夏休み最終日。彰が寮のロビーへ下りると、すでに何人かが集まっていた。堀北、櫛田、佐倉、池、山内、それから清隆。須藤だけまだ来ていない。
「おはよー!夏休み最後にプールって、ちゃんと高校生してるな俺ら」
「あなたは朝から元気ね」
堀北が淡々と返す。
「すずねんも今日は泳ぐんでしょ?」
「その呼び方をやめなさい」
「プールの日くらい許されない?」
「何の関係があるのよ」
彰は笑いながら清隆の横へ行く。
「清隆、今日くらいテンション上げようぜ」
「十分上がってる」
「どこが?」
「内面で」
彰は清隆の無表情を数秒見た。
「確認不能じゃん」
その横では池と山内が妙に落ち着かない。エレベーターが開くたびに女子側を気にしている。
「お前ら」
「な、なんだよ」
「今日なんか気持ち悪いな」
「朝一番でそれ言う!?」
山内まで口を挟む。
「来栖、お前分かってねえな。今日は特別な日なんだよ」
「その言い方でろくなことだった試しないんだけど」
そんなやり取りの最中、エレベーターから一之瀬たちBクラスの女子が下りてくる。
「あれ?堀北さんたちもプール?」
彰が手を上げる。
「一之瀬、おはよー」
「おはよう、来栖くん」
向こうも目的は同じだった。一之瀬が自然にじゃあ一緒に行こうよと提案し、池が誰より早く賛成する。
「人数多い方が絶対楽しいって!」
彰が横目で見る。
「お前今、女子増えたことしか考えてないだろ」
「考えてねえ!」
「声裏返ってるよ」
やがて寝坊していた須藤も合流し、一行はプールへ向かった。
───
施設は夏休み最終日ということもあり、かなり混雑していた。更衣室へ入ると、池、山内、須藤が妙に奥へ集まっていく。
彰はすぐ気づく。
「……何してんの?」
池が振り返る。
「来栖」
「何」
「お前、男だよな?」
「その確認から始まる話、だいたい入りたくないんだけど」
「いいから来い!」
渋々近づくと、数十秒後には計画の中身を聞かされる。
女子更衣室を秘密裏に撮影する。彰は真顔になった。
「……馬鹿なの?」
「お前も興味あるだろ!」
「いやいや、興味あるとかそういう話超えてるだろ。バレたら終わるぞ」
山内が言う。
「バレなきゃいいんだよ!」
「犯罪者のテンプレ台詞じゃん」
須藤は完全に乗り気というより、流されているようにも見える。
彰は須藤を見る。
「須藤までやんの?」
「…うるせえ」
「堀北に知られたら?」
須藤の顔が一瞬固まった。
「それは絶対言うな」
「弱点分かりやすっ」
彰は笑ったが、参加する気はない。
「俺パス」
「裏切り者!」
「女子の水着見たいのと、更衣室撮るのは全然別だから」
「まともぶりやがって!」
「まともなんだよ、捕まるからやめとけ」
彰は清隆を見る。
「清隆は?」
「好きにすればいいんじゃないか」
「止めないの?」
「今ここで止めても、こいつらはやるだろ」
彰は三人を見る、確かに止まる顔ではない。
「…まあ、それはそうか」
清隆が裏で別の手を打つことなど彰は知らない。
───
着替えを終えてプールへ出る。
「うわ、広っ」
彰は素直にテンションが上がる。
少し離れた場所では、上級生たちが水中バレーをしていた。その中心にいる一人がやたら目立つ。
「誰あれ」
堀北が答える。
「南雲雅。二年生で、生徒会副会長よ」
「二年でその立ち位置?」
彰は少し感心する。
周りへの影響力もある。運動もできる。
「モテそう」
「見れば分かるでしょう」
「俺も二、三年になったらあんな感じかも」
堀北が即答する。
「可能性は0に近いわね」
「何でそこまで言うの」
「事実を言っただけよ」
清隆は黙って二人を見ている。
しばらくして、神崎や柴田たちBクラスの男子も合流する。
一之瀬が言った。
「せっかくだし、クラス対抗で水中バレーやらない?」
池が即答する。
「やる!」
彰も乗る。
「俺も!」
佐倉は運動が苦手だからと見学へ回る。チームを決める途中、彰は神崎へ聞いた。
「神崎って運動できる?」
「普通だと思う」
「その普通信用していい?」
「なぜ疑う」
「この学校、普通って言う奴ほど普通じゃないこと多いから」
神崎が少しだけ黙る。
「それは誰のことだ」
「ノーコメント」
試合開始。
そして早々に、須藤が全部持っていく。高く跳び、強烈に打つ。
「強っ!」
須藤が得意げに笑う。
「当たり前だろ!」
彰もボールを追う。
中学は野球部だったから球技そのものには慣れている。ただ、水中バレーは初めて。
「任せろ!」
腕に当てる、が思ったより身体が動かない。ボールが変な方向へ飛ぶ。
「……あれ?」
池が叫ぶ。
「今回はホームランいらねえぞー!」
「水邪魔!」
「今さら!?」
二回目。
彰は少し力を抜く。水中で無理に踏ん張らず、先に位置を取る。今度は綺麗に返る。
須藤が見る。
「お前、さっきと違くね?」
「一回ミスったから」
「それだけで?」
「多分」
確かに修正したことで多少はマシになった。ただ身体能力そのものでは須藤に全然及ばない。だから自分で決めるより、須藤を使う。
「須藤!そっち!」
「任せろ!」
須藤が決める、彰は両手を上げる。
「ナイスゴリラ!」
「誰がゴリラだ!」
Dクラス側が優勢に進み、そのまま二セット連取で勝利する。一之瀬がプールから上がりながら笑う。
「完敗だね」
堀北も素直に須藤を評価する。
「須藤くんのおかげね」
須藤の顔が明らかに明るくなる、彰が横から小声で言う。
「今日一番嬉しいでしょ」
「うるせえ」
「否定しないんだ」
その後、一之瀬が約束通り昼食代を負担することになる。池や山内が遠慮なく選び始める中、彰も一度は大量に取ろうとする。
堀北が見る。
「あなたまで同じことをするの?」
「……人のお金だった」
「そうよ」
彰は少し考えて、普通の量に戻す。
一之瀬が笑う。
「別に気にしなくていいのに」
「いや、池たち見たら罪悪感出てきた」
「俺らを基準にすんなよ!」
昼食中は普通に雑談が続く。櫛田と一之瀬は自然に会話し、神崎は少し離れたところで静かにしている。
彰は神崎を見る。
「神崎、人多いの苦手?」
神崎が少し意外そうにする。
「なぜそう思った?」
「一ノ瀬たちと一緒にはいるけど、ずっと半歩後ろだから」
「…よく見てるな」
「親父が探偵だから癖」
神崎は少し考えたあと。
「得意ではない」
「俺と逆だな」
「来栖は人が多い方が楽しそうだ」
「その通り」
彰は笑う。
「じゃあ神崎、疲れたら俺の後ろいれば?」
「遠慮しておく」
「即答!?」
一之瀬がそのやり取りを聞いて笑っていた。
───
午後。
流れるプールで遊び、泳ぎでも軽く競う。彰は須藤へ勝負を挑んだ。
「一回やろうぜ」
「勝てるわけねえだろ」
「やってみないと分かんない」
結果…普通に負ける。
「速っ!」
「当たり前だろ!」
「もう一回」
「何回やっても同じだ」
二回目、また負ける。ただし、少しだけ差が縮まる。
須藤が眉を寄せる。
「……お前フォーム変えた?」
「うん、須藤の見た」
「見ただけで変えんのか?」
「でも負けた」
彰は悔しそうに笑う。その後、少し休憩して一人で飲み物を買いに行った時だった。少し離れた場所に見覚えのある白銀の髪が見えた。
「あ」
坂柳有栖。
彰は少しだけ迷ったあと、そのまま近づく。
「坂柳」
坂柳が振り返る。
「来栖くん」
「来てたんだ」
「ええ、見学ですが」
「まあそうだよね」
彰はそれ以上そこへ触れない、代わりに少し笑う。
「俺、さっき水中バレーやってた」
「拝見しましたよ」
彰が止まる。
「見てた?」
「ええ」
「どこから?」
「それは秘密です」
「恥ず」
坂柳がふふっと笑う。
「随分楽しそうでしたね」
「楽しかったよ!須藤強すぎた」
「来栖くんも、最初より後半の方が随分動きが良くなっていました」
彰が少しだけ目を丸くする。
「そこまで見てた?」
「見れば分かります」
「怖」
「褒め言葉でしょうか」
「半分」
彰が聞く。
「坂柳は退屈じゃない?」
「退屈はしていませんよ」
「ならよかった」
彰はそのまま軽く手を振る。
「じゃ、戻るわ」
「ええ」
「今度またチェスしよ」
「この間も指したばかりでは?」
「またやりたい」
坂柳が少しだけ目を細める。
「では、また」
彰は笑う。
「次勝つから」
「楽しみにしています」
それだけ、長くは話さない。彰もまたプール側へ戻っていく。
───
閉館時間が近づく。
一之瀬が混む前に帰ろうと提案し、全員がそれに同意する。彰も更衣室へ向かおうとして、清隆が少し残る様子に気づいた。
「清隆、行かないの?」
「少し用事がある」
「ふーん」
彰は一瞬だけ見る、でも追及はしない。
「じゃ先行くわ」
「ああ」
彰が知らないところで、清隆は軽井沢と合流する。池たちの盗撮計画は、清隆の指示で軽井沢が阻止している。記録媒体も回収される。その全容を、この時の彰は知らない。
帰り道、彰たちはコンビニへ寄る。
アイスを買う。彰はソーダ系、清隆はソフトクリーム。外へ出て、清隆が食べる。
彰は少しだけ見て、
「清隆」
「なんだ」
「今ちょっと美味そうに食ったね」
「普通だ」
「いつもより一ミリくらい幸せそうだった」
「気のせいだ」
一之瀬が笑う。
「綾小路くん、アイス好きなんだね」
清隆が少しだけ間を置く。
「そうかもしれないな」
彰が清隆のアイスを見る。
「一口ちょうだい」
「自分のがあるだろ」
「ケチ!」
堀北が呆れたように言う。
「人のアイスを欲しがらないの」
「すずねんお母さんみたい」
「二度と言わないで」
「はい」
夏休み最後の日。特別試験もない、退学もない、クラスの命運も懸かっていない。
須藤に運動で負けて、Bクラスと遊んで、神崎に軽くあしらわれて。…坂柳とは少しだけ話して。清隆がアイスを食べているだけで妙に面白くて、彰にとっては、それで十分だった。
「いやー、夏休み終わるの嫌だな」
一之瀬が笑う。
「二学期も楽しいことあるよ」
「体育祭とか?」
堀北が僅かに彰を見る。
「遊びではないでしょうね」
「…だよねー」
彰は嫌そうな顔をする。
「またなんかあるかな?」
清隆が淡々と言う。
「この学校だからな」
彰は少しだけ黙る。
「……急に二学期行きたくなくなった」
全員の笑い声が少し重なる。こうして、高校生活最初の夏休みは終わった。