キッカケは、多分些細なことだったと思う。
れな子ちゃんが、クラスメイトのお誘いを断ったってだけ。
今日はムリだけど、また今度なら、って。
私と遊ぶ約束があったから、それを優先してくれた形。
その日の放課後、私はれな子ちゃんと本屋へと向かった。
読んでる漫画の発売日で、一緒に読もうって、ただそれだけのこと。
二人でワクワクしながら、あーだこーだと言ってた覚えがある。
れな子ちゃんと、明るく過ごせた最後の思い出。
……その次の日から、日常がおかしくなり始めた。
学校に登校して、れな子ちゃんが友達に挨拶する。
私も便乗して、雀の涙みたいな声量で"オハヨウゴザイマス"と囁いた。
いつもなら、おはようと返してくれるその相手は……気まずそうに口に結んで、そっと視線を逸らした。
クラスの誰もが、れな子ちゃんと私が、透明人間のように扱い始めた。
二人揃って、無視されるようになっちゃってたの。
何故、と思ったのも束の間。
答え合わせは、比較的に直ぐ出来た。
「天風、ちょっと顔かしなよ」
クラスのトップカーストの女の子から、そんな校舎裏への呼び出しみたいな声掛けをされたから。
普段関わる要素が全くないカースト上位女子からの呼び出しに、ここ数日のクラスメイトたちの露骨な態度。
ここに至って、これはイジメで、黒幕が遂に姿を現したんだって理解できたの。
当然、相手に無視されても、私からは無視なんてできない。
逃げちゃっても良くないかなって思いもした。
けど、逃げたら最後、明日から本格的に酷い虐めが始まっちゃうかもって思ったから。
仕方なく、とぼとぼ出頭したのです。
"これ、今から校舎裏でリンチされるやつだ!"と、恐怖で震え上がったのは言うまでもない。
だけど、私の想像とは裏腹に、特に校舎裏にも屋上にも連行されることはなかった。
連れていかれたのは廊下の片隅で、待ち伏せなんて誰も居なかった。
ただ、そのカーストトップの女子から、たった一言告げられただけだった。
「あのさ──お前のせいで、甘織は無視されてんの」
「…………え?」
一言で、十分だった。
「邪魔だから、調子に乗るなよ」
呆然としてる私を尻目に、彼女は清々したって顔で去っていった。
一体何のことか、分からない。
けど、何となく要素を取り出すと、理由はボンヤリと見えてきた。
私がれな子ちゃんを独占してるから、それが面白くなかった人が、拗ねて嫌がらせをしてるんだ。
……私、れな子ちゃんに迷惑かけてる?
その日、そのことを実感と一緒に自覚した。
フラフラと教室に戻ると、れな子ちゃんが一人ぼっちで、椅子に座り込んでいた。
酷く居心地が悪そうで、顔色も良くない。
一目で、大丈夫じゃないと看破できちゃう。
「……れな子ちゃん」
私が呼び掛けたら、れな子ちゃんの顔色が少しだけ戻った。
「そよぎちゃん、おかえり!」
「うん、ただいま……」
れな子ちゃんは、れな子ちゃんだった。
顔色が悪くても、しんどそうでも、私への態度を変えたりしない。
……けど、私の方が、れなこちゃんにどんな態度取っていいのか、分かんなくなっちゃってた。
「そよぎちゃん、何か言われたの?」
オドオドしてる私の様子を、長年天風さん係を務めてきたれな子ちゃんは、見逃さなかった。
お昼休みに呼ばれたこと、それに関連性を見出して問い掛けられたの。
それに、私は……。
「何にも、ないよ?」
お愛想笑いで、誤魔化しちゃった。
ここでもし、"私ってメイワク、なのかな?"なんて聞いちゃったら、れな子ちゃんは怒ってくれちゃうから。
怒って、私を慰めてくれた後、怖くて嫌だろうにプルプルした足で、クラスのトップ女子相手だろうと立ち向かっちゃうから。
そんなことになれば、れな子ちゃんの居場所がなくなっちゃう。
みんなと仲直りして、元に戻れる可能性が無くなっちゃう。
そんなの……嫌だった、から。
「嘘だよ、そんなの!」
けど、私の嘘なんて、れな子ちゃんには簡単に見破られちゃって。
「何でもないって言うなら──ちゃんとわたしの目を見て、話をしてよ!」
涙声で、よそよそしい私に訴えかけてきた。
「そよぎちゃんは……友達のまま、なんだから……」
多分、れな子ちゃんも、いっぱいいっぱいになっちゃってたんだと思う。
ただでさえ辛いのに、唯一いつも通りだった私の様子までおかしくなっちゃったから、心が悲鳴をあげちゃってたんだ。
けど私は、れな子ちゃんのことを考えているつもりで……目の前の、涙が溢れそうな彼女のことを、ちゃんと見てあげられてなかった。
「ごめ、んね、れな子ちゃん……っ」
私は、泣いてるだろうれな子ちゃんを置いて──逃げた。
これ以上は、絶対に甘えちゃうから。
『邪魔だから、調子に乗るなよ』
その言葉が、脳にリフレインする。
もうこれ以上、れな子ちゃんの足を引っ張りたくない。私のせいで、れな子ちゃんのいつもを、それ以上滅茶苦茶にしたくない。
もう事は起こっているのに、まだ何とかなるって信じたくて、私は必死にれな子ちゃんから逃げた。
走って、走って、息が荒くなって、足が止まる。
ふと、夕焼けの中を振り返ると、遠く遠くで、誰かが小さく蹲っていた。
それから一週間、私は体調を崩した。
熱が出て、食欲がなくて、ベッドから一歩も出ないまま、自問自答してた。
熱出してるのに寝れずに、どうすれば良かったんだろうって、うじうじと考え続けてたのが熱を長引かせた要因だと思う。
そうして、やっと熱が引いた後。
れな子ちゃんに、訳は話せないけど謝ろうって決意してから登校して。
──れな子ちゃんが、不登校になったことを知った。
家に帰ってから、一週間放置していた携帯に電源プラグを挿すと……遥奈ちゃんから、キレ気味メッセージの山と鬼電が届いてた。
震える手で、遥奈ちゃんの番号へ発信すると、ワンコールの後に即座に繋がって。
「あのね、遥奈ちゃ──」
『──家に来て、今すぐ』
私が何か話そうとする前に、美少女が出しちゃいけないタイプのドスの効いた声で、それだけ告げて電話を切っちゃった。
私は裁判への出頭を命じられた被告みたいに、甘織家へとトボトボ歩き始めたのだった。
私、れな子ちゃんと遥奈ちゃんに嫌われちゃったかな……。
小さい頃から、頻繁に遊びに来ていた甘織家。
いつも軽かった足取りも、今日ばかりは重い。
ノロノロ歩いて到着したら、玄関口に遥奈ちゃんが仁王立ちで立っていた。
私の姿を見た瞬間、即座に腕を掴まれた。
逃さない、って意志を感じる。
「全部、話してもらうから」
「はい……」
そのまま、遥奈ちゃんに甘織家のリビングへと連れ込まれたところで……。
「えと、れな子ちゃんのこと、だよね?」
何故か、学校にいなかったれな子ちゃん。
もしかすると、大変なことになってしまってるのか。
私が、そうしちゃったのか。
不安になりながら遥奈ちゃんを見つめると、深々とため息をつかれて。
「その前に体調、もう大丈夫なの?」
ジトっとした目をしながらも、心配、してくれちゃってた。
……人に優しくしてもらったの、久しぶりだ。
「ぐすっ」
「まだ、しんどいの?」
涙ぐんじゃう私に、遥奈ちゃんはどこまでも優しい。
労りある声が、胸に沁みる。
それが嬉しくって、あったかくて。
いろいろ溢れた結果──私のママは、遥奈ちゃんであると確信した。
「遥奈ママぁ!」
「は?」
そうして私は、大好きなママに抱きついちゃってた。
ママの声と目が、冷凍庫で一年くらい遺棄されてたアイスくらい冷たくなっちゃったけど、ママがそんな声と目をする訳ないので、全部気のせいに違いないよ。
「あのね、遥奈ママ、聞いて?」
「聞くけどさ──ふざけてると舌引っこ抜くから」
「遥奈ちゃん、もう体は大丈夫だからお話聞いて!」
こうして、遥奈ママからネグレクトされた私は、魔法が解けて幼馴染に戻り、うんぬんかんぬんな事情をお話しし始めたのでした。
そうして、学校であった無視のこと、れな子ちゃんとあった行き違いのことについて話し合えると……。
「中学生にもなって、バッカみたい。小学生と変わらないじゃん」
遥奈ちゃんは、生ぐさいお魚を食べた時みたいに吐き捨てたの。
「さ、最近の子は、進んでるんだね」
「言っとくけど、お姉ちゃんとそよぎちゃんの行き違いについてもだから」
「ごめんなさい……」
ジトっとした目で遥奈ちゃんに見られちゃって、だんご虫みたいに小さく丸まる。
遥奈ちゃんに、お前邪魔って言われた内容は話してない。
年下の女の子に話すには、ドロドロし過ぎちゃってることだから。
だから、もっとシンプルに私のイジメに、れな子ちゃんを巻き込んじゃってるのかもってことだけ話した。
それを心配してくれたれな子ちゃんの手を、振り払っちゃったことも。
「あのさ、そよぎちゃん」
「はい」
そんな私に、遥奈ちゃんは、木から降りられなくなった猫を見る目で私を見つめて。
「自分だけじゃ解決できないのに、強がったって意味ないじゃん」
心底、お馬鹿さんを見る目だ。
「でも、れな子ちゃんにメイワクが……」
「もう、これまでも十分かけ続けてるでしょ。それに、お姉ちゃん、引き籠っちゃったんだけど?」
「…………ごめんなさい」
そうだ、そうだった。
れな子ちゃん、突如として引き篭もりになっちゃったのだ。
学校で無視されるの、私は耐えられた。
だって私、陰キャだもん。
陰キャは、孤独耐性がとても強い生き物なのです。
そもそも、私はれな子ちゃんと遥奈ちゃん以外、友達って呼べる人、いないし。
でも、れな子ちゃんは、元々は陰キャじゃなかった。
中学生になって大人しくなったけど、それでも最低限人と関われていた。
一生懸命、周りの様子を伺って。
嫌われないように、一生懸命だった。
それでいて、小学生の時みたいに、みんな仲良しでいたいよって。
中学生になってそれは難しくても、出来るだけそうだったら嬉しいなって。
そんなことを、話してくれたこともあったの。
そんな子が、引きこもりになっちゃうだなんて……。
「扉越しでも良いから、お姉ちゃんに声掛けて」
「うん、ごめんなさい、してくるね……」
そんなの、ヤダなって思った。
れな子ちゃんは、あんなに優しくて一生懸命だから。
だから、謝ろうって思ったの。
謝って、私も力になるからって伝えたくて。
今度は、私がれな子ちゃんを思い遣りたかったから。
れな子ちゃんのお部屋まで、やってきた。
なんて謝ろうかって、考えながら。
れな子ちゃんは別れ際、こう言ってくれてた。
『そよぎちゃんは……友達のまま、なんだから……』
れな子ちゃんは、他人を思いやれる女の子。
だから、常に周りの目を気にしちゃう。
そんな子が、誰からも無視されちゃうなんて、本当に辛くてしんどかったと思う。
けど、まだ友達の私がいたから耐えられてたんだって。
全部私の想像で、自惚れさんだけど……。
でも、私もれな子ちゃんかいない学校は怖いから、気持ちが分かっちゃう。
そのれな子ちゃんを、私はあの夕暮れで裏切っちゃった。
友達なのに、苦しいことを分かち合えなかった。
れな子ちゃんは、それが許せなくて。
私のお顔も見たくなくて、だから引きこもりになっちゃったんだって、そう思うの。
……本当にごめんね、れな子ちゃん。
れな子ちゃんのお部屋の前で、立ち止まった。
軽く深呼吸して、引っ叩かれる準備もして。
そうして、トントンって扉を叩いたの。
「れ、れな子ちゃん、そよぎです。お話し、したいなって……」
お部屋から、お返事はなかった。
私の声だけが、その場の唯一の音。
寝ちゃってるのかなって思ったけど、単に私とお話ししたくないだけかもしれない。
「あ、あのね、じゃあ、お話しじゃなくて、私の独り言って思って聞いてね。れな子ちゃんは、お返事なくても良いから」
逃げちゃダメって自分に言い聞かせて。
頬っぺをパンパンって叩いてから、れな子ちゃんへ伝えたいことを話し始めた。
「れな子ちゃん、あの時は本当にごめんなさい! 私、私っ、自分のことでいっぱいで、れな子ちゃんのこと、考えられてなかったの!」
寝ちゃってたのなら、また伝えれば良い。
そう思って、心の底を曝け出した。
「れな子ちゃんが私のためにって思ってくれてたのに、私は自己中で、臆病者で、陰キャの中の陰キャで……友達なのに、ひどいこと、しちゃって……」
れな子ちゃんの気持ちを考えると、居た堪れない。
学校での居場所が、どこにも無くなっちゃったから。
「反省してます、心の底から。今度は、逃げないって約束します!」
邪魔だって言葉に頷くなら、れな子ちゃんから離れるべきだった。
れな子ちゃんと一緒に居るって決めてたなら、夕暮れで全部話しちゃうべきだった。
私、全部のことに中途半端だった。
これじゃ、変になっちゃって当たり前だもん。
「だから、だからね……。また、学校、一緒に行こ?」
だから、やり直させてください。
もう一度だけ、酷いことした私にもチャンスをください。
今度は、れな子ちゃんの側にずっと居ます。
図々しいけど、そんなの今更。
今更だから、開き直れる。
けれど、胸のバクバクが止まらない。
嫌だって言われちゃったら、私どうすれば良いんだろうって思う。
沈黙が、何秒も過ぎていく。
私は、黙ったままれな子ちゃんの返事を待ってた。
これ以上の気持ちなんて、伝えられそうにないから。
……時間が過ぎてく、沈黙が痛い。
秒針が動く音の代わりに、自分の心臓の音が聞こえてきちゃう。
そうして、何分待っただろう。
じっと待ち続けてると、部屋の中から何か聞こえてきた。
「──つき」
「れな子ちゃん!?」
れな子ちゃんの声だ!
嬉しくなっちゃって、私は扉に近付いた。
なんて言ってくれたのかなって、いてもたってもいられなくて。
「れな子ちゃん、ごめんなさい。よく聞こえなかったから、もう一度だけ、言ってくれないかな!」
お返事があるって、素敵なこと。
コミュニケーションって、嬉しいな。
そんなことを考えた私に、れな子ちゃんはもう一度同じ言葉を繰り返してくれた。
「──嘘つき」
「…………え?」
拒絶の言葉だった。
それも、近寄らないでって、そういう類の。
絶句する私に、れな子ちゃんは小さいお声で、扉越しにポツポツと溢した。
「自分のことで、精一杯だったなんて……ウソ」
「ほ、ほんとだよ!」
「──ウソだよ、そんなの。わたしのためだって、思っててくれたのに!」
一瞬、言葉に詰まる。
私は自己中だけど、れな子ちゃんのことを考えてたのは本当だから。
でも、それはれな子ちゃんの気持ちになって、考えてたって意味じゃないの。
私の考えを、れな子ちゃんに押し付けようってしてただけだから。
「で、でも、それは──」
「だから、隠したんだよね。──わたしを無視しろって言われたこと」
「…………はにゃ?」
それをどうやって伝えようって考えてたら、なんか斜め下の答えが返ってきたの。
「えと、違うよ?」
あの時言われたのは、私のせいでれな子ちゃんが無視されてるってことだったから。
まるっきり反対の迷推理を、れな子ちゃんはしちゃってた。
「そんなこと、言われてないよ?」
「……じゃあ、なんて言われたの?」
尋ねられて、口をもごもごさせちゃう。
正直に伝えるには、気が重くて、しんどいことだから。
……でも、決めたもんね。
もう逃げないって、れな子ちゃんと一緒するって。
「私が居るから、れな子ちゃんは無視されてるんだって」
ちゃんと、伝えられた。
口は、きちんと動いてくれた。
ほっとして、胸を撫で下ろす。
「──嘘つき!!!」
だから、その大声の返事が予想外すぎて、びっくりして腰を抜かしちゃった。
「れな子、ちゃん?」
「ずっと前から、チラチラ見てたのはわたしの方。色々言われて、陰口叩かれてたことだって、ちゃんと気が付いてた!」
「え、え?」
捲し立てられて、腰だけじゃなくて頭もびっくりしちゃう。
私じゃなくて、れな子ちゃんが標的だったってこと?
でも、ならどうして、私はあんなこと言われたの?
……分かんない、わかんないよぉ。
「私、嘘ついてないよ?」
「そうやって、そよぎちゃんは勝手に庇って、勝手に傷付くんだ……」
「本当に違うの、れな子ちゃん!」
私は、必死に主張した。
私が陰キャなせいで、れな子ちゃんを独り占めしちゃってたって。
みんな、本当はれな子ちゃんと仲良くしたいんだって。
だから、私と離れ離れにするために、無視が始まっちゃったんだって。
「…………もう、いい」
「れな子ちゃん?」
混乱したまま喋り倒してた私に、れな子ちゃんはポツリと呟いた。
そうして、お返事が返ってこなくなっちゃったの。
何を言っても、何を伝えようとしても。
私の言葉は、もう届かないって主張するみたいに。
失敗、しちゃったんだ。
……れな子ちゃん、本当にごめんなさい。
私、大切な幼馴染にすら、事実とか気持ちを届けてあげられない、陰キャの中の陰キャだったんだね。
ごめんなさい、とリビングにいた遥奈ちゃんに報告して、ことの経緯を全部伝えた。
「私の言葉、もうれな子ちゃんに届かないのかな……」
何を言っても、信じてもらえない。
れな子ちゃんは私より賢くて、周りが見えているから。
れな子ちゃんの中にできちゃった真実を、私は壊してあげることができない。
……いじめの本命はどちらかなんて、そんなの証明するの、バカバカしいにも程があるけど。
「そっか、バカお姉ちゃん、今はそよぎちゃんよりバカになっちゃってるんだ」
「遥奈ちゃん遥奈ちゃん、私もれな子ちゃんも、年上のお姉さんだよ?」
「お姉ちゃんはともかく、そよぎちゃんは中身が女児のまま、ここまで生きてきたのに?」
「酷いよ!」
二人で顔を合わせて、ちょっとだけ笑えちゃった。
いつもみたいなこと、まだ話せるんだって。
「……いつも、れな子ちゃんのお背中に隠れてたもんね」
けど、今のが遥奈ちゃんの冗談だったとしても、そこに真実が一つもない訳じゃない。
私はいつも、れな子ちゃんの背中に隠れて生きてきたから。
護られてきた分、成長はゆっくりだった。
だったらって、今になって思ったのです。
「私ね、成長したい。──れな子ちゃんを、護ってあげられるくらいに」
今まで護られてきたのなら、今度は私がそうなりたい。
貰ってばかりは、嫌なんだもん。
「そっか、女児を卒業するんだ」
「元から、女子中学生だけどね!」
遥奈ちゃんのおめめが、れな子ちゃんの背中みたいに温かくなってた。
頑張れって、思ってくれてるのが伝わってくる。
「どうするの?」
「そうだねー……」
でも、頑張るにしたって、一体何をどうすれば良いのか?
ちょっと考えてから、私は遥奈ちゃんのおめめを見つめ返して。
「えとね、れな子ちゃんが戻ってくるまで、ちゃんと学校行き続けるよ」
そんなの、当たり前のことかもしれない。
でも、今の私には約束が必要だった。
れな子ちゃんも居なくて、誰もお話ししてくれない環境が辛くて、負けちゃうかもしれない。
そうなったら私、クソ雑魚引きこもり陰キャゴミ虫として、お家で畑の肥料を作る自宅警備員に転職しちゃうことになるから。
そんな弱っちい私だと、れな子ちゃんを護ってなんてあげられないから。
「遥奈ちゃん、あのね。一方的なんだけど、約束したいの。私はれな子ちゃんの、学校での居場所になるって。だから、色んなことに負けないって」
そっと小指を差し出すと、遥奈ちゃんは迷うことなく小指を絡ませてくれた。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら──」
れな子ちゃんの泣き顔を、頭に思い浮かべる。
負けないって、気持ちが強くなって。
「──れな子ちゃんと、もう会わないから」
「は?」
「"み"ゃ"」
絡めてた小指に、遥奈ちゃんのクソつよ握力が加わって、へし折られそうになる。
死にかけの猫さんみたいな声が出ちゃったのは、ある意味で仕方なかったのかもしれなかった。
「後がなくなること、言わない」
「はい……」
友達を二度も裏切るような奴は、もう縁切った方が良い。
そういう気持ちで約束しようとしたんだけど、心配してくれてる遥奈ちゃんのパワーによって、小指ごと約束の内容、捻じ曲げられちゃった。
結局、約束ごとは嘘ついたら遥奈ちゃんにボコボコにされるって形に。
とってもバイオレンス、凶悪すぎる妹分ちゃんだね?
……でも、嬉しかった。
遥奈ちゃん、私のこと見捨ててないって分かるもん。
それだけで、頑張れちゃうって思えてきちゃう。
「ゆーびきった!」
私、負けないよ。
待ってるから、れな子ちゃん。
居場所、なくなってないから。
無理はしなくて良いけど、いつでも学校、来てね?
私があなたの居場所になるからね……。
そうして、れな子ちゃんの居ない学校生活が始まった。
みんな遠巻きで、腫れ物みたい。
誰も話なんてしないし、私はいつもひとりぼっち。
でもね、大丈夫なのです。
先天性陰キャ症候群の人間は、ボッチなんて慣れっこですから。
朝が来て、昼が過ぎ、放課後になって、一人で帰る。
1日1日が全く同じ、やっぱり慣れちゃう。
でもね、一応のプライドはあるから、私は好きで孤独なのですって主張するために、休み時間もノートを広げて自習自習。
アホの子からガリ勉女にジョブチェンジした私は、テストの点数だってニョキニョキ伸びちゃう。
ふふ、高校受験だって成功しちゃうね?
一週間が過ぎて慣れて、一ヶ月が過ぎて麻痺して。
冬が訪れてボンヤリして、春が訪れて茫洋とした。
──れな子ちゃんは、来なかった。
──私はずっと、ひとりぼっち。
遥奈ちゃんから、メールが届く。
定期的に、メールしてくれる。
──お姉ちゃんはもうダメ、信じられない程ダメ人間になってる、って。
れな子ちゃん大好き妹な遥奈ちゃん。
れな子ちゃんが引きこもってから、一生懸命色々と勉強したり、声かけしたり、色々と尽くしてあげてたみたいなの。
でもね、全部効果はなかったんだって。
れな子ちゃんの自分を守る心の殻は、すっごく硬くて頑丈になっちゃってるみたい。
私も時々、甘織家に様子を見に行ったけど、何を言えばわからなくて、何も話せないまま帰っちゃう。
れな子ちゃんのこと、分ってあげられなくなっちゃってた。
時間が過ぎるごとに、私も変わる。
誰とも喋らないから、話し方を忘れちゃった。
誰にも見せないから、表情だって動かない。
でもね、それでも私は待ってたの。
れな子ちゃんの居場所になりたいって、その気持ちだけは忘れたかなんてなかったから。
そうして、夏が過ぎ去って。
気が付けば、紅葉が咲いて舞い落ちてた。
秋、あれから一年。
私はボッチで、陰キャで、成長なんて夢見ごと。
多分、遥奈ちゃんが約束してくれてなかったら、学校だって来なくなってたかもしれない。
何も変わらないまま、遠く遠くまで来ちゃった。
強くなるどころか、何かを無くしちゃった気もする。
でもね、我慢だけは得意なんです。
耐えることにかけては、誰にだって負けません。
陰キャの特技は殻に篭る、ダメージなんてへっちゃらです。
そんな中で一通、メールが届いた。
会いたいって内容で、懐かしいって思える子から。
「甘織、れな子……ちゃん」
なんか掠れ声だけど、口にした名前がとっても素敵に思える。
れな子ちゃんの長い休日が明けたんだって、それがとっても嬉しかった。
次回で、暗い雰囲気は終わりますので、何卒と付き合いください。