登校班くノ一化の記録 作:匿名希望
数年の歳月が流れた。
少女たちの肉体は、第二次性徴という二度目の大きな波を迎えていた。
丸みを帯びていた四肢は、女性らしいなめらかな曲線を描き、引き締まった腰つきや豊かな胸元へと急速に大人のくノ一へと変貌を皮肉にも遂げていく。
しかし、その激しいホルモンバランスの変化と肉体の成長は、里の呪法に予期せぬ「破綻」をもたらした。
ある夜、頭を殴られたような激痛と共に、深淵に沈んでいた記憶が爆発的に弾けた。
「ぐっ……あぁぁぁっ!?」
篝(かがり)は床に転がり、頭を抱えて喘いだ。
閉ざされていた脳の引き出しが、怒涛の勢いで押し開かれる。
(ぼくは……陸斗だ! 小林陸斗! 六年二組、サッカー部の……!)
消えたはずの現代の記憶が、鮮明な色彩を取り戻して脳裏に溢れ出す。
ランドセルの重み、放課後のチャイム、通学路のアスファルトの匂い、家族の笑顔。
自分は女の子ではなく、男だったという絶対的な事実。
「ぼくは……男だ……! 忍びなんかじゃない……!」
息を荒らげ、自らの身体を見つめる。
しかし、目に飛び込んできたのは、着物の胸元から覗くしなやかで色っぽい大人の女性の身体だった。
すらりと伸びた足、きめ細やかな肌、整えられた黒髪。
「な、なんだこれ……!? ぼくの身体……どうなっちゃってるんだよ!?」
悲鳴を上げようとした喉から出たのは、艶やかで可憐な大人の女性の声だった。
現代の人格を取り戻した陸斗を待っていたのは、想像を絶する苦痛だった。
「陸斗」の意識ははっきりと戻ったのに、数年間で叩き込まれた「篝」としての肉体感覚、習性、そして感情の残滓が、まるで別の生き物のごとく肉体にこびりついて離れないのだ。
朝、部屋の外で小さな物音がした瞬間、陸斗の意志とは無関係に身体が跳ね起きた。
息を殺し、音もなく天井裏へ跳び上がり、懐の毒針に指をかける。
(な、なにやってんだぼくは!?)
自分のとった完璧な忍びの行動に、陸斗自身が恐怖で凍りつく。
頭では「ただの風の音だ」と分かっているのに、肉体と反射神経が「敵の奇襲」として自動処理してしまう。
さらに恐ろしいのは、内面から湧き上がる感情の残滓だった。
里長の前に引き出された時、陸斗の心は「こんな奴に頭を下げたくない」と激しく反撥していた。
しかし、里長の鋭い視線を受けた瞬間、胸の奥から強烈な屈従の快感と忠誠心がこみ上げてきた。
(やめろ……頭を下げたくない……抵抗しろ……!)
必死に抗おうとするが、膝が勝手に折り畳まれ、美しく頭を垂れてしまう。
「は……上様のご期待に、お応えいたします……」
口が勝手に、媚びを含んだしなやかな言葉を紡ぐ。
脳の一部が「篝」として喜び、熱を帯びるのを、陸斗の意識は冷や汗を流しながら俯瞰するしかなかった。
他の仲間たち――かつての登校班のメンバーもまた、同じ地獄を味わっていた。
「陸斗……くん……?」
暗がりで会った副班長の冴(現在は楓)は、紅を引いた美しい唇を震わせ、涙を浮かべていた。
彼女もまた「冴」としての自分を取り戻していたのだ。
「私……思い出せたの。でも……もう遅いよ……。
男の人を見ると、どうやって喉元を刺すか、どうやって惑わすか……頭が勝手に計算しちゃうの……!
自分の心が、すごく汚く感じる……っ」
かつての下級生たちも、大人の女性の姿になりながら、男だった頃の記憶とくノ一としての本能のギャップに苛まれ、精神を病む手前まで追い詰められていた。
「大丈夫だ……みんな……」
冴を抱きしめようと伸ばした陸斗の手は、あまりにも小さく、女性らしくしなやかだった。
そして抱きしめた瞬間、陸斗の脳裏に「篝」の記憶が囁く。
(この女の隙はどこだ? 殺すなら今か――)
「うあぁぁっ……!」
陸斗は己の頭を打ち払い、地面に伏して泣き叫んだ。
身体も、反射も、感情の癖すらも、すべてが「くノ一」として完成しすぎていた。
少年としての心を取り戻したがゆえに、己のなかに棲みつく「熟練のくノ一」というバケモノの残滓に、陸斗は永遠に苛まれ続けることになったのだった。