茶柱の説明が終わっても、教室のざわめきは収まらなかった。10万ポイント、しかも毎月。それだけ聞けば、喜ばない方がおかしい。
「やべえ、マジで神学校じゃん!」
池が完全に浮かれている。
「ゲーム買えるだろ。服もいけるし、飯も好き放題じゃね?」
山内も同調する。
「俺もう卒業しなくていいわ!」
「いやそれはだめだろ」
彰が横から入れる。
「でもそのぐらい最高じゃん!」
池が言う。彰は笑いながらも、視線は茶柱へ向いたままだった。茶柱は、生徒たちが喜ぶ様子を止めようとしない。それが少し気になる。
本当にただの福利厚生なら、教師としては「無駄遣いするな」くらい言ってもよさそうなものだ。なのに、何も言わない。むしろ――見ている。
(……試されてる?)
彰は机の上で指を止めた、10万円という金額自体も妙だった。1万円でも十分多い、3万円でも高校生には破格。それをわざわざ10万円。使い切ろうと思えば、簡単に使える金額。
けれど、高校生にとっては「無限に近い」と錯覚しやすい。
(餌にしちゃ、ちょうどいい額だな)
そこまで考えて、彰は自分で少し嫌になる。何でも裏を読むのは父親の影響だ。ただ今回は、どうにも引っかかる。
茶柱が口を開く。
「浮かれるのは構わない。ポイントの使い道も、お前たちの自由だ」
彰の目が少し細くなる。自由、その言い方。
「ただし――」
教室が静かになる。だが茶柱は、それ以上の警告をしなかった。
「この学校では、ポイントでほとんどの物が買える。それだけ覚えておけ」
「ほとんど?」
彰が小さく呟いた、後ろから綾小路の声。
「引っかかったか?」
彰が少し振り返る。
「そっちも?」
「まあな」
綾小路は短く答える、彰は一瞬だけ綾小路を見る。さっきまで、そこまで気に留めていなかった男子。今の一言は、少しだけ意外だった。
「10万って額が妙だよな」
彰が言う、綾小路は答えない。だが否定もしない。
「ま、考えすぎかもしれねえけど」
彰は前を向き直った、そこで会話を切る。興味は少し増えた。だが、まだそれだけだった。
やがて茶柱は校内設備の説明へ移る。商業施設、カフェ、映画館、カラオケ、家電量販店、衣料品店、学生寮。寮以外は普通の学校とは到底思えない設備が次々と挙げられていく。
池たちのテンションはますます上がった。
「なあ来栖、今日放課後見て回ろうぜ!」
彰は少し考える。
「いいけど、金使うのは様子見かな」
「は? なんで?」
「10万タダで配られて、なんも疑問に思わねえの?」
「国営なんだろ?」
「国ってそんな優しくねえだろ」
「この学校に入れたご褒美みたいなもんだろ!」
彰は笑った。
「うちの親父がよく言ってたんだよ。『うまい話は、うまい理由を探せ』って」
「かっこよ!」
池が笑う、彰は肩をすくめる。
「本人はそんなカッコよく言ってなかったけどな」
教室の少し前では、堀北が無言で端末を確認している。周囲の浮ついた空気には混ざらない。
彰の視線が自然とそちらへ流れる。
(あの子も使わなそうだな)
そう思った直後、櫛田が彰の机の近くへ来た。
「来栖くん、放課後みんなで見て回るの?」
「池が行こうって」
「私も行こうかな。せっかくだし、みんなと仲良くなりたいし」
「ほんとブレねえな、その方針」
「いいことでしょ?」
「まあね」
彰は軽く笑う、櫛田も笑う。人当たりがいい、距離感も自然。普通なら、かなり好印象を持つだろう。彰も別に嫌いではない。
ただ、
(こういうタイプほど、どこまで本音か分かりにくいんだよな)
そんなことも自然に考える。笑顔だから信用する、親切だから信用するそれはしない。しないが――わざわざ疑って敵視もしない。櫛田は今のところ、ただ感じのいいクラスメイトだ。
しばらくして、ホームルームが終わる。茶柱が教室を出ていく、その直前。茶柱は一瞬だけ彰を見る、その後すぐ出て行った。
彰は眉を寄せる。
「なんだったんだ今の」
後ろから綾小路。
「反応を見たんじゃないか?」
彰が振り返る。
「……なんで?」
「さあな」
「さあなって、変なやつだな」
「そうか?」
「うん」
彰は少しだけ綾小路を見る。やっぱり、印象が薄い。なのに時々引っかかる。まだ理由は分からない。その時だった、池が彰の肩を叩く。
「ほら来栖! 行こうぜ!」
「はいはい」
彰は立ち上がる。鞄を持ち、教室を出る直前。何気なく一度だけ振り返った。
綾小路清隆。
堀北鈴音。
櫛田桔梗。
平田洋介。
高円寺六助。
須藤健。
まだ、全員ただのクラスメイトだ。けれど彰には、なんとなく分かる。
このクラスは、この学校は――たぶん、かなりおもしろい。