登校班くノ一化の記録 作:匿名希望
月日が流れ、少女たちの身体に「変化」の兆しが訪れた。
第一次性徴――本来なら現代の小学生として、大人への階段を登り始めるはずの生理現象。
しかし、この里の呪法において、それは単なる肉体の成長を意味してはいなかった。
それは「くノ一としての完成」を意味する狂気の引き金だった。
陸斗――いや、篝の身体の線が、わずかに丸みを帯び始め、胸元に微かな痛みが走り出した頃から、精神の浸食スピードは跳ね上がった。
女性ホルモンの分泌と連動するように、脳の奥底に封印されていた呪法の本質が解き放たれる。
(う……あぐっ……!?)
夜、自室で激痛に身をよじる。
骨盤がわずかに開き、肌のきめが細やかさを増していくと同時に、脳内を真っ黒な感情の濁流が埋め尽くしていく。
それは、純粋な「忍びとしての情念」だった。
男を惑わすための柔和な身ごなし、気配を殺して敵の懐に滑り込む術、主君のためなら己の情を殺し、平然と刃を振るう冷徹さ。
これまでの訓練で教え込まれた「技術」が、性徴と共に身体の深部から湧き出る「本能」へと昇華されていく。
(やめろ……入ってくるな! ぼくは男だ! 陸斗なんだ……!)
胸をかきむしり、必死に抗おうとする。
だが、かつて自分を繋ぎ止めていた「サッカー部」「ランドセル」「現代の家族」といった記憶は、もはや遠い昔に見た無味乾燥な文庫本を読んでいるかのように、何の感情も喚起しなくなっていた。
「陸斗……? だれ……それ……?」
口からこぼれ出た言葉に、ハッと息を呑む。
自分の名前すら、ノイズのように掠れて聞こえる。
翌朝、鍛錬場に集まったかつての「登校班」の姿は、あまりにも変わっていた。
初潮を迎えた副班長の冴――今は「楓(かえで)」と呼ばれる少女は、しなやかな身ごなしで教官の前に膝をついていた。
その佇まいには、かつての下級生を気遣う優しさは微塵もない。
男を油断させるような艶やかさと、蛇のような冷酷さを同居させた、完璧なくノ一の瞳だった。
「篝、何をぼんやりしているの」
楓が振り返り、薄く微笑む。
その笑みに、陸斗の背筋が凍りついた。
そこにはかつての面影など一切なく、ただ任務を遂行するためだけに最適化された「女」の顔があった。
「今日からは、色仕掛けと毒殺の実技訓練よ。……ふふ、私達も立派な女になれたのね」
下級生だった幼い少女たちもまた、自らの身体の変化を誇るように、あでやかな手つきで苦無を弄んでいる。
彼女たちの心から、「現代の男児」であった記憶は完全に削ぎ落とされていた。
彼女たちにとって、自分たちは生まれた時からこの里で育ち、いまや花開こうとしているくノ一の卵でしかなかった。
「くっ……!」
木刀を交える訓練の最中、篝は必死に抵抗した。
わざと動作を鈍らせ、忍びとしての完璧な挙動を拒もうとした。
しかし、教官の容赦ない一撃が襲いかかった瞬間――
身体が、完全に「篝」として覚醒した。
思考よりも早く、しなやかな四肢が反応する。
腰をひねり、刃を最小限の動作でかわすと、教官の隙をついて無防備な喉元へ指先を突き立てていた。
相手の命を奪う一歩手前で止まった手元。
(あ……あたし……いま……)
完璧な殺人術を繰り出したのは、陸斗の意志ではない。
成長した肉体が、そして完全にくノ一として完成されつつある内面が、全自動で引き起こした動作だった。
教官が満足そうに頷く。
「見事だ、篝。お前はいいくノ一になる」
その言葉を受けた瞬間、篝の胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。
(あぁ……嬉しい……。あたし、褒められた……)
快感が、脳を突き抜ける。
その瞬間、最後まで抗っていた「小林陸斗」という少年の自我が、冷たい泥の底へと沈み、二度と浮かび上がってこなくなった。
鏡に映る自分を見る。
そこには、すっかり女らしさのきざしを見せた、黒髪の美しい少女が立っていた。
彼女は静かに微笑み、紅を差すように唇を舐めた。
「はい、お師匠様。……次の御命令を」
そこにいたのは、かつて登校班の班長だった少年ではない。
里の呪法と肉体の成長によって完全に生まれ変わった、一人の見習いくノ一だった。