TS娘の曇った心を義理の兄がVRMMOゲームを通じて徐々に癒していくお話 作:乾いた布団
――その日。
悠真は、ゲーム内の街にある噴水広場で、一人の人物と話し込んでいた。
「……ということがあって」
「そう。それはよかったわね」
悠真――即ち、ルークの隣に立っているのは、筋骨隆々な大男だった。
二メートルに近い高身長。
鎧の上からでも分かるほどの鍛えられた筋肉。
背中の大きな斧。
この人物の名前は、マリアベル。
ルークたちが所属するギルド――宵の暁のギルドマスターを務める人物だった。
「すみません。ゲーム中にこんな話……」
「別にいいのよ。そういう話を聞くのも、ギルドマスターの仕事だもの」
「えっと、それは初耳なんですが?」
「そうよ、だって今決めたもの」
「……それは何というか……適当ですね」
「もう!細かいことは気にしないの!」
バンッ!
(うっ、強っ!?)
豪快な笑い声を上げながら、全く笑えない威力で、ルークの肩を叩いたマリアベル。
ご覧の通り……。
マリアベルは、その男らしい見た目に反して、どういう訳か女性のような口調で話す。
控えめに言って、非常にクセの強いプレイヤーなのだった。
悠真自身も、宵の暁に加入した当初は、彼に対して少なからず苦手意識を持っていた。
どう話せばいいのか。
どう絡めばいいのか。
経験がなさ過ぎて、分からなかったのだ。
けれど……。
時間が経過するにつれて……。
彼のことを知るにつれて、悠真の中にあった苦手意識は、自然と消えていた。
困っているメンバーがいれば、誰よりも早く手を差し伸べてくれる。
悩みを抱えているメンバーがいれば、親身になって話を聞いてくれる。
メンバーの些細な変化にも即座に気づいて、時には優しく背中を押してくれる。
誰よりも、周囲に気を配れる優しい人物。
それが、マリアベルなのだった。
「それにしても、少し安心したわ」
「安心ですか?」
「そうよ。だって貴方、少し前まで時折り何かを思い詰めたような顔をしていたから」
「……えっと……そうでしたか?」
「えぇ、そうよ」
(……マジか)
言われて、悠真は思わず苦笑いを浮かべる。
確かに。
特に最近、妹との接し方について、頭を悩ませていたのは事実。
だけど自分では、そこまで態度に出しているつもりはなかったのだ。
「心配をおかけしてすみません」
「さっきも言ったけど、別に謝ることではないと思うわよ」
「……では、ありがとうございます」
「ふふっ、どういたしまして」
そう言って、悠真の肩を軽く叩いたマリアベル。
今回は、先ほどのような馬鹿力ではなかった。
「そんなことよりも、今日はどのクエストに挑戦するのかしら?
「今日も昨日に続いて、蒼月の祭典のクエストに行こうと思っています」
「それは、いいわね」
蒼月の祭典。
それは、先日からレイドと共に挑戦していた、期間限定のクエストなのだった。
「それにしても、珍しいわね」
「何がですか?」
「レイドちゃんよ。今日は一緒じゃないの?」
「あぁ……」
マリアベルの言葉通り。
普段なら、悠真の隣で騒いでいるレイドが、今日は珍しくいない。
「何やら今日は、どうしても外せない用事があるみたいで……」
「まぁ、そうだったの」
「珍しいですよね。あのゲーム廃人にログインしない日があるなんて」
「もう、そういう言い方はしないの」
「でも、事実ですよ」
「ふふっ、それもそうね」
思い当たる節があったのか、楽しそうに笑ったマリアベル。
「でもね、きっとレイドちゃんにはレイドちゃんなりの事情があるのよ」
「事情……ですか?」
「えぇ、だってあの子、見た目よりもずっと繊細そうだから」
「えっ?アイツがですか?」
「そうよ」
(……マジで?)
マリアベルの言葉を受けて、改めてレイドを思い返してみる悠真。
遠慮のない物言い。
負けず嫌いな性格。
そして、何かと理由をつけては揶揄ってくる、あのムカつく表情。
「……全く想像できないんですが?」
「貴方みたいな若い子にはそう見えるかもね」
意味深に微笑むマリアベル。
「でもね、そういう子に限って、見えないところで色々抱えているのよ」
「……」
悠真は、少しだけ考える。
確かに……。
思い返せば、先日。
珍しくレイドのテンションが、少しばかり低いと感じる日があった。
もしかしたら、マリアベルの言う通り。
本当に、何かを抱えているのか……?
「……そういえば、レイドちゃんで思い出したのだけれど……」
「……何ですか?」
「あの子も昨日、今日の貴方と同じように家族の話をしていたわ」
「……えっ?家族の話ですか?」
「そうよ、何でも久しぶりにご家族と話せるようになったのだとか」
「……へぇ」
……言われて、思い出した。
そういえば先日、レイドの奴が似たような話を語っていたことを……。
詳しいことは、敢えて聞かなかったが……。
どうやらその後、アイツも無事に家族との会話ができたらしい。
(……そっか)
悠真の口元に、少しだけ笑みが浮かんだ。
(それは、良かったな)
普段は、隙あらば揚げ足を取り合う間柄だが。
なんだかんだ悠真は、レイドのことを仲の良い友人だと思っている。
だからこそ――。
レイドの悩みが、少しでも解消された。
その事実に、少しだけ安心を覚えたのだった。
(……それにしても、すごい偶然もあるもんだな)
何しろ、全く同じタイミングで、全く同じ問題に向き合っていたのだ。
それも、家族との接し方、という問題で。
(……でもまぁ、別にそんなこともあるか)
考え始めて、だがすぐに辞めた。
「……それじゃあ俺、そろそろ例のクエストに行ってきますね」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「はい」
こうして、噴水広場を後にした悠真。
先ほど感じた小さな違和感は、歩き出した頃にはすっかりと忘れていた。
◇◇◇
――その日の夜。
ゲームをログアウトした悠真は、自室を出ると妹の部屋へと向かった。
時刻は、夜の十時。
数日前までなら、そのまま自室で布団に入って就寝していのだが……。
最近は、違う。
何を隠そう。
文通を始めて以降、就寝前に乃亜の部屋の前でおやすみを告げるのが日課となっていた。
以前までの声かけと同様に、この声が乃亜へ届いているのかは分からない。
だけど、きっと届いている。
不思議と最近は、そんな気分になるのだった。
今日も今日とて、昨日までと同じように、扉をノックしようと手を構える。
しかし――。
(……あっ)
その直前で。
今日の朝に、乃亜から貰った手紙の内容を唐突に思い出した。
【実は今日の夜、好きなアイドルのライブ配信があるので楽しみです】
(……そういえば、そうだったな)
だとすると。
もしかしたら今頃、部屋の中で推しのライブを楽しんでいるかもしれない。
(それは、邪魔したら悪いよな)
伸ばしかけていた手を下ろした悠真。
(おやすみ、乃亜)
こうして……。
夜は更けっていくのだった。