教室へ戻ると、さっきまでよりだいぶ人が減っていた。池たちはもういなく、平田の姿もない。
彰は自分の席へ向かい――その一つ後ろに、綾小路がまだ座っているのを見つけた。
「お、いた」
綾小路が顔を上げる。
「戻ってきたのか」
「まあな。ちょっとしたいことあってよ」
「したいこと?」
彰は鞄を机に置く。
そのまま椅子に跨るように座って、身体ごと後ろを向いた。
「なあ綾小路」
「なんだ?」
「ちょっと話そうぜ」
綾小路は一瞬だけ間を置く。拒む理由も特にないのだろう。
「ああ、いいぞ」
彰は軽く笑った。
「お前、思ったより話せるんだな」
「どういう意味だ」
「自己紹介が死ぬほど地味だったから」
「……自覚はある」
「あるんかい」
彰が吹き出す。
綾小路の表情はほとんど変わらない。だが、彰には別に話しづらくはなかった。
むしろ妙だった。会話そのものは普通に成立する。なのに、自分から何かを見せようとする感じがほとんどない。
彰は少しだけ目を細める。
「お前さ」
「ん?」
「さっきポイントの話、引っかかってただろ」
「来栖もだろ」
「俺はまあ、親父の影響で何でも疑う癖あるから」
「父親?」
「探偵」
綾小路が僅かに視線を上げる。
「探偵か」
「そう。だから小さい頃から、変なとこ見る癖ついてんの」
彰は机の背もたれに腕を乗せる。
「で、学校回ってきた」
「何か分かったのか?」
その聞き方に、彰の視線が一瞬止まる。
普通なら。「どうだった?」くらいで済む。でも綾小路は、「何か分かったのか」と聞いた。
(やっぱこいつ、ただボーッとしてる感じじゃねえな)
彰はそう思う。ただ、まだ断定はしない。
「上級生が多分ポイントの話してた」
「内容は?」
「減ったんだとよ」
綾小路は黙る、彰は続けた。
「これだけじゃ決めつけられねえけど、毎月10万が無条件で入るわけじゃないって説。有力になった。」
「そうだな」
即答。彰の眉が少し上がる。
「お前もそう思う?」
「ああ」
「だよな」
彰は少し嬉しそうに笑う。意見が合ったこと自体より、やっと会話の手応えが出てきたことの方が大きい。
「あとクラスごとの空気も結構違った」
「例えば?」
「Cはなんかヤバそう。ガタイめっちゃいい黒人もいたし」
「そうなのか」
「うん、しかも喧嘩得意そうなやつと目合った」
「それは怖いな」
「まじでな」
彰は軽く笑う。
「Bは平和そう。Aは……」
そこで、彰の言葉が少しだけ止まった。
「Aは?」
「いや」
彰は何となく笑う。
「変な子いたなって」
「変な子?」
「杖持ってた小柄な子」
彰は有栖の顔を思い出す。
(……いや、めっちゃ可愛かったな)
少しだけ間を置いてから、
「なんか周りとの空気違った」
綾小路は短く答える。
「そうか」
彰は綾小路を見る。
「興味ねえの?」
「まだよく知らない相手だからな」
「まあ、そりゃそうか」
彰は納得する。そして数秒、沈黙。
彰は別に気まずくない、綾小路も気まずそうには見えない。その空気が妙に楽だった。無理に喋らなくてもいい。
彰はそのまま言う。
「綾小路って友達作りたいんだろ?」
「自己紹介ではそう言ったな」
「なんだよ、その言い方」
「実際、欲しいとは思ってる」
「じゃあ俺で一人目でよくね?」
綾小路が彰を見る、彰は軽い調子だった。別に深い意味はない。ただ席が前後で話しやすい、それだけ。
綾小路は少し考えてから、
「それなら、よろしく」
と言った。彰は笑う。
「よろしく、清隆」
一瞬、清隆の目がほんの少し止まる。
「いきなり名前呼びか」
「嫌?」
「いや、別に」
「じゃあ決まりな」
彰はあっさり言う。そして立ち上がる。
「俺、そろそろ寮見に行くわ。清隆はどうする?」
「俺もそうすることにする」
「じゃあ行くか、清隆」
「ああ、来栖」
彰は教室を出る。清隆もついて行きながら、その背中を少しだけ見る。
来栖彰。話しやすい、軽い。だが、軽いだけではない。ポイント制度の違和感を初日から拾い、上級生まで見に行った。それを特別なこととして語る様子もない。
清隆の中で、彰への認識がほんの少しだけ更新された。一方の彰もまた、廊下を歩きながら思っていた。
(清隆、絶対ただの地味な奴じゃねえな)
だが今のところ、それ以上掘る気はなかった。面白そうではある。でも、無理に暴く理由はない。そして彰の頭には、その直後にはもう別の顔が浮かんでいた。
白い髪、杖、静かな笑み。
(……Aのあの子、名前なんて言うんだろ)
そっちの方が、今は少し気になっていた。