生きたければ飯を食え~とある料理人の異世界繁盛記~ 作:混沌の魔法使い
メニュー1 パンケーキ
世界の始まりは闇であったとされる。生命の伊吹すらない漆黒の闇――それが世界の始まりであった。
そこから長い時が流れ、少しずつ闇の中に変化が生まれた。だがそれだけでは生命とはなりえなかった。
ある神は言った。微々たる変化しかないつまらぬ世界だと
ある神は嘲笑した。光が無ければ生きられぬとは弱き命だと
ある神は哀れんだ。滅びるだけしかないとはなんと今すぐ滅ぼしてやるが神の慈悲だと
ある神は憤った。自分達の娯楽の為に滅ぼす為の世界を生み出すとはなんと醜悪なと吼えた。
神だから何をしても許されるという驕り、慢心、同じ神として、いや同じ神だからこそ軽蔑する。
もっとも若く、そして最も弱き神の怒声に神々は笑った。
ある神は笑った。貴様のような大地割る事も出来ぬ非力な神に何が出来ると
ある神は嘲った。貴様のように空を作る知恵を持たぬ無能な神に何が出来ると
ある神は嘆いた。貴様のように海を作る道具を持たぬ矮小な神に何が出来ると
嘲笑われた神は言った。何も特別な事をする必要ないのだと、生れ落ちた命を信じればいい、命の可能性を信じただ寄り添い見守る事こそが神のあるべき姿と告げ、何も特別な力を持たぬ神はただ1つの神具であるランタンを手に神界から去った。
ある神は死んだ。己の強力を誇り、気に食わぬという理由で数多の世界を壊した神は自分が蔑んだ人間に邪神として殺された。
ある神は死んだ。己の知恵を誇り、自分よりも賢い者はいないと驕った神は己が見下した人間の叡智に敗れた。
ある神は死んだ。己の尺度でしか物を測れぬ、他者を見下した神は己しかいない闇の中へと封印された。
ある神は知らない。自分を見下していた神が死んだことを。
ある神は笑う。介入するのではない、ただ見守り育む事こそが神の仕事なのだ。
己はただ闇をほんの少し照らし、朝と昼と夜を作っただけ。ただそれだけで世界は繁栄していった。
人は争う。生きているのだから意見の対立はあるだろう。
人は愛し合う。生きているのだから寄り添うだろう。
人は死ぬ。だから限りある命を大事に使って生きるのだろう。
特別な力はないけれど、特別な知恵はないけれど、特別な物を持っていないけれど……。
それでも私は世界を、命を、人間を見守ろう、この黄金のランタンを持って人の進む道を明るく照らし出そう。
創世記に記されし名もなき世界を見守る神は今日もその手に持った黄金で世界を照らしているのだ。
「先輩が寝過ごすからッ! 今日は絶対何か特別なことがある筈なのに!」
「んなもんねえって、アルパーナ様はいつも見てくれてるだけだろ?」
「どうして貴方は神官なのにそうもずぼらなんです……か?」
「あん? どうし……」
崩れ果ててはいる。だがそれでも大事に世話をされているであろう神殿へと向かっていた男女の神官は目の前の光景に言葉を失った。
神殿の扉が内側から開き、昨晩の雨でぬかるんだ地面には誰かの足跡があり……その先を見た女の神官は女性とは思えない悲鳴を上げた。
「ぎゃああああッ! こ、これどうするんですかあっ!?」
「いや、気のせいだって、ほれ、この足跡消せば証拠隠滅出来るって」
「なんて罰当たりな事を言ってるんですかぁッ!? あああ……神よお許しくださいッ!」
その足跡の先は崖へと続いており、折れた木々と何かが滑り落ちた痕跡が川へと続いているのを見た女性はその場に崩れ落ちて神へ許しを請い、神父は髪を掻き毟りながらポケットから出したスキットルへと口をつけるのだった……。
様々な肉が吊るされている店の中で恰幅の良い男性が目の前に置かれた猪を見て感嘆の溜息を漏らした。額を弓矢で一撃、その後に氷結魔法で凍らせているので肉の質は全く落ちていない。港町、飛行船、馬車。ありとあらゆる交通手段が集まり、様々な地方の名立たる冒険者が集まる。だが交通の便が良いという事は人の出入りは自然と激しい物となる。だからこそ客を捕まえるために宿、道具、武具に酒場に料理屋その全てが最高峰だ。
「流石レナだ! 今日も最高の獲物をありがとうよ!」
安定した流通ルート、そして卸先がなければ店など1ヶ月もすれば潰れてしまう。そんな場所で40年も店を構えている店主の前に立つのはまだ幼さを残した赤髪の少女だった。
「いえいえ、おじさんが高値で買い取ってくれるので私としても助かります」
「どこの街で俺はハンターをしていた。俺は過去に何々を獲ったとか売り込んでくる連中は多いが、そういう連中こそ口ばっかりだ。俺は運ばれて来た実物の獲物でしかそいつの腕前を認めないのさ。その点レナは最高だぜ。弓矢の扱いに、希少な氷結魔法の使い手。専属で雇いたいレベルだ。自信を持ちな、レナッ!」
口先ではない、本当に店主が自分を雇いたいと言っているのはレナと呼ばれた少女も分っていた。だが少女は首を左右に振った。
「ごめんなさい。私はお爺ちゃんの店を守りたいんです」
「分ってる早くギリアムが元気になると良いな。ほれ、ちょっと色をつけておいたからよ。頑張ってな」
「はい! それじゃあ!」
猪の代金の入った袋を受け取り笑みを浮かべて走っていくレナ。その後姿を見ていた店主は深い溜息を吐いた。
「取り繕った笑顔が上手くなっちまって……」
レナという少女の笑みは明るく、そして向日葵のようだったが、今はその笑顔は完全に曇ってしまっていた。
「とはいえ、俺でもどうにもできねえよなあ……どうしたもんだか」
レナの祖父はこの街でもう50年以上続く宿屋と食堂を経営していた。だが3ヶ月前に流行り病で倒れた。幸いにも命こそ助かったが、今も入院を続けており退院の目安はついていない。そしてレナは祖父が倒れたと聞いて通っていた冒険者学校を休学して戻って来たが、食堂は休業中で宿屋をほそぼそと維持するのがやっとだ。何とかしてやりたいと思っても、肉屋の店主であるシュワン・ぺトラに出来る事と言えばレナが狩って来た獲物を高値で買い取ることしかなく、己の無力さに店主は深い溜息を吐くのだった……。
薄暗い森の中でも映える赤い髪に太陽の光を反射させながらボウガンを手にした少女――「レナ」は思いつめた表情で森の中を駆けていた。
(このままじゃ駄目だ。お爺ちゃんのお店を守れない)
3ヶ月前に倒れたお爺ちゃんの店を守る為に帰ってきた……そういえば聞こえは良いが、私には何も出来ていなかった。そもそも私は珍しい氷結魔法とお父さん譲りのボウガンの腕前こそあるが、料理はからっきだ。なんとかお爺ちゃんの店を守る為に戻って来たが……お客さんはこの3ヶ月で10人にも満たない数しかいない。獲物を獲って来てお金を稼いでいるが、それで店を維持するのも限界だと思う。
(まともな接客も出来なくて、美味しい料理も出せない。このままじゃお店が潰れちゃう)
冒険者だったお父さんと食堂の看板娘をしていたお母さんが出会った店を、お爺ちゃんの店を守る為には今のままでは駄目だ。そもそもお爺ちゃんの店に来ていた人はお爺ちゃんの料理を食べに来ていたのだ。その料理がなければお客さんが来てくれないのも当然だ。
(なんとか私でも出来る料理を……)
お爺ちゃんのレシピはある。レシピを見て作れば何とかなるかもしれない……料理は苦手でも、レシピがあれば不器用な私でも何とかできるかもしれない。付け焼き刃とも呼べない稚拙な物かもしれないけど、無理だとやる前から諦めたくない。
「とにかく出来る事を全部やるしかない」
今はどんなことでもいいから店を守る為の糸口が欲しい。その糸口はお爺ちゃんの作ってくれた料理だと思い、今日の獲物の代金である程度食材を買い揃え、街で買えない食材を求めて森に来たんだけど……。
「これは大丈夫。えっとこれは駄目……だよね? うう、難しい」
学校でも習った所だけど野草と毒草の違いも、食べれる茸とそうじゃない茸の区別も正直ちょっと自信がない。お爺ちゃんは鼻歌交じりで集めていたけど、私では必要な分を集めれるかどうかも怪しい。
「……無理しないで分る……物で……」
やっぱり食べなれた果物とか木の実と何か獲物を獲って帰ろうと思い顔を上げ、少し離れた所の川を見て私は言葉を失った。木に掴まった男性が川から流れて来たのだ。
「あ、あわわッ! そこの人! そこの人大丈夫ですかッ!?」
持っていた籠を投げ捨て流されていく男性を追って走りながら声を掛ける。すると急流で声は聞こえないが右手を上げたので意識があると分り、私はウエストポーチからロープを取り出して、ボウガンのシャフトに固く結びつける。
「矢を撃ってロープを飛ばします! それに掴まってくださいッ! 最悪怪我は覚悟してくださいねッ!」
ボウガンを構え撃つべき場所を見極める。太めの木の幹……体格から予測しギリギリの場所へ弓を撃ち込む。
(当ってない、良かった)
すぐに腕にロープを巻きつけるのを見て私も腰を落とし、ロープを強く引っ張る。だが当然私の身体の方が川へと引っ張られるのを感じる。だが歯を食いしばり流されていく男性を必死に引っ張り寄せる。
「うっ! くっ! このおッ!!」
成人男性を引っ張り上げるのは当然だが楽ではない。だがそれでも気合を入れてロープを引っ張り男性を岸へと引き寄せる。
「ぜはぁッ! はぁ……はぁッ! た、助かった……」
「い、いえ……ぜぇぜぇ……助けれて……よか……良かったです」
荒い呼吸を整えながら助けた男性のお礼の言葉に返事を返す。折角集めた野草も、木の実とかも殆ど無くしてしまったけれど……人1人の命を助けることが出来た。
(お爺ちゃんでもそうするよね?)
困ってる人を助けるのは人として当たり前の事。今私がとても苦しい状況でも、ここで流されていく男性を見捨てていればきっと私の胸の中には大きな後悔と罪悪感が残る。だからこれで良かったのだと思いながらウエストポーチからタオルを取り出して男性に手渡す。
「俺は川崎雄二だ。助けてくれてありがとう、本当に死ぬ所だった」
自己紹介をしながらタオルを受け取る男性は目付きは少し悪いが、人の良さそうな顔をしていたのが印象的だった。
「いえいえ、それよりも身体を拭いてください。風邪を引きますよ」
「いや、助かる。ところでここはどこなんだ?」
「どこって……ここは」
びしょびしょの男性を良く見てあれ? っと私も気付いた。黒髪、黒目の人なんてここら辺じゃみない。それこそ遠くの極東からやってくる行商人くらいだ。それに服装もおかしい、軽鎧も身につけず、武器も、道具袋も身につけていない。街が近く交通の便が良いからモンスターの出現数は少ないが、それでもモンスターや凶暴な野生動物はいる。そんな中でシャツとズボンだけで歩くなんて自殺行為だ。
「カワサキさんでしたよね? 貴方どこから来たんですか?」
「それが分らないから聞いてるんだ。俺はベッドで寝てたはずなんだが……気がついたら崖を転がり落ちてるわ、川に落ちるわ。本当何がどうなってるんだ? お穣ちゃんここはどこなんだ? 日本……じゃないよな?」
私の聞いたことのない地名を口にしながらここはどこなんだ? と繰り返し尋ねてくる男性に応える言葉が無く、私は思わず天を仰いだ。だけどこの男性との出会いが私を救ってくれる事になるとは夢にも思わないのでした。
俺は確かに自室で寝ていた筈だ。それなのに目を覚ませばどこかの廃墟で、混乱しながら外に出ればでかい鳥に襲われて、逃げ回っているうちに足を滑らせて崖を滑り落ちそのまま川へ落ちて流され、美少女に助けられる。
(出来の悪いB級映画かよ)
レナという少女に連れられて来た街は正しく「異世界」だった。獣の耳と尻尾を持つ者や、耳が尖っている美男美女に、背中に羽がある天使みたいに見える者もいれば悪魔のように見える者も歩き回っている。
「カワサキ。大丈夫ですか? もしかして気分が悪いですか?」
「……いや、大丈夫だ。行こう」
俺がどこにいるのか、何故ここにいるのかは分らない。だがここで立ち止まっていても何も変わらない、今の俺にはレナしか頼る者がいないのでレナについて行く事にする。
「ここはディナプトの街です。サガーク公益社がやってる馬車・飛行艇・船で栄えている街です」
空を飛んでいるドラゴンや、巨大な蛇が引っ張ってる船を見て俺は頭痛を覚えた。人もそうだが、回りの物全てが日本……いや地球に無い物で埋め尽くされていたからだ。
(まじで異世界だな……ん? そういえば……あいつのせいか?)
昨晩の外人。異世界がどうこういっていたがまさかあいつのせいか? いや、そんな事無いよな……となればこれはリアルな夢と現実逃避出来れば良かったのだが、馬鹿でかい鳥に襲われた痛みも川に落ちた寒さも感じた。それらの出来事が目の前の光景が現実だと俺に思い知らせていた。
「ここが私のお爺ちゃんの店。ギリアム・ウェルナです。ちょっと今は休業中ですけど、遠慮しないで寛いでください」
リナが案内してくれた宿も巨大な木をくり抜いて作った2階建ての宿でどこからどう見てもファンタジー世界の建造物だった。
「凄いな……こんな立派な宿は見たことがない」
「あはは、ありがとうございます。お爺ちゃんの店は観光名所にもなってるお店で、神域に1番近い宿とも呼ばれているんですよ」
「それは……くっしゅっ! っとすまんな」
よほど祖父が好きなのか誇らしげに宿の事を教えてくれるリナの話を遮るようにくしゃみをしてしまい、すまないとレナに頭を下げるがレナは大丈夫ですよと朗らかな笑みを浮かべた。
「まずは身体を温めて来てください。突き当たりが浴場なのでまずはお風呂に入ってください。着替えはお爺ちゃんのですけど用意しておきますので、下穿きは新品を用意しておきますね」
「すまない、本当にありがとう」
レナに深く頭を下げ、教えて貰った風呂は想像していたよりもずっと綺麗で、しっかりと湯船に浸かり身体を洗って出ると用意されていた着替え、レナの所に戻るとレナは鬼気迫る表情で何かの本に目を通していたが、俺に気付くと笑みを浮かべて立ち上がった。
「どうぞ。好きなところに座ってください」
「あ、ああ。ありがとう」
人気のない店内と従業員の姿がないことからかなり経営が苦しいのは一目で分ったが、そんな状況でも俺を助けてくれたレナにありがとうと言いながらレナの作業している机の近くに腰を下ろそうとし、ふと厨房に視線を向けた時産毛が逆立つのを感じた。
(これは……凄いな)
2階建ての宿屋の1階の食堂の厨房……丁寧に整頓された調味料に、食器、調理器具……その全てがこの食堂の持ち主が一流である事を現していた。
「お腹空いたんですか? それなら何か食べに……ぐぐうう……あ、あはは……私もお腹が空いてますし何か食べに「俺が作っても良いか?」え?」
大きな腹の音を立てて赤面しながらどこかに食べに行こうというレナの言葉を遮り、俺が作っても良いかと問いかける。
「出来るんですか? 料理」
「これでもプロだ。レナは腹が空いてるんだろ? 見た所設備も調味料も揃ってる。態々外に食いに行くことも無いだろ? 命の恩人なんだ。お礼というのもおかしいが、俺に作らせてくれ」
金もない、お礼に差し出せる物もない。だが目の前で腹を空かせている奴がいるなら飯を食わせてやろうと思う。
(変わらないよな、俺も)
腹の空いてるやつには飯を食わせてやる。ここがどこで、何が起きたのか分らなくとも俺のやる事はどこでも同じだ。
「それじゃあお願いしてもいいですか?」
「ああ。任せてくれ」
厨房に入り、手を洗いながら厨房の中にざっと目を通し、何があるのかをざっと把握する。
「レナ。火はどうやって使うんだ?」
「そこの魔石をコンロの横の穴に入れるんですよ。後はそこのダイヤルで火加減を調整できます」
なんで石があるのかと思ったが、なるほどこれが薪代わりなのか流石異世界。もう自分でいま自分がいるのが異世界だと受け入れている事に苦笑しながら冷蔵庫と思わしき箱を開け、俺は首を傾げた。
(厨房の割りに中身が少ないな? それに厨房の中も少し違和感があるな)
冷蔵庫の大きさの割には食材にかなり偏りがあるし、厨房は綺麗に整っているのだが、調理器具が使われた痕跡が少ないことに疑問を抱きながら冷蔵庫から使う食材を決めた。
「卵と牛乳、それと小麦粉を使うが良いか?」
「かまいませんけど、それで何を作るんですか?」
「それは出来てからの楽しみだ。すぐ作るから待っててくれ」
年頃の少女には甘い物の方が好まれる。それに俺の見立てではレナは相当無理をしていると思うので甘い物を作ってやろうと思う。
(まずはっと)
レナが持っていた籠から苺らしき果物を取り出し、ヘタを切り落としてから綺麗に水洗いしボウルの中に入れて砂糖を振っておく。
(レモンも白ワインもあった。だからソースはこれでOK。次はちと面倒だな)
ハンドミキサーなんて物はないので壁に掛けてあった泡だて器を手に取り、卵を卵黄と卵白に分け、卵白は1度冷蔵庫に戻し、ボウルの中の卵黄に塩1つまみと牛乳を……。
(これくらいかだよな)
計りの目分量が分らないので自分の手の感覚で50ccの牛乳をボウルの中に入れ、小麦粉をふるいにかけながらボウルの中に加えて良くかき混ぜる。何を作っているんだろうかと好奇心で目を輝かせているレナの視線を感じる。
(この感じ嫌いじゃないな)
子供がおやつを楽しみに待っていて、まだかなとまだかなと手元を見てくる感じは微笑ましい気持ちになるから好きだ。だから多少身体が痛くても我慢出来るのだ。
「卵の白身……だけですか?」
「メレンゲを作るんだ。メレンゲは知らないのか?」
「分りません。なんです? めれんげ?」
レナの質問に答えながらボウルを綺麗に洗って、厨房に置いてあったタオルで綺麗に水気をふき取り、メレンゲを作る準備を進める。
「卵白を泡立てて作る料理の材料だ。まぁ見ててくれ、中々に面白いぞ?」
冷蔵庫から取り出した卵白を泡立て器で少し泡立つまでほぐす。
「ふっ!」
ボウルを傾け、円を描くように泡たて器で空気を混ぜるようなイメージで卵白を素早く掻き混ぜる。卵白の泡がしゃばしゃばから少しトロミを帯びてきたら砂糖を少量加え、今度は下から上へ掬い上げるような感覚で掻き混ぜる。
「卵が白く……え、え? 何が起きて」
「面白いだろ? これがメレンゲだ」
卵白が艶を帯びてきたら残っている砂糖の半分を加え更に掻き混ぜる。
(1度に入れると泡が崩れるからな)
メレンゲの泡が崩れたら失敗なので3回くらいに分けて砂糖を加えるのがベストだ。
「良し、OK」
3回目の砂糖を加えて良く掻き混ぜ、泡たて器を持ち上げて角が柔らかくお辞儀するくらいになればメレンゲは完成だ。
「レナ。これでいいのか?」
「はい、そこの穴に魔石を入れればそれで大丈夫ですよ」
魔石をコンロの中に入れダイヤルを回すと火が出たので、それを極弱火にして油を引いたフライパンを温めるホットケーキを焼く準備をしつつ、最初に砂糖を振った苺も鍋に移し白ワインをコップ1杯とレモンの絞り汁を少量を加えて弱火で火に掛ける。
(良し、これで同時に仕上がるな)
最初に作った生地にメレンゲを1掬い加え軽く掻き混ぜてから、残りのメレンゲを加えて下から上に引っくり返すようにだまが無くなるまで良く掻き混ぜ、本当はゴムベラが良かったがないので木のヘラで綺麗に整える。
「良し、こっちも良いな」
苺を煮ている鍋のアクをすくったら火を止めて冷ましておき、温めておいたフライパンにホットケーキの生地を入れて弱火で焼き始めると甘い匂いが厨房に立ちこめる。
「良い匂いですね、何を作ってるんですか?」
「ホットケーキ。知らないか? ホットケーキ」
焼け具合を確認しながらホットケーキを作っていると返事をするが、レナはホットケーキを知らないのかその反応はいまいちだった。
「ケーキですか……でもあれですよ、ほら。あの白いの」
「生クリームの事か?」
「多分それ、それですよ。王都のほうではそういうのがあるって聞いてますけど……それとは違うんですか?」
「ケーキとは違うな。でもまぁこれも美味いぜ?」
生地に焼き色がついてきたら引っくり返し、蓋を閉めて蒸し焼きにし、その間に皿とコップに牛乳を注ぐ。
「良し、完成」
こんがりと狐色に焼けたホットケーキを皿の上に乗せ、その上に即席のストロベリーソースを掛ける。
「口に合えば良いんだが、まぁ食べてみてくれ」
「ありがとうございます! いただきます!」
貼り付けたような笑みではなく、心から笑っている様子のレナに一安心し、俺は残っている生地でもう1枚ホットケーキを焼き始めるのだった……。
私が助けた男性――カワサキがどこから来たのか、そしてここがどこかも分かっていなかったが、それでも私のために料理を作ってくれた。
(ホットケーキ……小麦粉と牛乳と卵だけでこんなのが作れるんだ……)
甘い物は総じて価値が高い。何故ならば作り方を知っているだけで巨万の富を得れる。さっきも話したがケーキはどれだけ安くとも金貨5枚から、市民では到底手が出ない高級品だ。
(ホットケーキ……どんな味なんだろう)
こんがりと狐色に焼かれ、少し形を残した苺のソースが掛けられたホットケーキをナイフで小さく切って、フォークで口へ運ぶと口の中ですっと溶け、ほのかな甘みと苺の酸味が口の中一杯に広がった。
「美味しい……これ美味しいです!」
「そりゃ良かった。年頃の娘さんなら甘いもんが好きだろうと思って作ったが、気に入ってもらえて何よりだ」
からからと笑う姿は年齢も何もかも違うが、お爺ちゃんの姿を私に思い出させた。
「甘いお菓子なんてここらへんじゃ食べれないですよ、高すぎて」
「そうなのか? ならレナはラッキーだな。得意では無いが、俺はそれなりに甘い菓子を作れるぞ」
甘いお菓子を作れるいくあてのない料理人……カワサキがいてくれればこの店を建て直せるかもという考えが一瞬脳裏を過ぎる。
(駄目駄目、そんなつもりで助けたんじゃない)
「どうした? 急に頭を振って」
「あ、いえ! なんでもないですよ!」
打算で助けたんじゃない、それにカワサキを利用するような気がし、その考えを頭を振って頭の中から追い出した。
「これ本当に簡単に作れるんですね」
「簡単だが、めんどくさい事はめんどくさいかもな、混ぜてるの見ただろ?」
「確かに……あれだけ混ぜるのは少しめんどくさいかもしれませんね」
カワサキのような屈強な男性ならば出来るかもしれないが、私では同じ品質でホットケーキを作るのは大分難しいかもしれない。
「この苺のソースも美味しいです、ホットケーキでしたっけ? これに良く合ってますね」
ふわふわで口の中ですっと溶けるホットケーキに、酸味が強い苺のソースが味に引き締まりを与えてくれている。ホットケーキだけで食べても美味しいけど、この苺のソースを掛けて食べるともっと美味しい。
「本当は果物を飾りつけたり、生クリームをトッピングしても良いんだけどな。生クリームは作るのは少し時間が掛かりすぎる」
生クリームも作れるのにそれをなんでもないように言うカワサキに驚かされる。本当にそれだけで一財産気づけるほどの技量を持っている……事情を説明して助けてと言いたくなるのをぐっと堪えているとおかわりのホットケーキが皿の上に乗せられる。
「今度はバターだけで食べてみるといい。これも美味いぞ」
ありがとうございますという言葉が喉につっかえて出てこない。カワサキの善意に応えれるだけの言葉がない、カワサキがいてくれたら宿が何とか出来るという考えがどうしても頭から離れてくれない……そんな時だった。
「爺さん! 復帰……してねえ……?」
勢いよく扉が開き、狼の獣人であるロウガが店の中に飛び込んできてお爺ちゃんがいない事にがっくりと肩を落とした。
「すげえ良い匂いがするから爺さんが復帰したと思ったのによ……レナ。そいつ誰だ?」
「川に流されてるのを助けた旅の人」
「死に掛けた所を助けてもらったもんだ」
事情を説明する訳にも行かず、私が川に流されていたので助けた事、そしてカワサキが滝に落ちる少し手前で助けられたと話すとロウガは大声で笑った。
「ドジだな、お前! 大方モンスターにも追われたか?」
「ロウガ! 笑う事ないでしょ! 本当に貴方はそういう所が……」
ロウガは自分で基本的なことは出来る。それに私と同じ歳で16歳なのに既に冒険者としての等級を得ている天才児だ。そんなロウガに人の機微を知れというのは無理な話と分っていたがそれでも注意していると凄まじい腹の音が鳴り響いた。
「へ、へへ……いやあちとやりすぎて依頼料払って貰えなくてなぁ。爺さんなら飯を食わせてくれると思ったんだけどな……」
「はぁ……しょうがないわね。お金を貸して「俺が何か作ってやろうか?」
お金を貸そうとしたのだが、私の言葉を遮りカワサキが何かを作ろうかと声を上げた。
「マジで!? へへ、サンキューな! 俺肉が食いたい!」
「肉だな。分った」
「ちょっ、ちょっと待って!」
「ケチケチすんなよ。おっさんが飯を作ってくれるって言うんだ。それを断るのも失礼だろ?」
「だから旅の人だからおじいちゃんの店の従業員じゃないんだって、迷惑を掛けちゃうじゃない」
それはそうだけど、ロウガに食事なんて食べさせたら次の日には街中に広がってしまう。それではカワサキに迷惑がかかってしまう。だから止めようとしたのだが……。
「迷惑なんて思わないでくれ、どの道行く充てもないからな。ここで雇ってくれるなら俺としても願ったりだ」
「マジかよ。それなら雇っとけって、お前料理下手くそなんだからよ! まぁこのおっさんの料理が美味いとは限らないけどな!」
「言ったな小僧。すいませんでした美味しいですって言わせてやるからな」
「本当に美味かったら土下座でも何でもしてやるぜッ! おっさん」
私の意見なんて聞き入れられず、ロウガと軽い口喧嘩をしながら調理を始めるカワサキに、当然のように椅子に腰掛けるロウガに私はどうしてこうなったのかと頭を押さえる。
「なぁレナ? くわねぇならこれ食って良い?」
「駄目ッ! それは私のッ!」
ロウガが私の食べかけのホットケーキを狙っているのを見て、駄目と叫び残していたホットケーキを頬張りながらどうしてこうなったと頭を悩ませるのだった……。
メニュー2 ステーキへ続く
本日より連載開始させていただいた生きたければ飯を食えのオリジナル版ですが、いかがだったでしょうか?
執筆当初は別の主人公名で考えていたんですが、何度書いても川崎さんになるので開き直ってオリジナル版でも川崎さんとしました。
他の4作品とは違い、1番生き生きとしている。人間としての川崎さんを今作では描きたいと思っております。
特別な力も、魔法の道具もありません。あるのは料理の腕だけです。これをチートと言うべきかは少し悩む所ではありますが、多分チートではないと思っております。
話としては人気があった(と思う)飯を食えオバロ版の初期の料理をメインにして、シナリオは少なめの構成で考えていますが、恐らく文字数は平均して8000文字ほどの予定です。評価で長すぎるとか、もう少し短く簡潔にという意見を頂いた事もありますが個人的には長いほうが良いと思っているのでこれくらいの文字数で書いて行こうと思います。
それではこれからもオリジナルの生きたければ飯を食えをどうかよろしくお願いします。