体育館へ入ると、彰は最初に天井を見上げた。
「……学校の体育館って、こんな広かったっけ」
入学式というより、何かの大会会場みたいだった。
新入生はクラスごとに並ばされ、彰は案内に従って1年Dクラスの列へ入る。周囲を見れば、さっきバスで見かけた顔もちらほらいた。
例の金髪男もいる。
(同じクラスかよ)
彰は少しだけ笑った。その少し後ろには、バスでほとんど印象に残らなかった男子。そしてその隣にいた黒髪の女子。さらに先ほど老婆のために声を上げていた女子もいる。
(結構被ってんな)
ただ、それ以上深く考えるほど興味は湧かなかった。
式が始まり、校長の挨拶、学校の理念、新入生への期待。彰は最初の数分こそ真面目に聞いていた。
しかし、
「本校は、将来の日本を支える優秀な人材を――」
その辺りから徐々に集中力が落ち始める。
(長ぇ)
姿勢こそ崩さないものの、頭の中では既に別のことを考えていた。校長の言葉の端々。
『ほぼ100%の進学・就職率』『国が運営』『卒業までの三年間、原則として校外との連絡は禁止』
そこだけは少し引っかかった。
(外出できないって、かなり特殊だな)
隣の生徒たちは、豪華な設備や高い進学率の方に意識を向けているように見える。
彰は逆だった。どうしてそこまで生徒を学校内に囲い込む必要があるのか。設備が整っているのは、その不自由さを納得させるためか。
そこまで考えて、
(まあ、どうでもいいか)
すぐに切った。父親なら、もう少し掘るだろう。だが彰自身は、まだこの学校にそこまで興味を持っていない。
式は淡々と進んだ。新入生代表の挨拶、在校生代表の言葉。そこで前へ出た男子生徒に、彰の視線が少しだけ止まった。
堀北学。姿勢も、声も、視線も無駄がない。必要な言葉だけを選んでいる。彰は頬杖こそつかなかったが、わずかに目を細めた。
(この人は、ちゃんとしてんな)
ただ優等生という感じではない。自分がどう見られるかまで計算しているというより、そもそも他人の評価に合わせる必要を感じていないような立ち方だった。
彰は少しだけ興味を持つ。一方、その少し前に座る女子は、学の登壇を見た瞬間、ほんの僅かに姿勢を強張らせた。彰はそれに気づく。
(ん?)
視線だけを流す。女子はすぐに表情を戻していた。だが、他の在校生代表を見る時とは明らかに違った。
(知り合いか?)
それ以上は分からない、彰は深追いしなかった。興味のある違和感ではあるが、今は材料が少なすぎる。
式が終わる。新入生が順番に立ち上がり、体育館を出ていく。彰は軽く肩を回した。
「やっと終わった……」
小さく呟いた声を、近くにいた男子が拾った。
「だよな。長すぎだろ」
彰は顔を向ける。
「途中から校長の話、三割くらいしか頭入ってねえ」
「俺、一割だわ」
「それはもう聞いてねえだろ」
男子が笑う。
「俺、池寛治。お前もDクラスだよな?」
「来栖彰」
「来栖か。よろしく」
「よろしく」
軽い。彰としては、こういう相手の方が楽だった。そこへ別の男子も混ざってくる。
「俺も俺も。山内春樹」
「どうも」
「なあ、女子結構レベル高くね?」
開口一番それだった、彰は一瞬だけ黙る。
「お前、入学式で最初に見るとこそこ?」
「男子高校生として正常だろ」
「まあ否定はしねえけど」
池が吹き出す。少し離れたところで、それを聞いていた女子が楽しそうに笑っていた。
「もう仲良くなってるんだね」
「入学式マジックだね。君の名前は?」
彰が言う、女子は笑顔のまま答えた。
「櫛田桔梗だよ、よろしくねっ!」
とてつもない明るさの笑顔だった。
「コミュ力高」
「褒めてる?」
「一応」
「じゃあ、ありがとう」
初対面なのに距離が近い。ただ彰は、それを特別なものとは受け取らない。こういうタイプなのだろう、誰にでも話しかける。実際、櫛田はすぐ別の女子生徒にも声をかけていた。
彰はそれを見て、
(ああいうの、一人いるとクラスは楽だろうな)
程度に思う。その少し後ろを、バスに居た男子が無言で歩いていた。
彰は一瞬だけ見る。
(……静かな奴だな)
それだけ、まだ男子の中身に引っかかるほどの材料はない。そして学の知り合いらしき女子は、周囲の会話に混ざる様子もなく、一人で歩いている。
池が小声で言った。
「なあ、あの黒髪の子、めちゃくちゃ美人じゃね?」
彰はちらりと見る。
「まあ、顔はな」
「なんだよその言い方」
「いや、話しかけやすそうには見えねえし」
「そこがいいんだろ」
「知らん」
彰は即答した。
そのまま一行は、これから一年間を過ごすことになる1年Dクラスへ向かう。
彰はまだ知らない。この学校が、普通の高校とはまるで違うことも。自分の席のすぐ後ろに座る地味な男子が、誰よりも普通から遠い人間であることも。
そして、自分自身もまた、このクラスの中で少しずつ異物として見られていくことも。
この時の彰にとってはまだ、
「授業、楽だといいな」
それが一番重要だった。