生きたければ飯を食え~とある料理人の異世界繁盛記~ 作:混沌の魔法使い
メニュー3 ホーンブルの希少部位焼肉
夜にロウガがリオンさんを連れてくるらしいのでリオンさんに相応しい料理を出さなければならなくなってしまった。その事に私は軽い胃痛を覚えていた。
「ほー。その銀狼のリオンっていうのはそんなにも凄いのか」
「凄いなんてもんじゃないですよ。もう生きる伝説ですよ」
そもそも獣人は魔法が苦手な種族だ。いや、そもそも使う事にメリットが殆どない。その優れた戦闘能力と五感があるのだ。魔法なんて小細工は必要ないという考えの人が多い中でリオンさんはあえて魔法の道を進んだ。そして獣人の優れた身体能力と魔法を組み合わせた独自の戦闘技術を生み出しSランク認定された天才だ。更に獣人から生まれた初の大神官であり、冒険者と神官と。獣人が本来求められる役割と全く違う職を完全にマスターし、獣人に求められる技能もほぼ全てを修めている規格外の人なのだ。
「ふーん、まぁ凄い奴っていうのは分る」
「ふーんって何ですか、ふーんって!? 軽すぎません!?」
「俺は料理人だから強いとか、凄いって言われてもなぁ……ピンと来ないんだよなあ……」
冒険者ではないとかではなく、そもそもどこから来たかも分らないのだからリオンさんの凄さは良く分らないのだろう。だから私がカワサキに頼むのは1つだけだった。
「とにかくです。リオンさんには失礼な事をしないでください。それこそ私もお爺ちゃんもカワサキもこの街で暮らせなくなりますからね」
リオンさんはこの街の冒険者のまとめ役でもあるので、リオンさんともめればそれこそこの街で暮らせなくなるのは間違いない。
「だからリオンさんが喜ぶようなちゃんとした料理を作ってくださいね? トラフロンの大宿屋からこっちに態々来るんですから下手をすればトラフロンと揉めることになる。そうなったら最悪ですからね」
「そのトラフロンっていうのはどんな宿なんだ?」
「トラフロンの大宿屋はサガーク公益社が経営している宿屋ですよ。王都にも名が知れ渡るくらいの高級宿屋です」
トラフロンの大宿屋。サガーク公益社と深い繋がりのある宿屋で、陸路・空路・海路から最高の食材を仕入れることが出来る……今この街1番の宿屋で、リオンさん達が拠点にしている宿でもあると説明するとカワサキは深い溜息を吐いた。
「そりゃあ不味いな。ロウガのやつもとんでもない問題を残してくれたもんだ」
「本当ですよ。ギリアム・ウェルナの今後が掛かってるんです。金貨2枚銀貨15枚までは出します。予算が限られてしまって申し訳無いですが……よろしくお願いします」
高級志向で王都の料理人を何人も抱えているトラフロンの料理は間違いなく最高だ。私はカワサキが王都レベルとは思っているが、カワサキ1人で立ち向かえるかと言われると不安が残る。
「まぁやるだけやるさ。さてとじゃあ市場を見て回るかね」
軽い足取りで市場に入るカワサキの後を追って市場に入る。お爺ちゃんと私の命運が掛かっているというのに鼻歌交じりのカワサキに本当に大丈夫かと思ったのが、それはすぐに私の誤解だと分かった。
「ん、良い人参だな。それとそこの茸もくれ」
「はいよ。レナちゃん。この人誰だい?」
「雇った料理人さんですよ。どうかしました?」
「いやあ、凄い目利きだと思ってねぇ。うちの野菜は少し形が悪いからあんまり売れないからさ!」
ソーラおばさんの店は確かにお客は少ない。他の店と違って形が悪いものが多いからだ。安くて量を買えるから市民の行き着けの店となっているが、飲食店をやってる人は滅多に足を運ばない店だ。
「形が良かろうが悪いもんは悪い。形が悪くても良いものは良いんだよおばちゃん。この市場で1番良い野菜はここだと俺は断言出来る」
「はっはぁ! お世辞でも嬉しいよ兄ちゃん!」
カワサキのお世辞に気を良くしてくれたのか、ちょっとおまけしてくれたソーラおばさんの店を後にする。
「カワサキって口が上手いんですね」
「本当にお世辞じゃない。高級なもんが良い物とは限らないんだぞ? 目利きがなってないから高級とか産地で誤魔化されるんだ」
予算が少ないからお世辞だと思っていたのだが、カワサキは違うようだった。その目に嘘はなく、本当にソーラおばさんの野菜が良い物だと信じきっている目だった。
「おやっさん。そこのワインくれよ」
「おん? 別にかまやしねえが、渋くて飲めたもんじゃねえぞ?」
「料理に使うからソレで良いんだよ」
「そんなもんかね。じゃあ銅貨2枚で良いぜ」
「あんがとよ!」
「え? これ買うの? 売っててなんだけどこれどう使うか良く分らないわよ?」
「俺が分るから良いんだよ。その調味料を売ってくれ」
市場で少し古くなったワインを買い、輸入されてきて使い道が良く分らない調味料を買っている。
「ロックバードとか、フライフィッシュとかは買わないんですか?」
割りとポピュラーな食用のモンスターの肉を指差しながら買わないのか? と尋ねるとカワサキは私の指の先を見て苦笑した。
「俺の住んでた所じゃモンスターなんかいないからな、どんな味なのか想像もつかないし、使い方が分らん」
駆け出しの冒険者や、一般家庭の食卓に並ぶ程にポピュラーなのにカワサキは知らないと言った事に私は驚いた。
「え? そうなんですか。割りと安くて美味しいですよ? まぁロックバードは安い、固い、不味いの三拍子ですけど」
「それはいくらなんでも駄目だろうよ……良い要素が安い以外無いじゃねぇか……」
「あははは……ついでに岩石の身体を持ってるので武器壊しっていう2つ名もある嫌われ者のモンスターですね」
大きいが食べれる場所が殆どない。羽が岩で出来ているので下手な武器で攻撃すれば武器が壊れる。そんな嫌われ者のモンスターがロックバードだ。美味くは無いが安く買えるのでそれなりには売れていたりすると結構変わったモンスターでもある。
「大よそでは分るが、まずは自分の舌で確かめてからで良い。それに魚とか鳥は獣人は食うのか?」
「あーいや。あんまり食べないですね」
「ならなおの事だな。まずは食い出のある牛肉とかでいこう。お、良いハーブだ。これも買いだな」
私ではどう使うかも分らない香草類を次々と買い込んでいる。お爺ちゃんも使っていたが腕の良い料理人は皆こういうのを買うのだろうか? と首を傾げながらカワサキの後を着いて歩いているとカワサキが急に振り返った。
「大丈夫だ。後は肉が欲しいんだがどこの店が良い?」
「え? お肉欲しいんですか? 良いお肉宿にありましたよね?」
お爺ちゃんの友達のシュワン・ぺトラおじさんがやっている店に朝狩って来た獲物を卸したんだけど、おじさんはその獲物をすぐに卸して、トラフロンの大宿屋に卸すような上質な部位を譲ってくれた。事実ロウガに出したのもそのお肉だったんだけど、カワサキはまだお肉があるのにカワサキはお肉が欲しいというので思わず尋ね返してしまった。
「俺の作りたい料理においてあった肉は合わないからな」
「そういうものなんですか、じゃあ行きましょうかバーシャ・スワジの店へ」
私のお爺ちゃんの親友で、かつて一緒にパーテイを組んでいたおじさんのお店へとカワサキを案内したんだけど……。
「おい若造! よりにもよってこんな屑肉を買うだと!? レナとギリアムの店を潰す気か!」
食用に余り適していない固い腿肉を買うとカワサキが言い出した事でおじさん――シュワン・ぺトラが激怒し、その手にしていた肉きり包丁を机に突き刺し怒鳴り声を響かせる。
「どうしてそうなるんだよ。俺はこの肉が良い物だと分ってるから買うと言ってるんだ」
「良い肉だと!? 固い腿肉のどこが良いつうんだッ! 馬鹿にするのも大概にしなッ! これだから口先だけの若造は信用ならねぇッ!」
おじさんの言葉にカワサキは深い、深い溜息を吐いた。その仕草におじさんが更に顔を赤くして怒鳴り声を出そうとするのをカワサキが右手を上げて制した。
「分った。そこまで俺を信用しないなら、あんたが知らない美味い肉を食べて貰おうじゃないか、俺の目利きがあっているのか、それとも間違っているのか。口論じゃ答えなんかでやしねえからな。てめえの腕で俺の目利きが正しいってことを教えてやろうじゃねぇか」
「言いやがったな! この道50年のこのシュワン・ぺトラにそこまで吼えたんだ。ふざけたもんを出して見やがれ! ただじゃおかねえからなッ!!」
「じゃあ、あんたが満足する肉を出せたら俺の目は節穴ですって言って貰おうじゃないか、ええ? 耄碌爺」
「言いやがったなクソガキャアッ!!! おうてめえの目利きが俺よりも優れたら土下座でもなんでもやしてやらぁッ!」
「あーもう……どうしてこうなっちゃうのよぉ……」
いまでこそ生肉店の店長だがおじさんは片目を失うまでSランク冒険者で、お爺ちゃんとパーテイを組んでいたこともあり私のもう1人のお爺ちゃんと言っても良い人だが気が短く、怒りっぽい。そんなおじさんがカワサキを敵視するのは考えてみれば当たり前の事だ。だがまさかカワサキまで喧嘩っ早くおじさんの売り言葉を買ってしまうとは私は思っても見ないのだった。
レナに連れて来られた生肉店。バーシャ・スワジに置かれている肉を見て正直俺は……ガッカリした。どの肉も間違いなく最高品質なのは一目で分った。だが肉の部位の仕分けが余りにも甘かったからだ。
(勿体ねぇ……なんて勿体ねぇんだ)
基本的な部位の仕分けは出来ているが希少部位がどれも分けられていない。ランイチからランプとイチボが分けられていないので勿論ランボソもそのままだし、シンタマなんて値段すらつけられていない。
「良いか若造。下手なもんでも出してみろ、俺はてめえを許さねえぞ」
残された右目で俺を睨んでくる爺さん。その目は怒りに満ちているが、レナに対する慈しみを感じられた。聞けばレナの爺さんと親友だったらしいから、孫同然に可愛がっているレナが騙されているのではないかと心配しているのは見て取れた。
「まぁ見ててくれよ爺。あんたが……いや、この街の連中が食ったこともない美味いもんを食わせてやるぜ」
良く手入れされている包丁を手に取りランイチに手を伸ばす。すると爺さんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「牛の尻なんかを俺に食わせる気か、てめえの趣味を押し付けんな」
「趣味じゃねぇ、ここに美味い肉があるんだよ」
ランイチを覆っている筋膜をさわり細長い部位――「ネクタイ」を探す。ランプの表面、ランイチの分割面についている細長い部位、これが切り出すとネクタイみたいに細長いのでネクタイを呼ばれている部位だ。それを見つけ出したらネクタイの上の筋を引いて取り除き、ネクタイの細くなっている側から親指をいれ、ランプから丁寧に引き剥がす。
(慎重に、慎重に……)
ランプを傷つけないように、そして勿論ネクタイが千切れない様に包丁を入れてランプを切り出す。
「これがランプ。脂の甘さと赤身のコクを味わえる牛一頭から本当に僅かしか取り出せない部位だ」
タオルで包丁を拭い脂を落としながら肉の部位の説明をすると爺さんは残された目を見開いた。
「んだと……なんだこれは……おいおい、こんな肉があるっていうのかよ」
「流石目利きは確かだな。だがそれだけじゃない、次だ」
サーロインに繋がるランプ、ソトモモにつながるイチボ。その境目に包丁をいれて切れ込みを入れたら手で裂いて部位を2つに分ける。
「こっちがランプ。脂肪が少なくて赤身の濃厚な旨味が強い部位だ。んでこっちがイチボ。こっちも濃厚な赤身の味が特徴だが脂身の甘さが際立っていて蕩けるような食感がする。んでもって……」
ランプの真ん中らへんに細長い縦の筋が入っていて、そこを包丁で切り分けると細長い棒状の部位が切りだせる。
「ランプの中でも特に柔らかくて美味い部位で、ランボソという。これも牛1頭から僅かしか取れない部位だ」
取り出したランプ、イチボ、ネクタイ、ランボソの余分な脂や筋を取り除きトリミングをして作業台に並べる。
「おじさん。カワサキの言ってることって本当?」
「……わかんねえ。俺にはわかんねぇ……すげぇ肉ってことしかわからねぇよ。レナ」
この道50年と言っていただけあり、切り出された肉が良い肉だというのを爺さんは一目で理解していた。
「次だ。次は後ろ脚の付け根の下の方の肉で、これは4分割出来て、その4つすべての部位が美味い上に珍しい」
シンタマの表面の三角の部位の周りの膜を切除して切り出したトモサンカク。
「この三角の部位をトモサンカクという。んでもってトモサンカクを取り除いた後の塊の中央の筋に包丁を入れて、その筋に沿って部位を切り分ける。これで更に3つの部位に切り分けられる」
厚い筋の付いている部分のカメノコ、そしてそのカメノコの裏側の柔らかい部位のシンシン、そして表面の甲羅に見えるマルカワを切り出す。
「さぁまだまだ行くぞ。牛1頭には僅かしかとれない希少な部位が山ほどあるからな」
ヒレ肉の中の最も太い中心部にあるシャトーブリアン。
肩甲骨の内側にあり、中央に1本の筋があり、そこから葉脈のようにサシが入ったミスジ。
牛の第1から6の肋骨の周辺の肩肉から切り出される三角バラ。
牛の脇腹の背中側でヒレ肉と隣接しており、牛1頭から4キロほどしか取れないでカイノミ。
牛の腹肉であるバラ肉の外側で、腿肉に近い部位であり、笹の葉のようなサシが入っているササミ。
肩甲骨付近で極上の赤身肉であり、唐辛子の形に似ているという面白い部位であるトウガラシ。
少し俺の知っている牛とは形状が異なっていたが、牛の希少部位を切り出すことは出来た。だがこれはあくまで準備段階だ。
「じゃあ今からこれを焼くとしよう。爺さん厨房を借りるぜ」
「え、え!? カワサキ待ってよ!? おじさんいいの!?」
「ああ、もう好きにさせるしかねえだろ。それに俺もあの肉を食って見てぇからな!」
爺さんの返事を待たずに切り分けた肉を持ち、後ろから聞こえてくるレナと爺の声を聞きながら俺は肉を焼く準備を始めるのだが……。
「味噌もねぇ、醤油もねぇ……いや、本当に無い物ばかりだな」
極東という言葉がレナから出ていたので醤油や味噌に期待したが市場にはなかった。オリーブオイルやワインビネガー、それにパセリ、タイム、ローズマリー、ローリエ、バジル、オレガノ等のドライスハーブ。後は白胡椒と黒胡椒と使える調味料は豊富ではあるが日本人の俺が使いたい物がないのが実に残念だ。
「にんにくに漬け込んで、ハーブミックス、それとレモンの絞り汁か。まぁ肉が良いからこれでも十分だろうが……物足りんなあ」
にんにく醤油味噌とか味噌ベースのタレも肉に良く合うんだけどなと考えていると大事な事に気付いた。
「米もないのか……はぁーマジかぁ」
焼肉と言えば白い米。だがその白い米はなく、変わりにあるのはパン。勿論パンに挟んでも美味いとは思うが……。
「炊きたての米と漬物、それと味噌汁があればなぁ……」
レナや爺には喜ばれるかもしれんが、俺的には米がないので焼肉としての魅力は半分だよなと若干気落ちしながら切りだした肉の味付けを続けるのだった……。
レナが連れてきて雇うと言っていた若造……いや、カワサキという男は紛れもなく1級品の料理人だった。なんせ俺ですら知らん肉の部位を次々と切り出していたのだ。料理の腕前だけではなく、その知識も凄まじいのは間違いなかった。
「神域から流れてきたっていうのか?」
「うん。どうしようかなって」
しかも極東から名を売るためにやってきたと思いきや、神域から流れてきたと聞けば流石の俺も言葉に詰まる。
「誰が知ってる」
「ロウガと多分ロウガからリオンさんが聞くと思う」
「ならそれ以上教えるな。極東から来たってことにしとけ。教会が動くと面倒だしよ、他の宗派が出て来てもうぜえしよ」
教会と一言にいうのは楽だが、この教会は4つの宗派から構築されておりそれぞれが主神と崇めている神が違うのが厄介極まりない。
どこにでもいて、どこにもいない。その手の黄金のランタンを翳して世界を見守る神とされているのが現在の教皇が主神としている神であり、その神を崇拝するアルパーナ教。
その剛力で世界を切り開いたとされ、冒険者や獣人の多くに崇拝される未知へ挑む者の守護者である大地の神サガーク。
その叡智で人間に知恵を与えたとされ、魔法の開祖にして夜空を作り出したとされ、全てのエルフの母とされる空の神ヴェルメリア。
その手にもつ神機で様々な物を作ったとされ、現在の世界にある全ての道具を作り出した稀代の発明家である、人ならざる身体を持つ海の神カルシュファム。
それぞれが世界に様々な恩恵を与えた四柱の神をそれぞれ崇めた教えを1つに纏めた物が四神教なのだが、如何せん信者の数が途方もないので信者同士のいざこざが後を絶たないのだ。
それぞれの神を絶対的な主神と崇め、祀っている宗教がある。それは良いんだが、その4つの宗派は自分達が崇めている神以外を格下の神と見下しているので互いに対立しあっているのが実にめんどくさい。そもそも俺が左目を失ったのも教会同士の争いで複数のモンスターが暴れだしたスタンピードが原因なのだから俺の宗教嫌いは筋金入りだと自負している。だから神域から流れてきたなんて絶対にいうなよとレナに口止めしていると若造が魔石コンロを持って厨房から戻って来た。
「準備できたぜ爺」
「ふん。お前のいう最高の肉とやらを食わせてもらうぜ」
俺には分る。こいつは俺と……いやギリアムとも同じだ。てめえの腕に絶対の自信を持っている。そしてそれを裏付けするだけの実力と知識がある。それは切り出された肉を見れば明白、50年生肉店をやっておいててめえの知らない肉があるなんてお笑い草だ。だが俺の知らない肉がどんな肉なのかという好奇心が隠しきれないのもまた事実だ。
「ああ、存分に味わってくれ。じゃあまずはシャトーブリアン。こいつは赤身の王様と呼ばれる」
「王様たぁ、随分とでかく出たな」
とは言った物の出された肉は王様と名乗って当然と思うほどの1品だった。細やかなサシにピンクが混ざった赤身は一目で極上と分る。
「こいつはあんまり火を通さない方が美味い」
若造は焼き方を説明しながら馴れた手付きで肉を焼き始める。肉の全面を強い火で焼き、焼き色がついたら弱い火でじっくりと焼いている。
(ただ焼いてるだけじゃねえな。全部計算してやがる)
切り出した肉1枚、1枚が違う焼き方をされている。肉の大きさや脂の乗り具合で焼き具合を調整するというとんでもない事を平然とやってる。
「さぁ食ってみてくれ。これで俺の腕前が分る筈だ」
「おう。食わせてもらうぜ、レナお前も食え」
「う、うん!」
表面はしっかりと焼かれ、中はほんのりとピンク色に焼かれたシャトーブリアンとやらにフォークを刺して口へ運ぶ。正直俺はいままで色んな肉を食ってきた。野生動物にモンスター、果ては龍まで食ってきた。その中でホーンブルは決して希少なモンスターではない。角を持つこと以外は普通の牛で、家畜化も出来るほどのポピュラーなモンスターだ。市民でも手を出しやすいそんなありふれたモンスターの肉だ。だからこそ俺は驚きに目を見開いた。
「う、うめえ……ッ! なんだこれはッ!?」
まず驚くほどに柔らかい、それこそ口の中に入れた瞬間に溶けて消えたと思うほどだ。だがそれでいて濃厚な赤身の旨みが凝縮されている。
「お、美味しい……な、なにこれ……こんなお肉初めて……」
レナも驚いている。ギリアムの料理で舌が肥えているレナが塩で味付けされただけの肉を美味いと言った。それだけ肉質が良いのと、肉自体の味が良いという事だが、その肉の良さを最大限に引き出している若造の腕があってこそだ。
「次はトウガラシ。肩の近くの肉で適度な歯応えと甘さが特徴だ。最初は塩で次はレモン汁をつけて食べてくれ」
次の肉の説明をしながら肉が皿の上に置かれる。今度は若干細長く、赤身が強いがシャトーブリアンと同じ様に細やかなサシが入っている。
「これもうめえ。この歯応え、噛み締める度に肉汁と牛の旨味が口の中に溢れやがる」
適度な歯応えを持ちつつも、簡単に噛み切れ、噛み締める度に肉汁と赤身肉の極上の味が口の中に広がるのが分る。
「うわ。さっぱりしてて美味しい」
「さっきのハーブも美味かったが、これも美味い」
レモン汁は逆に味を引き締めていて、赤身肉の美味さを塩よりもずっとダイレクトに伝えてくる。
「凄いこんなお肉があったんだ……」
「俺も50年もこの家業をしているが知らなかったぜ」
肉の中から特定の部位だけを切り出すという事は俺もする。だが若造の腕前はそれを更に昇華したものだ、肉を観察し、肉の形状を理解し、極上の味わいの部位だけを切り出している。個体差のあるものから正確に、他の部位を傷つけないように切り出すその技は文字通り神技だ。
「次はイチボ。これは殆ど生でサッと炙るだけで良い、このミックスソルトをつけて食べてくれ」
裏表を軽く炙る程度に焼かれた肉。普通なら正気か? と怒鳴る所だがこの若造が生肉を出すなんてミスをするわけがない。つまりこの肉はこれで完成しているのだ。
「甘ぇ……それでいて肉の味もしっかりしてやがるな」
脂身の甘さを先に感じ、そこから肉の濃厚な旨味が口の中に広がる。それに複数のハーブと塩を混ぜて作ったスパイスが味をグッと引き締めている。若造が出す肉はどれも柔らかく、凄まじい旨味を持っているが肉の部位ごとに個性が違う、細かい味が違う。しかもそんな肉がまだ何種類もある。それだけでこの勝負は負けだと俺は認めざるを得なかった。
「は、ははははははははッ!! いや、参ったッ! 俺の負けだ! こんなに美味い肉を俺は知らなかった! 50年も何をしてたんだかッ!!」
負けた。知識でも腕前でも負けた。それなのに酷くさっぱりとしている。こんなに気持ちが良い負けは10代の頃にギリアムに負けた時以来だ。
「俺は知ってただけさ。それよりも俺も口が悪かった。すまんな爺さん」
「がっはははは!! 俺も口が悪いからよ! 悪いな小僧ッ!! お前さんも食えよ! 肉について色々聞かせてくれ」
「勿論。俺にもこの街で受ける料理とかそういうのを教えてくれ」
「おう! 良いぜ! レナ。椅子持ってきてくれ、椅子!」
「はーい」
「お前さん酒はいける口か?」
「ほどほどに。まだリオンとかいうとんでもない奴に飯を作る事になりそうだからな。程ほどになら付き合おう」
「がっはっは! なら付き合って貰おうか! 肉には酒は外せないからな!」
「違いない」
小僧が来た時のいざこざは何時の間にか無かった事になり、10年来の旧友のように意気投合していた。
クソジジイ……改めシュワン・ぺトラの爺さんとは生肉店の店主と料理人という差はあれど、食材を扱う者同士互いの実力さえ認めてしまえば意気投合するのは早かった。最初の土下座とかの話はもう互いの間で無かった事になり、今日出会ったばかりなのにずっと前から知り合いだったように意気投合していた。
「見てくれが良いだけの野菜が評価され、良い野菜が無視されるのが俺は我慢ならんな」
「分る! 分るぞお! サガーク公益社の連中が他国から色々と輸入するのは良い。だがな見た目が良くて味も悪いもんを高級って売ってやがるのは腹が立つ」
爺さんも俺と同じ意見なのか手にしている樽のジョッキを机の上に叩きつける。
「ここは流通拠点で色んな商人がいる。目利きが良い奴もいれば、駄目な奴もいる。隣国の高級食材って謳い文句で高く売りつけるのはむかつくぜ。そもそも食材の多くはこっちじゃ手に入らねえから使い道もわかりゃしねえんだよ」
「それはひどいな。詐欺じゃないか」
「限りなく詐欺に近いけどよ。あいつらは使い道を分ってるからこっちを小馬鹿にしてやがるんだよ」
サガーク公益社がこの街の発展の要らしいから大きく出れないが、その悪徳商法でかなりの被害がどうやら出ているらしい。
「なんでそういうのを取り締まる奴らがいないんだ?」
衛兵みたいなのはいたし、役人らしい連中も居たのに何故自由にしてるんだ? と尋ねると爺さんはジョッキに新しい酒を注ぎながら事情を教えてくれた。
「社長のモガリが倒れてよ、代理社長のタージェンのやつがな。とんでもねえボンクラでよ、サガーク教に入れ込んでやがるのさ。サガーク教はここら辺じゃアルパーナ教の次に信者が多い宗教だ。大量のお布施をするサガーク公益社の不利益になることをすれば教会が動いて面倒事になる。だから皆我慢してんだよ」
つまり賄賂を贈って自分達の悪行を黙認させているらしい。中世みたいな世界でも、いやそういう世界だからこそあるのかと余りにも世知辛い話に俺もジョッキの中身の少し生温いビールを呷って口元を拭った。
「なるほどなぁ、そりゃあ性格が悪いこった」
「だろう! レナの祖父のギリアムが上手く抑え込んでいたんだがよ。ギリアムが病気で倒れちまってよ、市場の上役が公益社の連中に取り込まれてからはひでえもんだ。教会の顔色も怖いもんでよ、逆らおうともしねぇんだよ! あの腰抜けどもッ!!」
サガーク公益社から仕入れた物を市場の上役が売るように指示を出し、それを売らなければならないから昔からの売り物が売れないという悪循環に陥っているらしい。
「んでサガーク公益社からレシピも提供されてるが、魔法が掛けられてるモンで売ってる店は見れないようになってるらしい」
「らしいって爺さんに影響はないのか?」
「俺か? 俺はレナが獲物を狩って来てくれるからな、氷魔法で一瞬で〆てるからサガーク公益社の取り扱ってる肉よりも品質が良いからそっちで仕入れをしないから俺に影響はねえよ」
だが昔なじみが苦しんでるのを見るのは忍びねぇという爺さん。昔気質の気前の良い男というのが伝わってくる。
「サガーク公益社から高く買わされるから高く売らざるを得ないわけか」
「そうなんだよ。だからリオンがトラフロンの大宿屋を拠点にして調査をしてるわけさ」
なるほど、あえて敵の本拠地に陣取ってある程度の横暴を抑えながら調査してるわけか。銀狼のリオンというネームバリュー、そして彼に憧れる冒険者達が宿に宿泊するので利益が出るから向こうもリオンを警戒しながらも、無碍には出来ない情況を作っているわけだ。
「え? おじさん。私そんな話知らないけど」
「ロウガの小僧は口が軽い、それにギリアムが倒れて参ってるレナに余計な心労を掛けたくねぇしな。だがまぁこの小僧がいれば何とかなるだろうと思ってよ」
「そこまで期待されるとこっちも辛いが、やるだけやってやろうじゃないか」
この街の流通の殆どを占めるサガークとやらをやりあえというのは余りにも厳しいが、首を突っ込んだ以上出来ません、無理と言って引き下がるつもりはない。それにサガーク公益社とかが雇っている料理人よりも俺が優れていると遠回しに言われれば俺としても悪い気はしない。
「お前さんならそう言ってくれると思ったぜ。まずはリオンに何とかして協力態勢を取れ、勝負は1ヵ月後だ」
「なんのイベントがあるんだ?」
勝負は1ヶ月後と爺さんは言い切った。それは1ヵ月後に祭りか何かあると思って何があるのか尋ねる。
「1ヵ月後に極東のお姫さんが来る。公益社の連中はそこで極東に顔を売るつもりだと俺は踏んでる。極東とは今積極的に交流が行なわれているからお姫さんがトラフロンを気に入れば王都の連中も口を挟みにくくなる。そうなりゃサガーク公益社とタージェンの奴はますます止められなくなる。だからその前にお姫さんに気に入られれば良い」
「理屈は分るがそれは無理じゃないか?」
「いやできる。あの姫さんは随分な食道楽と聞く。だから小僧お前がトラフロンの連中より美味いもんを作れば良い。簡単だろ?」
「無茶言うぜ。俺はそのサガークの事も、トラフロンの事も、姫さんの事も知らないんだぜ? 無茶振りが過ぎる」
トラフロンの大宿屋の料理人の腕前も、お姫様の年齢も好きな物も知らない上に、サガーク公益社がトラフロンに卸す食材よりも手に入る食材が間違いなくワンランク、いやツーランクは下がる事が決まってる中で形振り構わず高級食材をつぎ込み、お姫様に気に入られようとしている成金に勝てというのは余りにも難易度が高すぎる。
「嘘つけ。お前楽しそうな顔してるぜ? お前は俺達と同じ人種だ。俺には分る。お前さんは上から押さえつけられるなんて虫唾が走るタイプだろ? 偉そうにふんぞり返ってる奴が嫌いな口だろ? お前は根っからの反逆者だ。俺には分る」
だが爺さんは俺の本質を見抜いていた。クソ親父を憎み、ふんぞり返っている権力者の醜さを見てきた俺の本質。命令される事も、そして命令してくる相手も大嫌いだという俺の反骨精神を見抜かれた。
「は……はははははッ! 良く人を見てるな爺さん。良いぜ、乗ってやるよ。サガーク公益社とトラフロンとやらをぶっ潰してやろうじゃねえか」
食は全てにおいて等しい。それが俺の信条であり信念だ。それを自分達が成りあがるために利用し、自分達に逆らう者が生活できなくなるように追詰める為に使おうとしているサガーク公益社は俺の大嫌いな相手だ。だからこそ俺は爺さんの安い挑発に乗ることにした。
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろうが無理だろうが全力でやるだけだ。何もしないで出来ません、無理ですなんてやる前から敗北宣言なんてする馬鹿がどこにいるかよ」
「違いねぇ! 俺も、俺の連れも協力してやる。まずはリオンだ。リオンを引きこめ、話はそこからだ」
命の恩人のレナを助ける為に雇われたわけだが、気がつけば随分と大きな話に飲み込まれていた。だがここまで聞いておいて出来ません、無理なんて言うつもりもなくディナプトの市場、ひいては商人達の為に腕を振るう事を俺は引き受けるのだった……。
メニュー4 ホーンブルの腿肉の赤ワイン煮込み へ続く
活動報告にも書きましたが執筆を休んでいる間にオリジナルを少し書き溜めしていたので暫くの間18時に更新したいと思いますので明日のよろしくお願いします。