彰は池たちと教室を出かけ――数歩進んだところで、不意に足を止めたこの学校のシステムがどうにも引っかかる。10万ポイント、毎月。
「……やっぱやめた」
池が振り返る。
「は?」
「買い物は今度でいいわ。学校探索したい」
「学校探索?」
「他のクラスとか、上の学年とか」
山内が怪訝そうな顔をする。
「なんでわざわざ?」
「なんとなく」
彰はそれだけ答えた。実際、理由は半分くらい感覚だった。10万ポイント、妙に豪華な設備、教師の含みのある態度。そして同じDクラスだけでも、やたら個性の強い人間が揃っている。ここまで材料が並ぶと、少しくらい全体を見ておきたくなる。
「じゃ、またな」
「お、おう」
彰は一人で歩き出した。まず向かったのは同じ一年の別クラス。
別に中へ堂々と入るつもりはない。廊下を通りながら、開いた扉や窓越しに雰囲気を見るだけだ。
最初に目についたのはCクラスだった。
席に座り、何も喋っていないのに妙に雰囲気がある男子。彰は歩く速度を少し落とした。
(喧嘩とかしてそうだな、怖)
そして筋肉質で大柄な肌が黒い男子。不機嫌そうな顔で壁際にいる女子。柄が悪そうで声が大きい男子。
(ここはここでキャラが濃いのが多そうだ)
彰が廊下を通り過ぎようとした時、最初に注目した男子の視線が動いた。
一瞬だけ、彰と目が合う。彰は逸らさない、ただし睨み返しもしない。男子が僅かに笑った。
「……」
彰はそのまま歩く。
(見られたな。襲われたりしないよね、怖い)
次はBクラス。
かなり明るい、男女の距離も近い。中心にいるのは、一人の女子生徒だった。複数人から同時に話しかけられているのに、誰か一人を雑に扱う様子がない。そしてとても見た目が良かった。
「あ、そうなんだ。じゃあ後で一緒に見に行こっか」
「あっちの子も誘おうよ」
よく笑う。
彰は一度通り過ぎかけて、少しだけ振り返った。
(人が集まるタイプか)
櫛田と似ている。ただ、雰囲気は少し違う。櫛田は自分から輪を広げている。彼女は――放っておいても人が寄ってくる感じがする。もちろん数秒見ただけの印象だし、断定するほど彰は雑ではない。
その横には、少し距離を取った位置から全体を見ている男子がいた。
(あっちは参謀とか護衛してそう)
彰は興味深そうに見たが、そのまま先へ。
そしてAクラス。
ここだけは少し空気が違った。いや静かというより、分かれている。一つのクラスなのに、最初から小さな派閥のようなものが見える。その中心の一方にはツルツルの男子生徒。体格が良く、言動は落ち着いている。
(この歳で丸刈りって…)
周囲には真面目そうな生徒が多い。
そして、もう一方。杖を傍らに置き、椅子に座っている小柄な女子生徒。彰の足が、ほんの少しだけ止まる。別に顔が好みだったからではない。いや、とても好みだったがそれだけではない。
周囲との空気の差。身体的には明らかに不利に見える。なのに、周りの人間が彼女を弱者として扱っていない。むしろ、距離を測っている。
(あの子……)
女子が何かを言う、彰の位置までは声が届かない。ただ、話しかけられた男子生徒が少し緊張したような反応を見せた。
彰の眉が僅かに動く。
(女王様って感じするな)
すると、女子の視線が、ふと廊下へ向いた。彰と目が合う。
1秒、2秒。
彰は何となく軽く会釈する。女子も、ごく僅かに目を細めた、笑ったのかどうかまでは分からない。
彰はその場を離れた。
(AはAでめんどくさそうだな)
1年生だけで、十分濃い。
だが彰はそのまま上級生のフロアへ向かった。
───
2年生フロア。
廊下を歩く生徒たちは、1年よりも学校に慣れている。当然だ。
ポイントで飲み物を買い、友人同士で笑い、教師とすれ違っても特に緊張しない。
彰は何人かの会話を聞く。
「今月どうだった?」
「やべえ、バカ減ってる」
「おいその話は禁止されてるだろ」
彰の歩みが僅かに遅くなる。
(“減ってる“ね)
おそらくポイントについて、妙な言い方をする。1年生の自分たちは、毎月10万入ると思っている。だが上級生の会話には、少なくとも「ずっと10万が保証されている」という余裕が薄い。彰はそれを頭に入れる。
「…ん?」
廊下の先、人が集まったところに一人の男子生徒がいた。金髪で、余裕の溢れ出た笑みをしている。
(櫛田でも平田でもない、Bクラスのあの子とも違うな。王様って感じ。)
そんな感想を抱いたが深く考えず移動する。
───
3年生フロア。
ここでは空気がもっと完成されている。その中で、特に目立つ人物がいた。
堀北学。入学式で在校生代表として壇上に立っていた男。彰は少し離れた場所から見る。数人の生徒が自然と道を空ける。怖がられているというより、明確に一目置かれている。
そしてその隣に小柄な女子生徒。彰はその二人を見ながら、先ほどの堀北の反応を思い出す。
(どっちも堀北だし、やっぱり兄妹なんだろうな。)
その時、学の視線がこちらへ向いた。彰は別に隠れない、見ていただけだからだ。
学は彰を一瞥する。
「1年生か」
「はい」
「ここは3年の教室がある階だ。用がないなら長居はするな」
声は冷静。威圧するつもりはないのに、妙に逆らいづらい。
彰は素直に頷いた。
「すみません。学校見て回ってました」
「そうか」
それだけ、学は去っていく。
彰は後ろ姿を見る。
(あの妹と全然雰囲気違うな。……いや、似てるか。別方向に尖ってるだけで)
少し面白くなる。
1年A
1年B
1年C
自分たちD
2年生
3年生
たった一回りしただけで、クラスや学年ごとの空気に差がありすぎる。
彰は階段を下りながら考える。そして、あることに気づく。
Dクラス。あそこだけ一年生のクラスで「誰が中心になるか」がまだ見て分からない。
Cは目が合った男子、Bは人が集まっていたあの女子、Aは真面目そうなツルツル男子か目が合った女子。となんとなく分かるがDは違う。
平田はまとめ役、櫛田は人を繋ぐ、堀北はそもそも群れる気がない、高円寺は完全に自分の世界だし。須藤、池、山内は好き勝手。
綾小路は――
「……あいつはよく分かんねえな」
ぼそっと呟く、印象が薄い。ただ、さっきポイントの話で同じ箇所に引っかかった。彰の中で、綾小路への興味がほんの少しだけ上がる。
そしてもう一つ。
(ポイント、やっぱ何かあるな)
その疑念は、学校を一周する前より明らかに強くなっていた。