図書室を出ると、二人は並んで寮の方向へ歩き始めた。坂柳の歩調は杖に合わせてゆっくりしている。彰も特に急ぐ理由はないので、自然とその速度に合わせる。
しばらくは、さっきの対局の話だった。
「あの中盤のルーク、最初から狙ってた?」
「途中からですよ。来栖くんが思ったより慎重でしたから」
「思ったよりってなんだよ」
「もう少し強引な方かと思っていました」
「人を見た目で判断すんなよ」
「昨日、私を見た目で気に入った方が仰いますか?」
彰の足が一瞬止まりかける。
「…ぐう」
有栖は小さく笑うだけだった。
「出さないでください」
「あまりにも正論すぎた」
彰は横目で坂柳を見る、坂柳は涼しい顔をしている。
(この子、やっぱ良い性格してる)
それが嫌ではない、むしろ面白い。少し歩いてから、彰は話題を変えた。
「そういや坂柳」
「なんでしょう?」
「ポイントのこと、どう思ってる?」
坂柳の視線が僅かに彰へ向く。
「ポイント?」
「毎月10万ってやつ」
「ええ」
彰はポケットに片手を入れた。
「俺、あれ絶対そのままじゃねえと思ってんだけど」
坂柳はすぐには答えなかった。
「なぜそう思うのです?」
質問で返された、彰は少し笑う。
「探るなあ」
「来栖くんの考えを聞きたいだけですよ」
「まあいいけど」
彰は前を向く。
「まず額が妙。高校生に毎月10万配る必要がない。3万でも十分豪華だろ」
坂柳は黙って聞いている。
「あと茶柱先生。俺らが浮かれてても止めなかった。使い道は自由って強調した割に、ポイントがどう決まるかは説明しない」
「なるほど」
「で、上級生見に行ったら、ポイントについて減ったとか話してる奴がいた」
坂柳の目が僅かに細くなる。
「上級生まで見に行ったのですか?」
「気になったから」
「随分と行動が早いのですね」
「考える材料ないとどうしようもないし」
「だから2日目から、私のところへ話しかけに来たのですね」
「それ次いじったら怒るからな」
坂柳はくすっと笑う、彰は気まずそうに肩をすくめる。
「だから俺の予想は、10万は固定じゃない。何かしら学校側の評価で変動する」
少し間。
「ただ、評価対象が個人なのかクラスなのか、成績なのか生活態度なのか、その辺はまだ分かんねえ」
坂柳はしばらく何も言わなかった、彰が横を見る。
「坂柳は?」
「私も、無条件で毎月10万ポイントが与えられるとは考えていません」
彰の眉が上がる。
「やっぱ?」
「ええ。この学校は生徒を非常に手厚く扱っています。それ自体が目的だと考えるより、何らかの仕組みの一部と考える方が自然でしょう」
「だよな」
彰の声が少し弾む、自分と同じところに違和感を持った相手がいたのが嬉しい。
坂柳は続ける。
「そして一つ付け加えるのであれば――」
「うん?」
「学校側が説明していないことにも、意味があるでしょうね」
彰の表情が少し変わる。
「……ああ」
そこは彰も考えていた、知らされていない。それ自体が試験なのかもしれない。
「つまり、俺らがどう動くか見てる?」
「可能性の一つとしては」
坂柳は断定しない、その言い方を彰は気に入った。
「坂柳、断定しないんだな」
「情報が足りませんから」
「それ好きだわ」
坂柳が足を止めるほどではないが、一瞬だけ彰を見る。
「何がです?」
「分かんないのに分かった顔しないとこ」
彰は普通に言った。
「俺、あれ嫌いなんだよ。仮説を事実みたいに喋る奴」
有栖は小さく笑う。
「その点については、気が合いそうですね」
彰も笑った。
「じゃあ坂柳もポイントあんま使ってない?」
「必要な分だけですね」
「俺も」
「意外です」
「なんで?」
「来栖くんは、もう少し衝動的に使う方かと」
「俺の第一印象どうなってんの?」
「登校2日目から私の連絡…」
「坂柳????????」
くすくすと笑う坂柳。やめなさいと言うと悪気のない顔で、すみませんと返してきた。またやるなこいつ。
「少なくとも、チェスを好きなことは伝わりました」
「それは俺も分かった、チェスってワード出した瞬間ちょっと目きらめいてたもん」
「おや、バレていましたか」
「分かりやすいね」
坂柳がふふっと笑う、彰は軽く笑い返した。やがて、寮へ向かう分かれ道が近づく。
彰はふと考える。チェスだけじゃない、ポイント制度についても、自分と近い角度から見ている。しかも、結論を急がない。
(マジで話しやすいな、この子)
見た目がタイプ、チェスが強い。頭も切れる。そこへさらに一つ、彰が有栖へ興味を持つ理由が増えた。
一方、坂柳もまた、彰を見る目を少しだけ変えていた。ただ頭の回転が速いだけではない、観察して、材料を集め、足りなければ保留する。そして初日から上級生まで見に行く程度には、自分の仮説を確かめようとする。
少なくとも――退屈な相手ではなさそうだった。