ようこそ推理至上主義の教室へ   作:吐き気

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夏休み〜ロケットパーンチ〜

夏休みのとある日。寮の水道は朝から止まっていて、復旧は日付が変わる頃になると告知された。そんな中、坂柳からおすすめされた小説を読みながら最後の水を飲み干すと、彰の端末が震える。

 

綾小路清隆、どうしたのだろう。

 

{今時間あるか?}

{あるけど}

{堀北の部屋に来てくれ}

{何があったんだ}

 

───

 

「で、何?」

 

堀北の部屋へ入った彰は、最初こそ普通にしていた。だが、堀北が妙に右腕を身体の後ろへ隠しているのを見て、すぐに眉を上げる。

 

「怪我?」

「違うわ」

「じゃあ何」

「……笑わないと約束できる?」

 

彰は一瞬考えた。

 

「内容による」

「帰りなさい」

「待て来栖」

 

清隆に止められる。

 

「どっちなんだよ」

「来栖、笑わないと約束をしろ」

「…分かった、笑わないよ」

 

堀北はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように右腕を前へ出した。

彰の視線が止まる。右手から手首のあたりまで、水筒がすっぽり嵌まっている。

 

数秒。

 

「……………」

 

彰は勢いよく横を向いた、肩がとてつもない速度で震えている。堀北の目が鋭くなる。

 

「今、笑ったでしょう」

「…笑ってない」

「肩が震えているわ」

「いや、ごめん。だって」

 

もう一度見る。

 

堀北

 

水筒

 

堀北

 

「なんで?」

「洗おうと思って手を入れたら抜けなくなったのよ」

「そこまで突っ込む?」

「底まで洗おうとしただけよ」

「真面目すぎるだろ」

 

清隆は相変わらずいつもの無表情をしていた。彰はしゃがみ込み、水筒の口と堀北の手首を見る。

 

「痛い?」

「先ほどまで一人で格闘していたから、少しだけ」

「じゃあ無理に引っ張るのやめよう。腫れたらもっと抜けなくなる」

「俺もそう思う」

 

清隆が頷く、彰は少し水筒を持って角度を変える。

 

「少し回す?」

 

試す、堀北も指を細くまとめる。清隆が水筒側を少し回す。

 

「……駄目ね」

「全然動かないな」

 

彰はしばらく考える。

 

「滑らせるしかないんじゃない?」

 

清隆も言う。

 

「洗剤を使えば、抜ける可能性はある」

 

そこで三人とも黙る。

水道は停止中、部屋に残っている水は…

 

「水は?」

「あったら試しているわ」

「清隆」

「俺もない、来栖は?」

「ここに来る前に飲みきっちまった」

 

洗剤があっても、水がなければ流し込めない。

 

彰が口を開く。

 

「食堂でもらえば?」

「私もそう思ったわ」

 

堀北は水筒のついた右腕を見る。

 

「任せたわ」

「ですよね」

「仕方がないか」

 

食堂には二人で行くことに。

彰は少し笑いそうになったが、堀北の目を見て我慢した。

 

───

 

だが、食堂で配られていた水はすでに無くなっていた。

 

「終わったな」

 

彰が言う。

 

「まだ自販機がある」

 

清隆が返す。

 

自販機へ向かう。

 

水…売り切れ

 

お茶…売り切れ

 

スポーツドリンク…売り切れ

 

ジュース類まで全滅

 

彰は表示を見ながら笑う。

 

「ですよねー」

「寮全体で断水してるからな」

 

残る選択肢はケヤキモール、そこまで行けば水はある。だが、堀北がこの姿で外へ出る必要がある。部屋へ戻ると、堀北は明らかに嫌そうな顔をした。

 

「人に分けてもらう方法は?」

 

彰が言うが、すぐに清隆が

 

「堀北に友達がいると思うか?」

「叩かれたいの?」

 

まずい、このままじゃ親友が撲殺されてしまう。

 

「俺か清隆の友達に分けてもらうのは?池とか須藤とか」

 

堀北が即座に嫌そうな顔をする。

 

「衛生面が気になるわ」

 

彰が頷く。

 

「まあ、それは分かる」

「俺や来栖が頼めば、遠慮なく飲みかけのものを渡してくるだろうな」

「櫛田なら頼めるんじゃない?」

 

彰が言うと、堀北の顔がさらに嫌そうになる。

 

「嫌よ」

「即答」

 

彰は少し笑う。

 

「佐倉に頼んでみようか」

「佐倉さんなら…」

「平田でもよくない?」

「その二人なら、事情を言わずに水だけ分けてほしいと頼むことはできるかもしれないわね」

 

清隆は端末を取る。

佐倉へ連絡、繋がらない。平田へ連絡、こちらも繋がらない。彰が一之瀬にもメッセージを送ってみるが、もうなくなってしまったらしい。

天井を見る。

 

「詰み寄りになってきたな」

「縁起でもないこと言わないで」

 

彰は一瞬坂柳が頭に浮かんだが、あの子は体が弱い。余っていれば本人は渡してくれるだろうが、この炎天下の中出来るだけ負担はかけたくなかった。

 

結局、ケヤキモールへ行くしかない。問題は移動経路。エレベーターは人に会う可能性が高すぎる。そこで非常階段を使うことになった。堀北は右腕をできる限り身体の影へ隠し、彰と清隆が前後を確認する。

 

「なんか犯罪者みたいだな」

 

彰が小声で言う。

 

「黙って」

「はい」

 

堀北の部屋と同じ階の非常階段へ向かう。その時、少し先の部屋の扉が開いた。

 

「やば」

 

彰が小さく言う。

 

出てきたのは櫛田だった、前園の部屋。彰は一瞬で普通の顔に戻る。堀北も右腕を身体の影へ隠した。

 

「え、綾小路くんと来栖くんに…堀北さんまで?」

 

櫛田が少し驚いたように笑う。

 

「珍しい組み合わせだねっ」

「まあ、ちょっとな」

 

彰が軽く返す。

 

「どこ行くの?」

「外」

「へえ」

 

それだけで済む、そう思った。櫛田は一度前園の部屋を離れる。

彰は小さく息を吐く。

 

「助かった」

 

三人が非常階段へ向かおうとした、その時。

 

「来栖くん」

 

後ろから声、彰が振り返る。

 

櫛田だった。

 

「落とし物してるよ」

「え?」

 

彰は反射的に戻ろうとして振り返る。

 

その動きにつられて堀北も少し身体の向きを変える。

 

一瞬、櫛田の視線が堀北へ向く。

 

彰の心臓が少し跳ねる。

 

だが、櫛田は何も言わなかった。彰が落としたハンカチを拾って渡す。

 

「ありがと!」

「ううん」

 

そして櫛田は非常階段の方を指した。

 

「あ、でもそっちの非常階段、今使えないよ」

 

三人が止まる。

 

「なんで?」

「電球切れてるみたい、暗くて危ないから通れないって」

「……まじか」

 

彰が呟く。

堀北の顔がほんの少しだけ固まる、櫛田は何も気づいていないように笑う。

 

「反対側使った方がいいよっ」

「助かった、ありがと櫛田」

「どういたしまして」

 

櫛田が去る、三人は数秒黙った。

彰が小声で言う。

 

「今気づかれてないよね?」

「たぶんな」

 

清隆が答える、堀北は小さく息を吐く。

 

「行くわよ」

 

反対側の非常階段へ、ゆっくり降りる。誰にも会わないように。やっとエントランス階へ近づく。

 

その時だった。下から声。寮の外から戻ってきた生徒たち。さらに、上から複数人が降りてくる気配。

彰が顔を上げる。

 

「まずい」

 

挟まれる

 

前から来る

 

後ろから来る

 

堀北の右腕は隠し切れない

 

咄嗟に、

 

「エレベーターだ」

 

清隆が言う。

 

「さっき危険って言ってたじゃん」

「今はこっちの方がマシだ」

 

三人はそのままエレベーターへ滑り込む、扉が閉まる。堀北は壁側へ右腕を向ける。彰は少し笑いそうになる。

 

「なんか本当に逃亡中みたい」

「来栖くん」

「はい、すみません」

 

エレベーターが上へ向かう途中に、止まった。そのまま扉が開く。

入ってきたのは…高円寺六助。彰の表情が一瞬固まる。

 

「うわ」

 

高円寺は何も言わず乗り込む、堀北は右腕をさらに身体の影へ隠す。

清隆も無言、彰は内心で祈る。

 

(頼む、こっち見るな)

 

だが、

 

「ダブルエレベーターボーイ、最上階で頼むよ」

 

高円寺は最初から最後まで、鏡しか見ていなかった。

 

自分の髪

 

角度

 

前髪

 

横髪

 

表情

 

「今日も完璧だねぇ」

 

自分へ向かって言う。

 

彰は横目で見る。

 

(…夏休みでも高円寺は高円寺だな)

 

高円寺は三人にほとんど興味を示さない。

そのまま堀北の階へ、扉が開く。三人が降りる、閉まる。

 

数秒、彰が息を吐く。

 

「あっぶねぇ」

 

堀北も僅かに力を抜く、清隆は淡々としている。結局、外へ出る作戦は一度断念。部屋へ戻る、その少し後。

 

清隆が佐倉から連絡が来たと言う、水を分けられるらしい。彰が端末を見る。

 

「佐倉流石すぎる、天才」

 

堀北もようやく表情を緩める。

 

「助かったわね」

「これでケヤキモール行かなくて済むな」

 

しばらくして、清隆が佐倉から水を受け取ってきた。

それを使い、洗剤を少し流し込み。清隆と彰が水筒を固定し、堀北が指を細くまとめる。

 

「ゆっくりね」

「分かってる」

 

少し回す、引く。また回す、そしてついに。

 

すぽっ。

 

抜けた、彰が思わず声を上げる。

 

「おお!」

 

堀北はすぐ右手を確認する。少し赤い、でも大きな怪我はない。清隆も確認する。

 

「問題なさそうだな」

 

堀北は長く息を吐く。

 

「……二度とやらないわ」

 

彰が笑う。

 

「そうしてくれ、ロックマン」

「二度と勉強を教えないわ」

「土下座します本当に申し訳ございませんでした」

 

堀北が水筒を見る。

 

「あなたたち、今日のことは」

「言わない」

 

清隆が即答、彰も手を上げる。

 

「俺も言わない」

 

少し間をおき、

 

「多分」

「来栖くん」

「冗談冗談」

 

その場は解散となった。

 

彰は自分の部屋へ戻る、清隆も自室へ戻った。

 

───

 

数十分後、男は、人は愚かな生き物だった。

 

「…本当に水筒に入るのかな」

 

彰が手を入れてみるとすっぽり入った、意外とフィットしており余裕がない。

 

「ロックマン参上!ぱきゅーん!どきゅーん!……なーんてな」

 

彰が水筒から手を抜こうとすると、

 

「ぬ、抜けない!?!?」

 

すぐに空いてる手で端末を取り、トークアプリを開く。

 

綾小路清隆。

 

{親友!!何も聞かず俺の部屋に来てくれ!!!}

 

送った瞬間。

 

{来栖、今から俺の部屋に来れるか?}

 

「……え?」

 

清隆に電話をかける、1コールで出た。

 

「来栖…俺たちは親友だったんだな」

「あ…うん、二人で日変わるまで待とっか」

 

その日、ホワイトルームの最高傑作と呼ばれた男とその親友は、二人揃って馬鹿だった。




原作でかなり好きな回です
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