特別試験について説明を受けた、その翌日の放課後。彰はAクラスの教室へ向かった。無人島で一週間、Dクラスとしては明らかに重要な試験だが、彰にはもう一つ気になることがあった。
Aクラスを覗くと、坂柳はまだ教室に残っている。彰はいつもの調子で近づいた。
「坂柳」
「こんにちは、来栖くん」
「今回の試験どうすんの?」
坂柳は何のことかすぐ理解したらしい。
「無人島特別試験ですか?」
「そう。坂柳、あれ一週間はキツくね?」
坂柳は杖へ軽く視線を落とす。
「ええ。残念ですが、私は参加いたしません」
「やっぱそうなんだ」
彰は納得する。
無人島で一週間の集団生活。長距離の移動も想定される。彰も最初から、坂柳の身体では参加が難しいだろうと思っていた。
彰は少し考えてから、
「ブラック・ジャックに治してもらう?」
「……はい?」
坂柳が珍しく、完全に意図を掴めなかった顔をする。
彰は真顔で続けた。
「天才外科医、法外な手術代取られるけど腕は最強」
「存じています、そういう意味ではありません」
「あ、知ってんだ」
「来栖くんは私のことを何だと思っているのですか?」
「戦闘民族」
「まだそれを仰っているのですか?」
彰が笑う、有栖は小さくため息をついた。
「それに、何でも手術で治せると思わないでください」
「ブラック・ジャックならいけそうじゃん」
「漫画の登場人物を主治医候補に挙げないでいただけますか?」
「じゃあドクターX」
「そういう問題ではありません」
彰は耐えきれず笑った。
「いや、ごめんごめん」
坂柳も本気で怒ってはいない。ただ、彰の冗談に付き合わされている顔だ。
彰は少しだけ調子を落とした。
「まあでも、そっか。不参加か」
「ええ」
「残念?」
その問いには、坂柳は少し間を置いた。
「もちろんです」
穏やかな声だった。
「特別試験そのものには興味がありますから。参加できないことを惜しく思わない、と言えば嘘になりますね」
彰はその顔を見る、やっぱりだ。
身体的に参加できないから諦めているだけで、試験そのものを嫌っているわけではない。
むしろ――
「ほら戦闘民族」
「来栖くん?」
「なんでもないです」
坂柳が目を細めた、彰は笑いながら近くの机へ軽く寄りかかる。
「じゃあ今回は葛城が中心?」
「そうなるでしょうね」
彰は少し考える、葛城と坂柳。同じAクラスでも、考え方はかなり違う。
そしてクラス内にも、それぞれを支持する生徒が少しずつ見え始めている。
「坂柳は口出さないの?」
「参加しない人間が、島の状況も知らずに全てを指示するべきではないでしょう」
「へえ」
「何ですか、その反応は」
「いや、もっと『私ならこうします』って裏から全部仕込みそうだと思ってた」
「ふふっ。私はそこまで傲慢ではありませんよ」
彰は無言で坂柳を見る。
(ある意味傲慢ではある、めっちゃ見下してるし)
坂柳はそんな考えなどお見通しのように、微笑みながら問いかける。
「なんでしょう?」
「いや?」
明らかに何か言いたそうな顔だった。
「今、失礼なことを考えませんでしたか?」
「証拠あんの?」
「ありませんね」
「じゃあ無罪」
「来栖くんらしいですね」
二人とも少し笑う。
やがて彰は、ふと思いつく。
「ってことは一週間チェスできねえのか」
「そうなりますね」
「そっちの方が重大だな」
「特別試験よりも?」
「俺にとってはね」
坂柳が僅かに目を細める、彰は何気なく言っただけだった。
「帰ってきたら一局やろうぜ。俺が生還できてたら」
「無人島へ行くだけでしょう?」
「Dクラスだぞ? 何が起こるか分かんねえ」
「来栖くん一人だけ遭難されても困ります」
「ひど」
坂柳は、ふふっと笑った。
「ですが――」
杖の柄へ手を添えながら、彰を見る。
「帰ってこられたら、お話を聞かせてください」
「試験の?」
「ええ。来栖くんが何を見て、何を考えたのか。そちらには少し興味があります」
彰は一瞬、坂柳を見る。
それからニッと笑った。
「了解。お土産話いっぱい持って帰るわ」
「楽しみにしています」
彰は手を上げて教室を出ようとして――振り返る。
「あ、坂柳」
「はい?」
「話すけど、俺ら敵だから。Aクラスに有利になる情報は話さねえからな?」
坂柳の笑みが少し深くなった。
「当然です」
その顔を見た瞬間、彰も理解する。
やはりこの少女にとって、彰との親交とクラス間の勝負は別物だ。
「……やっぱ戦闘民族じゃん」
今度は聞こえないように呟いて、彰は寮へと帰宅して行った。