途中でギャグアニメとか見たのはミスだったと思います。
さて、しばらくしての事である。
比較的新しげなビルに囲まれた大通りの、その裏。言わば裏路地に、柊みつきは落ちてきた。
やはりビルの上からだろう。壁を伝うように、僅かな段差に足をかけて、ひょい、ひょい、と落ちてきた。
スタリ、とビルの上からにしては小さな音で着地する。
遠くからは、サイレンの音がけたたましく鳴り響いており、彼女を責めるかのように近づいてきている。
近くで事件があったらしい。
みつきは自分の袖口を少し嗅いで、何事もなかったかのように大通りへ出た。
大通りでは、わいわいと人が行き交っている。
地味な格好の男もいれば、大人ぶったワンピースの少女もいる。スーツ姿の女性が忙しそうに電話をしている最中、隣では老人達が楽しそうにおしゃべりをしていた。
その中で、一人だけキョロキョロと周りを見渡す怪しい青年がいた。
大きい円柱型の横掛けバッグを背負い、首からピンクの水筒をぶら下げた、暗い金髪を帽子で隠している青年だった。
青年は、目的地もないようにふらふらと人を避け、しかし、視線だけは人の顔を何度も往復していた。
ほつれたズボンの裾と、すり減った靴底も、同じだけ道を往復している。
何か、探し物をしているようだった。
みつきはと言えば、行き交う人々をするりと躱わし続け、とうとう青年の前まで辿り着こうとしていた。
さて、どうしようか。
みつきは、一瞬だけ思い浮かんだ無視という選択肢を、もう一度人を避けた頃には忘れることにした。
なら、選択肢は一つだろう。
みつきは静かに笑うと、
「ばあ」
「うおぉッ!」
背後から彼に声をかけ、驚かせることにした。
「まあ、待てよ。少年」
「こっちのセリフだよ」
拳骨。青年の暴力により沈んだみつきが、往来で正座している。
少年と呼ばれた青年は、周囲の視線を恥ずかしそうに無視しながら、みつきの台詞を待っていた。
みつきが、「いや」と口を開く。
「いや、どこの誰だろうと困っていたらね? 声をかけた方が良いかなって。だから、声をかけたの。かけたは良いけど、まあ、驚かせるとは思わなかったよね。びっくりだよね。いきなり後ろから「ばあ」って」
「こっちのセリフだよ。なに自分でびっくりしてんだよ。お前だろ、驚かせたの」
「ミステリーだよね」
「お前がミステリーだよ」
とんとん拍子に説明していくみつきに、一二三は律儀に返していく。
「ところで、少年、誰?」
「だから、お前だよ! 「誰?」なのは!」
ヘラヘラ笑っていたみつきが、心底不思議そうな顔で聞いた。
一二三がキレた。当たり前だった。
問い返されたみつきは、よいしょ、と掛け声と共に立ち上がると、くるりとターンして自己紹介をした。
テレビか何かで見かけた動きだった。
「わたしはみつき。柊みつき。よろしく!」
青年は、なんだこいつ、とでも言わんばかりの顔でそれを見ていた。
だが、
「垣無一二三だ。一応、よろしく頼む」
青年────一二三も応える。釈然としない顔だ。
「で、何しに来たんだ?」
「手伝ってあげようと思って。人さがし?」
疑問系。だが、一二三の顔が真剣味を帯びる。
なんでわかった、そう言おうとした一二三に、みつきは先手を打った。
「友達か、家族か、まあ、わかんないけど。人の顔ばっかり見てたから。ちょっと怪しかったから気をつけた方がいいよ?」
「挙動不審具合でお前に勝つことはねぇよ」
能天気に言うみつきに、「怪しくて悪かったな」とぼやきながら、一二三は、みつきに確認した。
「あー、協力してくれるのか? ありがてぇけど、なんか不安なんだが……」
「不安じゃないヨ。誰よりも安心安全! ……安全ではないか。信頼でできてる! ……わけでもないな。思えば、安心でもない気がする。うん。もう、不安がって良いよ……」
「なんか、悪かったよ。元気出せって」
流れるように自傷したみつきが凹んでいるのを、一二三はなぜか慰めさせられた。
ふと、それに気づいて、一二三は言いようのない感情に襲われたが、一旦無視することにした。
「で、手伝ってはくれるんだよな?」
「もっちろん! 安心して良いよ。役に立って見せるから! …………で、誰探してるの?」
そういえば、言ってなかった。
一二三は頭を掻くと、みつきに説明をしていく。
「妹だよ。ここら辺にいてくれって言ったんだが、トイレから帰ってきたら、荷物だけ残して居なくなってたんだ」
「おっけー! ならこっちに良いのがあるよ!」
言い終えるや否や、突然走り出したみつきを、どこか不安そうに一二三は追いかけた。
ついた場所といえば、なんてことのない道端である。
目の前には、観光地によくあるような、地図が印刷された薄い金属板が打ち立てられていた。
意外に堅実だなと、一二三は密かに安心すると、喋り出したみつきに耳を傾ける。
「ここが現在地。これがわかりやすいビル。で、こっからこっちが危ないとこね。近づいちゃダメ」
「何かあるのか?」
「ちょっとだけ民度がヤバいっていうか。良い人もいるんだけどね? ちょっとだけスラム」
「スラムな時点でちょっとじゃねーんじゃねぇか?」
「ちょっとじゃあるよ! ちょっと人攫いが多くて、ちょっと暴力が多いだけで、住民も困ってるんだから!」
「困ってる時点でちょっとではねぇだろ!」
危険地帯が近くにあると聞いて、一二三は気が気ではなかった。
妹が何かに巻き込まれているかもしれない。それだけで、一二三は焦燥感に駆られた。
「まあ、でも、滅多にこっちに来ないし。大丈夫だと思うけど」
「……道を知らないやつなら迷い込むか?」
「なくはない。いや、ごめん、うそ。全然ない。結構警備厳重だし。誘拐でもされない限りは────あ」
嫌な予感。みつきがぽつりと呟いた「あ」という言葉に、一二三の脳は事態を緊急のものだと推理した。
「……まさか」
「まあまあまあまあ。こことか探してないんじゃない? こことか、そことかさ」
「全部探したよ。いなかった」
「ビルの地下とかは? 迷い込むとかあるだろうし」
「受付のやつに防犯カメラ見てもらったが、いなかった」
「いや、まあまあまあまあ。誘拐しそうな奴がこっちに来るとか、最近以外はほとんどないし」
「あるじゃねぇか!」
「いや、だって! 最近ちょっと事件が多いだけじゃ、日常茶飯事ってニュースにもならないんだもん! 情報が入ってこない!」
「知らねぇよ! とにかく、攫われたって可能性もあるんだよな? だったら────!」
「────だから、待ってって言ってんでしょうが!」
「言ってねぇ────ぐふっ!」
一二三は走り出そうとして、何かを足に引っ掛け、転んだ。
見れば、みつきが足を蹴飛ばしたようだった。
「なにしやがる!」
「攫われたとして、証拠がないんだよ。警察に言うとして、これじゃあ、ただの行方不明になっちゃう。まず状況を確認しないと」
「だが…………、荷物だけ放置してどっか行くとか、もう誘拐以外あるか?」
「あり得ないの?」
「今まで一度もない」
「ホント?」
「本当だよ」
「ふーむ」と、みつきが頭を悩ませ始める。
「お兄さん、格闘技とかやったことある?」
「あ? ねぇけど……」
「…………えー……。なんかないの? そんなマッチョで。ステゴロとか得意であれよ」
「なんでオレはがっかりされてんだ……?」
意味のわからないやりとりに気を取られるが、一二三はどこか冷静だった。
この少女を振り切るしかない。そうでしか、妹の保護に向かえない。
仕方なしに殴ってでも走り出そうと決め、立ち上がった時、うんうん悩んでいたみつきが、「よし」と漏らすと、一二三に言った。
「わたしが行ってくるから、他のところ探しといてよ。紆余曲折あって、攫われてないかもしれないし」
「おい! 紆余曲折ってなんだ! 待て!」
駆け出したみつきを一二三が追いかけるが、しばらく行ったところで見失った。大きな十字路を曲がったところだった。
「どこだ?」と辺りを見回す一二三の耳に、ピンポーン、という音が通り抜けていった。
十字路の端のビル。その中にあるエレベーターにみつきは手を後ろ手に組んで、乗っていた。
向こうの方では、スーツ姿の男が改札機のようなものに社員証をかざしている。
ザル警備。
みつきは半目で笑った。
さて、みつきは考える。ここからどうするかである。
一二三の妹が攫われていた場合、そのメンバーはほぼ二つに限られている。
それはみつきの知識にあった。
一二三に説明した危険地帯を仮にスラム地区と呼ぶことにすると、スラム地区は今、二つのグループに支配されていた。
一つは、最近、自然にできた、気の荒い者達が集まるグループ。これは烏合の衆である。暴力的なだけで、くだらない小犯罪しかしない。誘拐して身代金を求めたり、人身売買をするような能力があるとは思えなかった。
もう一つは、元々スラム地区を支配していたが、リーダーを殺され、部下も大勢殺され、その裏にいる何者かからも見放された、落ちぶれたグループ。
どちらがやったかは、大体わかる。後者である。
今までも人攫いはそこそこあったが、それは落ちぶれグループのやってきたことであり、そのどれもがスラム地区内で行われていた。
何に使うのか、金さえ求めずに行うのである。人身売買を疑っているが、定かではなかった。
それがなぜ突然、都市の、それも人通りの多いだろう場所でそんな強行に及んだのか。
みつきは訝しんだ。
ピンポーン、とベルの音が響く。
ビルの屋上。小屋のようなエレベーターホールを通り抜け、ドアを開けると、そこには石タイルが無意味に広げられていた。通る風は何にも引っかかったことがないらしく、みつきの服を鬱陶しそうにはためかせている。
みつきは駆け出す。落下防止用の小さな柵を勢いで乗り越え、ひょいひょいとビルを乗り継いでいく。
一二三が追いつくなら、それはそれで良い。ある程度身体能力があるなら、スラム地区から生還できる可能性があるからだ。
そうじゃないなら、仕方ない。わたしが一人でやろう。
みつきは、遠く向こうの方を睨むと、走る速度を上げていく。
目指すは、スラム。その奥である。
「なぁ、おい。誰が人を攫ってこいって言った?」
茶髪を短く切り刻んだ、タレ目の男が、不機嫌そうな低い声で言った。
スラム地区の一部。周囲は廃ビルやら廃れたマンションやらで囲まれており、窓ガラスの割れた建物の中には、男の座る砂埃に塗れたソファやボロボロのカーペットが横たわっていた。
「いや、だって! やっぱ、人、一人くらい献上しないと、どうしようもないっすよ!」
目の前には、黒髪を同じように短く切った男と、明るい金髪をふわふわとショートボブに切った幼い少女がいた。
少女の方はガムテープで口を塞がれ、縄で手を後ろ手に縛られている。
捕まった、と言っていいだろう。
茶髪の男は、少し少女の方を見ると、黒髪の男に対して、言葉を漏らす。
「……そう思うか」
「そうっすよ! 見放されたなら、見返してもらうまでっす!」
元気よく頷く黒髪に、茶髪の男は、
「……そうか? まあ、いいか。じゃあ、お前、明日にでもそいつ渡してこい」
と面倒くさそうに言った。
「うっす! あ、それまでどこに居させます?」
「あー……? 俺の部屋で良い。面倒だ。テキトーに座らせとけ」
「うっす。じゃあ、このまんま置いときますね」
「ああ、そうだ……」
茶髪の男は、珍しく真面目な顔で、スイッチのような小型の機械で手遊びをしながら、注意を促す。
「最近、大量殺人があるって言ってたろ。気をつけろよ」
「……うっす!」
黒髪は嬉しそうに言った。
「さて」から始まるので、実質推理小説です。