夏休みに入る少し前。
彰たちは期末試験をどうにか乗り越え、そのまま学校側から告げられた二週間の船旅へ入った。
「…普通に旅行だったらこの学校見直すんだけどな」
客船のデッキで海を眺めながら、彰がぼそっと言う。
隣にいた清隆が答える。
「ならどうしてそんな期待した目をしているんだ」
「あれ、バレてた?」
「ばればれだな」
───
ほどなくして船は無人島へ到着し、茶柱から今年度最初の本格的な特別試験について説明される。
一週間
クラスごとに300ポイント
生活物資の購入
指定スポットの占有
リーダー制度
そして、終了時に残ったポイントがクラスポイントへ加算される
彰は説明を聞きながら、珍しく最初から最後まで集中していた。
「…これ、めっちゃ性格悪いな」
「学校が?」
清隆が聞く。
「ルールが」
彰は指を折りながら整理する。
「生活快適にしたらポイント減る、けどケチりすぎると体調崩す。占有地は取りたい、でも動けばリーダー割れるリスク上がる。しかも他クラスのリーダー当てまである」
少し笑う。
「学校側、“クラスで仲良くキャンプしてください”なんて一ミリも思ってねえだろ」
清隆は否定しない。
彰の目はもう眠そうではなかった、こういうのは好きだった。
⸻
島へ上陸すると、Dクラスは早速まとまりを欠いた。
トイレ
シャワー
テント
食料
どこまでポイントを使うか
平田が全体をまとめようとし、堀北はできる限り支出を抑えるべきだと主張する。だが、軽井沢を中心とした女子からは当然反発も出る。彰は少し離れて、その議論を聞いていた。
池が振り返る。
「来栖、お前どう思う?」
「最低限は使う」
「それどのくらいだよ!」
「だから最低限」
彰は地面へしゃがみ、落ちていた枝で簡単に数字を書く。
「ポイント残すのは大事、でも一週間いるんだろ。衛生と体調崩してリタイアしたら30ポイント飛ぶ、節約して30失ったら馬鹿じゃん」
堀北が彰を見る。
「では、どの程度を最低限とするの?」
「それ決めるために、まず島の資源見た方がよくね?」
彰は森の方を見る。
「水場あるか、使える場所あるか、食えるもんあるか。それ知らずに買い物会議しても意味ない」
平田が頷く。
「確かに、まず何が現地で確保できるか確認した方がいいね」
彰は清隆を見る。
「探索行く?」
「ああ」
堀北も加わる。
この辺りから、彰は否応なく気づき始めた。清隆はやはり妙だ。
地形を見る
人の足跡を見る
スポットを確認する
なのに、自分から目立つ意見はほとんど出さない。彰が何か言えば、補足する。堀北が判断すれば、それを支える。
(裏方好きすぎだろ)
まだ、それ以上は言わない。
⸻
試験二日目。
Dクラスは水源を確保し、少しずつ生活の形を作っていた。
彰自身は野球部時代の体力もあって、島の生活には比較的順応が早かった。木材を運び、簡単な作業を手伝う。
池が驚く。
「来栖、意外と使えるじゃん」
「元運動部舐めんな」
「でも身体能力そこまで化け物じゃねえだろ」
「サードは飛んできた球取れりゃいいんだよ」
そこへ高円寺がほぼ単独行動を続け、そのまま体調不良を理由に勝手にリタイアする。
報告を聞いた彰は数秒黙った。
「……マジ?」
平田が困った顔で頷く。
「30ポイント減点になる」
彰は頭を抱える。
「自由人すぎるだろあの人」
清隆は淡々としている。
「高円寺らしい」
「らしいで済ますなよ。30だぞ30」
とはいえ、本人は既に島を離れている。怒っても戻らない。
彰は切り替えた。
「残った奴でやるしかないか」
⸻
その後。
Dクラスの拠点近くで、一人の女子生徒が見つかった。
伊吹澪
Cクラス
山内たちが連れてきた彼女は、龍園たちと揉めてクラスを離れたのだと説明した。
彰は少し離れた場所から、黙って伊吹を見る。
腕
姿勢
視線
服の汚れ方
話す時の間
伊吹が彰の視線に気づく。
「……何?」
「いや」
「さっきから見すぎ」
「ごめん、癖」
「気持ち悪い」
「思春期に女子からのそれ泣くよ?」
彰は笑って引く。ただし、頭の中では引いていない。
(クラスと揉めた、単独で離れた、ここに来た)
筋は通る。でも、
(妙に落ち着いてんな)
本気で居場所を失った人間なら、もう少し先の不安を気にする。
食料や寝床、このクラスに受け入れられるか。伊吹には、それが薄い。もちろん性格の問題かもしれない、だから彰は言わない。仮説、まだそれだけ。
清隆が横へ来る。
「気になるか?」
彰は小声で返す。
「ちょっと」
「どこが?」
「説明できるほどじゃねえ。なんか馴染みすぎてる」
清隆は伊吹を見る。
「疑ってるのか」
「全員疑うのが癖なんでね」
「俺もか?」
彰は清隆を見る。
「一番怪しいまである」
「そうか」
「否定しろよ」
⸻
その日の夜。
彰は見張りを交代しながら、ぼんやり空を見ていた。
無人島、クラス対抗、情報戦、Cクラスから来た伊吹。そしてAクラスの坂柳は不参加、代わりに葛城が動いている。
彰は小さく笑う。
「坂柳いたら、もっと荒れてそうだな」
「何が?」
隣の清隆。
「A」
「そうかもしれないな」
「帰ったら話すネタ増えるわ」
彰はそう言ってから、少しだけ清隆を見る。坂柳に清隆の名前を出した時の、あの反応。今でも覚えている。ただ、それより今は試験だ。
⸻
三日目。
Aクラスの様子を探りに出た時、彰は葛城たちの動きを遠目に観察した。慎重、かなり慎重。無駄な行動をほとんどしない。
「葛城って、守る方なんだな」
堀北が言う。
「何が?」
「攻めるより、失点しない方を優先してる感じ」
清隆も洞窟周辺を見る、彰はさらに少し観察する。そして、葛城のそばにいる戸塚弥彦。
二人の空気
上下関係
動作
彰は眉を寄せる。
「…あれ?」
清隆が彰を見る。
「何かあったか?」
「いや」
彰は少し考える、まだ材料が足りない。
「葛城がリーダーって決めつけない方がよさそう」
堀北が彰を見る。
「なぜ?」
「慎重すぎるから」
「意味が分からないわ」
「リーダー本人なら、慎重になるのが普通。でもこの学校、それを逆手に取らせるルールだろ」
彰は二人を見る。
「“一番リーダーっぽい奴をリーダーにしない”なんて、誰でも考える」
堀北は少し黙る、清隆は何も言わない。
彰はさらに続ける。
「まあ、ただの読み。証拠ない」
そこで止めた。
⸻
Cクラスは、さらに異様だった。龍園たちは大量にポイントを使い、まともにサバイバルをする気がない。彰はその様子を見た時、素直に笑った。
「こいつ本当にやりやがった」
「何が?」
堀北が聞く。
「最初から“島で節約して勝つ”ゲームやってない」
清隆も龍園たちを見る。
彰は続ける。
「ポイント全部使って遊ぶ、大半をリタイアさせる。それでも勝てる手があると思ってる」
堀北が僅かに顔をしかめる。
「リーダー当てね」
「多分」
そして彰の頭に、Dクラスへ入り込んだ伊吹が浮かぶ。
「…そういうこと?」
その瞬間、伊吹への疑念が一段階上がった。
Cクラスが情報収集を主軸にしているなら、Dクラスにたまたま転がり込んできたCクラス生。あまりに出来すぎている。彰は清隆を見る。
「清隆」
「なんだ?」
「伊吹、黒寄り」
「理由は?」
彰は龍園たちの方へ目線を向ける。
「あいつら島で勝つ気ない、情報戦で勝つ気だ」
清隆は静かに聞く。
「だから伊吹がスパイだと?」
「可能性上がっただけ」
彰は即座に線を引く。
「まだ決めない」
清隆は一度だけ彰を見る。
「そうか」
彰はその反応にも少し引っかかった。
(…こいつ、本当に何も驚かねえな)
普通ならマジか?くらいあってもいい。でも清隆は、二日目も、今も、すでに分かってる話の一つを聞いただけのように処理した。やっぱり、どうにも普通じゃない。
⸻
試験は、その後さらに荒れていく。
女子の下着が盗まれ、男子の荷物から見つかる。男女間の空気が一気に悪化する。平田が必死に間へ入り、軽井沢を中心に女子側の不信感が強まる。彰も状況を見て、かなり早い段階で違和感を持った。
「男子が盗ったにしては、雑すぎる」
清隆が見る。
「どういう意味だ?」
「バレた時のリスク高すぎ。しかもわざわざ自分の鞄に残す?」
彰は周囲を見回す。
「誰かに入れられた可能性の方が高そう」
「誰が?」
「それが分かれば苦労しねえ」
視線が一瞬だけ伊吹へ向く。ただし、見ただけ。証拠はない、だから言わない。そして、堀北の体調も徐々に悪くなっていた。彰は歩き方で気づく。反応が遅い、顔色や呼吸。
「堀北」
「何?」
「熱ない?」
「ないわ」
「嘘くさ」
「余計なお世話よ」
彰は眉を寄せる、清隆も気づいている。だが堀北は引かない。リタイアすれば30ポイント失う。Aクラスを目指す彼女にとって、それは受け入れがたい。彰はそれ以上押し切らなかった。
ただ、
(これ、悪化するやつだな)
嫌な予感だけが残った。
そして六日目。
Dクラスのキーカードが盗まれる、さらにマニュアルが燃やされる。混乱の中、伊吹が姿を消す。
彰は立ち上がった。
「……やっぱりか」
完全な証拠が出た、そして雨の中。堀北も消える、そんな中清隆が動いた。彰も追おうとする、だが清隆が止めた。
「来栖、ここに残れ」
「なんで?」
「クラスが混乱してる。平田と櫛田じゃ手が足りない」
彰は清隆を見る。
数秒。
(…こいつ)
声がいつもと違う、かと言って命令的ではない。でも、明確に「自分が行く」と決めている。
彰は少しだけ目を細める。
「……分かった」
珍しく素直に引いた。
「堀北と伊吹のこと、頼む」
「ああ」
清隆は雨の中へ消えていく、彰はその背中を見送る。
そして小さく呟いた。
「お前、何者なんだよ」
その答えは。
まだ、もう少し先だった。