小柳香穂さんは、小柄で可愛い女の子(私の方が、5㎝くらいちっちゃいんだけどね)。
れな子ちゃんの友達で、うちのクラスの顔面キラキラ5人組の一人。
みんなの妹分な、愛されにゃんこ。
分け隔てなくクラスのみんなにお話ししてくれる、光の陽キャ人間なの。
私にも何回か話しかけてくれたことあるけど、陰キャ特有のコミュ障を発揮して全然お話できなかった。
目も合わせられないし、途中でうんち行く振りして逃走しちゃったりして。
それでも懲りずに話しかけてくれるから、もしかしたら私のことが気になってるのかなって、思わず2回くらい勘違いしそうになっちゃった子。
正に小悪魔的、魔性の女の子だね?
でも、そんな子が私になんて、一体なんのご用事なんだろう。
思わず見つめちゃうと、小柳さんもジーって私を見つめ返してきた。
視線が絡まって、二人して固まっちゃう。
猫みたいな琥珀色の目が綺麗で、何でか目が離せなくなっちゃう。
普段だったら、他の人と目を合わせるなんて絶対耐えられない。
即座に目を逸らして、れな子ちゃんのデカパイ雲に想いを馳せちゃってたって思うのに……。
何だろう、何でだろう?
小柳さんのおめめを見つめながら、ほわわと考えてみる。
楽しげなのに、何かを秘めてそうな目。
何でか、ちょっぴり平気を装ってそうな、不思議な色合いを讃えている。
そうして、多分10秒くらい見つめあってると、ちょっと分かっちゃった。
なんていうか……小柳さんの目は、怖くない。
他の人だと、目が合うだけで思わずビクッてしちゃうのに、小柳さんの目はなんか安心できちゃう。
何でだろう、なんでなんだろうね?
「ソーちゃんと目が合ったの、初めてな気がするナ」
「……そう?」
「あ、ちょっと声が優しくなってる! デレ期かにゃ?」
「私、でれでれ?」
お話しても、お口がちゃんと動いてくれる。
緊張したり、言葉が詰まっちゃわないの。
すっごく不思議、とっても不可思議。
まるで、話すのが初めてじゃないみたいな安心感。
……あれれ?
初めてじゃ、ない?
ふと、何か違和感がよぎった。
何ていうか、虫さんがとことこ知らせに来た感覚。
どんな違和感かって言うと、小柳さんに何かが足りてないような……。
「メガネ、は?」
分かんないまま、口が勝手にお喋りしてた。
でも、口にしたその言葉が、とってもしっくりきた。
そうだ、足りてないの、メガネなんだって。
小柳さんは目をパチパチって瞬かせてから、ニンマリとして。
「にゃはは、今はコンタクト。ていうか、ひどいなぁソーちゃん。あたしのこと、メガネが本体とか思ってたりしたのかにゃ?」
パチンと一つ、可愛くウインクしてくれたの。
アイドル顔負けな、キュピーンって感じのを!
こ、小柳さん、可愛い……。
今の小柳さん、小学生時代のれな子ちゃんに匹敵するくらい、凄い可愛いよ!
そう思った瞬間、何かが脳裏に駆け巡った。
ふと浮かんだのは小さい時、小学生くらいの時の記憶。
塾で一緒だった、女の子のこと。
メガネで、引っ込み思案で、れな子ちゃんと仲良くなって、サブカルの話してて、お互い距離感分からなくて。
それでも、最後には仲良くなれた女の子。
れな子ちゃんと遥奈ちゃん以外で、友達って呼べる子をあげてみろって言われたら、この子しかいないって子。
「……香穂、ちゃん?」
「え、もしかして今、メガネって口にしてから思い出した?」
「気のせい」
ビックリだけど、間違いなかった。
あの頃の雰囲気とは全然違うけど、小柳さんは間違いなくあの時の香穂ちゃんと同一人物だった。
…………え?
「ほん、もの?」
「正真正銘、君の友達な香穂ちゃんだにゃ!」
友達って言ってくれて、胸がキュンってした。
色んな思い出が脳裏に鮮やかに蘇って、とっても懐かしい気持ちになる。
むかし塾で、れな子ちゃんを含めて三人で一緒してた仲の子。
私たち、友達だよって言って別れた子。
もう、会えないんじゃって思っていた人。
その香穂ちゃんが、今目の前にいるの?
……すごい偶然! 運命的な再会だね!!
何だか、急にすごく気安くなっちゃった。
だって、相手はあの香穂ちゃんなんだもん!
私のツマンナイ3流ジョークにも、一生懸命ツッコンでくれる天使様だったもんね。
えへへ、一気に親近感湧いてきちゃった。
馴れ馴れしくなるけど、お友達だから許してね?
ん、でも、あれ?
確かあの時の香穂ちゃんの苗字、皆口だったよね?
それが今、小柳になってるのは……。
「結婚、したの? 私以外の、人と……」
「テレレレレレレー、って、ちっがーう!」
「そう、なの?」
「でも、部分的にはそうかも。両親が離婚して、パパが再婚したからそうなっただけだし」
…………地雷だった。
私は古い友達と再開して早々、思いっきり地雷原に突っ込んじゃってた。
両親の離婚とかしんどすぎるやつだ。
わ、私の無能、顔面無表情、陰キャ殻篭り虫!
「ごめ、ん……」
「謝るの禁止、気まずくなるから」
「ん」
もう既に気まずいし、久方ぶりの友達な香穂ちゃん相手でも、今すぐ逃げ出したいくらいだよ、私。
「でも、良かった。ソーちゃん、中身は多分そこまで変わってなさそうで」
「陰キャ、って、こと?」
「そうじゃなくて、おもしれー女ってことサ」
でも、こんな粗大ゴミな私相手にも、香穂ちゃんは仏様みたいだった。
ド滑り倒して、遥奈ちゃんに張り倒されそうな不謹慎ギャグかましちゃったのに、本当に優しい。
こんな私より、今の香穂ちゃんの方が、100億倍面白い……というか、会話してて楽しい女の子なのにね。
私とドングリの背比べてしてた昔と違って、今の香穂ちゃんは陽キャの化身になっちゃってるし。
「香穂ちゃんは、変わった、ね?」
「どんなところが?」
「陽キャ、なってる。愛されっ子」
「にゃは、ソーちゃんから見ても、上手くいってるなら大成功だね!」
ていうか、今更ながら、ソーちゃんって私のことなんだね。
あだ名付けてもらえるなんて、初めて。
昔は"天風さん"とか"そよぎちゃん"って呼ばれてたこともあって、何だか新鮮だね?
「人気者、凄い」
「ま、参考にした相手が良かったし、それ程でもあるかなー」
参考にした相手?
誰だろ、マリリン・モンローさんとかかな?
「それより、ソーちゃんの話。あたしより様変わりしてるし」
「? 変わってないって、さっき、言ってた」
「それは中身の話、風貌とか口調とか、全然違ってるじゃん」
「……そう?」
「入学初日にさ、れなちん居るならもしかしてって思ってたら、やっぱりソーちゃん居たけど、なんか地獄少女みたいになっててホンキでビックリしたんだかんね!」
確かに、私も結構変わったと思う。
中学校では、これが最適解だったもんね。
そのせいで、今の私はおしゃべり下手の語彙力赤ちゃん、表情がペチャパイくらい変化のない感じになっちゃったけど。
でもね、一周回って無敵って感じがする。
天風そよぎ、ディフェンスフォルムなんだよ?
「つよ、そう?」
「強いっていうか、ヤバそう」
「地獄に、流されそう、ってこと?」
「そうそう」
私の見た目、相当にヤバそうらしい。
これでもね、一応は整えたんだよ?
春休み中、私にドン引きした遥奈ちゃんが。
流石にヤバすぎるからって、美容院送りにされちゃったの。
無秩序に伸び放題だった髪とか、今では整った姫カットになってるんだけどなー。
「髪、ちゃんとした」
「うん、分かるけどさ。だからこそっていうか、余計に整って見えるからかなー」
私の顔をジーッと見つめて、香穂ちゃんはウンウンと頷いていた。
「ソーちゃんってさ、昔から可愛かったじゃん?」
きゅ、急に褒めてくれるね?
「たぬき的な、意味?」
「それもあったけど、美少女的な意味でも」
……もしかすると香穂ちゃんは、私のことが大大大好きな陽キャ美少女なのかもしれなかった。
教室でも、たくさん話しかけてくれたりしたし!
好きな人相手なら、あばたもえくぼらしいし、クソ陰キャ殻籠り虫もミステリアスなセカイ系美少女に見えちゃうのかもしれないもんね?
「れなちんの後ろに隠れてて、アホの子丸出しだったから、みんな気付かなかったけどさ」
好きな子の悪口、いうやつかな?
「れなちんを巡るライバルだって思ってたのに、いつの間にかソーちゃんとも友達になっちゃってたし」
れな子ちゃんを巡る、ライバル……?
あれ、あれれれれ?
香穂ちゃん、私じゃなくて、れな子ちゃんのことが好き……?
「れな子ちゃん、のこと、好き?」
「いやー、どうだろうネ? ソーちゃんはすぐ思い出してくれたけど、れなちん全然思い出してくんないし」
あ、れな子ちゃん、香穂ちゃんのこと思い出せてないんだ。
ちょっと意外だけど、でも小学生れな子ちゃん、友達いっぱいいたもんね。
寂しいことだけど、仕方ないことなのかもしれないね?
「教えて、あげない、の?」
「んー、今更っていうかさ、すっかり忘れちゃってるれなちんに、あたしあたし〜って言い出しづらいじゃん?」
「……たし、かに」
香穂ちゃんの言い分も分かる。
私だって、一年ぶりに会ったれな子ちゃんに、
『誰、このヤドカリみたいな陰キャ。スーパーの特売コーナーから連れてきたの? せめて30%引きになってから買えばいいのに。仕方ないから水槽で飼うか〜』
とか言われちゃったら、ショックのあまり殻に籠り続けて手にした最強の無表情が崩壊して、その場で泣きながら失禁しててもおかしくなかったもんね。
うん、なら聞けないのも仕方ない。
「そーゆーわけで、ソーちゃんも、れなちんには内緒だからね」
「ん」
なんか久しぶりに、人と約束しちゃったや。
えへへ、なんかくすぐったい。
それに、香穂ちゃんが私のこと、大大大好きな可能性も0.001%くらい残るし、2人にとってウィンウィンな約束だね?
再会した友達と約束……。
えへへ、大切にしなきゃだね?
「で、ソーちゃんの話に戻るんだけど」
「ヤバ、そう?」
「そうだけど、そうじゃなくてさ」
そんな、0.001%の確率で私のことが大大大好きな香穂ちゃんは、窓枠に肘をついて、お空を見上げて。
「……れなちんとさ、何か気まずくなってたり、する?」
れなパイ雲が流されていくのを眺めながら、ボソッと質問したのでした。
???
「別、に」
……私とれな子ちゃんが、気まずくなってる?
ナイナイ、私と香穂ちゃんのパイくらいない話だよ!
「じゃあ、なんで教室でさ、れなちんと話さないの? 昔はいつも、どこ行く時も一緒だったじゃん」
一身上の都合により、日向に行ったれな子ちゃんを日陰から見守ってるだけだよ?
「大体さ、教室でもお互い、チラチラ相手のことみてるのに。気にしてます〜って、視線だけで聞こえてくるしさぁ」
わ、香穂ちゃんよく見てるんだぁ。
確かに、私ってば、れな子ちゃんの頑張ってるとこ、いっぱい見てたもん。
れな子ちゃんも心配して見てくれてたから、気にしあってたのは確かにその通りだね?
「だからさ、れなちんと何かあって、ソーちゃんがそうなっちゃったのかなって……。もしそうなら、あたしが仲直り──」
「香穂ちゃん、聞い、て」
けど、喧嘩しちゃったって思われるのは、やっぱり違うの。
その上、香穂ちゃんを心配させちゃうのは、全くもって論外だし。
だから、これ以上誤解を重ねる前に、香穂ちゃんの言葉にストップをかけたの。
ちゃんと理由はあるんですって説明して、納得して貰わないとだもん!
そもそも、私とれな子ちゃんと仲悪くなったなんて、杞憂な上にあり得ないんだしね!
あー、でも、何で説明しよっか?
私とれな子ちゃんは、それぞれ陰と陽とで逆の道を歩き始めましたが、実は裏側で繋がっている黒幕系幼馴染ーズなんですって言ったら、納得してくれるかな?
……意味わかんない上に、れな子ちゃんまで黒幕になっちゃってるね?
誤解を誤解で塗り固めたら、もうそれは創作になっちゃう。
余計ややこしくなるのなら……。
そだね、いっそのこと、シンプルに伝えちゃう方が、嘘つきにならない説明になるよね。
「──私は、陽キャ、なれなかった」
うん、とってもシンプルな説明だね?
これ以上ない説明だって思うの。
「だから、ダメ」
陽キャさんたちの集まりに陰キャが参加すると、みんな陰キャ(私)に気を遣ってくれて、空気が電子レンジで卵をチンして爆発しちゃった後みたいに、凄く終わっちゃうの。
だからね、私は陽キャさんの集まりには参加できないのです。
姫プされても、私はプリンセスそよぎじゃないから、ごめんなさいって気持ちにしかなれないもんね?
そういう訳で、私はれな子ちゃんは、隠れてお友達してる系幼馴染となったのでした、まる!
よし、完璧な説明だね!
ふぅ、と心の中で一息つけちゃった。
でも、そんな私とは正反対に、目の前の香穂ちゃんは、金魚みたいに口をパクパクってして。
「あのさ、ソーちゃん。それ、どこまで本気?」
香穂ちゃんは何故か、甘織家のレンジで卵をチンして大爆発させちゃった直後の遥奈ちゃんくらい、ドスの効いた声を出しちゃってた。
私、また電子レンジで卵をチンみたいなこと、しちゃったりした?
「どういう、こと?」
分かんないから聞くと、香穂ちゃんはムスッて表情になって。
「……陽キャになれなかったから、れなちんと関わらないってやつ」
うん、あれ?
にゃんか誤解、にゃいでしょうか?
れな子ちゃんとは学校では距離置いてるけど、お家では仲良くしてるって、そう言って……。
…………あれれ、言えてなかった?
うーんと、えーと……あ、そっか。
確かに私の言い方だと、れな子ちゃんと私は陰陽の方向性で別れることになった、陽キャのロミオと陰キャのジュリエットみたいになっちゃってる!
はわ、はわわわ!
違うの香穂ちゃん、誤解なんだよ!
「違う、私、れな子ちゃん、好き」
「違わない。れなちんが好きだから、陰キャで会話できない私は邪魔しないようにボッチになります〜ってことでしょ?」
「それは、そう……」
あっ、しまった。
学校でだけの話なのに、あまりに思ってた通りのことだから、思わず頷いちゃった。
なにそれ、と香穂ちゃんは青汁飲んじゃったみたいに言う。
そうして、肩を掴まれて。
ガタガタって、揺さぶり始められちゃったの。
「昔のソーちゃんは……そんなんじゃ、なかったじゃん! お邪魔虫そのものだったけど、でもれなちんのこと大好きって伝わってくるし、クソバカだから憎めなくてさぁ!」
「揺れ、る。揺れ、てるっ」
香穂ちゃん、思ってたより力が強い。
ガクガクガクと揺さぶられてる私は、赤べこに品種改良された女の子になっちゃった気分。
うぅ、頭がシャカシャカされて、このままじゃ、そよぎシェイクとして甘織家で販売されちゃう〜。
「人見知りなのに、れなちんにだけは遠慮なんて全然なくて! そんなソーちゃんが、ほんのちょっとだけ、羨ましいなって思ってたっ」
香穂ちゃんのガクガク、すごい勢いで加速してる。
うぎゅう、私の頭、ぐわんぐわんしてるよぉ。
「そんなだったけど、れなちんを褒めると世界一幸せそうな顔して。少し前まで皆口さんって呼んでたくせに、急に香穂ちゃんなんて馴れ馴れしく呼んで、すっごく仲良くしてくれて!」
ふ、二日酔い?
私、香穂ちゃんに二日酔いにさせられちゃってる?
人気のない場所で、脱法酩酊状態にされちゃってるの?
「本当に、本当に嬉しかった! だからさ、今のあたし、9割はれなちんだけど、残りの1割は──」
香穂ちゃん、香穂ちゃん、ギブアップさせて!
私、このままだと未成年飲酒してないのに、間違って少年院送りにされちゃう!
天風そよぎは、中身が発酵しているから揺さぶるとアルコールが生成されちゃうって、そんな誤解が誕生しちゃうから!!
「何とか言いなよっ、そよぎちゃん!!」
「……気分、悪い」
「っ、ソーちゃんのバカ、アホ、ヘタレ、意気地なし!」
パッと、香穂ちゃんが手を離す。
私はそのまま、バタンと地面へ倒れ込む。
けほけほと咳き込んじゃう。
解放されて、息をいっぱい吸っちゃったから、それで空咳が止まらない。
そんな、河原に落ちてたえっちな本をこっそり立ち読みしてた私を見つけちゃった遥奈ちゃんくらい、冷たい目で香穂ちゃんは見下ろして。
「今のソーちゃん、本気でダッサい。昔のれなちんひっつき虫の頃の方が、絶対良かった」
香穂ちゃん、冷たい。
完全にブチギレちゃってた。
おかしいよ、どうしてこうなっちゃったの?
私、本当に香穂ちゃんを怒らせる気なんて微塵もなかったのに……。
「香穂、ちゃん。何で、怒って、る?」
「自分で考えてみなよ、ふんっだ!」
香穂ちゃんは、政治が悪いとキレ散らかすメロスみたいになりながら、踵を返しちゃった。
残された私は、呆然とそれを見送ることしかできなかったの。
どうしよう、れな子ちゃん。
私、また友達を怒らせちゃったよぉ……。