Dr.STONE ―石世界紀行― 作:科学知識に自信が無いのでAIに書かせた
旅に必要なものは何か。
そう尋ねられたなら、かつての自分は何と答えただろう。
食料、水、衣服、寝具、道具。それから、旅先で使うお金。必要なものを挙げていけば、きっと際限がない。
けれど、一番大切なのは、何を持っていかないかを決めることだった。
「……って、昔は思ってたんだけどなぁ」
目の前に並べた道具を眺め、星は小さく唸った。
石化から目覚めて五日目。
今日の天気は曇り。雨こそ降っていないものの、空には厚い雲が広がっていた。
昨夜はそれなりに眠れたおかげで、身体の疲労も幾分和らいでいる。ただ、依然として空腹は続いていた。
昨日は、思いがけず果物を見つけることができた。
かつて果樹園だったらしい斜面に残されていた、ミカンによく似た柑橘類。
現代のミカンよりも小さく、随分と酸味の強い果実だったが、久しぶりに口にした甘酸っぱい味は、なかなか忘れられそうになかった。
もっとも、それだけで必要な栄養を満たせるはずもない。
石化から目覚めて以来、まともな食事と呼べるものはほとんど口にしていなかった。
「……やっぱり、お肉とかお魚も欲しいよねぇ」
星は小さく溜息をついた。
昨日、沢に仕掛けた魚籠には、小魚が三匹入っていた。
しかし、種類を識別できなかったため、結局食べずに放流している。
食べ物が目の前にあるのに、食べられない。
あれは、なかなか辛い経験だった。
けれど、だからといって判断を変えるつもりはなかった。
今の世界で食中毒や中毒症状を起こせば、命に関わるかもしれないのだから。
星は気を取り直し、足元に並べた道具を見下ろした。
竹筒。
石器。
火起こし道具。
植物繊維で作った簡素な履物。
それから、旅の記録を刻んだ木の板。
どれも大切なものだ。
しかし、すべてを手に持って運ぶわけにはいかない。
「……鞄、作らないとね」
当たり前の結論だった。
前世の旅では、丈夫な革鞄を使っていた。肩から提げるものもあれば、背中に担ぐ大きなものもあった。
旅先で壊れれば修理することもあったし、必要なら新しいものを買うこともあった。
もちろん、今は買うことなどできない。
革もない。
「……うーん。籠かなぁ」
背負い籠。
植物の蔓や竹を編み、荷物を背負って運ぶ道具だ。
前世でも似たものを使った経験がある。昔の日本でも、山仕事や農作業で用いられていたはずだった。
何より、今の環境でも材料を揃えられる。
「よし、今日はこれを作ろう」
そう決めた星は、道具をまとめて立ち上がった。
もっとも、製作を始める前に、一つ確認しておかなければならないことがある。
昨日、沢に仕掛けた魚籠だ。
「……何か入ってるといいなぁ」
捕まえた魚を食べられるとは限らない。
それでも、昨日とは違う種類が見つかるかもしれないし、漁場の状態を確かめることにも意味はある。
星は小さな期待を抱きながら、沢へ向かった。
◇
「…………」
沢から引き上げた籠を、星はじっと見つめていた。
何もいない。
「……あれ?」
籠を傾ける。
水が流れ落ちる。
それだけだった。
「……昨日は三匹も入ってたのに」
仕掛けが壊れているわけではない。入口も塞がっていないし、竹の編み目にも大きな異常は見当たらなかった。
ただ、魚が入らなかった。
それだけのことだ。
もちろん、そんな日があることは知っている。
前世でも、仕掛けを確認したら何も捕まっていなかった、という経験は何度もあった。
けれど、知っていることと、実際に困ることは別だった。
「……うーん、残念」
星は籠を元の場所へ戻した。
今度は入口の向きを少し変え、石の配置を調整する。
これで魚が入るかどうかは分からない。
それでも、何もしないよりはいいだろう。
「……お願いします」
籠に向かって、軽く手を合わせる。
魚がお願いを聞いてくれるわけではないけれど。
それから星は、沢の周囲を歩き、ほかに食べられるものがないか探してみた。
水辺にはさまざまな植物が生えている。
小さな虫もいるし、岩陰には何かの生き物が潜んでいるかもしれない。
しかし、今朝は思うような収穫がなかった。
見つけた植物は、食用と断定できないものばかり。
石の隙間に小さな生き物の姿も見えたが、捕獲できるものはなかった。
「……駄目かぁ」
星は肩を落とした。
昨日見つけた果樹園へ行けば、まだ果実が残っているかもしれない。
しかし、それだけで食料問題を解決できるわけではなかった。
あの果実がいつまで実っているのかも分からない。
そもそも、果物だけで必要な栄養を確保するのは難しい。
もっと安定した食料の入手方法が必要だった。
「……やっぱり、魚かなぁ」
沢を覗き込む。
小さな魚影が、岩の向こうへ消えていった。
前世では、魚を捕まえれば食料として利用できた。
けれど、それは食べられる種類を知っていたからだ。
今の日本の魚について、星はそれほど詳しくない。
種類を確かめるための図鑑もなければ、教えてくれる人もいなかった。
「……難しいねぇ」
星は小さく笑った。
知らないことが多すぎる。
それでも、知らないことを知っているだけ、まだいい。
少なくとも、危険を避ける判断はできるのだから。
星は沢の水を汲み、拠点へ戻ることにした。
今日の食料は、昨日持ち帰った果実の残りで何とかしよう。
幸い、まだ二つほど残してある。
けれど、それを食べてしまえば、手元の食料はなくなる。
そう考えると、自然と足取りが重くなった。
◇
竹を割る音が、静かな森に響いていた。
星は細長く加工した竹を足元に並べ、一本ずつ状態を確認していく。
太さが不揃いなもの。途中で割れてしまったもの。思ったよりも柔軟性がないもの。
使える材料と使えない材料を選り分けるだけでも、なかなか時間がかかった。
「……やっぱり道具が欲しいなぁ」
石器でも作業はできる。
けれど、金属製の刃物と比べれば、加工のしやすさは段違いだった。
前世で使っていた小刀があれば、もっと簡単にできるだろう。
そう考えたところで、星は苦笑した。
「……あっちの世界も、便利だったんだね」
剣と魔法の異世界。
現代日本と比べれば、不便なことも多かった。
それでも、人間が何世代にもわたって築き上げた文明は存在していたのだ。
市場には職人が作った道具が並び、街には宿屋があり、旅人が利用できる道も整備されていた。
必要なものがあれば、誰かに作ってもらうこともできた。
今の世界には、それがない。
星は細く割った竹を一本持ち上げた。
「……よし」
余計なことを考えるのは、ひとまず後回しだ。
まずは底を作る。
竹を交互に組み合わせ、少しずつ編んでいく。
底の形が整ったら、今度は側面だ。
竹を曲げ、蔓で固定し、形が崩れないように注意しながら作業を進める。
背負い紐には、植物の繊維を撚り合わせたものを何本も使った。
細い紐一本では、荷物の重さに耐えられない。
それに、肩に食い込むようでは長旅に向かない。
幅を持たせ、できるだけ負担が分散するように工夫する。
そうして、何度も姿勢を変えながら作業を続けた。
気づけば、太陽は頭上を通り過ぎていた。
「……お腹空いたぁ……」
星は作業を中断し、木陰へ移動した。
昨日持ち帰った果実を一つ手に取り、皮を剥く。
途端に、柑橘類特有の香りが広がった。
「……いただきます」
一房を口に運ぶ。
「……っ、すっぱ!」
昨日と変わらない、強い酸味だった。
思わず顔をしかめる。
けれど、空腹の身体にはありがたい。
星はゆっくりと果実を食べ終え、水を飲んだ。
「……うーん」
空腹が収まったとは、とても言えなかった。
果実一つでは、ほとんど腹の足しにならない。
それでも、何も食べないよりはいい。
「……さて、続き続き」
星は立ち上がり、作業へ戻った。
竹を編み、蔓を締め直し、肩紐を固定する。
途中、何度も手を休めながら、少しずつ形を整えていった。
背負い籠は、旅の途中で荷物を預ける大切な道具だ。
途中で壊れれば、それこそ困る。
だから、しっかりと作る。
編み目を確かめ、緩んでいる部分を締め直し、肩紐の位置を調整する。
そうして、作業を始めてから六時間ほど。
「……できた!」
星は完成した籠を持ち上げた。
背中に担げる大きさの、竹製の背負い籠。
見た目は少し不格好だが、構造はしっかりしている。
試しに竹筒と石器を入れ、背負ってみる。
「……んっ」
肩に重さがかかる。
背中に籠が触れる。
数歩歩き、軽く身体を動かしてみた。
問題はなさそうだ。
「……おお、いいじゃん!」
思わず笑みが浮かんだ。
荷物を手に持たずに歩ける。
たったそれだけのことが、今の星にはひどくありがたかった。
そして、もう一つ。
「……何だか、冒険者っぽい」
自分の格好を見下ろし、星はくすりと笑った。
植物で作った服。
簡素な履物。
背中には大きな籠。
現代日本の感覚なら、到底お洒落とは呼べない。
けれど、旅人としては悪くない格好だった。
少なくとも、何も持たずに歩き回るよりはずっといい。
星は籠を下ろし、木陰に腰を下ろした。
「……ふぅ」
疲れた。
指先には細かな傷が増え、肩や腕にも鈍い痛みが残っている。
それでも、完成した籠を眺めていると、自然と頬が緩んだ。
これで、旅の準備が一つ進んだ。
あとは、荷物の中身を揃えるだけ。
「……まあ、それが大変なんだけどねぇ」
星は苦笑した。
◇
その後、星はもう一度だけ沢へ向かった。
魚籠を確認するためだ。
しかし。
「……やっぱり、いないかぁ」
中は空だった。
昨日は三匹も捕まえられたというのに、今日は一匹も入っていない。
仕掛ける場所を変えた方がいいのかもしれない。
あるいは、そもそもこの沢には魚が少ないのだろうか。
星はしばらく考えてから、魚籠を引き上げた。
水の流れに目を向ける。
沢は、森の奥へと続いていた。
下流へ向かえば、もっと大きな川に合流するかもしれない。
大きな川なら、魚も増えるだろう。
それに、今より多くの種類を観察できる可能性もある。
「……明日は、下ってみようかな」
そう呟いてから、星は小さく首を振った。
いや。
その前に考えるべきことがある。
いくら魚がたくさんいても、食べられる種類が分からなければ同じことだ。
それに、魚だけに頼る必要もない。
昨日見つけた果樹園のように、かつて人間が利用していた土地を探せば、別の食料が見つかる可能性だってある。
「……選択肢は多い方がいいよね」
星は小さく頷いた。
前世では、旅をする際に一つの食料調達方法だけを当てにすることは避けていた。
狩りができなくても、採集ができる。
採集ができなくても、釣りができる。
そうした選択肢が、旅の安全を支えていたのだ。
今は、そのどれもが十分とはいえない。
だからこそ、増やしていく必要がある。
星は魚籠を元の場所に仕掛け直し、拠点へ戻った。
空には、夕暮れが近づいていた。
◇
焚き火の前に座り、星は最後に残った果実を眺めていた。
「……これで最後かぁ」
橙色の、小さな果実。
昨日見つけたときは、これで食料問題が少し解決するかもしれないと思った。
実際、食べられるものが見つかったのは大きな収穫だった。
けれど、数個の果物だけで何日も生活できるわけではない。
星は皮を剥き、一房ずつ食べ始めた。
「……すっぱい」
相変わらずの味だった。
少しだけ甘く、かなり酸っぱい。
石化前に食べていたミカンとは随分と違う。
けれど、その酸味も、今では何となく気に入っていた。
「……今度は、もうちょっと持ってこようかな」
もちろん、持ち運べる量には限界がある。
それに、果実は傷む。
保存する方法も考えなければならない。
前世では、果物を乾燥させたり、煮詰めたりして保存食を作ることもあった。
しかし、今回見つけた柑橘類で同じことができるかは分からない。
そもそも、果実の中身は水分が多い。
乾燥させるにしても、随分と手間がかかりそうだった。
「……やっぱり、色々試さないとねぇ」
星は最後の一房を口に運んだ。
これで、手元の食料はなくなった。
明日も何かを探さなければならない。
そう考えると、少しだけ気が重くなる。
それでも。
「……まあ、何とかなるかな」
そう呟いてから、星は首を傾げた。
「……いや、何とかしないと駄目なんだけど」
自分で言って、自分で訂正する。
前世で何十年も旅をしてきたとはいえ、だからといって何でも上手くいくわけではない。
今の身体はまだ弱い。
道具も足りない。
食料も安定していない。
それでも、少しずつできることは増えている。
火を起こせるようになった。
飲み水も確保できる。
寝床もある。
履物も作った。
そして、今日は背負い籠が完成した。
五日前には、何一つ持っていなかったのだから。
「……うん」
星は小さく笑った。
焦る必要はない。
けれど、慎重になりすぎて何もできなくなるのも違う。
分からないことがあるなら、調べればいい。
できないことがあるなら、できる方法を探せばいい。
それが、前世で長い旅を続けるうちに身につけた考え方だった。
星は焚き火へ小枝を一本くべた。
ぱちり、と音が鳴る。
「……そういえば」
ふと、昨日見つけた果樹園を思い出す。
あの場所は、かつて人間が利用していた土地だった。
石垣を積み、斜面を整え、果物を育てていた。
そこには、確かに人間の生活があった。
今では森に飲み込まれてしまっているけれど、人が暮らしていた痕跡は残っている。
「……ほかにも、あるのかな」
果樹園。
畑。
集落。
道。
かつて人間が暮らしていた場所を辿れば、何か見つかるかもしれない。
それが食料なのか、道具なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
けれど、探してみたいと思った。
そして。
「……誰か、いないかなぁ」
ぽつりと呟く。
目覚めてから五日。
人間の姿は、一度も見ていない。
それでも、自分が復活できたのだから、ほかにも目覚めた人がいるかもしれない。
もしかすると、どこかに小さな集落があるかもしれない。
もちろん、何の根拠もない想像だ。
自分が目覚めた理由すら、まだ分からないのだから。
けれど、可能性がないと決まったわけでもなかった。
「……会ってみたいなぁ」
星は小さく笑った。
前世では、一人旅をしていた時期が長かった。
けれど、ずっと一人で生きていたわけではない。
旅先で人と出会い、助けられ、時には自分も誰かを助けながら生きてきた。
旅を終えた後は、小さな村で穏やかな暮らしを送った。
朝になれば近所の人が挨拶をしてくれた。
畑仕事をしていれば、通りがかった子供が声をかけてくれた。
夕方になれば、誰かが食事に誘ってくれることもあった。
そうした日常が、今はどこにもない。
「……寂しい、のかな」
自分に問いかける。
少し考えてから、星は頷いた。
「……うん。たぶん、そうだね」
一人旅は好きだ。
知らない景色を見るのも好きだ。
けれど、一人でいることそのものが好きなわけではない。
誰かと出会うからこそ、旅が楽しいこともある。
それを、星はよく知っていた。
だから、いつか人を見つけよう。
どこにいるのかは分からない。
そもそも、今も生きている人間がいるのかさえ分からない。
それでも、探してみよう。
星はそう決めた。
◇
日が傾き始めた頃、星は再び道具の整理を始めた。
背負い籠は完成した。
しかし、水を運ぶ容器が一つしかないのは心許ない。
長い距離を歩くなら、もう少し余裕が欲しかった。
そこで、竹筒をもう一本作ることにした。
竹を切り出し、節を残して加工する。
今度は以前よりも手際よく進められた。
作り方を覚えているうえ、どの程度の力を加えれば竹が割れるのかも、少しずつ分かってきたからだ。
やがて、二本目の竹筒が完成した。
「……よしよし」
星はそれを背負い籠に収めた。
続いて、記録用の木板を取り出す。
『石世界紀行』
昨日刻んだ文字が、そこにあった。
星は指で表面をなぞった。
木に刻んだ文字は、炭で書いたものよりも消えにくい。
ただ、問題もある。
「……重いんだよねぇ」
木の板は、紙と比べれば当然重い。
一枚や二枚ならともかく、旅の記録を書き続ければ、そのうち持ち運べない量になってしまう。
前世では、紙の束を綴じた日記帳を持ち歩いていた。
あれは便利だった。
薄く、軽く、たくさんの文字を書き込める。
けれど、今は紙がない。
「……やっぱり、紙が欲しいなぁ」
星は小さく唸った。
歴史の授業で習った、パピルス。
植物から作られた、古代の筆記媒体。
詳しい製法は知らない。
それでも、植物を使って文字を書くものを作れる、という知識はある。
ならば、いつか試してみたい。
もっとも、今すぐ取り組むべきことではないだろう。
食料も安定していないのに、紙作りに何日も費やすわけにはいかない。
「……それまでは、これで我慢かな」
星は小さな木片をいくつか選び、表面を平らに削り始めた。
大きな木板ではなく、手のひらほどの大きさの木札だ。
これなら、旅先で短い記録を残すことができる。
詳細な内容は、拠点に戻ったときに大きな板へ書き写せばいい。
木札の端に穴を開け、植物の繊維で作った紐を通す。
何枚かをまとめれば、持ち運びもしやすくなるだろう。
作業を終えた頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「……ふぅ」
星は完成した木札を背負い籠へ入れた。
これで、旅の記録を持ち歩ける。
けれど、まだ一つ、大きな問題が残っている。
「……食料、かぁ」
星は自分の腹を押さえた。
今日も、結局まともな食事にありつけなかった。
昨日の果樹園へ行けば、また果実が手に入るかもしれない。
けれど、それだけでは栄養が偏ってしまう。
何か、別の方法を考えなければならなかった。
「……うーん」
星は焚き火の前に座り込んだ。
前世の旅人なら、どうしただろう。
そう考えて、少しだけ笑った。
答えは簡単だった。
準備が足りないなら、準備をする。
行けないなら、行けるようになるまで待つ。
旅をするというのは、何も無理をして歩き続けることではない。
時には一つの場所に腰を落ち着け、十分に休息を取ることも必要だった。
それこそ、旅を終えてからの穏やかな生活が、自分に教えてくれたことではないか。
「……そうだよね」
星は小さく頷いた。
焦る必要はない。
海は逃げない。
山も、森も、川も、明日になったからといって消えるわけではない。
もっとも、食料だけは話が別だ。
「……明日は、ちゃんと食べたいなぁ」
切実な願いだった。
◇
夜。
星は焚き火のそばで、小さな木札を手に取った。
今日の記録を残すためだ。
木札の表面を確かめ、石器の先端を当てる。
ゆっくりと、文字を刻んでいく。
『五日目。背負い籠を製作』
『水筒を追加。携帯用の木札を製作』
『沢の魚籠は空。新しい食料は確保できず』
『昨日採集した果実を食べ終えた』
そこまで刻んだところで、星は手を止めた。
何か、もう一つ書いておきたいことがあった。
今日、考えたこと。
旅を続ける理由。
そして、自分が本当に探しているもの。
しばらく悩んだ末、星は最後の一文を刻んだ。
『いつか、誰かに会いたい』
「……うん」
完成した木札を眺め、星は満足げに頷いた。
大した内容ではない。
旅の記録というより、単なる日記だ。
けれど、それでいい。
誰かに見せるために書いているわけではないのだから。
そうして木札を片付けようとしたとき、星はふと手を止めた。
今日作った背負い籠。
竹筒。
携帯用の木札。
これらは、いずれ旅に出るために用意したものだ。
しかし、今の自分には、まだ足りないものが多すぎる。
食料。
保存方法。
まともな衣服。
雨をしのぐ装備。
そして、何より体力。
星は自分の手を見下ろした。
五日前に目覚めたときと比べれば、少しだけ変わった気がする。
指先には小さな傷が増え、手のひらには硬くなり始めた部分があった。
まだ頼りない手だ。
それでも、確かに自分の力で何かを作っている。
「……ふふ」
星は小さく笑った。
急がなくてもいい。
少しずつ、できることを増やしていけばいい。
それはきっと、旅を続けることと同じなのだから。
少年は木札を籠の中へしまい、焚き火の始末を済ませてから寝床へ潜り込んだ。
明日は、もう少し食べ物を探そう。
できれば、たくさん。
そんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じる。
空腹は相変わらずだった。
けれど、不思議と心は落ち着いていた。
旅の準備は、まだ終わらない。
それでも、昨日までとは違う。
背中には、荷物を運ぶための籠がある。
手元には、旅の記録を残すための木札がある。
そして何より。
いつか、誰かに会いたいという願いがある。
――石世界紀行、第五日。
旅支度は進んだ。
けれど、旅立ちはもう少し先になりそうだった。