そんな魔法をもって生まれたからには、人間の心に興味を持つのは自然なことだった。
魔族としては異端。
けれど、その在り方はどこまでも魔族なのであった。
◆
南側諸国。
名もなき場所。
勇者ヒンメルが生まれる1000年以上前
「人間が持つ感情。人間だけが持つ感情。それに執心し過ぎるあまり、
ぶらりと道を歩きながら言葉を零した。
「心というものは理解できたものではない。今回のことで身に染みて分かった」
読むことはできる。
そういうものだと認識しているから。
けれど、それを理解することはできない。
源流を知らないから。魔族に、その機能は備わっていない。
「じゃあ、もう家族ごっこはおしまい?」
そう尋ねてくるのはソリテール。
村を去るときに一緒に来るかと聞いたら着いてきた。
「ああそうだ。もっとも、人間と関わることはやめられそうもないが」
「私は興味もないわ。人間なんて大して強くもないし」
「そうだろうな。だが、同族の心を覗いてもつまらんからな。魔法には面白みがあるが、それだけ。人間の心の方が雑味があって面白い」
予想外の反応があるということは研究しがいがあるということ。
そう思い人間の集落へと入り込んでいたが、得られたのは無数とも呼べるほどの心の動きだけ。それをパターン分けして解析していけばいずれは……とも思っていたが、理解することは叶わないと思い知った。
理解するとは、視点を共有するということ。
共感と言ったか。人間には個々人で心の動きにかなりの差異があるが、それを飛び越えて相手の心に同調することができる能力がある。
これは魔族にはない特徴だ。
なにせ、我々には
ソリテールは村を焼いたが、別に人間が嫌いなわけじゃない。
道行く人と話すこともあれば、お金を使って買い物をすることもあった。ただ、本能として殺人衝動を持っているだけで、人間に対してあまり興味を持っていないというのがソリテール心境だった。
ソリテールが異端のなのではなく、魔族とはおおよそこんなものだ。
話ができるのなら気まぐれに話をすることもあるし、わざわざ自分から関わりを持とうとはしない。興味がないものに向ける感情など、そんなもの。
「ようやく形にはなったわ」
砕けた岩場を見ながらソリテールは言った。
「これが直撃すれば普通の人間は死ぬ。そうでなくとも、怪我をするのは間違いない。ほとんどの人間は魔力を見れないし、見えていたとしても避けるのは難しい。まだ魔力量が足りないから長く戦うことはできないけど、軍隊とでも戦うのでなければ逃げるくらいはできるわ」
魔族に会話の意義は情報伝達だけ。
ならば、心が読める相手に対しては会話など不要。
ソリテールは過去にそう言い切っていたが、それでも言葉を交わすのを止めない。
それは、あの時言葉が不要なわけじゃないと言ったから守っているという意味合いもあるだろうが、今回はそれ以外の意味外の方が強いようだった。
「なんだ、不満か?」
「不満……ええ、そうね。私は物足りなく思っているわ」
「以前も口にしていたな。自分の魔法をどう発展させていけばいいのか分からないと」
「私たち魔族は、それぞれ固有の魔法を持っている。生涯をかけてその魔法を磨き続けて、唯一無二の作品を作り上げる」
「そうだな、それが魔族というものだ」
「……魔法が完成したら、私たち魔族はどうなるのかしら?」
即答、できない
「私たち魔族は自分だけの魔法を追い続ける。それができるのはまだ魔法が未完成だから。もし完成してしまえば、私たちは生きる支柱を失ってしまう」
「……随分と怯えているな」
「ええ、怖いわ」
「だがもっと興味深いのはわざわざそれを言葉にしたことだ。ソリテール、もしや
共感。
それは魔族が持ちえない心の動き。
「人間は、将来に不安を感じた時に思いの丈を信頼する相手に相談することがある。その根源にある感情は、不安、焦燥、危惧、懸念、動揺……。すべて、エルカラートから教えてもらったことだわ」
「そうだな」
「魔族にはそれがない。不安や焦燥を感じることはあっても、自己完結で終わってしまう。共感なんて、求めてないしいらないわ」
「……」
「ただ、どうすればいいか疑問に思っただけ。私以外の魔族はどう考えるか気になっただけ」
「私たち魔族は、魔法と向き合う以外の生き方を知らないから」
◆
旅と冒険という言葉はよく似ているが異なる。
その違いは、目的地が定まっているかどうかだ。
ダンジョンに潜るのは冒険。隣の村まで移動するのも冒険。その時の気分で進む道を決めるのは旅。
旅は大変だ。
何をしたらいいか分からないから。何をしても満たされないから。時間を持て余すというのは、何よりも辛く耐えがたいもの。
だが、旅が冒険に変わることはある。
「見つけた。ソリテール」
魔力反応。
周囲の魔力の流れが変わる。
突然のことに反応できず、ソリテールは近くの大きな木へと叩きつけられた。
顔を上げる。
すると、相手はすぐ目の前まで迫っていた。
「答えて、どうして村を焼いたの?」
怒り、悲しみ、憎しみ。
ソリテールを攻撃した相手の心には強い激情が宿っていた。
「……これは驚いた。生きていたのか、フェアール」
それは、かつて住んでいた村にいた子供の一人。
ソリテールが焼いたあの村だ。
「エルカラート…」
名前を呼ぶと、フェアールはこちらを向いた。
子供のころの面影は残っている。そのまま大きく成長したようだ。年齢で言えば16くらいだろうか? 村を焼いてから、もう10年ほどが経過している。
「嬉しいです。覚えて入れくれたんですね、わたしの名前」
「当然だ。あの村にいた全員の名を俺は覚えている」
歓喜と郷愁。
その2つがフェアールの心を大きく占めていた。
「私も覚えています。全部ではないけど、覚えてる。あの頃は、毎日が楽しくて仕方なかった」
フェアールは、手を胸に当てていた。
心中では、思い出と呼べるような記憶が浮かんでは消えていく。
「でも、それはもうなくなってしまった。ソリテールのせいで…!!」
再び、視線と感情の矛先をソリテールへと向ける。
「ねえ答えて! どうしてあんなことをしたの? 何で、あんな…! あなただって、あんなに楽しそうにしていたのに!」
「へぇ……楽しそうに見えていたのね。私はつまらなかったわ」
「えっ……」
「家族ごっこをしていただけなの。
「そんな、うそ……」
「私は人間の感情に興味なんてないの。あの時村を焼いたのは、ついつい人間を殺したくなっただけよ」
……心が上手く読み取れない。
いろんな感情が浮かんで膨張を続けている。正気じゃない。
「え、エルカラートも…」
まるで、縋るように
「嘘をついていたの?」
相手が何を求めているか、俺は知ることができる。
「いいや、嘘などついていない」
「っ! ほ、ほんと…!?」
「大切に思っていた。フェアールの両親の名もしっかり覚えている。名前だけでなく、どんな人柄でどんなことが好きかも」
安堵が不安を塗り替えていく。
心を覆っていた感情の波が段々と落ち着いていき、正常を取り戻していく。
「
「そ、そんな……?」
「……?」
どうして心が乱れている?
さっき安定したはずなのに。
「えっと……2人が使っていたのを何度も見ていたので」
脳裏に浮かぶのは村で生活していた時に使っていた魔法。
『土を柔らかくする魔法』『きれいな切断する魔法』『直線を描く魔法』。どれもこれも、民間で地域的に使われていたものを転用したり片手間で作り変えただけの、くだらない魔法だ。
「誰かに教わったわけではないのか?」
「いいえ。探したんですけど、魔法なんて魔族が扱うものだからと門前払いされて…」
事実だ。
質問に対して素直に答えている。
「……大したものだ」
感心する。
思わず口からは言葉が零れた。
これだけの力をたった一人で身に着けたというのか? しかも10年ほどで?
「よくもこれほどの力を身に着けたものだ。人間が…」
「はい。どうしても、村を焼かれたことが許せなかったのと、その……もう一度、エルカラートに会いたかったから」
これも、事実。
その脳裏には、強い激情を胸に魔法の研鑽をする姿が映っている。
凄まじい執念だ。
その爆発的な成長速度は俄かには信じられない。
他社への執着。自他への献身。人間だけが見せる感情が、これを可能としている。
「人間の見せる執着は、魔族の魔法をも上回るというのか……?」
答えは、分からない。
数分前までなら絶対にありえないと答えていただろうが、そうではない事例があると知ってしまった。
魔法の分野で、人間が魔族を上回る。
考えるだけでおぞましいことだが、それを見てみたいという気持ちさえある。
「ああ本当に、人間とは不思議なものだ。いつも新しいことを教えてくれる」
◆
「あの人間と家族ごっこはしなくてよかったの?」
「いい。フェアールは確かに凄まじい成長を見せたが、それだけだ。無理に魔法を練習したせいで、身体は悲鳴を上げている。拙い術式を使用するから反動が殺し切れていないのだ」
「それで切り捨てたの?」
「もう必要ないことだ。これ以上は望めない」
「ふーん、確かに拙かったけど…」
ソリテールの脳裏に浮かぶのは、初めて受けた人間の魔法。
「工夫が施されていたのは本当だわ。魔力量の割に威力は高かった。もう少し強ければ、私の魔力防御を突破していたかもしれない」
「ベースの魔法はソリテールの魔法だ。それにデメリットを伴わせることで、あの威力を実現させている」
「ええ、そうね。私としても学ぶべき部分はあった」
相手の魔法が秀でていると認めること。
それは、魔族にとってひどく自尊心を傷つける行為であるが、ソリテールはそれを甘んじて受け入れる。
その心に浮かんだ感情は”恐怖”
「これは驚くべきことだわ。人間が魔族を狩るだなんて…」
「それが人間の可能性というものだ」
「そう、なのね…」
「生き残るには人を知るよりほかにない。あの成長力に関して言えば、間違いなく人間の方が魔族より優れている」
「でも、知るってどうすればいいの? あれは、私たちが持ち得ないものよ」
「そんなもの人間に”お話”してもらうしかないだろう」
とある町。
魔物に対する備えも十分で栄えた場所。
その賑わいは本日をもって消え失せることになる。
たった1人の魔族によって。
「人間のくせに大した魔力量だ。そこらの魔族よりもよっぽど素質がある。この町で一番才能があるのはお前だな」
「なに? 魔法なんて一つも使えないだと? ならばこれから学ぶといい。十分に力を付けたその時は、俺を殺しに来るといい」
「俺はエルカラート。変幻のエルカラート。心を読み取ることができる魔法を使えるんだ」
「…見えるぞ。街を滅ぼした俺が憎いだろう? 今まで感じたことがないほどの強い感情に心が押しつぶされそうだろう? その激情をすべて糧にして強くなるといい」
「俺は、人間の可能性の行き着く先を見たいんだ」
「それにしても、お前は見ているだけでよかったのか?」
「いいわ。顔を覚えられても厄介だもの」
「返り討ちにすればいいだろう? 人間が魔族を越える可能性があるとは言っても、何年も後の話だ」
「ええ、そうね。でも私は臆病だから」
「そうか。それならいい…」
「お話って言うからまた家族ごっこでもするのかと思ってたけど違うのね?」
「フェアールは村を焼かれたことを許せないと思っていた。ならば、それと同じことをやればいい。フェアールと同じなら、10年もすれば大成するだろう」
「随分と荒っぽい
フェアール
ドイツ語の喪失:Verlust(フェアルスト)。
【評価をつける魔法】
これを使うと作者が幸せになる
使えば使うほど、フリーレンの二次創作が流行る(かもしれない)
【感想を書く魔法】
これを使うと作者が幸せになる?
〇〇ーレン「作者、執筆しろ」