現代吸血鬼は高級な鏡に映らない   作:酒井白露

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第一話 変身➀

総理大臣が幼女になったらしい。

 

SNSに投稿された首相官邸の会見の映像では、小学校高学年くらいのかわいらしい女の子が、スーツを着て険しい顔で記者の質問に答えている。リプライには

『こんな美少女が首相とか日本始まったな』

『日本初の女性総理の誕生w』

『俺の中で支持率急上昇』

『こんな短時間でスーツ用意したのすげぇ』などなど。

 

SNSのタイムライン上には、他にも人が突如変身してしまったことによって起こった様々なことが次々と投稿されている。この実にカオスな状況を見ることによって、突然変身してしまった自分自身の動揺を抑えている。他人が混乱した様子は自身を落ち着かせてくれるのだ。

 

 

 

一時間ほど前のこと、会社帰りの地下鉄にて。ドア脇のスペースに立ってスマホでゲームに興じていると、突如膝カックンを仕掛けられたような衝撃を受ける。慌てて辺りを見渡すとなぜか視点がいつもより少し低い気がした。そして周囲の様子も少しおかしい。

 

なんかスーツを着たイケメンエルフがいるのである。純金を溶かしたような、ひかり輝くさらさらした金髪からは長い耳が横に突き出ている。そんな創作物の中から飛び出してきたような容姿の彼が、スーツを着て吊革につかまって立っていた。彼は周囲から視線を集めていて、そして本人も車窓に映りこんだ自身の姿に呆然とした様子。

 

あんなエルフさっきまでいたか、と考えていると、ズボンがずり落ちるような感覚。慌てて下を見ると、しっかりとベルトを締めていたはずなのにズボンがずり落ちていて、思わず漏れた「へあっ」という声が甲高いものでさらに驚く。とにかくズボンを履きなおさねばと掴もうとするが、今度は袖口から手が出ず、いわゆる萌え袖のような状態になっていた。

 

訳も分からず慌てて袖をまくってズボンを引き上げ、急いでベルトを締めなおす。手がなんかちっちゃい。ベルトの端がいつもの倍くらい余ってしまう。羞恥で顔を熱くしながらドアの方に体を向けると、真っ暗な地下鉄のドアガラスにぶかぶかのスーツを着た女の子がくっきりと映る。

 

 

なんとなくそうじゃないかと予感はしていた。しかしホントにこういう感じなのか。

 

 

ラノベでよく見る奴だ、そう心の中でつぶやいた。女の子になっちゃった……。

 

 

 

そして冒頭に戻る。とりあえず何かあったらSNSを見る癖はどうかと思うが、今回は正解の行動だったらしい。どうやら、わが身にも起こった出来事は日本中で、もっというと世界中で同時に起こったようで、現在ネットはそのことでお祭り騒ぎである。

 

どうやら様々な変身の仕方が確認されているらしく、若返った人、急成長した人、やせた人、身長が伸びた人、美形になった人、異性になった人、果てにはエルフやら獣人やらのファンタジーの香りを感じる存在になってしまった人まで。そういえばちょうどそんな人、電車内にもいたな。

 

もう一度電車内をよく見てみる。すると、あの滅茶苦茶に目立っているエルフの青年のほかにも、少しぶかぶかの服を着ている人や逆に少しきつそうな服を着ている人など、それっぽい人は確かにいた。そして明らかに、電車内から中年男性や女性が減り、美男美女が増えた気がする。

 

そして自分も結構注目されてしまっていることにも気が付いた。確かに、周りを見てもここまで大きくサイズが変わったい人は少なく見える。こちらが視線を向けたことで目をそらしたが、こちらを見ていた人もチラホラといたようだった。恥ずかしい。

 

見渡した限りでは、窓の反射を食い入るように見たり、手鏡を取り出したり、スマホの内カメで自撮りしたりしている人を多く見かけた。しかし自分は、なんとなく自分の女の子の姿に興味津々と思われるのが嫌で、ちらっと横目で窓の反射を確認することしかできないでいる。

 

別に知り合いが電車に乗ってるわけでもないのに、変身なんて少しも気にしていないですよ?という風を装うため、相変わらずドア脇のスペースに寄りかかってすまし顔でスマホをいじることしかできない。家に帰ったら鏡のある洗面所に直行しよう。そして自撮りもいっぱいしよう。

 

今後の予定を頭の中で確認していると、最寄り駅の名前がアナウンスされる。いつもは退屈な電車内の時間も、今日はあっという間だった気がする。足の間に置いていた通勤カバンの肩紐を肩にかけ、開く扉の前に立つ。そしてガラスの映り込みをじっと見つめる。私は今電車が駅に着くのをただ待っているんですよ。

 

最寄り駅につき、電車から降りようとする一歩目。ズボンの余った裾を踏んづけて転びそうになった。慎重に数歩を歩いてホームに設置されているベンチに座り、裾をまくり上げ革靴のひもをきつく締める。思わず出たため息は声が高く、少しだけ動揺。

 

 

 

転ばぬように気を付けつつ帰り道をたどりながら、これからのことを考える。よくあるラノベの展開では、自分がTSしてしまったことを周りの人に信じてもらうフェーズがあったり、開き直って完全に別人として再スタートを切ったりしていたと思う。しかし幸いなことにこれは世界規模の変身なのだ。周囲の理解を得ることはそこまでハードルは高くなく思う。

 

夜空を見ながら歩く足取りは軽快になってくる。まん丸の月を見ていると、元気が体の奥底から湧いてくる気がする。そういえば今日は華の金曜日で、これから土日が待っているのだ。難しいことは休日にゆっくり考えることができる。なんだか、何とかなりそうな気がしてきた。

 

腕まくりされた手は、小さく柔らかくすべすべだ。元のごつくて太く節くれだっていた手とは大きく異なる。電車の車窓に見えていた自分の姿は、まだ中高生くらいの少女に見えた。ハーフのように彫が深く目鼻立ちが整っていて品がある、簡単に言うと美少女だった、と思う。

 

自分は昔から美少女にあこがれていた。別にトランスであるとかそういうわけではないのだが、ゲームで使うキャラはいつだって女の子を選んでいたし、昔は萌え声を出す練習をしていた。自宅でこっそり女装をしてみたこともある。

 

それがまさになりたかった美少女になれるなんて、望外の幸運である。これからどんな服を着てみようか。どんな歌を歌ってみようか。小さくハミングしながらゆっくりと家路を歩いた。自分の声がかわいい。

 

 

 

家に着くとすぐに靴を脱いで、洗面所に行く。無論、鏡で自分の姿をよく見るためである。大股で廊下を歩いて洗面所の電気をつけて鏡の前に立つ。

 

 

するとそこにはぼんやりとした人型の影が大きく映りこんでいた。

 

 

びっっっくりした。完全に予想外のことだった。思わず「ふへっ!?」と声を上げてへたり込んでしまった。慌てて周りを見ても、特に幽霊らしい気配はない。別に霊感がある方ではないのだが。

 

とりあえずへっぴり腰で再び鏡をのぞいてみると、そこにはまた黒いぼんやりとした影があった。見間違いではなかった。また少しびくっと反応してしまった。というか、自分が写っていないというか、これは自分がちゃんと鏡に映っていないのだろうか?

 

物は試しに左に行ったり右に行ったりと鏡の前で体を動かしてみると、それに合わせてぼんやりとした影のようなものも左右に追従してくる。な、なるほど。つまりはこれは自分が影みたいに映ってると考えていいみたいだ。

 

ふむ、鏡に映らない。吸血鬼とかだろうか。いやこれは後で考えよう。まずは新しい顔をちゃんと確認することが先決である。そういえば電車の窓にはちゃんと顔が写っていた。鏡でなければいいのだろうか。

 

スマホの内カメを起動して自分を映してみると、そこには電車の車窓で見たあのかわいらしい少女が写っていた。ぶかぶかのスーツを着て背伸びしているみたいでかわいい。いやこれは自分なのだが。

 

次に腕まくりと裾上げをして無理やり着ていたスーツを脱いで、ネクタイをほどき、もう一度パシャリ。今度は虫歯のポーズでかわい子ぶってみた。その結果撮れた写真はオーバーサイズのワイシャツ着た美少女で、いわゆる彼シャツ状態だ。なんだかこの少女が着ているシャツは自分のものなんだということを意識すると、犯罪臭がするが少し興奮する。いや、着ているのも自分自身なのだが。

 

 

 

一通り写真を撮って満足し、一人で何をやっているのかと少し冷静になる。そこで先ほど後回しにした、自分の正体は何なのかということを考え始めよう。

 

まず鏡にちゃんと映らなかった。これは写真や窓の反射には映っていたので少し考える必要がある事項だ。ここから自分は吸血鬼じゃないかと仮定して考えていく。写真をみると、新しい顔はよく見ると目が赤く、そして髪は真っ黒でサラサラだ。あと関係があるかはわからないが、顔立ちはどこか高貴な感じがする。

 

家の中で吸血鬼か確かめる方法があるか思い浮かべて、まずは冷蔵庫に向かう。そして冷蔵庫からニンニクのチューブを取り出す。そして食器棚からスプーンを取り、チューブの中身を少し出してみて、鼻を近づけようとしてみる。が、近づけるまでもなくダメだった。あまりにも匂いが強すぎて刺激が強いのだ。たとえるならば、むかし理科の実験で嗅いだ刺激臭のする薬品の匂いだろうか。とてもずっと嗅いでいたい匂いではない。体が拒絶している気がするのだ。

 

急いでスプーンを流し台において水で流す。そしてニンニクのチューブをゴミ箱に放る。まだ消費期限は来ていなかったが、こんな有害物質は家においておけない。もう金輪際ニンニクチューブを使う機会はないだろう。

 

とりあえずニンニクの実験はある意味大成功だろうか。しっかり体が受け付けなくなっていたし、吸血鬼の特徴が示された。ただ、もうニンニクマシマシのラーメンや餃子は楽しめないと思うと、寂しい。大好きだったのに……。

 

 

 

気を取り直して次の実験。十字架はだめなのか。家にはちゃんとした十字架なんてなかったので、試しに割りばしで十字架を作ってみた。すごく久しぶりに工作のようなことをして、途中で少し楽しくなってしまった。結果は問題なし。普通に障ることができている。ただこの結果は、この割りばしで作った十字架のようなものが、十字架であるという判定がなされていないだけという可能性も否めない。というか、こんなのを十字架と言ったらその道の人に怒られそうである。

 

次に銀製品について。家にちょうど昔贈り物としていただいた小さめの銀製の皿があったことを思い出し、戸棚の奥からひっぱりだしてみたのだ。長いこと放置してしまっていて、なんだか一部が黒ずんでしまっていた。少し申し訳ない気持ちである。

 

とりあえず箱から出して持ってみるとあることに気が付く。なんと自分の姿がぼんやりとした影として映っていたのである。この現象はあの鏡での時と同じ状況である。そういえば現代の鏡でも銀メッキがされているものもあると聞いたことがある。もしかして姿が映らないのは銀限定だったりするのだろうか。

 

銀皿を片手にスマホで検索をかけてみると、どうやら吸血鬼が鏡に映らないことについて、銀を通しては像を結べないという設定がされることもあるようだった。なるほど、自分はこの設定を採用しているのだろうかと納得する。いや設定ではなくリアルなのだが。

 

そうして銀皿を持ったままほかの吸血鬼の弱点を調べていると、皿を持っていたほうの手が少しかゆくなっていることに気が付く。慌てて銀皿を置いて手を見てみると、白くやわらかい手の一部が赤くかぶれてしまっていた。銀は触れているとアレルギーみたいな症状が出るのか。

 

ハンカチを取り出して直接触らないように銀皿を箱に戻して戸棚の奥深くに封印してから、家でできそうな最後の実験に移行する。それはずばり流水についてである。先ほど銀皿にかぶれながらスマホで調べたところによると、吸血鬼の弱点には流水というものもあるらしい。先ほどの例もあって試すのが少し怖いが、しかし流水に触れるかは絶対に確かめておきたい項目である。お風呂が好きだからである。

 

また流し台に行き、蛇口から少しだけ水を出してみる。先ほどニンニクの付着したスプーンをすすぐときにも出していてわかったていたが、別に見ている分には何も感じない。次に恐る恐る手の甲に流水を当ててみる。水は冷たかった。

 

とりあえず流水に触ってすぐは問題なさそうである。心底安心した。もし少しも触れないとなると、あまりにも生きづら過ぎるのだ。とりあえず手荒いくらいは問題なくできそうだ。しかし、先ほどの銀の例もあるのでまだ安心することはできない。もしかしたら時間がたつと反応が変わるかもしれないのだ。

 

そこでとりあえず冷たい水をお湯が出るようにして、水道代節約のために水が出る量を少なめにして三十分ほど腕に流水を当て続けてみた。流し台に手を突っ込みながらスマホをいじる三十分はなかなか得難いシュールな経験であった。そしてその結果は良好。特に赤くなったり痛みやかゆみを感じることはなく、少しふやけただけに終わった。今後ともお風呂は満喫できそうで安心である。

 

 

 

とりあえず一通り家でできそうな実験は終えることができたと思う。結論、吾輩は高確率で吸血鬼である。正直ニンニクのくだりあたりからほとんど確信していたが、とりあえず吸血鬼っぽい。

 

他の吸血鬼の特徴として、日光に弱いとか聖なるものに弱いとか傷が治るとか不老とかいろいろあるが、試すのはまたの機会にしよう。今は夜で太陽はいないし、うちは聖域じゃないし、自傷する勇気は出ないし、不老は実際に長生きしてみないと確かめようがない。

 

 

 

やるべきことも終えたので夕食の準備に入る。そういえばいつもは家に帰る途中で食料を買ってくるのだが、今日は考え事をしていて家に直帰してしまっている。家に何か食べられるものはあっただろうかと漁ると、カップ麺がいくつも見つかる。さすがは過去の自分。有能すぎて恐ろしいぜ。

 

どうせ吸血鬼になったんだから赤い奴にしようと、担々麵を選び、電気ケトルに水を注ぎながら、はたと思う。そういえば吸血鬼って血を飲むんだよな。

 

何を当たり前なことを、読んで字のごとく吸血鬼は血を吸うだろう。とセルフ突っ込みを入れたが、しかし完全に忘れていた。そうだ、吸血鬼は血を飲むんだ。最近よく読んでいたラノベでは吸血鬼の強さとか不死性とかに着目されていて、吸血の描写はサラッと最低限しか書かれていなかった。故に失念していた。

 

カップ麺にお湯を注ぎフタの上に三分タイマーを置いて、考える。漫画やラノベの知識を総動員すると、吸血鬼の吸血に関する設定はいろいろなパターンがある。軽いものだとたまにちょっと飲めばOKだったりそもそも血が好きになるだけで飲む必要自体は無かったり。翻って重いものでは血以外のものを口にすることができなくなり、毎日大量に飲まなければならないという設定もあった。

 

自分の場合はどうなのだろうか。そう考えているとタイマーがカップ麺の出来上がりを伝える。とりあえず食べながら考えるか。

 

フタをはがして後入れの袋入り調味料を投下して箸でかき混ぜると、とっても美味しそうな匂い。なんか食べても大丈夫な気がしてきた。とりあえずいつも通りふーふーしてから一口。うむ、おいしい。

 

いろいろと考えていたが、とりあえず血しか飲めないなんてことはなさそうである。もしかしたら後から体調を崩すタイプなのかもしれないが。しかし、今は考えても仕方ない。一口食べちゃったし。だから何も考えずに今は食べようと思う。おなかがすいた状態でカップ麺を前にして我慢ができなかっただけとも言う。

 

 

 

しっかりスープまで完飲してしまった。前の体だったらカップ麺一個ではちょっと物足りないくらいだったが、しかし今はもう満足である。美少女は燃費までいいものなのか。少し感動である。

 

しかし満腹にはなったが、血の問題は解決していない。結局どのくらいの頻度でどれくらい飲めばいいのかは確かめなければならないだろう。できれば少ないことを祈る。自分はレバーとかマグロの赤身とかは苦手なのだ。

 

 

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