翌朝。
雨は上がっていた。彰はほとんど眠れていなかった。昨夜、清隆が雨の中へ消えてからかなり時間が経っていたし、堀北の体調も明らかに悪かったからだ。そんな中、平田たちがクラスをまとめ、彰もできる範囲で動いた。食料、荷物、残ったメンバーの確認。
そして明け方近く、堀北がリタイアしたという話が入る。
「…やっぱ無理だったか」
彰は小さく息を吐いた、30ポイントの減点。痛い。ただ、それ以上にあの状態で残す方が危険だった。清隆はその後戻ってきたが、彰はすぐ問い詰めなかった。
「堀北は?」
「もう大丈夫だ」
「そっか」
それだけ。ただ、彰の目は一瞬だけ清隆の服や表情を見る。泥、濡れ方、疲労。そして何より、妙に落ち着いている。
(…何かやったな)
でも聞かない。清隆が自分から言わないなら、今はそれでいい。
⸻
最終日。
各クラスはリーダーを予想する、Dクラスでは平田が提出役になる。彰は少し離れたところから様子を見ていた。清隆が何かを書いた紙を平田へ渡す。彰の目が細くなる。
「清隆」
「なんだ?」
「それ何?」
「予想」
「へえ」
彰はそれ以上聞かない。ただ、清隆がかなり確信を持っていることだけは分かる。
全クラスが集合したのち、結果発表。
まずCクラス、0ポイント。ざわめきが起きる。
彰は目を見開く。
「マジか」
龍園が仕掛けた情報戦、かなり大きく賭けた戦い。そして外した。
その次は、
Aクラス。120ポイント。
Bクラス。140ポイント。
そして、Dクラス。
225ポイント。
一瞬、誰も理解できなかったが。
「はぁ!?」
池が叫ぶ、山内も目を丸くする。須藤も完全に固まる。平田ですら驚いていた。彰は無言、そしてゆっくり清隆を見る。清隆は目立った反応をしない。
(……お前か)
確信に近かった、Dクラスのリーダーは堀北だったはず。伊吹はそのカードを見て報告、Cクラスは堀北を指名した。なのに、Dは減点されていない。つまり、途中でリーダーが変わっている。リタイアした堀北。そして昨夜、彼女を追って一人で消えた清隆。点と点が繋がる。
彰は小さく笑った。
「…無表情マシーン、やるじゃん」
清隆が僅かにこちらを見る、聞こえたらしい。ただまだ彰は何も言わない。
⸻
船へ戻ったあと、Dクラスは浮かれていた。一気に225ポイント。最下位だったクラスが、初めて明確に他クラスを出し抜いた。周囲では誰もが堀北の功績だと思い始めている。彰はその話を聞きながら、違和感しかなかった。堀北は最後、倒れている。しかも伊吹にはカードまで見られた、それでこの結果。
(堀北だけじゃ説明つかねえ)
廊下で清隆を見つける。
「清隆」
「なんだ?」
「ちょっと来て」
「どこに?」
「人いないとこ」
清隆は少しだけ彰を見る。
「告白か?」
彰が一瞬止まる。
「お前そういう冗談言えたの?」
「来栖の影響かもしれないな」
「嫌な成長したな」
二人で船内の人気のない場所へ移り、彰は壁にもたれる。
「で」
清隆を見る。
「お前、何した?」
清隆の表情は変わらない。
「何の話だ?」
「今回」
彰は指を折る。
「堀北がリーダーだった、伊吹にカード見られた。んでCは堀北を指名した、でもDは減点されてない」
清隆は黙っている。
「堀北がリタイアした後なら、正当な理由があればリーダー変更できる」
彰の目が少し鋭くなる。
「そして昨夜、堀北を追ったのお前だ」
少しの沈黙。
「で、DがAとCのリーダー当てた」
彰は少し笑う。
「これで『何もしてません』は無理あるだろ」
清隆は彰を見る。
「よく見てるな」
「親父に鍛えられたからね」
「だからといって、俺がやった証明にはならない」
彰の笑みが少し深くなる。
「うん、だから聞いてるだけ」
清隆の目が僅かに変わる。
彰は続ける。
「推理と証明は別、俺もそれは分かってる」
清隆は答えなかった、だが彰も急かさない。十秒かそこらか待っていると、やがて清隆が言う。
「来栖」
「ん?」
「知ったらどうする?」
彰は少し考える。
「別に」
「別に?」
「クラス勝たせたんだろ?」
彰は肩をすくめる。
「だったら俺に困ることないし」
「他の奴に言わないのか?」
「言ってほしい?」
「いや」
「じゃあ言わない」
あまりにも簡単、清隆は彰を見る。
彰は少し笑う。
「友達だから信用してる、とは言わねえよ」
その言葉に清隆が僅かに反応する。
「俺、人簡単に信じないから」
彰は軽く海の方を見る。
「でも今んとこ、お前が俺に害与えたことない。むしろ助けてる」
そして清隆に戻す。
「だから黙っとく。それだけ」
清隆は数秒黙った。
「合理的だな」
「褒めてる?」
「一応」
「じゃあ受け取っとく」
彰は笑う。
「ただ一個だけ」
「なんだ?」
「チェス」
清隆が僅かに眉を上げる。
「は?」
「絶対お前強いだろ」
清隆は沈黙する、彰はニヤッと笑った。
「帰ったらやろうぜ」
「なぜそうなる」
「坂柳も見たがってたし」
「…機会があればな」
前と同じいなし方、ただ彰はそれ以上無理強いはしない。
「行けたら行くね了解」
「なんだそれは」
「なんで分からないんだよ」
彰は笑いながら離れる。
「まあいいや。いつかやろうぜ、親友」
「だからいつから親友になった」
「無人島で俺を救ったあたり」
「救った覚えはない、それにその前から言っているだろう」
「Dクラス救ったじゃん、まあこれはもう諦めて受け入れろ」
彰は手をひらひら振りながら、そのまま去っていく。
清隆は彰の背中を見送る。
来栖彰、思っていた以上に鋭い。でも、それ以上に。見抜いたものを、すぐ武器にしようとはしない。それが少しだけ珍しいタイプだった。
「…来栖彰、か」
Dクラスの黒幕がこぼした呟きは、誰にも届かなかった。
⸻
そして船上。
無人島試験が終わったからといって、学校が休ませてくれるはずもなかった。しばらくして、新たな特別試験の通知が届く。クラスの枠を崩し、十二支を名に持つ複数のグループへ生徒を分ける試験。
VIP
優待者
他クラスとの情報戦
彰はルール説明を読みながら、ゆっくり口元を上げた。
「まーた性格悪いゲーム始まったよ」
夏休みの船上特別試験が始まろうとしていた。