犯罪奴隷になったので生きていくために闇組織の首領になる事にした 作:城之内
自分が異世界転生した事を自覚できたのは、父に殴られた衝撃からである。
夜でも煌びやかな高層ビルの風景、満員電車、狭い自室。様々な情景が脳裏を過ぎり、知らない単語が頭の中を埋め尽くす。
僕は誰だったか、それは分からないがとにかく情報が脳を支配していた。
酷い頭痛を感じて頭を押さえた僕を見て、側にいた母が眉を吊り上げ父に向かって行く。
「もうやめて! この子は関係ないでしょ!?」
「黙れ! お前まで俺を非難するのか!?」
僕が頭痛と格闘する中、父と母は口論している。
父に酒を買ってこいと怒鳴られた僕――前世の記憶を取り戻す前のいたいけな僕が、言われた通り酒瓶を持って帰宅すると遅いと殴られた。
父は一人がけソファに座り、卓の上には度数の強い酒瓶と注射器が乱雑に置かれていた。
最近、父は荒れている。
彼は元々傭兵で、戦争で活躍した事を機に国王から一代限りの貴族に叙爵された。
晴れて騎士爵となった彼は貴族の仲間入りを果たし、王都の貴族街に邸宅を貰い、更に王国騎士団に入団を認められた。
直後に商家の次女と婚姻。
十年前に無事第一子、つまり僕――ウィルベルが生まれた。
しかし幸せは長く続かない。次の次の戦争で、彼は敵の将に利き手を斬り落とされ、騎士団からは解雇通告。不当だと国王に直訴しに行ったら爵位も没収。
昔入っていた傭兵団にも居場所はなく、元々平民だった事で貴族達からの風当たりも強い。
つまりどこにも居場所がないのだ。荒れるのも無理はない。まあ息子を殴るのは擁護できないが。
「頼んだのはそれじゃねぇ、お使いも満足にできないのかッ、俺は貴族だぞ、そんな安酒飲むかよ!」
「お金がないのよ、仕方ないでしょッ。もう貴方は貴族じゃないわ、いつまで現実逃避するつもりなのッ。一週間後にはこの家も退去しないといけないのよ!」
「また武功を立てればいいッ」
「お願いだから現実を見て!」
母が金切り声を上げる。
右腕がない父には、もはや荒事で稼ぐのは無理だ。
母は酷く疲れた様子で両肩を落とし、項垂れた。
「……もう付き合いきれないわ、この子と一緒に出て行くから」
「……は?」
父は呆然としている。
硬直したまま母をまじまじと眺めるその姿に、僕は嫌な予感がした。
「お前まで……俺を捨てるのか!?」
突然、激昂した父は片腕で母に掴みがかった。元々、傭兵で鍛えられた肉体を持つ彼と武器なんて一度も握った事のない母との体格差は歴然だ。
母が悲鳴を上げる。だが、うるさいとばかりに父は左手で母の顔を殴った。
「貴族じゃなくなったからか!? 貴族じゃない俺に価値はないってかッ?」
倒れた母は卓に頭部を強打した。
大声を上げながら父は馬乗りになり、足で両手を押さえつける。
母は苦しそうに呻き声を上げ、手をバタつかせるが、父は鬼の形相で何発も拳を振るった。
僕の心臓がドクンドクンとやけに大きく鼓動している。
側には買ってこいと言われて買ってきた酒瓶がある。
前世の記憶を取り戻して早々に修羅場だ。神様には文句の一つでも言いたい。
だがその前に。
僕は酒瓶を手に取った。不自然なほどに躊躇しなかった。
前世の僕がそういう事に慣れていたのか、それとも目の前の父の血がそうさせたのか。分からない。
事実として、僕は駆け寄り父の後頭部を力一杯酒瓶で殴りつけた。
「がっ!?」
酒瓶が割れ、中の酒が父の頭髪を盛大に濡らす。ポタポタと雫が絨毯に滴り落ちた。
振り上げていた父の拳がゆっくり下ろされる。彼の頭から血が流れて首を伝っていた。
ふらりと頭を傾け、父は首だけ振り返る。瞳孔が開き切っており、荒い呼吸音が室内に広がる。
十歳の子供の腕力では、成人男性は倒せないらしい。
「何の真似――」
何か言う前に、僕は割れた酒瓶で父の頭を再度殴った。
「ぐっ!?」
一回でダメなら何回もやればいい。父が母にやったように。
更に割れた酒瓶で殴る。運良く、破片がぐさりと頭部に刺さった。
父は母と重なるようにしてばたりと床に転倒。
僕はそれでも破片を拾い、彼の背中を刺した。
体重を乗せ、深く刺しこむと血が大量に衣服に滲む。僕は父を仰向けに転がし、胸元に手を添えた。
「……死んでるな」
心臓は停止している。確かめて、どこかほっとした。達成感まで感じる。
初めて人を殺したが、気分は何も変わらない。僕は異常者なのだろうか。次に母の口元に手を置く。
「……そんな……」
彼女は息をしていなかった。父の死には安堵したが、母の死には涙が込み上げる。
床には血溜まりが広がり始めていた。母の血だ。恐らく最初に殴られた時に、卓に頭部を強打したせいだろう。
目の前にある両親の死体には現実感が湧かない。朝起きた時は、こうなるとは毛ほども思わなかった。
母がどうせ死ぬと分かっていたら、僕は父を殺さなくても良かった。殴られる母をそのままに、家を出て助けを求めるべきだったか。
胸中に浮かんだ疑問に、僕は頭を左右に振る。
ここは王都の貴族街だ。
周りの家々は父を煙たがっている。僕の言う事に耳を貸す者などいない。
結論を出した僕は、何だか家の外が騒がしい事に気付いた。
ドンドンと扉を強く叩かれる。
「王国騎士団であるッ! 隣接しているカルネ男爵家から苦情があり、駆けつけた次第だ! 早急に応答しろ!」
父が大声で怒鳴ったせいだ。それにしても来るのが早すぎる気がしたが。丁度パトロール中だったのかもしれない。
咄嗟に脱出経路を確認したが、裏口から出ようにも音で気付かれる。
母の手に酒瓶を握らせ、父と相討ちを装わせるか検討する。
だが、その考えをすぐ恥じた。母は完全なる被害者だ。汚名を着せるわけにはいかない。
もはやどうでもいい。
僕はため息を吐いた。
扉が乱雑に開けられる前に、僕は玄関に向かって自分から扉を開ける。
子供が出てきた事に驚いたのか、騎士服を着た三十代ほどの男性二人組は目を見張った。
「……事情を説明しますので、とりあえず中に」
「顔と服についた血は何だ。何が起きた?」
見れば分かりますと僕が呟くと、彼らは険しい表情で顔を見合わせた。
家の中の惨状に目を剥いた二人の騎士は、僕の両手首に迷いなく手錠をかけた。
それから騎士団の詰所に連れて行かれた僕は、嘘偽りなく全てを話した。
母親もお前が殺したんだろと笑いながら迫る騎士には殺意が芽生えたが、無力な僕は怯えた演技をしながら同情を誘いつつ否定した。
ただ僕の言い分は何一つ聞いてもらえない。
取り調べを担当したニヤケ面の赤髪騎士が言うには、貴族殺しは通常極刑らしい。親殺しを含めた殺人も極刑だ。
父は元貴族なので前者は当てはまらない。
ただ僕が十歳の子供だという事を加味されても相当重くなるに違いない。そう嬉々として告げられた。
ちなみに剣と魔法のファンタジー世界にあるこの国では、懲役や刑務所といった概念がない。
三日間の勾留の後、僕の処遇は決まったようだ。
軽犯罪者は強制労働か罰金処分、僕のような子供はと言えば、
「うむ。容姿も良い。元貴族の子だけあって栄養状態も申し分ない。これは高値で売れるぞ!」
必然的に犯罪奴隷に落とされる。
僕は今、首輪と手枷を嵌められ、騎士団の屯所にある牢から移送されるところである。
三日に渡る勾留期間を経て久しぶりに日の光を浴びたが、解放されるわけではない。
迎えに来たのは、髭が似合う恰幅がいい中年の男だ。
白髪混じりの頭髪にハットを被り、衣服は白シャツにベストを合わせ、更に上には仕立ての良い茶色のスーツを羽織っている。
取手部分が金属で加工された木製のステッキで地面を突き、しげしげと髭を触りながら僕を観察していた。
「
「いや、金が足りなくて受けてないらしい」
「なるほど、なるほど。まあ持っていなくても文句ない」
奴隷商と騎士のやり取りに興味が惹かれる。
「今すぐ私が引き取ろう。ラズ、馬車に載せろ」
「分かりやした。マルキスの旦那」
奴隷商人マルキスが呟くと、御者をしていた男が降りてきて僕の両脇に手を差し込んで持ち上げた。
彼は帯剣しているが、騎士ではない。統一感がない装備を身につけている。用心棒の類か。
「金があればなぁ、俺もコイツみたいなガキでヤッちまいたいが……」
男の獣欲に満ちた眼差しに僕は鳥肌が立った。生きる希望は無くしたが、流石に自分の行く末に不安を抱く。
この男のような性癖を持つ変態貴族の愛玩用ペットにされるのは御免だ。
ただこの場で暴れたら扱いが悪くなる。逃げ出せる明確な確証がなければ、動いても意味がない。
「おい、そいつは男だぞ」
引き渡し役の騎士の一人が引き気味に告げた。
「それが良いんすよ、騎士サマ。無垢な男のガキが一番良い……」
「妙な真似はするなよ、ラズ。さっさと仕事をしろ」
「へいへい」
奴隷商人マルキスが苦言を飛ばした。
ラズと呼ばれたガタイが良い男は持ち上げた僕を黒い布で隙間なく覆われた辻馬車の荷台に放り込む。
そこは檻だった。冷たい鉄で覆われた檻の中には、僕以外にも奴隷が十一人いた。
僕と同じ商品になる者達だけあって、皆生きる希望などないように暗い目をしている。
彼らは放り込まれた僕を一瞥しただけで、興味を示さなかった。
落ち着きなく必死に祈りを捧げる女性や盗賊の頭目のような風貌の男、目を閉じて動かない青年、体育座りをして膝の間に顔を埋めている子供と年齢層はバラバラだが、老人の類はいない。
奴隷達の様子を観察していると、御者の掛け声と共に馬車が発進した。
まだ逆転の目はある。僕の運命は決まっていない。
唯一の希望。
体感で十分弱走行した後、静かに馬車は停止した。
前には貴族街にある僕が暮らしていた邸宅より立派なレンガ造りの商館が鎮座している。
石畳で舗装された広い通りにあり、三階建ての重厚な店構えから奴隷商マルキスの格がまじまじと伝わってきた。
檻から出された奴隷達はラズの先導で両開き扉を潜り入店した。
絨毯が敷かれた床に、壁には絵が飾られており、内装も充実している。
「逃げようとしても良いが、その時は問答無用で剣を抜かせてもらう。顧客には身体が欠損した奴隷を所望される奴もいるからな。そうなりたいなら今すぐ言え」
ラズは奴隷達を冷徹に睥睨しながら口角を上げた。
何故か僕にウインクしてくる。
気持ち悪い。
「今回の仕入れは犯罪奴隷二人、後は借金奴隷だ。全員未鑑定」
別の馬車の客車から降りてきたマルキスは出迎えに来た髪を七三分けにしている店員にそう告げる。
店員は仕立ての良いタキシードを着ており、前世の高級ホテルを思い出す装いだった。
「鑑定士を呼べ。もし
「マルキス様。必要になると思って既に呼んでおります」
「ご苦労」
僕は唇を舐めた。
奴隷達はエントランスを抜け、一階にある別室に移動した。そこで手錠と首輪を奴隷商館にあった特別な物と取り換え、その後に
老人は椅子に浅く座っており、前にある卓の上に広げた書類にペンを使って記入していた。
「これはまた高値で売れそうな者達だ。マルキス殿、全員未鑑定かな?」
「そうだ、フロッド。始めてくれ」
「よぉし、全員で百二十万ゴールドで承った」
「……金の亡者が」
「嫌なら他の鑑定士に話を持っていくんだな。だが、儂と並ぶ七等級以上の鑑定の
「分かっている」
渋々マルキスはその申し出を受けた。店員を呼び寄せ、ぎっしり金貨が詰まった袋ごと渡した。
「金貨百二十枚丁度ある」
ちなみにお金の価値は簡単で、一万ゴールドで金貨一枚。千ゴールドで銀貨一枚。百ゴールドは銅貨一枚で、十ゴールドが鉄貨一枚だ。
整列した十一人程の奴隷達は一様に死んだような目をしているが、僕は違う。
恐らくキラキラと希望に目を輝かせているはずだ。
流石に転生者なのだから何か才能がないとやっていられない。
ここまでの不幸は、この瞬間のためにあったのだとそう信じたい。
「ふむ、この者は
室内で黙々と奴隷一人に焦点を合わせ、じっと五秒ほど見つめる老人。それから卓の上に置かれた紙に文字を書き込み、判子を押す。どうやら鑑定書のようだ。
次々選別されていくが、未だ
三名終わって、鑑定士はつまらなそうに鼻を鳴らした。
これだけでも
もし僕が持っていなかった時は仕方ない。
読み書き計算、それと前世の記憶や知識を活かして買い手に取り入ればいい。最近、喧嘩ばかりだった両親のおかげで、空気を読むのも抜群に上手くなったはずだ。
そういえば僕の父は剣術の
それだけ絶対的な差があるが、流石に片腕になって酒に溺れ、ドラッグにのめり込んだ父には十歳児の僕でも不意を打てば勝てる。
後は帯剣していなかった事も大きい。
「おお! 彼女は予言の
父を思い出しているうちに一人目の
「素晴らしいッ、熱心な信徒だけはあるじゃないか! 予言持ちは富裕層に高く売れる。重宝されるぞ」
奴隷商マルキスが二十代の女性奴隷の背中を労うように叩くと、彼女は手枷がある両手で顔を覆い、さめざめと涙を流した。どうやら安堵の涙だ。
奴隷となったら、粗暴な主人に買われるのが一番最悪なのだ。こうなったら少しでもマシな相手に買われる事を祈るしかない。
「この男は一等級の炎魔法の
続いて二人目の異能持ちが出た。
盗賊の頭のような風格を持つ髭面の男だ。彼は冷静だった。もしかして自分の
僕は鑑定士が記入している鑑定書を背伸びして覗き込むと、男の詳細な情報が書かれていた。年齢は三十六歳で、犯罪奴隷らしい。
それから何人かを経て、僕と同じくらいの年齢の少年の番になった。
「……豊作だぞ、マルキス殿。これで三人目か。貴殿の目利きは称賛に値する。この子供は二等級の弓術の
「二等級……惜しいな。ブレイワード家が三等級以上の
ブツブツ言っているマルキスに、鑑定士は顎髭を撫でながら物憂げな表情を浮かべる。
「ブレイワードと言えば、確か一人息子がいたはず。伯爵は倅と歳が近い優秀な補佐役が欲しいのかもしれんな」
その後も鑑定は続くが、以降
ついに最後に控えていた僕の番になる。
僕の肩をマルキスがバンバン叩いた。
「最後の一人は期待が持てるぞ。何せ騎士爵に叙爵された傭兵の子だからな、
「ふむ、見てみよう」
鑑定士の老人が目を凝らした。
ちなみに
等級が高いほど、その能力も絶大なものになる。
四等級以上は国でも重職を担えるレベルだと、父が自慢していた。
僕はどうだろう。どうしても期待してしまう。
「まさか……そんな……」
鑑定士の手からペンが溢れ、インクが飛び散って書類に黒いシミを作る。彼は僕を見てわなわなと震えた。
直後、卓を強く叩いた老人が立ち上がって、僕に近寄り両肩に手を置いた。
「テイムの
「おお! ん? 待て、剣術ではないのか。それで等級は……?」
「分からん」
「……何?」
「儂の目では鑑定できん。つまり、八等級以上だ……!」
他の奴隷達も目を丸くした。
マルキスは一拍置いて、唇を歓喜に吊り上げる。
肝心の僕は興奮で顔を赤らめた老人の唾が頰に飛んできて、盛大に喜びたいのに喜べなかった。