勉強しなきゃやん、終わった。さよなら…俺の楽しい学校生活。
「てか待って…ん???……あれ?????」
Aクラス、坂柳有栖
クラスポイント制
つまり、
「坂柳、敵じゃん」
思わず小声が漏れる、後ろの清隆が僅かに視線を向けた。
彰はそのまま机へ頬杖をつく。
「やっべ。絶対遊び相手にされて退学ルートだろこれ」
清隆は少し間を置いて、
「随分飛躍したな」
「いや、あいつ絶対こういうの好きだって。チェスであの顔する奴だぞ?」
「どんな顔だ」
「獲物見つけた顔」
「本人に言ったら怒られそうだな」
「言わねえよ」
彰は苦笑する。ただ、冗談半分に見えて、半分は本気だった。坂柳が勝負事を好むことは、もう何度か指して分かっている。そしてこの学校は、クラス同士を競わせる。なら、AとDがぶつかる場面はいずれ必ず来る。その時に坂柳が彰を「友達だから手加減する」とは、彰は全く思っていなかった。
むしろ逆、
(絶対全力で来るタイプだよな。『来栖くん、退学を賭けて勝負しましょう』とか言ってそうだもん、戦闘民族だもん)
そこまで考えると、少しだけ笑えてくる。怖い。でも同時に、面白そうでもある。
彰は小さく息を吐き、儚い目で空を見た。
「まあ、その前に俺が勉強で死ぬ可能性あるけど」
清隆が淡々と返す。
「そっちの方が現実的だな」
「うるせえはっ倒すぞ」
そこから放課後までの授業は、いつもより明らかに空気が重かった。
朝まで今月何買おうかなと話していた連中が、今度は端末の残高を何度も確認している。なくなったわけではない。けれど、追加されなかった。
その意味はかなり大きい、彰も珍しく授業中にぼんやりする時間が減っていた。
理由は単純。
(退学は嫌だな、まだ坂柳や清隆と学校生活してたい)
勉強が嫌いなのと、高校を辞めたいのは全く別だ。
英語の授業、教師が黒板に単語を書く。
彰は睨むように見る。
(……知らん)
単語が抜けている、致命的なほど。最後に勉強をした日が思い出せないくらいには。そして意味を知らない文字列を、頭の回転だけでどうにかすることはできない。ちらりと見ると、須藤は完全にやる気を失いかけていた。池も似たような顔、山内も危ない。
彰は三人を見てから、自分のノートを見る。
「…仲間だな」
小さく呟く、後ろの清隆が聞いた。
「何がだ?」
「退学候補」
「自覚はあるんだな」
「あるわ」
彰は少し嫌そうに答える。
「国語なら何とかなる。考える問題もいける。でも英語とか歴史とか知らんもんは知らん」
「勉強すればいい」
「簡単に言うな」
「簡単な話ではあるだろ」
彰は振り返る。
「清隆って時々ひどいよな、親友なのに」
「事実を言っただけだ、親友ではない」
「それが一番刺さるんだよ」
隣では、堀北が黙ってノートを書いていた。
(触れてもくれない…)
昼休み、教室では自然と試験の話題になっていた。
平田が中心になって、勉強が苦手な生徒を集めて何とかしようとしている。櫛田も協力的だった。
「みんなで勉強会した方がいいよね」
池が露骨に嫌な顔をする。
「えー……」
須藤はもっと分かりやすい。
「俺はいい」
「よくねえだろ」
彰が横から言った。
須藤が睨む。
「あ?」
「いや、俺も人のこと言えねえけどさ。退学だぞ?」
「勉強なんかやってられっかよ」
彰は須藤を見る、数秒。
「バスケできなくなるけど」
須藤の表情が僅かに止まる、彰はそこだけ確認する。
(やっぱそこか)
勉強しろと言われても動かない、けれどバスケを失うと言われると反応する。須藤にとって何が重要なのかは分かりやすい。ただ、彰はそれ以上説教しなかった。本人が選ぶことだからだ。
その少し後、堀北が自分の席で黙って本を読んでいる。周囲が試験対策で騒いでいても関与する様子はない。彰はなんとなく清隆を見る、清隆も堀北の方を見ていた。
「清隆」
「なんだ?」
「堀北、勉強できるよな」
「焦りが見えないからな」
「うん、あの感じで退学を受け入れてたら面白すぎる」
「物理的に刺されるぞ」
「言ったらあの世から呪い殺すからな。てか教えるのも上手いと思う?」
「それは知らない」
彰は少し笑う。
「だよな」
数秒後。
「でも頼むなら早い方がよくね?」
清隆が彰を見る。
「俺に言ってるのか?」
「席近いじゃん」
「来栖もほぼ同じだろ」
「俺が行ったら『なぜ私があなたに教える必要があるの?』で終わる未来しか見えねえ」
清隆は少し黙る、彰が続ける。
「清隆ならまだ会話成立してるっぽいし」
「コンパスの針を向けられるのが会話というならな」
「でも俺よりはまだまし」
「呼び方のせいだろ」
「語呂いいんだもん」
彰は無責任に笑った。
午後、今度は日本史。彰は露骨に苦しんでいた。
人名
制度
時代
覚えていない
教師が話している内容そのものは理解できる。でも既に習ったことを前提に話が進むと、そこで止まる。
(終わった、アーメン)
彰はノートの端に小さく書く。
『暗記、敵』
後ろから清隆がそれを見ていることには気づいていない。一方で現代文になると、急に表情が戻る。文章を読ませ、筆者の主張を選ばせる問題。これは強い。
本文の構造
不自然な言い換え
選択肢の中で一つだけ論点がズレているもの
そこを拾う
教師に当てられた時も、普通に正解する。
休み時間に、池が言う。
「お前マジで意味分かんねえ」
彰は答える。
「俺も」
そんな一日が終わる、最後のチャイム。教室内に、いつもの解放感はなかった。平田がすぐ声を上げる。
「赤点を取ったら退学になる以上、みんなで対策した方がいいと思う。僕もできる範囲で教えるよ」
何人かが賛成する、櫛田も加わる。
「私も手伝うよ」
彰は鞄を片付けながらその様子を見る、そして端末を開く。一瞬だけ、坂柳有栖の名前を見る。
(Aクラスは余裕なんだろうなあ)
そのままメッセージを送ろうとして――やめた。今はこっちの問題が先だ。
「来栖くんも勉強会来る?」
櫛田に声をかけられる、彰は顔を上げる。
「行く!!!」
即答。櫛田が少し意外そうに目を丸くする。
「早いね」
「退学したくないもん」
「勉強嫌いって言ってたのに」
「嫌いだけど命には代えられん」
「退学は死ぬわけじゃないよ?」
「高校生活的には死ぬ」
彰は真顔で答える、櫛田が笑う。
その頃、清隆は堀北の方へ視線を向けていた。彰もそれに気づく。
堀北鈴音、Dクラス内でも明らかに学力は高い。そして、学力の低い生徒を積極的に助けようとはしていない。彰は椅子の背にもたれながら、小声で清隆へ言う。
「頼むの大変そうだな」
「そうだな」
「頑張れ」
「なぜ俺なんだ」
「俺より適任」
「理由になってない」
彰は笑う、放課後の教室。平田を中心にした勉強会の話、堀北への協力要請。そして、赤点を取れば退学。
Dクラスにとって最初の現実的な危機が、いよいよ目の前まで来ていた。