たすけて。
柊みつきは、殺人鬼である。
誰彼構わず殺すわけではない。少なくとも、自分の中では、決して悪人のみと決めている。
では、悪人とは何か。
他者の幸福を奪うものである。
自分の幸福が奪われたことがある。
他者の幸福に関心などなかったが、他者の幸福が奪われていることには、なにか同情に似たものがムズムズと肌の下を通り、見ていられなくなったことがある。
人殺しを是とするわけではない。決して、みつきの中では、殺人は悪である。
だが、そうでなくては、悪でなくてはできないことが、やらなくてはならないことがあると思ったのだ。
みつきは目の前の茶髪の男を睨みつけながら、ナイフを握り直した。
「部下がなぁ、帰ってきてねぇんだ。お前────、やったな?」
男がみつきを睨みつける。
「殺されることくらい頭に入れてあると思ったよ」
「ああ、頭に入ってるよ。だが、それが頭に来ねぇかと言えば、来るだろ?」
「そんなどうでもよさそうに言われてもね」
みつきは、ナイフを放り投げて、反対側の手でキャッチした。
もう少し会話を続けるようだった。
「ねえ、わたしのこと覚えてる?」
「ああ……? 知らねぇな。ナンパする女なんか、とっくの昔にいなくなってた」
男は血塗れの手で耳をかいて言った。
「天宮芽衣と天宮和仁って名前に聞き覚えは?」
「ない」
みつきはナイフを利き手である右手に持ち帰ると、冷たく履き捨てた。
「あ、そ。あなたが殺したんだけどね。じゃあ、死ねよ」
男の腹部にナイフが刺さった。
みつきが、手から落としたナイフを蹴り飛ばしたようだった。
合図といえば、それが合図だった。
みつきは駆け出し、男は拳を握る。
みつきの前蹴りを、男は両腕をクロスして受け止める。男の手から血が吹き出て、辺りを汚す。
みつきはそのまま、男を踏み台に後ろへバク宙すると、男に向けてナイフを何本か投げた。
男は転がってそれを避ける。
避けた先で、男はみつきに蹴られた。
男は転がっていく。
「わたしはあなたのこと知ってるよ? 鍵島さん」
「どこで知った? あいつが漏らしたか」
「いや? 調べてもらった。今、もうあなた達の情報、かなり出回ってるよ?」
「それは初耳だな。身の振り方を考えるか」
「もう遅いんじゃない?」
茶髪の男────鍵島が、みつきに殴りかかる。
みつきはその腕を取って、背負い投げの要領で投げ飛ばした。
鍵島は背中から着地し、すぐに起き上がると、やはりまたみつきに殴りかかる。
一、二、三。
みつきは鍵島の拳を避け切ると、その腹部のナイフを後ろ蹴りでさらに深く刺した。
鍵島の表情が初めて苦悶に歪む。
みつきの袖からワイヤーが伸び、その先についている分銅が鍵島の足を周回して、ワイヤーが巻き付く。
みつきがワイヤーを引っ張ると、鍵島はそのまま後ろに転ばされる。
「寝てなよ。立ってるのも図々しい」
みつきは歩いて、鍵島のもとへ向かった。
ふらふらと立ち上がる鍵島の目は、もはや焦点すらブレていた。
みつきは手元のナイフを握りしめる。
鍵島との距離は縮まっていく。
が、
「ま、待ってください!」
「あ?」
「…………なに?」
未来が割って入った。
鍵島は冷めた目で、みつきは不機嫌そうに笑って、真意を探る。
「な、何があったかわかりませんけど、もう、死んじゃいます……! せめて、説明をしてください!」
未来は目を瞑りながら、叫んだ。
精一杯の勇気であった。
「…………死にたくないならどいてよ。どうせわからないんだし」
みつきは、もはや笑ってすらいなかった。
ナイフを構え、未来のもとへ走っていく。
未来は目をギュッと瞑って、来る痛みに備えた。
「なに、やってんだァァァァァッ!!」
未来とみつきの間に、拳が割り込む。
その風圧に飛ばされそうで、みつきは後ろに跳び、拳の持ち主を見た。
────垣無一二三。
妹の危機に、兄が立ち塞がる。
みつきは、一二三を睨みつけると、吐き捨てる。
「どいてよ。何してるかわかってないでしょ」
「妹になにしてやがる。ぶっ飛ばすぞ」
みつきが走り出し、一二三を蹴った。
一二三はその前蹴りをあっさりと受け止め、みつきを殴り飛ばした。
ふわりとした殴り心地に、ダメージになっていないことを悟ると、一二三はみつきの方へ駆け出す。
一二三の拳が空振った。
みつきはガラ空きの胴を蹴る。
コンクリートでも蹴ったかのような蹴り心地に、みつきはたたらを踏んで後ろへ下がる。
「────ッ!」
この息遣いはどちらのものか。
一二三が空振る。みつきが蹴る。
一二三が空振る。みつきが蹴る。
何発かの応酬の後、一二三の拳が、みつきの髪を掠った。
殴りきって伸びた一二三の腕に、巻き付くようにみつきの足が絡む。
かと思えば、一二三の顔面にみつきの足が叩き込まれる。
一二三がふらつき、が、すぐに立て直し、みつきに拳を振るう。
その一発、一発、の放つ風圧がみつきの頬を切り裂いた。
みつきは拳を避けながらも追い込まれていく。
みつきが柱に背をつけた時、一二三はそこに覆い被さるように立ち、拳を振り上げた。
その瞬間、みつきの袖から細長い刃物のついた棒状のものが飛び出した。
かろうじて首をそらせた一二三の頬を、それが切り裂いた。
みつきは手に持った棒状のもの────巻いて縮められる短槍を構えると、
「お兄ちゃ────」
兄を止めようと声を上げた未来の方へ投げた。
「お前────ッ、未来ッ!!」」
一二三が叫ぶ。その視線の先には、当然未来がいる。
槍は未来の、
「ぐぁッ!!」
後ろにいた鍵島の肩に刺さった。
人質にでもしようとしたのか、後ろから羽交い締めにしようとしたようだった。
一二三はそれに気づくと、一瞬呆けたように動きが止まり、が、すぐに「何やってんだ!」と吠え、鍵島を殴りに走る。
それを追いかけるようにみつきが走った。
肩から槍を抜き終えた鍵島が、前を見ると、すぐ目の前まで一二三が迫っている。
振るわれた拳を受け止めようと、鍵島が手を前に出すが、
「ぐぶッ」
一二三の拳は、鍵島の手ごと鍵島の顔をぶち抜いた。
鼻が凹む。脳まで貫かれる衝撃が、身体中を走る。
吹き飛ばされた身体が壁に叩きつけられ、みつきは無表情で「わお」と呟くと、一二三を追い抜いて、そのままの勢いで鍵島の顔に足を叩き込んだ。
ぐちゃり。みつきが足を退ければ、鍵島が倒れ込む。
満身創痍。完全に、リタイアと言う他なかった。
「さて────」
みつきが一二三達を見る。
一二三は妹を庇うように立ち塞がり、さあ、戦闘継続の気配が辺りを埋めた。
一二三が、ぴくりと反応する。
みつきの後ろで、鍵島が起き上がった。
しぶといな。みつきは心の中でため息を吐いた。
鍵島の手には小型のスイッチがあり、顔は血で、目は狂気で満ちている。
みつきはそれを訝しんだ顔で睨む。
皆に警戒される中、鍵島はスイッチを押した。
途端、ビルが揺れる。
「ははははは。自爆くらいしてくると思わなかったか」
みつきは合点がいった様子で、舌打ちをした。
「お前も爆弾仕掛けてたわけね。────逃げれないか」
グラグラと揺れるビルの中。
階段を爆破したことが裏目に出た。
みつき達の足下も、だんだんと崩れようとしていた。
瞬間、天井が崩れる。
みつきは気がつくが、同時に足場が崩れて、足を取られる。鍵島は落とされて行った。
みつきにも、未来にも、そして一二三にも、巨大な天井が降り注ぐ。
誰も動けない中、一二三だけが動いた。
まずは床の瓦礫に巻き込まれ、落ちていきそうだったみつきの手を掴み、引き上げて転がす。
次に未来を自分の元へ抱き寄せると、その拳を精一杯に握りしめ、振るった。
「ッッッッッデェヤァァァァァッ!!」
突風が吹いた。
一二三が腕を突き上げるように拳を振るうと、頭上から降り注ぐ瓦礫諸共、火の粉、恐怖、不条理への苛立ち、あらゆるものが吹き飛ばされた。
涼しげな風がみつき達にそよぐ。
「わあ……」
「うそでしょ…………」
未来は安堵し、みつきは唖然とする。
見上げた先には、穴の空いた天井が、青々とした空を切り取るかのように美しく見せていた。
未だ爆発は続いている。
遠くからはサイレンが鳴り響き、さて、すぐそこにもサイレンの主はいた。
「……警察が来たみたい。終わりだね。わたし達」
「なんで俺らまで入れるんだよ」
「巻き込まれた側だぞ」、そう言って一二三はみつきの手を掴み、立たせた。
「あとで色々教えてもらうからな」
「…………はいはい。わかったから。逃げないって。ねえ」
一二三は手を繋いだままで、未来までもみつきにしがみついた。
砂埃とサイレンの音に塗れて、みつきは笑っていた。
キャラクターが音を立てて歪んでいく気がします。ぐにょーん。
さて、初めて一話を書き切ったので、褒めてくださっても良いです。
でも、二話があるんだよね(疲労困憊)。
集中力が切れるところが、僕の悪い癖。
一話書くだけで結構時間かかったので、二話は遅くなると思います。
では。ぐきょーん。
p.s.
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