ようこそ推理至上主義の教室へ   作:吐き気

35 / 37
体育祭振り返り

体育祭を終えて寮へ戻った頃には、彰の身体は想像以上に重くなっていた。シャワーを浴び、ベッドへ腰を下ろす。脚には疲労が残り、ところどころ筋肉も張っている。

 

「……負けたなあ」

 

一年生だけの順位ではDクラスが最下位。赤組そのものは勝ったが、自分たちの結果として満足できるものではない。

 

須藤は圧倒的だった。それでも途中で崩れた。堀北は龍園たちに狙われて怪我をした。高円寺は途中から競技へ出ない。そしてCクラスは、こちらの参加表を事前に知っていたとしか思えない動きをしてきた。そしてなにより、清隆。

 

彰はスマートフォンを手に取る。少し迷ってから、坂柳とのトーク画面を開いた。

 

{体育祭おつかれー}

 

数分もしないうちに既読がついた。

 

{お疲れさまでした、来栖くん}

 

彰は少しだけ口元を緩める。

 

{見てた?}

{ええ。私は参加できませんから、見る時間は十分にありましたよ}

 

彰はすぐ返す。

 

{俺かっこよかった?}

 

少し間。

 

{そうですね}

 

彰は画面を見る。

 

{その間なに}

{考えていただけですが}

{即答してよ}

{では、多少は}

 

「多少かよ」

 

一人で笑う。

 

{ひど!}

{では、とても}

 

文字だけなのに、坂柳が実際に笑っている顔まで何となく浮かぶ。

彰は少し考えてから、今度は真面目な内容を打った。

 

{でも普通に負けた}

{一年生では最下位でしたね}

{傷口に正確に塩塗るね}

{事実ですから}

{坂柳らしい}

 

彰は続ける。

 

{途中からCがこっちの出場順知ってるっぽいとは思ったんだよ}

{ええ}

 

その返事に彰の指が止まる。

 

{坂柳もそう思ってた?}

{あれだけ露骨であれば、ある程度は}

{だよね}

 

彰はベッドへ背中を預ける。

 

{準備の時から変だった。Cほとんど偵察来てなかったし}

{それで本番では、Dクラスの配置へ綺麗に対応していた}

{そう}

{なら情報を得る別の手段があった、と考えるのは自然でしょうね}

 

彰は少し唸る。

 

{そこまでは行った}

{ですが、誰が渡したのかまでは分からなかった?}

{うん}

 

少しして。

 

{それが悔しい?}

 

彰は迷わず打つ。

 

{かなり}

{なぜでしょう?}

 

彰は一度止まり、考える。

 

{途中で違和感分かったなら、その時点でもっと出来た気がするから}

 

送信、しばらくして返ってくる。

 

{来栖くんは、ご自身に随分と要求されるのですね}

{そう?}

{ええ。違和感へ気づくことと、その原因を特定して対処することは別でしょう}

 

彰の目が少し細くなる。

 

{慰めてる?}

{いいえ}

 

即答だった。

 

彰は笑う。

 

{だと思った}

{次に同じことが起きれば、今回より早く疑える。それだけでも十分意味はあるのではありませんか?}

 

彰は画面をしばらく見た。

 

{なるほど}

 

坂柳から。

 

{納得されましたか?}

{ちょっと}

{それで十分です}

 

彰は少しだけ笑う。そして、体育祭で一番気になったことを思い出す。

 

{そういや清隆見た?}

 

返事はすぐだった。

 

{最後のリレーですか?}

{そう}

 

彰は身体を起こす。

 

{あいつめちゃくちゃ速くない?}

{ええ}

{反応薄っ}

{驚く必要がありますか?}

 

彰が止まる。

 

{え?}

{来栖くんも以前から、綾小路くんに何か違和感を持っていたのでしょう?}

 

彰は少しだけ眉を寄せ思い返す。

 

握力

 

身体

 

運動に関する妙に的確な言葉

 

普段の結果との噛み合わなさ。

 

{まあ、ちょっと}

{でしたら、今日それが一つ表へ出ただけではありませんか}

 

彰は画面を見つめる。

 

{坂柳って、清隆のこと結構見てるよね}

 

送ってから、なぜか少しだけ返事が気になった。

 

既読、少し間。

 

{興味深い方ですから}

 

彰は口を尖らせる。

 

{ふーん}

 

送る、数秒後。

 

{何でしょう、その返事は}

 

彰はちょっと笑う。

 

{別に}

{本当に?}

{本当に}

 

そして、彰は何となく。

 

{俺も興味深い?}

 

送った。送信した瞬間。

 

「……俺何聞いてんだ?」

 

送ってしまった以上送信取り消しはできない、消したことがバレれば余計面倒なことになる。既読がつく。彰は少しだけ緊張する。

 

{ええ}

 

それだけ、彰は少しだけ物足りなく感じて。

 

{どのくらい?}

 

「…俺今日どうした?」

 

自分で呟く、坂柳から返ってくる。

 

{かなり}

 

彰の表情が一瞬で緩んだ。

 

「…よし」

 

なぜ勝った気になっているのかは分からない。

 

{ならいいや}

{何がよいのです?}

{なんでもない}

{そうですか}

 

彰は笑いながらスマートフォンを持ち直す。少しして、今度は坂柳の方からメッセージが来た。

 

{ところで、今日の敗因を来栖くん自身は何だと考えていますか?}

 

彰は少し考える。

 

{いっぱいある}

{例えば?}

{高円寺抜けた、須藤が途中で崩れた、堀北怪我。情報漏れてたっぽい、Cに対応遅れた}

 

少し考えて、もう一つ。

 

{あと俺、人ばっか見てたかも}

 

返信までの間が少し長くなる。

 

{どういう意味でしょう?}

 

彰は文章を打つ。

 

{誰が速いとか、誰が怪しいとか、誰がどう動いてるとか。そこは見てた}

{ええ}

{でも龍園はもっと大きく見てた気がする}

{大きく?}

{体育祭自体}

 

彰は少しずつ言葉を整理する。

 

{誰に勝つかじゃなくて、どうやったらD全体崩せるかとか。誰をぶつけるとか、堀北狙うとか}

 

送る。

 

{俺は人を見てたけど、あいつは盤面見てた感じ}

 

しばらくして。

 

{面白い分析ですね}

 

彰は少し笑う。

 

{坂柳ならどうしてた?}

 

返事。

 

{私でしたら、まず「なぜCクラスが偵察へ来ないのか」をもっと重く見たでしょうね}

 

彰が目を細める。

 

{やっぱそこか}

{来ないことも行動ですから}

 

彰の指が止まる、少しして。

 

{それいいな}

{何がでしょう?}

{来ないことも行動}

 

彰はその言葉を頭に残す。

 

{俺、人が何したかばっか見る癖あるかも}

{悪い癖ではありませんよ}

 

一拍。

 

{ですが、何もしなかった理由を見ることも必要でしょうね}

 

彰はベッドへ寝転がった。

 

「……なるほど」

 

それは、今日の負けよりも妙に頭へ残った。

 

{坂柳ってたまに先生みたいだね}

{不本意ですね}

{嫌なの?}

{来栖くんの教師になった覚えはありませんから}

{でも教えてくれるじゃん}

{意見を述べているだけです}

{そういうとこ好き}

 

送信、彰の指が止まる。

 

「……」

 

またやらかした。だが、今回は消せないことよりも返事の方が気になる。

 

既読、少し間。

 

{ありがとうございます}

 

彰は何となく肩透かしを食らう。

 

{普通に受け取るんだ}

{褒められたのでしょう?}

{まあ}

{でしたら、素直に受け取ります}

 

彰は少し笑った。

 

{じゃあ今度チェスしよ}

{随分急ですね}

{今日負けたから勝ちたい}

{私を体育祭の敗北処理に使わないでください}

 

彰は吹き出す。

 

{じゃあ坂柳にも負けたら?}

{二連敗ですね}

{最悪}

 

少し間。

 

{それでも指しますか?}

 

彰は即答する。

 

{やる}

{では、また今度}

{絶対勝つ}

{楽しみにしていますね、来栖くん}

 

彰はその最後のメッセージを見て、スマートフォンを胸の上へ置いた。

体育祭は負けた。クラスも、自分も、見えていなかったものが多い。清隆には隠している実力がある。龍園は、自分とは違う場所を見ている。

そして、坂柳と話すと、自分一人では見つけられなかった視点が一つ増える。

 

「…今度は勝つ」

 

誰に対して言ったのか。チェスなのか、次の特別試験に対しての意気込みなのか、彰自身にも少し分からなかった。

 

ただ、悔しさだけで終わる夜ではなかった。




この二次創作では、坂柳が原作より割と早めに綾小路に気付いている設定になっています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。