある木が、かつて栽培されていた木そのものとは限らない。
何世代も経た子孫なのかもしれなかった。
「……すごいねぇ」
星は感心したように呟いた。
人間がいなくなっても、植物は生き続ける。
畑が森に変わっても、そこで育っていた果樹の子孫が残っていることだってある。
そう考えると、何だか不思議だった。
星はもう一度、果実を観察した。
見覚えのある柑橘類の特徴が揃っている。
食用になるものとして、自分が知っている種類の果物だと判断できそうだった。
「……うん」
今度は、木になっている実の中から、傷みの少ないものを選んだ。
手の届く高さにある果実を、慎重に一つもぎ取る。
「……いただきます」
皮を剥く。
橙色の皮は、思っていたより厚かった。
白い筋も多い。
房を一つ取り分け、口に運ぶ。
「…………っ!」
思わず目を見開いた。
「すっぱ!」
予想以上の酸味だった。
口の中いっぱいに、強い酸っぱさが広がる。
「……うぅ、すっぱい……!」
星は思わず顔をしかめた。
スーパーで売られていた甘いミカンとは、随分と違う。
甘味がまったくないわけではないものの、酸味の方が圧倒的に強かった。
「……品種が変わっちゃったのかなぁ」
もちろん、原因など分からない。
もともと酸味の強い柑橘類だったのかもしれないし、野生化したことで果実の性質が変わったのかもしれない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
今の自分にとって、これは貴重な食料だ。
「……ふふ」
星は小さく笑った。
酸っぱい。
けれど、美味しい。
何より、久しぶりに果物を食べられたことが嬉しかった。
「……これ、ありがたいなぁ」
星は木を見上げた。
まだいくつか実が残っている。
ほかの木にも、同じような果実がついていた。
とはいえ、今の自分が全部持って帰れるわけではない。
運ぶための鞄もなければ、長期間保存する方法も知らない。
「……とりあえず、場所を覚えておこう」
星は周囲の地形を確認した。
旧道から少し外れた斜面。
崩れた石垣。
特徴的な形をした大きな岩。
これなら、もう一度来ることもできそうだ。
星は食べる分とは別に、傷みの少ない果実を数個だけ持ち帰ることにした。
そして、ふと思う。
「……そういえば」
果樹園があったということは、昔はこの辺りに人が暮らしていたのだろう。
もしかすると、近くには集落があったのかもしれない。
今では森に埋もれているけれど、ほかにも何か残っている可能性がある。
それに。
「……ほかにも、果物があるかも」
ミカン。
柿。
梨。
栗。
石化前の日本では、色々な果物が育てられていた。
もちろん、それらが今も残っている保証はない。
季節によっては、実がついていないことだってあるだろう。
けれど、探してみる価値はありそうだった。
「……いいこと見つけちゃった」
星は嬉しそうに笑った。
現在地を知るための探索だったはずなのに、思いがけず食料を見つけてしまった。
旅とは、どうやらこういうものらしい。
◇
拠点へ戻った頃には、太陽がかなり傾いていた。
星は持ち帰った果実を寝床の近くへ置くと、真っ先に沢へ向かった。
今朝仕掛けた魚籠の様子を確認するためだ。
「……さてさて」
水の中へ手を伸ばし、固定していた石を外す。
籠をゆっくりと持ち上げた。
中で、何かが動いた。
「……おっ?」
小さな魚だった。
一匹。
二匹。
さらに、もう一匹。
「……やった!」
思わず声が弾んだ。
小魚が三匹。
どれも大きくはないが、罠が機能したことは間違いなかった。
「……ふふ、いいねぇ」
星は満足げに籠を眺めた。
もっとも、ここからが問題だった。
魚を捕まえること。
その魚を食べられるか判断すること。
この二つは、まったく別の話なのだから。
星は魚を水の入った容器へ移し、一匹ずつ観察してみた。
身体の形。
鱗の様子。
鰭の位置。
口の形。
しかし、結論は芳しくなかった。
「……分かんないなぁ」
現世の星は、魚に詳しいわけではない。
石化する前も、釣りを趣味にしていたわけではなかった。
スーパーで売られている魚ならともかく、沢を泳ぐ小魚の種類を見分ける自信はない。
前世でも川魚を食べたことはある。
けれど、あちらの世界で覚えた魚の名前が、日本の魚に通用するはずもなかった。
「……うーん」
星は腕を組んだ。
見た目からすると、どれも日本の淡水魚として珍しくない姿をしている。
しかし、それだけでは種類を特定できない。
淡水魚は寄生虫にも注意が必要だし、魚種によっては別の危険もある。
もちろん、十分に加熱すれば防げる危険もある。
けれど、それだけですべての問題が解決するわけではなかった。
「……やっぱり、やめとこうかな」
星は小さく息を吐いた。
食料が欲しい。
それは間違いない。
けれど、今日は果物を見つけられた。
少なくとも、何も食べられない状況ではない。
ならば、種類の分からない魚を無理に食べる必要はなかった。
「……ごめんね」
星は魚を一匹ずつ、沢へ戻した。
小さな影が水の中へ消えていく。
それを見届けてから、星は立ち上がった。
「……魚の勉強も、必要だねぇ」
もっとも、図鑑もなければ、教えてくれる人もいない。
そう簡単に知識を増やせるわけではなさそうだった。
星は魚籠を確認し、再び沢に仕掛けた。
次に捕まえたときは、もう少し詳しく観察してみよう。
食べられなくても、記録を残しておくことには意味があるはずだ。
「……よし」
ひとまず、今日の漁はこれで終わりだ。
星は果実を置いてある寝床へ戻った。
◇
「……すっぱぁ」
夕食。
星は焚き火の前に座り、持ち帰った果実を食べていた。
相変わらず酸味が強い。
食べるたびに顔がしかめられる。
それでも、不思議と手が止まらなかった。
「……こういうのも、悪くないね」
調味料もない。
料理らしい料理もできない。
けれど、今は食べられるものがあるだけありがたかった。
もちろん、柑橘類の果実だけでは十分な栄養を得られない。
特に、身体を動かすためのエネルギーや筋肉を維持するための栄養は足りないままだ。
それでも、食料を得る手段が一つ増えたことは大きい。
星は果実の皮を眺めながら、今日の出来事を思い返した。
魚籠を作った。
旧道を探索した。
道に迷いかけた。
そして、古い果樹園の跡を見つけた。
「……海も行きたいけど」
星は小さく呟いた。
「……あの辺り、もう少し調べたいなぁ」
果樹園の跡。
段々に整えられた土地。
あそこには、昔の人間の生活があった。
今は森に埋もれてしまっているけれど、果樹以外にも何か残っているかもしれない。
それに、もし食べられる植物がほかにも見つかれば、旅の準備がもっと進むだろう。
もちろん、識別できなければ意味がない。
「……やっぱり、知識って大事だね」
星は苦笑した。
前世で何十年も旅をしてきた。
色々な土地を歩き、様々な生き物を見てきた。
けれど、それだけでは今の世界を生き抜くには足りない。
知っていることと、知らないこと。
できることと、できないこと。
その境目を、しっかり見極めなければならなかった。
「……まあ、少しずつ覚えていけばいいか」
星は最後の一房を口に運んだ。
「……んーっ、すっぱい!」
そして、また顔をしかめた。
◇
食事を終えると、星は昨日持ち帰った樹皮を取り出した。
そこには、炭で書いた文字が残っていた。
石世界紀行。
そして、昨日見つけた神社の記録。
しかし、指で軽く触れるだけでも文字が滲む。
このままでは、長く保存できそうにない。
「……やっぱり、もうちょっと何とかしたいよね」
紙が作れればいい。
けれど、今の自分には製法が分からない。
墨やインクがあれば、多少は書きやすくなるだろう。
しかし、それも作り方を詳しく知っているわけではなかった。
ならば、今できることをするしかない。
星は木の枝を一本、手に取った。
表面の樹皮を削り、平らな部分を作る。
そこへ石器の尖った部分を押し当て、細い溝を刻んでいく。
試しに、一本の線を引く。
「……うん」
悪くない。
炭で書くより時間はかかるが、文字が擦れて消える心配は少なくなる。
もっとも、木材そのものが腐る可能性はある。
数百年、数千年と残せる方法ではないだろう。
それでも、今すぐ使う記録媒体としては十分だった。
星は適当な木片をいくつか加工し、文字を刻みやすい板を作り始めた。
薄い木片を削る。
表面を整える。
割れそうな部分を取り除く。
単純な作業だが、なかなか時間がかかった。
それでも、星は途中でやめなかった。
今度は、旅の記録をちゃんと残したかったからだ。
やがて、日が暮れる頃。
「……できたぁ」
星は完成した木の板を並べた。
大きさは不揃い。
表面も、ところどころ凸凹している。
けれど、文字を刻むには十分だった。
星はそのうちの一枚を手に取り、ゆっくりと文字を刻み始めた。
まずは、題名。
『石世界紀行』
続いて、今の状況。
『日付不明。場所不明。周囲は森。人間の姿は見当たらず』
そこまで書いて、星は少し考えた。
日付が分からないのは仕方がない。
場所も、いずれ分かるだろう。
ただ、何も記録していないよりはいい。
そこで、復活してからの日数を書き加えることにした。
『目覚めてから四日目』
それから、今日の出来事。
『魚を捕獲する罠を製作。小魚三匹を捕獲するも、種類を識別できず放流』
『旧道を探索するも、現在地は判明せず』
『古い果樹園の跡らしき場所を発見。柑橘類と思われる果実を確認』
『次の目的地は海』
最後の一文を刻み終えると、星は板を持ち上げた。
「……ふふ」
自然と笑みが浮かぶ。
たったこれだけの記録。
誰が読むわけでもない、個人的な日記。
それでも、何だか嬉しかった。
前世で旅をしていた頃にも、こんなことがあった。
初めて訪れた街の名前を書いたり、珍しい料理について記録したり。
何年も経ってから読み返すと、そのときの景色や匂いまで思い出せた。
あの感覚が、好きだった。
だから、今度も書き残したい。
たとえ、自分以外に誰もいなかったとしても。
星は木の板を重ね、雨に濡れないよう寝床の奥へしまった。
そして、焚き火の前に座り込む。
夜空には、雲の切れ間から星が覗いていた。
「……海、かぁ」
明日も、まだ準備が必要だろう。
保存食も欲しい。
水を運ぶ容器も増やしたい。
道具をまとめて持ち運ぶ方法も考えなければならない。
それに、今日見つけた果樹園も気になる。
やることは山ほどある。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、何から手をつけようかと考えている時間が楽しかった。
かつて、異世界を旅し始めた頃もそうだった。
知らない土地へ向かう前夜。
荷物を整理し、地図を広げ、明日の道程を考える。
あの、胸が少しだけ弾むような感覚。
今の星は、確かにそれを感じていた。
「……さて」
星は小さく欠伸をした。
「明日も頑張ろうかな」
火の始末を確かめ、寝床へ潜り込む。
そして、目を閉じた。
石の世界で迎える、四度目の夜。
文明は失われた。
人間は見つからない。
自分がどうして目覚めたのかも分からない。
それでも、少年には一つだけ確かなことがあった。
この世界には、まだ見たことのない景色がある。
ならば、歩いてみよう。
かつての旅人が、そうしたように。
今度は、星として。
――石世界紀行、第四日。
最初の目的地は、海に決まった。
そして、その道中には、まだ知らない発見が待っているらしい。