勇者転生ファインカイザー   作:騎士誠一郎

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第1話「ただいま、と言えない父」

 

 

 

 

## 一、終わらない夜

 

午前二時。

 

都心の雑居ビルの六階、その一角だけが、まるで夜の海に浮かぶ小舟のように青白く光っていた。

 

他の階は、とうに明かりを落としている。

 

 ビルの前の大通りを走る車の音も、いつの間にか途切れていた。

 

 聞こえるのは、空調の低いうなりと、古いコピー機がときどき思い出したように鳴らす「ピー」という電子音だけだ。

 

そのオフィスの奥、窓際の席で、一人の男がキーボードを叩いていた。

 

松田慶永、三十九歳。

 

机の上には、書類の山が三つ、いや四つ。

 

 いちばん高い山は、いまにも崩れそうに傾いている。

 

 その横には、空になった缶コーヒーが五本、きれいに整列していた。

 

 慶永が眠気をごまかすために、一本ずつ空けていったものだ。

 

「……あと、三枚」

 

誰に聞かせるでもなく、慶永はつぶやいた。

 

モニターの数字がにじんで見える。目をこすると、指先がじんわりと熱かった。

 

 こすったところで、数字の形が変わるわけではない。

 

 見積書の桁を、もう一度、確かめる。確かめて、直して、また確かめる。

 

営業部の若手が作った資料に不備が見つかったのは、夕方の五時ごろだった。

 

「すみません、松田さん。あの、先方の担当が変わってて、全部やり直しになりそうで……」

 

申し訳なさそうに頭を下げる後輩を、慶永は責めなかった。

 

 責めたところで、書類が勝手に直るわけではない。

 

 それに、あの子には小さな子どもが生まれたばかりだった。

 

「いいよ。今日は帰りなさい。あとは、俺がやっておくから」

 

そう言って、笑って送り出したのが、もう九時間も前のことになる。

 

慶永は、ふう、と長い息をついて、天井を見上げた。

 

蛍光灯の一本が、チカチカと瞬いている。

 

 先月から切れかけているのに、誰も交換しない。「そのうち総務が」と、みんなが思っているうちに、一か月がたった。

 

 きっと、この会社にはそういうところがある。

 

 誰かが気づいて、誰かが直してくれるだろう。

 

 そう思っているうちに、いちばん気づいてしまう人間が、全部を引き受けてしまう。

 

その「いちばん気づいてしまう人間」が、自分だということも、慶永は知っていた。

 

「今月、休みは……あったっけ」

 

口に出してから、指を折って数えてみる。

 

先々週の日曜日は、取引先のトラブルで出社した。

 

 その前の週の土曜日は、半日だけ休めたはずだ。

 

 いや、あれは午後から呼び出されたのだったか。

 

数えているうちに、わからなくなって、慶永は指を開いた。

 

苦笑いが、勝手に口もとに浮かぶ。

 

(情けないな。自分の休みの数も、思い出せないなんて)

 

そのとき、机の上のスマートフォンが、ぶるりと震えた。

 

画面が明るくなる。

 

待ち受けには、写真が一枚、表示されていた。

 

去年の夏、家族で行った海で撮った写真だ。

 

 日焼けして鼻の頭が赤くなった妻の絵美里が、麦わら帽子を押さえながら笑っている。

 

 その隣で、息子のタケルが、歯の抜けた口をいっぱいに開けて、カメラに向かってピースサインをしていた。

 

いい写真だ、と慶永は思う。

 

あの日は、たしか三日連続で休みを取れた夏だった。

 

そして、その写真の上に、メッセージの通知が重なった。

 

『タケル:パパ、土曜日ロボ見に行こうね』

 

慶永の目が、ふっとゆるんだ。

 

タケルは、まだ八歳だ。小学校二年生になったばかりの彼は、このところロボットに夢中だった。

 

 テレビのロボットアニメを毎週欠かさず観て、おもちゃ売り場のロボットを何度も何度も眺めに行く。

 

 今度の土曜日は、駅前の広場で、巨大ロボットの展示イベントがあるのだと、先週から何度も話していた。

 

タケルは、夜九時には寝る子だ。

 

 だからこのメッセージは、きっと寝る前に、絵美里のスマホを借りて送ってくれたものだろう。

 

 タケルの小さな指が、一文字ずつ慎重に画面を押している姿が、目に浮かぶようだった。

 

「ああ……土曜日は、必ず……」

 

慶永は、画面に向かってつぶやいた。

 

返信を打とうとして、指が止まる。

 

もう、深夜の二時だ。

 

 いま送れば、きっと明日の朝、タケルは目を覚ましてすぐにスマホを見る。

 

 喜ぶだろうか。

 

 それとも、パパがこんな時間まで起きていたと知って、心配させてしまうだろうか。

 

(土曜日は、絶対に休む。絶対に、約束を守る)

 

そう決めて、慶永は返信を打った。

 

『もちろん。パパも楽しみにしてるよ』

 

送信ボタンを押したあと、慶永はもう一度、待ち受けの写真を見た。

 

笑っている妻と、息子。

 

この二人のために働いている。それだけは、間違いなく、本当のことだった。

 

ふと、胸のあたりが、きゅうっと締めつけられるような感じがした。

 

「……ん?」

 

ただの疲れかと思って、慶永は胸に手を当てた。

 

鼓動が、おかしい。ドクン、ドクン、と打っていたはずのものが、突然、ふわりと軽くなったり、ずしんと重くなったりしている。

 

視界の端が、じわりと暗くなっていく。

 

「あれ……おかしいな……」

 

立ち上がろうとして、膝に力が入らない。

 

椅子の背もたれが、ぐらりと傾いた。

 

書類の山に、肩がぶつかる。ばさばさ、と紙の雪崩れる音が、遠くのほうで聞こえた。

 

缶コーヒーが転がって、からん、と乾いた音を立てた。

 

そして、慶永の体は、椅子からゆっくりと崩れ落ちていった。

 

(土曜日は……タケルと、ロボを……)

 

薄れていく意識のなかで、慶永は、ただそれだけを思っていた。

 

絵美里の顔が浮かんだ。

 

タケルの笑顔が浮かんだ。

 

ごめん、と思った。

 

ただいま、と言えなくて、ごめん。

 

青白いモニターの光が、床に倒れた男の背中を、静かに照らしていた。

 

やがて、画面は節電モードに切り替わって、ふっと暗くなった。

 

オフィスに、本物の暗闇が落ちた。

 

---

 

## 二、座椅子の神様

 

気がつくと、慶永は、白い場所に立っていた。

 

上も下も、右も左も、ない。

 

地面があるのかどうかも、わからない。

 

 足の裏に何かを踏んでいる感覚はあるのに、見下ろしても、そこにはただ、まぶしいほどの白が広がっているだけだった。

 

「ここは……どこだ?」

 

声に出してみると、その声は、どこにも反響せずに、すうっと吸い込まれていった。

 

慶永は、あたりを見回した。

 

そして、見つけた。

 

白い空間のずっと奥に、ぽつんと、何かがある。

 

近づいていくと、それは、一脚の座椅子だった。

 

そう、あの、畳の部屋に置いてある、背もたれのついた、あの座椅子だ。

 

 深い緑色で、肘かけのところが少し擦り切れている。

 

その座椅子に、ひとりの老人が、ふんぞり返って座っていた。

 

真っ白なあごひげ。

 

 つるりとした頭。ゆったりとした白い衣。

 

 いかにも「神様」という見た目の人物だ。

 

 けれども、座椅子にどっかりともたれて、片方の足をもう片方の膝の上にのせている姿は、どう見ても、休日の昼下がりにテレビを眺めているおじいちゃんだった。

 

「うむ。来たか」

 

老人は、慶永を見ると、満足そうにうなずいた。

 

「あの……」

 

「わしは神じゃ」

 

「あ、はい。そうなんですね」

 

あまりにもあっさりと言われたので、慶永も、あっさりと受け入れてしまった。

 

神様は、手に持った巻物をぱらりと広げた。

 

「松田慶永、三十九歳。会社員。死因は、過労」

 

「……えっ」

 

「過労死じゃ」

 

神様は、つるりと言い切った。

 

慶永は、言葉を失った。

 

死んだ、のか。

 

自分が?

 

さっきの、胸の痛みは、そういうことだったのか。

 

「そんな……俺は、土曜日に、息子と……」

 

声が、震えた。

 

膝から力が抜けて、慶永は、その場にぺたりと座り込んでしまった。

 

神様は、巻物から顔を上げて、そんな慶永をじっと見つめた。

 

 さっきまでのおどけた雰囲気が、少しだけ引っ込んだ。

 

「……そなたの働きぶりは、ずっと見ておった」

 

神様は、静かに言った。

 

「誰かが気づいて直してくれるだろうと、みなが思っておる間に、そなたはいつも、ひとりで全部を引き受けてしまった。蛍光灯のことも、後輩の資料のことも、な」

 

「……見てらしたんですか」

 

「神様じゃからの」

 

神様は、ちょっとだけ得意そうに胸を張った。

 

 けれど、すぐに表情をあらためて、座椅子から身を乗り出した。

 

「そこで、そなたに頼みがある」

 

「頼み?」

 

「いま、宇宙では大変なことが起ころうとしておる。悲しみで銀河を支配しようとする、恐ろしい連中がおってな。そやつらが、そなたの暮らしておった星に、目をつけたのじゃ」

 

神様は、ごほん、と咳払いをした。

 

「そなたに、その連中と戦ってほしい。松田慶永、そなたに、勇者ロボへの転生を命ずる」

 

慶永は、ぽかんと口を開けた。

 

いま、なんと言った?

 

「ロ、ロボ……?」

 

「うむ。勇者ロボじゃ」

 

「ロボ!? 人間じゃなくて!?」

 

「人間では、あやつらには勝てぬ」

 

神様は、あっけらかんと答えた。

 

「安心せい。魂はそのままじゃ。そなたのやさしさも、頑固さも、家族を思う気持ちも、ぜんぶ持っていける。体だけが、ちょっと……こう、がっしゃんと、なるだけじゃ」

 

「ちょっと、がっしゃんと……」

 

慶永は、頭を抱えた。

 

状況が、まったくのみ込めない。

 

 いや、のみ込めるわけがない。

 

 死んだと思ったら神様がいて、座椅子に座っていて、ロボットになれと言われている。

 

けれど、ひとつだけ、慶永の胸に引っかかった言葉があった。

 

「あの……神様」

 

「なんじゃ」

 

「その連中は、俺の暮らしていた星に目をつけた、と言いましたよね」

 

「言ったの」

 

「じゃあ、俺の家族は……絵美里と、タケルは……」

 

神様は、すぐには答えなかった。

 

白い空間に、短い沈黙が落ちた。

 

そして、神様は、ゆっくりと言った。

 

「このままでは、危ない。連中は、もうすぐそこまで来ておる」

 

慶永は、顔を上げた。

 

さっきまで涙でにじんでいた目に、いつの間にか、強い光が宿っていた。

 

「……やります」

 

「む?」

 

「そのロボットに、なります。どうすればいいんですか」

 

神様は、にんまりと笑った。

 

「話が早くて助かるわい。やはり、そなたを選んだのは間違いではなかったの」

 

神様は、巻物をくるくると巻いて、ぽんと慶永の前に投げた。

 

「細かいことは、向こうで体が教えてくれる。説明書は……まあ、そのうち読めるじゃろ」

 

「そのうち、って」

 

「転生先は、そなたの元愛車じゃ」

 

「……は?」

 

慶永が聞き返すと同時に、足もとの白が、ぐにゃりと渦を巻いた。

 

「ちょっ、待ってください、愛車って、まさか」

 

「達者でな、勇者よ。家族を守るのじゃぞ」

 

神様が、座椅子の上から、ひらひらと手を振る。

 

「説明が足りな——」

 

慶永の声は、渦のなかに、のみ込まれていった。

 

---

 

## 三、目覚めたら愛車

 

最初に感じたのは、重さだった。

 

体が、ずっしりと重い。

 

 いや、重いというより、「大きい」。

 

 手も足も、頭も胴も、全部がひとまとめになって、四角い箱のようになっている感じがする。

 

次に感じたのは、においだった。

 

古いビニールシートのにおい。

 

 ほこりっぽい空気。

 

 それから、ほんのわずかに残っている、芳香剤の甘ったるい香り。

 

(このにおい……知ってる)

 

慶永は、目を開けた。

 

いや、開けた、という感覚は、少し違った。目を閉じていたはずなのに、いきなり「見えた」のだ。

 

目の前に広がっているのは、見慣れた景色だった。

 

自宅の駐車場。コンクリートの床。壁にかかった自転車。奥にはタケルの三輪車が、くすんだ赤色のまま、置きっぱなしになっている。

 

そして、視界の下のほうに、黒いボンネットが見えた。

 

フロントガラスの向こう側から、外を眺めているような視点だった。

 

(まさか)

 

慶永は、そこで、神様の最後の言葉を思い出した。

 

『転生先は、そなたの元愛車じゃ』

 

駐車場の隅に、埃をかぶったまま停められている、古い車。

 

十五年前、独身のころに、ボーナスを全部つぎ込んで買った中古車だった。結婚して、タケルが生まれてからは、家族向けのミニバンに乗り換えたので、この車はずっと駐車場の隅っこに置かれたままになっていた。

 

売ろうとした日もあった。けれど、どうしても手放せなかった。絵美里と初めてドライブに行った車だったからだ。

 

「しゃべってる! 俺、車になってる!」

 

そう叫んだつもりが、その声は、ボンネットのあたりから、ぼわんと響いた。

 

慶永は、あわてて口を閉じた。

 

いや、口はない。口を閉じる、という感覚が、どこにもなかった。

 

(どうやって黙るんだ、これ)

 

静かにしようと思っても、思っただけで、声が漏れてしまう。

 

 さっきの叫びが、駐車場の壁にこだました。

 

そのとき。

 

ずうん、と地面が揺れた。

 

慶永の体が——車の体が、ぶるぶると震えた。

 

「な、なんだ?」

 

駐車場の出入口の向こう、住宅街の空が、不気味な色に染まっていた。

 

夕焼けのはずがない。

 

 いや、時間の感覚が、さっきからおかしくなっているから、いまが朝なのか夕方なのかも、よくわからない。

 

けれど、その空の色は、明らかに「自然なもの」ではなかった。

 

赤と黒の、入り混じった色。

 

血のような赤と、墨のような黒が、空を這うように広がっていく。

 

その真ん中に、ぴしり、と一本の線が走った。

 

空が、裂けた。

 

まるで、紙を引き裂くように、青い空が左右に割れていく。

 

 その裂け目の向こうから、巨大な影が、ぬうっと姿を現した。

 

宇宙船だった。

 

それも、一隻や二隻ではない。

 

赤黒い装甲を持った、とげとげしい形の船が、何十隻も、何百隻も、空の裂け目から這い出してくる。船体には、大きな「×」の印が刻まれていた。

 

ごごごご、と空気がうなる。

 

町じゅうから、悲鳴が上がった。

 

「きゃああああ!」

 

「なんだあれは!」

 

「逃げろ、逃げろ!」

 

遠くのほうから、サイレンの音が聞こえる。けれど、それも、すぐにかき消された。

 

空に浮かんだ船団の、いちばん大きな船から、低く、冷たい声が降ってきた。

 

『この星の者どもよ。聞け』

 

声は、町じゅうに響き渡った。

 

『われらは、銀河幕府バッテンダー。この星は、本日より、われらの支配下に入る。笑うことも、喜ぶことも、もはや許されぬ。悲しみこそが、この宇宙のあるべき姿だ』

 

空に向かって、ナレーションのような声が重なる。

 

(銀河幕府……バッテンダー……)

 

慶永は、神様の言葉を思い出した。

 

『悲しみで銀河を支配しようとする、恐ろしい連中がおってな』

 

これが、その連中なのだ。

 

本当に、来たのだ。

 

慶永は、車のフロントガラス越しに、必死で外を見回した。

 

絵美里は。タケルは。

 

二人は、家にいるはずだ。いや、この時間なら、タケルは学校から帰ってきて、絵美里と一緒に、近所のスーパーに買い物に出かけているかもしれない。

 

(どこだ。どこにいる)

 

そのときだった。

 

駐車場の入口の向こう、道路の角に、見慣れた姿が飛び出してきた。

 

買い物袋を片手にさげた、小柄な女性。

 

そして、その手に引かれた、小さな男の子。

 

「絵美里……! タケル……!」

 

絵美里は、空を見上げて、青い顔をしていた。タケルは、母の腕にしがみついて、目を丸くしている。

 

二人の周りの道には、他にも逃げ惑う人たちがいた。

 

 ぶつかり合い、転びそうになりながら、みんな、どこへ逃げればいいのかもわからずに走っている。

 

絵美里は、タケルをかばうように抱き寄せながら、あたりを見回した。

 

そして、空から、一筋の赤い光が、まっすぐに降りてくるのが見えた。

 

ビームだ。

 

宇宙船から放たれた、赤い光線が、住宅街の屋根をなぎ払っていく。

 

「いやっ……!」

 

絵美里が、タケルを抱いたまま、しゃがみ込んだ。

 

逃げ遅れたのだ。

 

家の前、駐車場から、わずか三十メートルほどのところで、二人は、動けなくなっている。

 

慶永は、全身の——いや、車体全体の、すべての部品が、ぎゅうっと縮むのを感じた。

 

守らなきゃ。

 

あの二人だけは、守らなきゃ。

 

でも、どうやって。

 

この体は、動かない。

 

 タイヤは地面に張りついたまま。

 

 エンジンはかかっていない。

 

 キーも、挿さっていない。

 

 ただの、古い車だ。

 

「やめろ……」

 

慶永は、声をしぼり出した。

 

空の船団の中から、小さな影がいくつも飛び出してくる。

 

 人型の機械兵士が、地上に降り立とうとしている。

 

そいつらの、冷たく光る目が、ゆっくりと、絵美里とタケルのほうを向いた。

 

「やめろ……そいつらは、俺の家族だ!」

 

慶永が叫んだ、その瞬間。

 

車体の奥底から、熱い何かが、一気に噴き上がった。

 

---

 

## 四、ガシャァァン!

 

光が、あふれた。

 

慶永のボンネットが、フロントガラスが、ドアが、タイヤが、まばゆい白い光に包まれる。

 

駐車場の壁に、光が反射して、昼のように明るくなった。

 

熱い。けれど、焼けるような熱さではない。

 

 体の芯から、力がわいてくるような、不思議なあたたかさだった。

 

(これが……神様の言ってた、「体が教えてくれる」ってやつか)

 

頭のなかに、なにかが、流れ込んでくる。

 

設計図のようなものだった。

 

腕はここ。脚はここ。胸のここに、エネルギーの炉。肩のここに、回転軸。

 

いくつもの線が、慶永の意識のなかで、つながっていく。

 

そのとき、慶永の耳に——いや、車体のどこかに、神様の声が、ふっと響いた。

 

『叫べ、勇者よ。変形の合図は、そなたの想いじゃ』

 

(想い……)

 

慶永は、目を閉じた。

 

絵美里の笑顔を思い浮かべた。

 

タケルの、歯の抜けた笑顔を思い浮かべた。

 

土曜日の約束を、思い浮かべた。

 

「うおおおおおおお!」

 

慶永は、腹の底から、叫んだ。

 

車体が、ばらり、とほどけた。

 

ボンネットが、二つに割れて、左右に開く。

 

 それは、がっしりとした胸板になっていく。

 

 ドアが、ばきん、と外れて、腕のパーツへと組みあがっていく。

 

 後部のトランクが、がこん、と反転して、背中のユニットになる。

 

タイヤが、ぐるりと向きを変えて、脚の関節にはまった。

 

パーツのひとつひとつが、正確な動きで、あるべき場所に収まっていく。

 

そのたびに、駐車場じゅうに、金属の音が鳴り響いた。

 

「ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャァァン!」

 

最後の部品が、ぴたりとはまった。

 

白い光が、ぱあっと弾けた。

 

光が収まったとき、そこには、一体の巨人が立っていた。

 

全高は、およそ二十メートル。

 

青と白を基調にした、がっしりとした装甲。

 

 肩には、車のヘッドライトを思わせる、丸い大きなライトが埋め込まれている。

 

 腰のあたりには、タイヤを模した太いパーツが組み込まれていて、その中央には、かつて慶永の愛車についていたエンブレムが、そのまま刻み込まれていた。

 

そして、胸の中央には、黄金色に輝く紋章が、燦然と光っている。

 

勇者ロボ「ファイン」。

 

それが、この巨人の名前だった。

 

慶永は、自分の手を見た。

 

いや、「手」というには、あまりにも大きい。鋼鉄の指が五本、きしみながら、ゆっくりと開いたり閉じたりしている。

 

(動く。……動くぞ)

 

視点は、さっきより、ずっと高い。駐車場の屋根が、足もとにある。

 

 家々の屋根が、見下ろせる。道路の向こうまで、よく見える。

 

住宅街の景色が、おもちゃのジオラマのように見えた。

 

「これが……俺の新しい体!」

 

慶永は、思わず、そうつぶやいた。

 

その声は、さっきまでのボンネットから響いていた声とは、まるで違った。

 

 低く、よく響く、頼もしい声だった。

 

実は、慶永は、ちょっとだけ、感動していた。

 

(ロボットって、こんなに、かっこいいのか)

 

もし、タケルがここにいたら、きっと目をキラキラさせて、大はしゃぎしただろう。

 

そう思うと、胸の奥が、きゅっと、あたたかくなった。

 

けれど、感傷にひたっている時間は、なかった。

 

「ギ、ギギッ……」

 

空から降りてきた機械兵士たちが、ファインの変形する光を、見つけたのだ。

 

彼らの目が、赤くぎらりと光る。

 

一体、二体、三体。

 

ずしん、ずしん、と重たい足音を立てて、機械兵士たちが、こちらへ向かってくる。

 

その手には、ビーム砲が握られていた。

 

『バッテン兵、前進。邪魔者を排除せよ』

 

空の声が、命令を下す。

 

慶永は、ぐっと、拳を握りしめた。

 

目の前の道には、まだ、絵美里とタケルが、しゃがみ込んでいる。

 

二人を、ここから動かさなくては。

 

いや、動かす必要は、ない。

 

守ればいい。

 

自分が、盾になればいい。

 

「行くぞ」

 

慶永は、地面を蹴った。

 

ずうん、と大地が揺れる。

 

 ファインの巨体が、駐車場を飛び出して、道路へと躍り出た。

 

---

 

## 五、家族に触るな!

 

バッテン兵は、三体いた。

 

全身が黒光りする装甲に覆われている。

 

 顔にあたる部分には、のっぺりとした面があって、そこに、赤い目がひとつだけ、ぎらぎらと光っている。

 

 胸の中央には、大きな「×」の印。

 

その三体が、ビーム砲を、同時に構えた。

 

「ターゲット、確認。排除」

 

「排除、排除」

 

機械の声が、感情もなく、ただ繰り返された。

 

砲口が、ゆっくりと持ち上がる。

 

狙いは、ファインではなかった。

 

彼らの砲口は、道路の隅で縮こまっている、二人の人間——絵美里と、タケルのほうを、まっすぐに向いていた。

 

「やめろおおお!」

 

慶永は、ファインの体を、全力で前へ滑り込ませた。

 

絵美里とタケルの前に、巨大な鋼鉄の背中が、立ちはだかる。

 

次の瞬間。

 

バシュウウウッ!

 

三条のビームが、一斉に放たれた。

 

赤い光が、ファインの背中に、まともに突き刺さった。

 

「ぐ、うっ!」

 

熱が、背中いっぱいに広がる。

 

装甲が、悲鳴を上げるように、きしんだ。

 

痛い。

 

車体のはずなのに、痛みがある。いや、「車体だった」はずなのに、いまは「体」なのだ。

 

けれど、慶永は、膝をつかなかった。

 

両足を、道路に踏ん張る。アスファルトが、ぴきぴきとひび割れた。

 

背中で、ビームを受け止め続ける。

 

慶永の背後で、誰かが、息をのむ音がした。

 

絵美里だった。

 

彼女は、突然現れた巨大なロボットを、呆然と見上げていた。

 

そして、その腕のなかのタケルも、大きな目を、いっぱいに見開いている。

 

「……ロボ……」

 

タケルの小さな声が、聞こえた。

 

「ロボだ……ほんもののロボだ……!」

 

その声は、怖がってはいなかった。

 

むしろ、どこかに、希望のような響きがあった。

 

慶永は、胸が熱くなった。

 

(待ってろ、タケル。パパが、必ず——)

 

いや、いま、パパだと名乗るわけにはいかない。

 

このロボットの正体を、二人に明かすのは、きっと、まだ先のことだ。

 

だから、慶永は、ただ、前を向いた。

 

「家族に触るな!」

 

ファインの声が、町じゅうに響き渡った。

 

ビームの嵐が、一瞬、やんだ。

 

その隙を、慶永は見逃さなかった。

 

地面を蹴る。ファインの巨体が、一気にバッテン兵の一体へと肉薄した。

 

握りしめた右の拳を、まっすぐに突き出す。

 

パンチ。

 

ただ、それだけ。

 

技の名前もない。

 

ただ、ただ、守りたい一心で、突き出した、素人丸出しのパンチだった。

 

ドガァァァン!

 

鋼鉄の拳が、バッテン兵の胸の「×」を、まともにとらえた。

 

バッテン兵の体が、紙きれのように宙に舞った。

 

民家の屋根を越え、電線をかすめて、空の彼方へと吹っ飛んでいく。

 

遠くで、きらりと小さな光がまたたいた。星になったのだ。

 

「やった……!」

 

慶永は、拳を見つめた。

 

手応えが、あった。

 

この体は、戦える。

 

けれど、喜んでいる暇はなかった。

 

残った二体のバッテン兵が、左右に分かれて、ファインを挟み撃ちにしようとしていた。

 

右から一体。左から一体。

 

ビーム砲を構えながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 

「くっ……」

 

慶永は、あわてて、右を向いた。それから、左を向いた。

 

どちらかを相手にすれば、もう一方に背中を向けることになる。

 

背後には、絵美里とタケルがいる。

 

(まずい。どうすれば……)

 

そこで、慶永は、気づいた。

 

操作が、わからない。

 

神様は、「体が教えてくれる」と言っていた。

 

 たしかに、パンチは自然に出た。歩くことも、走ることもできた。

 

けれど、ほかに何ができるのか、まったくわからないのだ。

 

説明書は、どこだ。

 

慶永は、無意識に、ロボットの腕を前に突き出していた。

 

まるで、見えないハンドルを、握っているかのように。

 

「操作がわからん! ハンドルは!?」

 

思わず、叫んでしまった。

 

その声は、バッテン兵にも、絵美里にも、タケルにも、はっきりと聞こえた。

 

一瞬の、静寂。

 

バッテン兵が、ぴたりと動きを止めた。

 

おそらく、プログラムにはなかったであろう、「謎の発言」に、理解が追いつかなかったのだろう。

 

慶永の背後で、タケルが、ぽつりと言った。

 

「……ロボさん、ハンドルがほしいの?」

 

「え」

 

「ぼく、おもちゃのハンドル、貸してあげようか?」

 

タケルは、真剣な顔で、小さなかばんの中をごそごそと探りはじめた。

 

慶永は、なんだか、泣き笑いのような気持ちになった。

 

(……いまは、そういう状況じゃないんだよ、タケル)

 

けれど、その、あまりにもまっすぐな言葉のおかげで、慶永の肩から、すうっと力が抜けた。

 

(そうだ。落ち着け)

 

慶永は、ふう、と深呼吸をした。

 

この体は、もともと「車」だった。

 

だったら、車らしく、戦えばいいのではないか。

 

慶永の頭のなかに、ひとつのアイデアが、ぽんと浮かんだ。

 

次の瞬間、ファインの両肩の、丸いヘッドライトが、ぱあっと光を放った。

 

ハイビーム。

 

まぶしいほどの白い光が、バッテン兵の顔面を、直撃した。

 

「ギッ!? ギギギ!」

 

バッテン兵の目が、ちかちかとまたたいた。

 

光に目がくらんだのだろう。ふらふらと、後ずさりをはじめる。

 

「効いてる……!」

 

慶永は、さらに、右腕を大きく振り上げた。

 

すると、右腕に、にょきっと細長いパーツが生えた。

 

ワイパー。

 

かつて、フロントガラスについていた、あのワイパーだ。

 

 ただし、ファインの腕に装備されたそれは、鋼鉄でできた、巨大な刃だった。

 

「うおおおお!」

 

慶永は、ワイパーを、ぶんぶんと振り回した。

 

右へ、左へ。

 

バッテン兵の持っていたビーム砲が、ぱちん、ぱちんと叩き落とされていく。

 

「ギギッ!?」

 

武器を失ったバッテン兵は、うろたえて、ぐるぐるとその場で回りはじめた。

 

まるで、故障した洗濯機のような動きだった。

 

タケルが、後ろで、きゃっきゃと笑っている。

 

「ロボさん、すごーい! ワイパーだ! ぼくのパパの車にも、あるよ!」

 

「そ、そうか……」

 

慶永は、どう答えていいかわからず、あいまいに返事をした。

 

絵美里は、ぽかんとした顔のまま、タケルの肩に手を置いている。

 

(絵美里、そんな顔で見ないでくれ……)

 

けれど、チャンスは、いましかなかった。

 

二体のバッテン兵が、そろって、ふらふらしている。

 

「いまだ!」

 

慶永は、腰を落とした。

 

右足に、力を集める。

 

どうすればいいのか、今度は、体がちゃんと教えてくれた。

 

エンジンの回転数が、ぐんぐんと上がっていく感覚。

 

腰のタイヤ状のパーツが、ぐるぐると回りはじめる。

 

光が、右足に集まっていく。

 

「いけぇぇぇ!」

 

ファインは、渾身の力をこめて、地面を蹴った。

 

体をひねって、空中で回転する。

 

そして、そのまま、二体のバッテン兵めがけて、右脚を、まっすぐに突き出した。

 

キック。

 

ドゴォォォォン!

 

衝撃波が、道路じゅうに広がった。

 

二体のバッテン兵が、そろって、宙に吹き飛ばされた。

 

彼らは、手足をばたばたさせながら、空へ、空へと昇っていく。

 

雲を突き破り、大気圏を越えて、宇宙の彼方へ。

 

小さな二つの光が、遠くで、ぴかぴかと、またたいた。

 

ファインは、ゆっくりと着地した。

 

土煙が、あたりに舞い上がる。

 

それが、晴れていくにつれて、静けさが、戻ってきた。

 

道路には、もう、バッテン兵の姿は、どこにもない。

 

慶永は、荒い息をついた。

 

いや、ロボットには、息はない。

 

 けれど、心の底から、はあ、はあ、と息切れしているような気分だった。

 

「……合体なんかしなくても、父さんは守る!」

 

無意識のうちに、口からこぼれていた。

 

合体、という言葉が、どこから出てきたのか、慶永自身にもわからなかった。

 

けれど、なんとなく、わかっていた。

 

このファインには、まだ、「その先」がある。

 

神様が言っていた、もっと大きな力が、きっと、どこかに眠っている。

 

でも、いまは、それを使う必要はなかった。

 

ただのファインのままで、家族を、守りきることができたのだから。

 

慶永は、そっと、背後を振り返った。

 

---

 

## 六、ロボさんと、ぼく

 

空を覆っていた赤黒い雲は、いつの間にか、ゆっくりと薄れはじめていた。

 

空の裂け目は、まだ、遠くのほうに残っている。

 

 船団も、完全に消えたわけではない。

 

 けれど、いまは、嵐の前の静けさのように、ぴたりと動きを止めていた。

 

夕暮れの光が、町に差し込んでいる。

 

オレンジ色の空。

 

 長く伸びた、電柱の影。

 

 遠くで、どこかの家の窓が、そっと開く音がした。

 

まるで、何事もなかったかのように。

 

いや、何事もなかったわけではない。

 

 道路には、バッテン兵のビームが焼いた跡が、まだ黒く残っている。

 

 けれど、それでも、この町には、確かに、夕暮れが戻ってきていた。

 

ファインは、ゆっくりと、地面に片膝をついた。

 

そこには、絵美里とタケルがいた。

 

絵美里は、まだ、タケルを抱きしめたまま、じっとファインを見上げている。

 

買い物袋は、道の端に転がっていて、中身のにんじんが、一本、ころころと転がっていた。

 

タケルは、母の腕のなかから、そっと、顔を出していた。

 

その目は、まっすぐに、ファインを見つめている。

 

怖がっていない。

 

驚いている。それから、少しだけ、ほっとしている。そんな目だった。

 

タケルが、母の腕を、そっとほどいた。

 

「タケル!」

 

絵美里が、あわてて止めようとした。

 

「だいじょうぶ」

 

タケルは、にっこり笑って、母の手をぽんぽんと叩いた。

 

「この、ロボさんは、いいロボさんだよ」

 

絵美里は、何か言いかけて、結局、何も言えなかった。

 

タケルは、ててて、と数歩、前に進み出た。

 

小さな体が、巨大なロボットの前に立つ。

 

夕日が、その背中を、金色に染めていた。

 

タケルは、ファインを見上げて、ぺこりと頭を下げた。

 

「ロボさん……ありがとう」

 

その一言を聞いた瞬間、慶永は、胸のあたりが、ぎゅうっと熱くなるのを感じた。

 

ありがとう。

 

そんなふうに、タケルに言われたのは、いつ以来だろう。

 

朝は、タケルが起きるより早く家を出る。

 

 夜は、タケルが寝たあとに帰る。

 

 顔を合わせるのは、日曜日の朝、ほんの数時間だけ。

 

 それも、疲れて、ソファでうとうとしているうちに、終わってしまう日もある。

 

最後に、まともに話をしたのは、いつだっただろう。

 

いつの間にか、タケルの背が、また伸びていた。

 

気づかないうちに、成長していた。

 

慶永は、何も言えなかった。

 

いや、言葉は、出てこなかった。喉が詰まって、声にならなかった。

 

けれど、ファインは、ゆっくりと、体を低くした。

 

巨大な鋼鉄の体を、そっとかがめて、タケルと、同じ高さに目線を合わせる。

 

本当は、抱きしめたかった。

 

抱きしめて、「ごめん」と言いたかった。

 

「ただいま」と言いたかった。

 

でも、それは、できない。

 

だから、慶永は、できるだけやさしい声で、言った。

 

「どういたしまして。……ケガはないか?」

 

タケルは、こくこくと、うなずいた。

 

「うん! ぼくも、ママも、だいじょうぶ!」

 

「そうか。よかった」

 

ファインの声は、少しだけ、震えていた。

 

タケルは、それに気づいたのか、気づかなかったのか、一歩、ファインに近づいた。

 

そして、小さな手を、ファインの足もとに、そっと伸ばした。

 

鋼鉄の足を、ぺたぺたと撫でる。

 

ひんやりとした金属の感触。

 

 ところどころ、ビームで焦げた跡。

 

タケルは、それを、まるで大切な生き物を触るように、やさしく撫でていた。

 

そして、ふと、首をかしげた。

 

「あれ?」

 

「……どうした?」

 

「このロボさん……」

 

タケルは、鼻を、くんくん、とひくつかせた。

 

「パパの車の匂いがする」

 

慶永は、凍りついた。

 

「(ギクッ)」

 

心の声が、そのまま口から漏れそうになった。

 

パパの車。

 

たしかに、ファインは、もともと、慶永の愛車だった。

 

でも、タケルが、あの車の匂いを覚えているなんて。

 

もう、ずいぶん長いこと、あの車は、駐車場の隅に置かれたままだった。

 

 タケルは、小さいころに、何度か乗せてもらったことがあるだけのはずだ。

 

絵美里が、ふっと、ファインを見上げた。

 

彼女の目が、少しだけ、見開かれた。

 

けれど、絵美里は、何も言わなかった。

 

ただ、その唇が、かすかに、動いた。

 

声にならない、小さな言葉が、夕暮れの空気のなかに、そっと溶けていった。

 

「……あなた?」

 

慶永には、聞こえなかったふりをするしかなかった。

 

ファインは、わざとらしく、咳払いをした。

 

いや、ロボットに咳払いはできない。

「ごほん」という音を、かわりに口から出しただけだった。

 

「き、気のせいじゃないかな。きっと、ロボットのオイルの匂いだよ。ほら、ロボットは、みんな、オイルの匂いがするんだ」

 

「そうなの?」

 

「そうだとも」

 

「ふうん」

 

タケルは、納得したような、していないような顔で、うなずいた。

 

それから、ぱあっと、顔を輝かせた。

 

そして、小さな手で、ファインの指を、ぎゅっと握った。

 

ファインの指は、タケルの体より大きい。

 

 だから、タケルが握れたのは、その小指の、ほんの先っぽだけだった。

 

でも、その小さな手のぬくもりが、鋼鉄の体を通して、慶永の心に、確かに伝わってきた。

 

「ねえ、ロボさん」

 

タケルが、まっすぐに言った。

 

「友達になってよ。ぼく、タケル!」

 

慶永は、一瞬、息を止めた。

 

いや、止める息はなかったが、止めたような気がした。

 

友達。

 

父親として、でなく。

 

正体を明かすことは、できない。いまは、まだ、できない。

 

けれど、友達なら。

 

タケルの友達として、そばにいることなら、できる。

 

守ることなら、できる。

 

慶永は、ゆっくりと、ファインの顔を、タケルのほうへ向けた。

 

それから、できるかぎり、やさしい声で、答えた。

 

「……ああ。よろしくな、タケル」

 

タケルの顔が、ぱあっと、花が咲くように輝いた。

 

「やったあ! ロボさんが、友達になってくれた!」

 

タケルは、ぴょんぴょんと、その場で跳ねた。

 

絵美里が、そんな息子の姿を見て、ふっと、笑った。

 

どこか、泣きそうな目をして。

 

けれど、確かに、笑っていた。

 

ファインは、そっと、手のひらを、タケルのほうへ差し出した。

 

「乗るか?」

 

「いいの!?」

 

「ああ。落ちないように、しっかりつかまっているんだぞ」

 

タケルが、手のひらに、ぴょん、と飛び乗った。

 

絵美里が、心配そうに見守る。

 

「ママも、いっしょに?」

 

タケルが聞くと、絵美里は、首を横に振った。

 

「ママは、ここで待ってる。タケル、気をつけてね」

 

絵美里は、ファインを、じっと見上げた。

 

それから、深々と、頭を下げた。

 

「息子を……お願いします」

 

その声は、震えていた。

 

慶永は、ぐっと、こらえた。

 

そして、できるだけ、力強く、答えた。

 

「任せてください」

 

ファインは、ゆっくりと、立ち上がった。

 

手のひらのなかのタケルが、きゃあっと歓声を上げる。

 

そのまま、慶永は、そっと、タケルを、自分の肩のあたりまで運んだ。

 

ファインの右肩に、小さな少年が、ちょこんと腰かける。

 

そこは、ヘッドライトの上の、ちょうどいい平らな場所だった。

 

タケルの足が、ぷらぷらと揺れる。

 

「わあ……」

 

タケルが、声を上げた。

 

そこから見える景色は、いつもの町とは、まるで違っていた。

 

家々の屋根が、はるか眼下に広がっている。

 

電柱のてっぺんが、すぐ目の前にある。

 

遠くの商店街、小学校の校庭、川の土手。

 

すべてが、夕焼けのオレンジ色に染まって、きらきらと光っていた。

 

「すごい……」

 

タケルは、しばらく、口を開けたまま、その景色に見入っていた。

 

慶永は、何も言わずに、ただ、静かに、肩の上の小さな重みを感じていた。

 

ずっしりとした金属の体のなかで、その重みだけが、やけに、あたたかかった。

 

(ごめんな、タケル)

 

慶永は、心のなかで、そっとつぶやいた。

 

(ただいま、って言えなくて)

 

空の裂け目の向こうでは、まだ、バッテンダーの船団が、息をひそめている。

 

戦いは、まだ、はじまったばかりだ。

 

これから先、もっと強い敵が、現れるのだろう。もっと厳しい戦いが、待っているのだろう。

 

でも。

 

この肩の上の、小さなぬくもりがあるかぎり。

 

絵美里の、あの涙まじりの笑顔があるかぎり。

 

自分は、きっと、戦える。

 

慶永は、夕焼けの空を、まっすぐに見上げた。

 

そして、静かに、誓った。

 

(ただいま、とはまだ言えない。でも必ず、この子の隣に帰る)

 

夕日が、ゆっくりと、地平線に沈んでいく。

 

巨大なロボットの肩に腰かけた少年は、いつの間にか、小さな声で、歌を口ずさんでいた。

 

それは、家族でドライブに行くときに、よく歌った、他愛のない歌だった。

 

ファインは、その歌に耳を傾けながら、静かに、町を見渡していた。

 

鋼鉄の瞳が、夕日を映して、金色に光った。

 

勇者の、長い長い戦いの日々が、いま、静かに、幕を開けたのだった。

 

---

 

**次回予告**

 

銀河幕府バッテンダーの、本格的な侵攻が、はじまる。

 

その先陣を切るのは、十二の「代官」のひとり。

 

怒りに燃える雄牛の影が、地球に迫る——。

 

そして、苦戦するファインの前に現れる、あの大型戦闘機の正体とは!?

 

次回、勇者転生ファインカイザー 第2話

 

銀河幕府の幹部、登場!

 

 

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