【ジャンルとおすすめポイント】
転生者人外娘×現代社会娘 の百合です。
「第二者が転生する転生ものって中々見ないじゃん」って思って書き始めました。これは他と相違点だよなって思ってます!
【あらすじ】
自称転生者の女性に出会ってしまった主人公(女)。主人公の日常に、自称転生者が溶け込んでいく
「へいへい、そこの君。私を一晩泊めてはくれないかい?」
学校から帰る途中にある路地裏の奥から、声がした。声を聞いた時最初に思ったのは、「一日中、日の当たらないようなジメッとした場所によくいれるな」という感想だ。よく目を凝らすと、金髪赤眼の美しい外国人のような顔立ちの女性が立っていた。同い年か、それよりちょっと年上に見える。「路地裏に音もなく立ってるなんて野良猫かよ」と思ったが、彼女の言った言葉を理解するために今はその考えを無視した。「一晩泊める」。うーん、やっぱり外国の人ってそういう妙にフレンドリーなとこあるよなぁと、こういうところで痛感する。
「えっと……なんでですか?」
「なんでというのは『なぜ私?』なのか、『なぜ人の家に泊まる必要があるの?』なのかどっち?」
妙に落ち着きがあって、飄々としている。こんなに余裕がありそうなら、少なくとも家を失って一文無しって感じではなさそうだ。それ以外に人の家に泊まらなきゃいけないような理由は思いつかないけど。てか日本語上手いな。
「どっちもです」
「じゃあ——まずなんで君かってのを説明するね。君は〜、たまたま目についたのと、いい匂いがしたから」
あからさまに適当な理由だなぁ。でも本当のこと言ってるんだろうな。この歳になってまで「運命の人」とかそういうのをちょっと期待してた私もいるんだけど。馬鹿らしくなっちゃうじゃん。
「で、人の家に泊まる理由なんだけど……引かないでね?」
そんなやばい理由なんですか? あれ、これ私フラグ立てちゃった感じですかね? 家失って、一文無しで、一周回って落ち着いてるパターンかな。私は黙ったまま頷いた。彼女は私に近づき、しかし建物の影から出ずに私の耳に口を近づけて囁いた。
「私ね、転生してきたんだ。この世界とは違う世界から」
一拍置いて、強く風が吹いた。寒い。
……えっと、まずはごめんなさい。さっきは引かないって言ったけど、今思いっきり引いちゃいました。え、外国でも厨二病っているんだ。てっきり日本人独自の感情だと思ってた。今流行りの異世界転生しちゃったから家がないから泊めてくれって? 嘘をつくとしてももうちょっとマシな嘘ついてよ。今黒いドレスみたいなの着て、ヒールのある靴履いてるのもそういう設定だから? ガチじゃん。
まあ、どんな理由でも泊めないけど。だって知らない人だし。路上で声をかけられただけの他人だし。私一人暮らしだし、危ないじゃん。美人だからって騙されないんだから!
と、いうわけで。
「ごめんなさい、人を泊める余裕なくて。他を当たってください」
そのまま振り返ることなく立ち去ることにした。彼女は「あ、ちょ、」と引き留めるような言葉を言おうとしていたが、それを聞くことなく私は過ぎ去った。大体、私以外の誰にも気づかれていないようなホームレスじみた人の言葉なんて聞くんじゃなかった。ちょっと美人だなって思ったけど、性格があれじゃあねぇ……残念な美形だね。
家に向かって歩くほど、人の騒ぎ声が大きくなってきた。何かあったのかな?
◇◇◇◇◇
そろそろ家に着く。が、今日の帰り道の一番の難所がここ。人通りが少なく、草木が生い茂っていて、誰がいても何がいてもおかしくない森——いや、林かな? ここを通らなきゃいけない。いつもは遠回りしてるんだけど……今日トラックが人に突っ込む事故があったらしくて、通行止めになっていた。なかなかに悲惨だったらしい。私があの路地裏の前で話してる間に、事故が起こったそうだ。運が良かったのか悪かったのか。まあ、死んじゃう可能性もあったって思ったら運が良かったと言えるのかな。
一歩踏み出すと、夜の冷たい風が私の頬を掠める。髪を攫っていく。やっぱり今日は風が強いみたいだ。さっきのトラック事故も、「トラックのフロントガラスに新聞紙が飛んできてパニックになった運転手がアクセルとブレーキを踏み間違えた」って井戸端会議してたおばちゃんたちが話してたし。木が倒れることもあるかもしれないから、注意しよ。ここの木、腐ってること多いし。
道の半ばくらいのところにさしかかった辺りで右の茂みから気配がした。ガサゴソと音がする。今、風は吹いてないから明らかに何かがいる。私は身構えて、道の左側に寄った。茂みから人影が出てきた。その人影の正体は——さっきの女性だった。
「あ、さっきの少女じゃん。久しぶり〜」
「え、あ、なんでここに……というかなんでそこから……?」
ちょっと待て。家がないのが本当だとしても、それでも森はおかしいでしょ。いや、確かにあそこの路地からこの森を一直線で突き抜けたらここに辿り着くけども。家がないからって森に行こうと思う? もう十月末なんだよ? 動物は冬眠の準備してるし、虫もまだいるし、森なんて最悪の場所じゃん。やっぱり野良猫なんじゃないか、この人。
「いやぁ、とりあえずここの方があの狭い道よりかはいいかな、と。それなりに乾いてて案外いい場所だよ。して、少女はなぜここに?」
「あ、えっと……」
「この道の先が家なんです」なんて言ったら絶対ついてくるだろうなぁ、この人。そんな予感というか、匂いがプンプンする。この人自身の匂いは、香水をつけてるのか何もしてないのか知らないけど、すごくいい匂い。でも微かに……なんか変な匂いが混じってる気がする。金属っぽいな。鉄……かな?
いや、今この人の匂いの話はいいんだよ、別に。大事なのはどうやって誤魔化すか、でしょ。それにしても、この人は掴みどころがないな。嘘ついてもバレそう。話を逸らしてもぐるっと回ってもとの話に戻りそう。ここは一旦本当のことを言って、無理やりついてきたら警察にでも通報しよう。うん、そうしよう。
「実は、この道の先が私の家で。帰宅中なんです」
「そうなのか。少女一人じゃ危ないだろ。付いて行こうか?」
いや、今日初めて会った人と一緒に帰るのもどうかと思うけど。一人よりは安全……なのか? まあいっか。どうせ断ってもこの人は付いてくるだろうし。いや、なんで私こんなにこの人の行動を予想できるのよ。自分でも理由がわからないわ。
「えっと……じゃあ、お願いします」
泊まりたいって言ってきたら断ろ。断った上で居座ったら警察呼ぶ。完全に不審者避けとしてしか一緒にいない。我ながら、人の心とかは無いけど完璧な作戦だわ。
私のこの作戦に説教するかの如く、風が強く吹いた。何かが折れるような音が鳴った。その瞬間、左にあった大きな木が——私に倒れてきた。
その倒れてくる大きな影を見て、私は反射的に目を瞑ってしまった。これではもう避けられない。こんなに早くあっけなく人生が終わってしまうなんて。それにしても死にそうな時に落ち着くって本当だったんだな。スローモーションのように思える時間の中で、そう思っていた瞬間だった。誰かが立ちすくんでいた私を押した。私は後ろに吹っ飛び、よろめいて尻餅をついてしまった。ドンッという音と、何か柔らかいものに重いものが落ちたようなグチャっという音が聞こえた。
私は恐る恐る目を開けた。
一番最初に目に飛び込んできたのは大きな木。根本から折れて、道に倒れている。次に見えたのは赤。地面に広がっている。そして金色の細い糸みたいなもの。地面に散らばっている。その金色はだんだんと赤に染まっていた。
ちょ、待って。時間止まって。なんでなんで。なんで私を助けたの。見ず知らずの人間じゃん。目の前で死なれたら目覚めが悪いとか? だからって……だからって自分を犠牲にしてまで助けることないじゃん! どうしようどうしようどうしよう。明らかに体潰れてるよね、あれ。私は立ち上がって彼女に数歩近づいた。と、とりあえず救急車を……
「あー、少女。何もしなくていいよ。私一人で頑張るから」
「こ、声出さないで。静かにしてて。傷開くよ」
「いや、ほんとに大丈夫だって〜」
「黙って」
なんでこんな状況でそんな呑気な話し方できるのよ……。頼むから喋らないで。というか、今声を出すのだって辛いはずでしょ。手をひらひら振るのもやめて。傷はないみたいだけど、無理に動くと絶対死んじゃうから……!
「え〜。まあいいや。じゃあ勝手にやるから」
そう言った彼女の体は、木で潰れたお腹のところで突然真っ二つに切れた。さらに血が溢れ出す。私は膝から崩れ落ちて、地面に手をついて吐いた。気持ち悪い。血があんなに吹き出して、想像しただけでも痛くて。なのに、彼女の顔から恐怖が読み取れない。その体と感情の差が気持ち悪い。
一通り吐き出してしまった。喉がヒリヒリする。あ、早く助けないと……生きてるかな、まだ。彼女の顔を覗き込む。うつ伏せで沈黙していた。死んでる……?みゃ、脈測るか。じゃないとわからないもんね。首筋に指をあてた。彼女の脈は——動いていた。何かがまた込み上げてきそうな予感がするほど寒気がした。もう胃袋には何もないはずなのに。
「少女……最後の頼み、聞いてくれるかい……?」
声を出せるはずがない。この声は幻聴だ。頭でそう考えても、耳が実際に聞いて、目が動いている口を見てしまったのだ。私はその声に応えるしかないと思った。私は震える声を抑えながら聞き返した。
「……な、なんですか?」
抑えられなかった。涙が出そうだった。なんでだろう。赤の他人なのに。何も知らないのに。なのに、なんで泣いちゃうんだろう。ニュースで誰かが殺人事件で死んだって言われても、事故で死んだって言われても、特段悲しいとは思えないのに。さっき事故が起こったって聞こえた時も、特になんとも思わなかったのに。目の前で人が死んじゃうのは、こんなに悲しいんだ。この人がもし私の大切な人だったら……いや、今は考えるのをやめよう。
「最期に月が見たいんだ。私の体を持ち上げてほしい。ごめんね、血で汚れちゃうかもだけど」
「……わかりました」
震える手で彼女に触れた。肌はもう冷たくなりかけていた。両手で彼女の上半身を抱き上げ、月が見えるようにしてあげた。澄んだ空気に浮かぶ月は細くて輪郭しか見えなかったけど、いつもより美しく見えた。そろそろ新月になって消えてしまいそうな儚さもあった。
「ありがとう。助かった。あの木、邪魔だったんだよね」
なぜ感謝したのか戸惑っていると、抱き上げた彼女の真っ二つになった断面から骨が伸びた。消化器官や血管が伸びて繋がり、筋肉が骨を包んだ。みるみるうちに筋肉を皮膚が包んでいって、元の姿に戻った。いや、腹より下が裸という点を除いてだが。
なに、これ。もう吐く気力すら湧かないんだけど。再生能力ってやつ? 絶対死んでたじゃん、今。肌も冷たくなってて、声も掠れてて……私今幻覚見てる? 夢、だよね? だって人が生き返るとか真っ二つになって体が生えるとか意味わかんないもん。あ、そうだ。切り離された下半身があるでしょ。流石に同じ体が二つ同時に存在するわけがないし。
木の向こう側にあったはずの彼女の下半身は塵になって崩壊し、風に飛ばされていた。ドレスのスカート部分だけがその場に残っていた。……マジ? 私は頬をつねった。痛い。目を閉じてまた開けた。同じ光景だ。木の下に血溜まりがあるだけの——「だけ」って言い方もおかしいけど。まあ、つまるところ。この光景は本物で、さっき起こったことは現実で、彼女の体は死の淵から蘇るように体が再生したということだ。えーと、やっぱり信じられん。
彼女はしゃがんで、必死に両腕で自らの下半身を隠していた。顔は真っ赤で、焦っている。別に女性同士だし、人通り少ないし、恥じるような体でもないと思うんだけど。あ、今のセクハラ発言かな。でも……痩せてるし。
「あの〜少女? 服、貸してくれないかい……?」
「……返すあてあるんですか?」
「あ、えっと……服、ください」
及第点。さすがに裸で放置するのは可哀想だし、一着くらいはあげてもいいか。でも、これは別に服をあげるために家に上げるだけであって、泊まらせるわけじゃないから。……待てよ。この現象をもし街中で見かけたらこの人どうなるんだろ。死にそうな状況でも体が再生する女性。再生する瞬間はみられなくても、再生したところは裸のままになる女性。よくて警察、悪くて研究所だな。
「いいですよ。うち来てください。あと、あなたのその『能力』みたいなもの説明してくれるなら、家に泊めてあげてもいいよ。日数はあなたの説明次第。それでもいい?」
彼女の顔がぱぁぁっと輝いた。顔はまだ赤くて恥じらいがあるものの、半分くらいを喜びが占め始めていた。
彼女は「こほん」と小さくひとつ咳払いをした。そして、
「よろしく頼むぞ、少女」
と言った。その格好でも威厳がないなぁ、と思いつつも声には出さなかった。冷たい風が私たち二人の間を通り抜けた。さっさと家に連れて帰ってあげるか。二人で並んで歩いている間、ふと重要なことを思い出した。
「そういえばあなたの名前はなんですか?」
「私? 私はアルマだよ。アルマ・ラーム。少女は?」
「私はです。悠でいいですよ、アルマさん。ていうか、少女って言い方やめてもらっていいですか? 同い年くらいでしょう?」
ずっと気になってた。同い年くらいの見た目なのに少女って呼んでくる。何?私が年下にしか見えないってこと? それは若々しいってことなのか子供っぽいってことなのか。どっちに転んでもトントンだけどね。彼女はキョトンとした顔でこっちを見つめてきた。え、私なんか間違えたこと言ったかな。
「そっか、同い年か。じゃあタメ口で話していいよ。ま、実際の年齢がどうあれ、私はみんなのお姉さんだから。少女って呼び続けるつもりだよ」
「なにそれ。変なの」
変どころじゃなくて怖いけど。体が再生するとかありえないじゃん。……でも、悪い人じゃないだろうし、信じようかな。
◇◇◇◇◇
二人で笑い合いながら家に向かった。しかし、彼女が笑って話している姿を見ても、さっきの姿がちらついて手が震える。若干引き攣った笑顔になってしまう。
林の出口から見えた私の家は、一人暮らしにしては随分とでかい一軒家だ。これでも私は名家の娘なのだ。次女だけど。なぜこんなところにいるのかというと、「姉が実家の家業を継がなかったせいで私が継ぐことになったが、田舎に縛られたくなくて一人暮らしのためにこの家に逃げてきた」だ。月に何度か騒がしい姉が訪ねてくるくらいで、それ以外の時は静かな場所だ。私にちょうどいい。
「着いたよ」
玄関を開けて家に招き入れる。まずはお風呂場に案内した。彼女は気にしていないみたいだが、彼女の髪が血で赤く染まってカピカピになっている。早く洗わないと髪が傷んじゃう。
「お風呂場の使い方は分かる?」
「わかんない。少女、教えて」
仕方なく二人でお風呂場に入った。これまた一人暮らしにしては広いお風呂で、大人が五人くらい入っても窮屈じゃないくらいの大きさだ。私たち二人ぐらいわけない。彼女の目がそっちに輝いたが、まずはシャワーだ。イスを二人分並んで置いて、座った。前にあるイスをポンポンと叩く。
「ここ座って」
彼女は座った。でも、違う、そうじゃない。彼女は私と顔を合わせるように、向かい合わせに座った。うっ、可愛い……って、違う違う! まつ毛なが……顔ちっちゃ……ほんとに同年代なのかな、この人。実は私よりちょっと年下だったりして。そしたら私捕まっちゃうじゃん。
「む、向きが違うから。髪洗うからあっち向いてて」
「なになに。少女、照れてんの?」
「うるさい。早くあっち向いて」
ニヤニヤしやがって。こっちは真面目に考えてあげてるのに。私はシャワーでお湯を出して、ゆっくりと彼女の髪についた血を洗い流した。みるみるうちに彼女の髪は元の色を取り戻して、さらさらになった。ふぅ。我ながらいい出来。次は——体を洗うのか。……ゴクリ。いや、ゴクリじゃないんだよ。彼女の体は少し赤く、指先はまだ青っぽい。そりゃ、秋の夜に裸で外出たらそうなるわな。
「つ、次は体を……」
「えー、もういいよ。お風呂入ろーよ」
「え、いやちょっと!」
私の制止も聞かず、彼女はお風呂に飛び込んだ。頭のてっぺんまで浸かってから顔を出して、こちらを見上げた。ちょうどいい感じに上目遣いみたいになった。……まあ。大体はお湯で洗い流したからいいか。私はさっと体を洗って、肩までお湯に浸かった。アルマは悠々と泳いでいる。その姿を見て、やっと強張っていた力が抜けた気がする。それでも、まだあの時の恐怖は洗い流れていない。
しばらくしてアルマが近づいてきた。ジリジリと距離を詰めてきて、手を伸ばせばすぐに近づける距離にまで来た。何かあったのかな。
「少女ってさ。私と同い年くらいなのに、小さいよね」
「は?」
は? いきなり何を言い出すんだこいつは。こっちは服あげるって言ったのにその態度は何? 人が気にしてることをよくもまぁぬけぬけと。そりゃあんたみたいなスタイルもいい女性とは違うわ。でも……ちょっと気が緩んだ。ほんのちょっとだけ、恐怖が弱まった気がする。
「でも、私はそういうの嫌いじゃないから。胸張っていいよ。あ、張る胸ないか」
お風呂から彼女の首根っこを掴んで引っぱり出した。案外軽い。はい、リラックスタイム終わり〜。アルマは「私のお風呂が〜!」などと叫んでいたが、自業自得なので聞かないことにした。……上目遣いでこちらを見てくる。やめろ、そんな目で見るんじゃない。私のコンプレックスに触れたあんたが悪いんだから。さっきは自分の犠牲を顧みずに助けてくれて、あんなにかっこよかったのにさ。ちょっと惚れちゃったかもだよ。まったく。
彼女の体を拭こうとしたら、「自分でできる」と言われてしまった。お風呂の使い方はわからずとも、さすがにそのくらいはわかるのか。いや、わかってなきゃやばいんだけどさ。でも私も小さい時はお手伝いさんたちに何から何までやってもらってたからな〜。ちゃんとお風呂の入り方覚えたのは小学校の高学年からだっけか。私は体を拭き終えて脱衣所を出ようとした。背中をタオルでゴシゴシとされた。
「背中。拭き残しあったよ」
「あ、ありがと……」
この歳になってまで背中が拭ききれないことがバレてしまった。恥ずかしい……! これを素でやってるのがもう……どうせならさっきのニヤけた顔でやって欲しかった。そんな真面目にならないでよ、急に。
「服はこれでいい? 私のパジャマで悪いんだけどさ」
「大丈夫? 少女のサイズじゃちょっとなぁ〜」
服もらう分際でそんなこと言うなよ。めっちゃ偉そうにするじゃん。まあ、私はアルマと違って大人な対応できる女だし? 一着くらいなら貸してあげるわ。
「はいはい。じゃ、それ着たら髪乾かしてあげるからこっちきて」
アルマが私のパジャマを着ている。なんだ、ピッタリサイズじゃない。私はこんなにダボダボなのに。……こうして見ると、私より年上に見える。何が私より大人っぽいだとかは言わないけど
いやいやそんなことない! 子供だ子供。子供っぽく見える。……でもそれは私のパジャマのせいかな。ピンクに白うさぎの柄。「この歳になって」とか言われるかもだけど。私はこれが好きだし、ずっと着ていたいんだよね。さすがに学校の人に言うのは恥ずかしいけど。
「ほら、こっちきて。髪乾かすよ」
「はーい」
彼女の髪を乾かす。最初は温風で髪を手櫛でときながら乾かす。ある程度乾いてきたら冷風で冷やして終わり。人にやるのは初めてだけど、思いの外上手くできた気がする。てかサラサラすぎでしょ。ずっと触ってたい……クセになるかも。
「少女。もう乾かし終えたか?」
あっ。すっかり時間を忘れて触っちゃってた。時計を見るとそろそろ八時。少しお腹が空いてきた。でもその前に家の中案内しないと。もしかしたら結構長い時間居候させることになるかもだし。
二人で家の中を回っている。リビング、ダイニングキッチン、トイレ、和室、寝室、書斎、ベランダ、庭。庭は典型的な日本庭園って感じで、池はあるが魚はいない。何週間かに一回、庭屋さんに頼んで植物の剪定をしてもらっている。トイレと書斎以外はどこも無駄に広くて使いにくかったけど、二人暮らしになるなら使いやすいか。……いや、まだ住ませるとは決まってないし。うん。
「こんなに広いのにどこも綺麗だな。まさか少女、掃除好きか?」
「いや、週に一回実家のお手伝いさんが来てくれて、掃除してくれるの。うちの親、ちょっと過保護だから」
一人暮らししている娘の家にお手伝いさんを寄越して、掃除するように命じている両親。果たして「ちょっと」過保護なだけだと言えるのだろうか。——多分言えない気がする。私は助かってるけど、お手伝いさんの労力が計り知れないし、何より私がどんどん自堕落になる気がする。正直、自分でやれるように頑張りたい。ので、そろそろ「大丈夫だから」と言いたいけど言う機会がないんだよなぁ。
リビングに戻ってきた。彼女は人をダメにするビーズクッションに座ってだらだらしている。今日は色々あっただろうし疲れてるんだろうけどさぁ……私のクッションなんだが。私の定位置なんだが。まあいいや。夜ご飯作ろ。時間ないしレンチンでいっか。なんかあったかな。
「カレーとパスタがあるんだけど、どっちがいい?」
「パスタは何味?」
「トマトソースらしいよ」
「じゃあそれ食べる。赤色だよね、トマトって」
色関係ある? 赤色だけどそれがどうしたのさ。他の色じゃダメなわけ? ミートソースとか茶色だけどダメなのか? ちょっと思考がわかんない。まだまだわからないことだらけだ。
レンジでチンして、トマトソースパスタを二皿に盛った。フォークを添えて、ダイニングテーブルに置く。椅子を二つ向かい合わせに置いた。一応二人ともテレビが見えるようにしてはいるけど、テレビを点けるつもりはない。聞かなきゃいけない話がいくつもあるんだから。
「はい、どうぞ。いただきます」
「『いただきます』って言うのがマナーなの? いただきます」
二人とも黙って食べている。フォークにパスタをぐるぐる巻いて、口に入れる。巻いて、食べる。レトルトにしては割と美味しいかな。トマトの酸味がいいアクセントになってる、と思う。私はそういう、味の違いとかはよくわかんないけど。さてと、そろそろ食べ終えるし、本題に入ろうかな。私はフォークを机に置いて、随分と上品にパスタを食べているアルマに顔を上げた。
「で、話してくれる? さっきの現象について。この話によってどれだけ長い間泊めるか決まることになるけど」
「そういえばそう言う話だったね。いいよ、教えてあげる。ちょっと長い話だけど、我慢して聞いてね」
私は彼女の言葉に耳を傾けた。
『
まず何から話せばいいのかな。えーと、これは前提として信じて欲しいんだけど、私は違う世界から来たの。
』
「ストップストップ!」
「どうしたんだい、少女。まだ前提を話していただけじゃないか」
どうしたもこうしたもないでしょ! いきなり話が飛躍しすぎじゃん。そんな転生系ラノベのテンプレを現実に持ってくるな! 初手から混乱するわ!
「もういい? 続き始めるよ」
「後でちゃんと証明してよね」
『
うん、必ず後でね。じゃあ続きを話させてもらうね。私は前の世界で、王族の娘だったの。五人兄妹の三女で、上から四番目。下の弟を一番年が近いからってことで愛でられて、しかも上三人からの愛情もそれなりにくる。なかなかいい位置にいたと思うよ。
さて、さっきのあの現象——あー、詳しく言おうか。私の上半身が無くなったはずの下半身を埋めるように肉が隆起し、骨が伸びて部位ごとに形が変わり、臓物や血管が元に戻って、体が元に再生した現象。あとは何もないところから血が生まれたりとかね。少し詳しく言いすぎて気持ち悪いかい? このくらいは我慢してくれ。
うちの家系は武力行使で王になった家系なんだ。
いきなり話を逸らすなって? まあ聞いてくれよ。で、なんで勝てたのかと言うとね。個々の力が一つの軍よりも強いの。もう、すごいわけ。魔法も武術も段違い。何より、再生する力が強いんだよ。死なないから。ほぼ全盛期と見た目が変わらずに長い間生きるんだ。私もこんな見た目だけど、三百歳だよ。でも吸血鬼の中では若い方だし、心もまだまだ少女と同い年のつもりだから。じゃあここで問題。なんで再生するなんて能力が備わってるのか。少女、わかるかい?
わかんない? 正解はねぇ、吸血鬼だから、だよ。びっくりした? 無理もないか。人間じゃないんだよ、私。あ、吸血鬼ってわかる?
そうそう、血を吸うやつ。合ってる合ってる。他者の血を吸って、燃料に変えて色々するんだ。吸血鬼特有の
あ、この世界には魔法がないんだっけ? 街みたいなところにいた時はびっくりしたよ。街が煌々と輝いてるのに、魔法の気配がないんだもん。魔法はね、自分の想像に燃料を入れて現実に変えるんだ。種族によっても燃料は変わるけど、私たち吸血鬼はさっき言った通り他者の血。人間だったら生命力。人間の魔法使いは命を削って魔法使うんだよね〜。ちなみに、血にも色々あってね、上質な血ほど美味しくていい燃料になるんだよ。その血を持ってる生き物はいい匂いがするんだ。少女もいい匂いだよ。
ちょっと脱線したかな。話を戻して次の話題に移ろうか。次は……なんで転生したのかだったね。あ、一旦休憩挟む?
』
い、一気に話しすぎ……情報量多いって。えーと、全部はよくわからなかったけど、つまりアルマは三百歳で吸血鬼ってことかな? 魔法とか王族とか小説じゃないんだからさぁ……。でもこれ、全部本当のことなんだよな。彼女が本当に転生していたらの話だけど。まあ、もうここは信じるしかないか。ここで疑ってかかるのも野暮って言われるだろうし。あ、私は聞き逃さなかったからな!
「いい匂いってどういうこと……? まさか最初から私の血を飲むつもりで……?」
「それは違う! 街であったのは本当に偶然! 森で会ったのも偶然! ついて行こうかって言ったのは本当に善意! 家に泊まらせてもらってからは……」
「からは?」
「ふ、普通に仲良くしたかったから……」
顔を少し赤らめてそう言った。そして顔を逸らした。可愛い。いや、そうじゃない。……ちょ、破壊力ありすぎるんだけど、その顔。さっきまで飄々としたクール美人系だったのに。感情表現豊かだなぁ。白うさぎパジャマも相まって、可愛すぎる……! 私がニヤニヤしていると、彼女は怒ったように口を開いた。
「だって少女可愛いんだもん! 仲良くなりたいって思うでしょ、普通!」
「はいはい、ありがとね〜。早く続き話して?」
そうやって冷たく静かにあしらったものの、私の心はバクバクと揺れていた。可愛いなんて久しぶりに言われたな。ちょっと嬉しい。しかもこんな美人に言われたらさ……もう、最高の気分だわ。残っていたパスタを食べ終えて、皿とフォークを流しに入れて椅子に座り直した。
『
「はいはい」って……せっかく褒めてあげたのに。あれ? でもちょっと顔赤いね。素直じゃないなぁ、少女は。じゃあ話を進めるよ?
この世界に来た理由と方法を話すよ。まず理由ね。私ってすごい怠惰な性格でさ。自分で言うのもなんだけど。で、私ができたのが再生、空を飛ぶ、物を切る魔法、なのね。今もだけど。それで〜、この年になっても種族としての能力も二つしか使えないし、魔法も一つだけしか覚えてないから流石に両親に怒られちゃって。だから、「私たちのいない世界で修行してきなさい」って怒られちゃったの。
ん? 物を切る魔法? さっき見たでしょ。さっき木に潰された時に私の体が真っ二つになったでしょ。あれ私の魔法だから。怪我した部分を切り離して再生して元通りって寸法だよ。
あぁ、そうだったの。余計に心配させすぎちゃったね。ごめんなさい。いつも通りって私は思ってたけど、少女は知らなかったもんね。もうしないから。
え〜、撫でたっていいじゃない。そんな恥ずかしいことでもないでしょ。
はいはい、続きね。で、転生する方法なんだけど。ほら、私たち死ねないじゃない? だからまず死んで転生っていうのは無理なわけよ。体が完全に消滅したらわからないけど……今までの歴史でそんなことなかったそうよ。日光? 何それ。全然弱点じゃないよ。この世界の常識とは全然違うのよ。むしろ私晴れてる日大好きだし。てか話脱線しすぎじゃない? まあいいけど。転生する方法は一つだけあるの。それはね、魔獣だよ。魔獣に転生させてもらうの。
魔獣っていうのは〜普通の動物とは違って、魔法が使える動物って感じかな。その魔獣は「
今回転生するときにそれを利用したんだ。ドレスを着て、人に変化した貉と踊ってこの世界に来れたんだ。これが事の顛末かな。納得してくれた?
』
「まあ、信用はするけどさ……。いまいち実感が湧かない」
「それはこれから一緒に暮らす中で実感してね」
なんでもう暮らす前提で話してるんだよ。いや、別に居候くらいさせてあげるけどね? 衣食住全部使わせてあげるけどね? だからって遠慮という言葉をもう少し覚えた方がいいと思うんだが。仮にも君はしてもらう立場だから。危うく木の下敷きになるところだったのを助けてくれたからそれ相応のことはしてあげるけど、それを加味してもせめて感謝はしてほしいな。
「てか、帰る方法にあてはあるの?」
「……あ」
これは無い感じかな。ない感じだよね? 期間分からないままはちょっとお金的にきついか……? 仕送り……あるはあるけど一人暮らし用のお金しかもらってないからなぁ。頑張るしかないかぁ。
「その〜、踊り貉みたいな生き物とかってこっちの世界にいるんですかね……?」
「それも込みでこれから暮らす上で頑張っていこうね。どうせ修行を先にやるんだし。」
「はい……」
よし、話は一旦終わり! もう眠い! 寝る! ちょっと情報多すぎるから逃げる!
「じゃあおやすみ〜」
「ちょ、私どこで寝るの!」
「床じゃない?」
ベッド一つしかないんだよなぁ。シングルサイズだからキツキツだと思うし……えぇー、二人で寝る? 恥ずかし。しかも今日会ったばっかりだし。ほぼ知らない同士だし。流石にそれはちょっと……。そう思っていると、袖が引っ張られた。
「ダメ……?」
目の位置は同じなはずなのに、上目遣いっぽくなっている。うっ、そんな目で見るなぁ……ぐっ。めっちゃ心に刺さるんだけど。……わかった。
「わかったわかった。一緒に寝ればいいんでしょ?」
彼女の顔がぱぁぁあと、笑顔になった。小さくガッツポーズもしている。んな、子供じゃないんだから。一緒に寝るくらいではしゃぐなんて。
二人で寝室に入って、ベッドに潜った。二人とも横並びで寝ると、やっぱりベッドは割と余裕があった。私もアルマも別に太ってないし、むしろ痩せている方だからね。スタイルいいんだよ、二人とも。ちょっと上半身が違うだけで……。正面に見えるアルマの顔は、瞼が半分ほど落ちていた。よっぽど疲れてたんだな。
「おやすみ、少女」
「おやすみなさい、アルマ」
部屋は暖房がついていなかったので、すごく冷たかった。仕方ないので、さらに体を密着させて寝た。初対面なんだけどなぁと思いはしたが、そこまで気にすることでもないと思ったので別に気にせずに寝た。体に触れている柔らかいものの正体も、気にせずに寝た。
◇◇◇◇◇
朝起きた。しかし、体が起こせない。アルマの足が私の足に絡みつき、がっちりロックされている。あったかいんだけど、ちょっと動きが……とれ、ない。
「んぅ……」
アルマは起きる気配がない。今日はせっかくの土曜日で、しかもハロウィンだから限定スイーツ食べに行きたかったんだけど……この調子じゃ列に間に合わない、かな。予約し忘れちゃったから現地で並ばなきゃいけなかったし、元から無理だったのかな。
「ほら、起きて。朝ごはんだよ」
私は彼女を揺さぶった。しかし、
「あと三日……」
と彼女は言った。
み、三日ぁ? さすが三百年生きた吸血鬼は違うなぁ。って、そうじゃない。感心してる場合じゃなくて。三日もここにいたら私死んじゃうよ。でも、彼女がまず返事してくれたことに安心している。死んでいなくてよかった。もうあんな姿は見たくないから。
「早寝早起き、健康の秘訣だよ! さ、早く起きなさい」
「えぇ〜」
「とりあえず私だけ起きたいから足だけ離して」
足を離してくれたので、ベッドから出ることができた。しかし、背中が妙に重い。いや、重いっちゃ重いけど、これがもし人間なら軽い方だ。ゆっくり後ろを振り向くと、アルマが私にもたれかかっていた。私の背中に覆いかかるように迫ってきている。んん、ここで置いて行ったら可哀想だよね……連れて行くか。おんぶしてリビングに向かう。朝の廊下は冷たくて、床に触れた足が一瞬ビクッとした。
ソファにアルマを寝かせて、キッチンに向かう。朝は特に食べるわけじゃないんだよな……。適当にトーストでも作って食べよ。私は食パン二枚に卵を一つずつ載せて、マヨネーズで卵白をぐるっと囲んでからトースターに入れた。いつも食べてるけど、飽きない味だ。
焼き上がったトーストを取り出して、皿に載せる。いい匂いだ。その匂いがリビングにも運ばれたのか、アルマが目をこすりながらこちらに来た。まだ眠そうで目が半開きだが、確実にトーストを見つめている。
「いい匂い……なにそれ」
「トーストだよ。食べよ。ほら、席に座って」
アルマが席に座ったのを確認してから、机に二皿置いて、昨日と同じように向かい合わせに座った。手を合わせて、二人で「いただきます」と言って食べ始めた。私は黄身を砕いて食べ始める。最近はこの食べ方にしてみた。黄身が全体を覆って、さらにクリーミーになる。向かい側では、アルマが手でトーストを掴みながらも、それでも上品に食べていた。さすがは王族。食べる時に見える歯は、特に吸血鬼っぽさはなかった。強いて言えばちょっと八重歯気味かな? 別に違和感ない程度だけど。
トーストを食べ終えて、パジャマから私服に着替えた。アルマにも、服を貸してあげる。一緒に住むんだし、新しいの買ってあげなきゃなぁ。とりあえず、ワンピースを渡した。ワンピースに着替えた彼女は、程よい大人っぽさを醸し出していた。こうして改めて見ると、肌は白く、儚げな美しさもある。やっぱり吸血鬼だから夜型なのかな。夜は可愛く、昼間は美しくって? 羨ましすぎるわ。
「今日は街に行きます。が、吸血鬼の
「もちろん! あ、でも流石に使わざるを得ない状況では使うから」
◇◇◇◇◇
二人で家を出た。昨日通行止めになっていた道はもう通れるので、そっちから大通りに向かった。昨日の林の道より断然早いし、人通りも多いから安心なのだ。
二人並んで大通りを歩いている。道ゆく老若男女がことごとくこちらを見る。いや、アルマを見る。そりゃそうだよ。アルマ今めっちゃ綺麗だもん。美しいもん。私だって見るよ。横に人気者がいると劣等感に苛まれるって……今めっちゃプレッシャーだよ。対してアルマは、周りの視線など気づいていないのかキョロキョロと見回してそのたびに笑顔で私に聞いてくる。
「あれは何?」
「あぁ、スイーツ屋さんだよ。甘いお菓子が売ってるところ」
私の行きたかったところだ。ていうか、今日これから並ぶ予定のところだ。案の定、店の前からは長い行列が伸びている。
「これから並びたいんだけど……いい?」
「いいよ! その間一緒に話そ!」
二人で並び始めた。三十分経っても、一時間経っても、行列が進んだのは二、三歩だけ。流石にもう「面白い話【学校編】」が無くなってくるんだけど。アルマ無言になってひたすら近くにある石蹴ってるだけになっちゃったよ。どうしよう……この感じだと、夕方になっちゃうよ。今入ればまだお昼ご飯にできるのに……
考えていると、後ろから肩をポンポン叩かれた。振り向くと、同じ学校の水城さんと吉本さんがいた。二人ともギャルっぽい(?)服装だ。学校の制服も着崩してるから私服もどうせ……って思ってたからそんな驚かないけど。てか、あんまり会いたくなかったなぁ。苦手ってのもあるけど普通に今会いたくなかった。アルマが横にいる今は。
「新田ちゃんじゃん。学校外で会うの珍しいね。ここのお店並んでんの?」
「そうだけど……二人も?」
「そうそう! ねぇ聞いてよ〜、四人で予約してたんだけどさ。二人がいなくなっちゃってさ。私とヨッシーだけになっちゃったんだよね。しょうがないから二人で来たんだけど〜」
予約……! いいなぁ。私も予約できてれば……まあ、予約してない私が悪いからしょうがないけどさ。律儀に並びますよ。つっても、一時間待ってこれだけしか進まないのかぁ……
「でさ、新田ちゃんがいいなら一緒に行かない? ちょうどそっちのお連れさんも含めてぴったり四人になるしさ!」
……神か? 優しすぎる……嬉しい。いつも授業中にプライベートなこと話しかけてきて「あ、こいつ苦手だな」って思ってたけど、ごめんなさいだわ。ちょっと苦手克服したかも。今まで冷たく接してたけど、これからは話しかけられたらちゃんと返すようにしよ。
あ、でもアルマがいいって言うかどうか……お願い。言って。
「私はいいけど彼女が……」
「いいよ、私は。少女が行きたいんでしょ? 私は少女について行くよ」
ありがとう、アルマ〜! 今日のスイーツは奢ってあげる! あ、当たり前か。そういえばアルマ身分証とかないから働けないじゃん……! どこか働ける場所とかあるのかな……。あ、実家で働いてもらえばいっか。後でお姉ちゃんに連絡しよ。
列を抜けて彼女たちのグループに加わり、列を通り越して店に入った。アトラクションに早く乗れるパスで列に並ばなかった時ぐらい気持ちいい。そして嬉しい。うわ〜、楽しみ〜! カボチャ系のスイーツだよね。私たち四人はそれぞれ席に座って、メニューを開いた。
「みんな何にする〜? せーので言おうよ。せーの!」
「「「「カボチャとさつまいものスイートパイ !」」」—焼き栗のクリームを添えて— !」
みんなの声が揃った。やっぱりそれだよね! 絶対美味しいもん。カボチャパフェとかも気になったけど……カボチャといえばパイじゃない? ってことでスイートパイにしちゃった。……私だけが「添えて」とか言っちゃって恥ずかしい……! アルマも言ってないし。なんでその三人だけ気が合うんだよ!
頼んでいる間、話し始めた。やっぱり最初に二人が聞いてきたのはアルマのことだった。
「この人は新田ちゃんの……彼女? 親戚? 名前は? 年齢は?」
落ち着け水城さん。君は踏み込みすぎだ。私たちそんな仲良くないじゃないか。それに、アルマとはもはや初対面だろう? これだから今の女子高生は。距離感というものを知らんのかな。
「ああ、彼女の名前はアルマ。まあ、親戚みたいなものかな。年は私と同い年」
「へぇ〜。なんか新田ちゃんより大人っぽく見える」
「ね、どこか儚げな感じがザ・大人って感じでかっこいい。学校にいる時の新田ちゃんもかっこいいけどさ」
「あのねえ……」
流石に教師に対してそれはどうなんだよ、君たち。私だって一応新任教師とはいえ君たちよりは年上なの。何? 私は大人っぽくないって? どーせ私はウサちゃんパジャマを着る子供っぽい二十五歳ですよ! アルマはなんで私と同じくらいの年齢の姿してるのにそんなかっこよくなれんのさ!
「お待たせしました〜。カボチャとさつまいものスイートパイ—焼き栗のクリームを添えて—が合計四皿です」
全員の目の前に一皿ずつ置かれる。みんなの目が一気に輝く。さっきまで蚊帳の外で全然話に参加できなくてぼーっとしてたアルマも、目を輝かせてきた。もちろん私も胸の高鳴りが鳴り止まない。だって、めっちゃ美味しそうなんだもん。程よい焼き焦げ。カボチャとサツマイモの匂いがマッチしてさらに美味しく感じる。しかも、クリームでデフォルメされたハロウィンの怪物たちが描かれているのが可愛い。これは思わず写真を撮った。私のはジャック・オ・ランタン。アルマのはコウモリ。吸血鬼にコウモリって……すごい偶然だなぁ。
一口サイズに切って食べる。ん〜美味しい! さつまいももカボチャも、互いに我を出さないで互いに引き立てあってるのがいい。クリームは味変要員として使う感じかな。ちょっと甘すぎるかも。でも全然いいと思う。
アルマの方をチラリと見ると、上品に尚且つ美味しそうに食べている。前に座った二人も、近くの客も。店員ですら、一度手を止めて見ている。これは吸血鬼の
食べ終えてトイレに行っていた。帰ってくる途中、三人が話している声が聞こえたので立ち止まって物陰から聞いた。
「アルマさんってさ、ぶっちゃけ新田ちゃんのことどう思ってるの?」
「あー、私もそれ聞きたい。親戚って言ってたけどさ、どうせ嘘なんじゃないの?」
くっ、妙に勘が鋭いなあの二人。こういう時だけ真面目になるんだから。しかも、頭回ってるし。いつもの数学の時間もそのくらいの集中力で頑張ってくれよ。そもそも、会って一時間ちょっとの人にそういう話持ちかけるなよ。あ、今のこの時間のうちに、お姉ちゃんに連絡しとこーっと。私は別に? アルマが私のことどう思ってるかとか気にならないし?
「はい、親戚というのは嘘です。ごめんなさい。しょ、ゆ、悠のことを私は……その、好きだと思います。でもまだ恋愛的にかどうかわからなくて……人間としては好きなんですけど……」
「はは〜ん。つまり、気になってはいるわけだね?」
「一目惚れだ一目惚れ〜」
「たぶん……」
聞こえちゃった。聞こえちゃったよ、どうしよう。え、気になってる? 恋愛的にってこと? 待って待って。別に私も気になってるとかじゃないし。確かに恋愛対象は女性かな〜とか前から思ってたけど、そうじゃなくて……なんで。なんでこんなに心臓の音がうるさいんだろう。
ま、まあ。聞かなかったことにしよう。そう思った時、胸の奥がチクリと痛んだ。無かったことにするのはさすがにかな……いや、一旦忘れるだけだから。
「みんなお待たせ〜。何の話してたの?」
「ん〜「先生には関係ないよ?」」
水城さんと吉本さんが声を揃えて言った。偶然なのかわざわざそうしたのか。どちらにしろ、何かを隠すように話していた。そりゃ私が知らないと思ってるならそうするだろうけど、隠すならもっと丁寧に隠しなよ。ここでは指摘しないけどさ。
「どうしたのさ二人とも。いつもは先生だなんて呼ばないじゃん」
「たまにはそう呼びたくなる時もありますよ〜。ね、ヨッシー?」
「うんうん。あ、そろそろ帰らないと」
支払いを済ませて四人で店を出た。
「じゃあ私とアルマはこっちだから。二人とも気をつけて帰ってね。数学の宿題、終わらせてきなさいよ?」
「「はーい」」
またシンクロした。本当に仲良いな、あの二人。私とアルマもあのくらい……いやいや何考えてるんだよ。さっきの一言がまだ頭の中で小さく響いてるな。……私も……ううん。なんでもないや。
「夜ご飯何にする?」
「うーん、少女が作ってくれると嬉しいな。お肉がいい」
「おっけー、お肉ね。確か家に鶏肉があったはずだから」
昨日と同じように会話してるはずなのに、どこかぎこちない感じがした。それがまた気持ち悪くて、私の本音が何かを告げようとしていた。その心には蓋をした。今はただ楽しいと感じているだけでいい。そう言い聞かせた。
住宅街を二人で歩いている。そろそろ家に着くところで、チカチカと点滅する街灯の下に誰かがいた。それは、紳士服に身を包んだ獣だった。二本足で立っている。細長い頭で、黒い縦の模様が目の周りにある。あれ? これって……
「ごめんよ少女、私の責任だ。月の満ち欠けを先に聞いておけばよかった。いい? あれが踊り貉。絶対手を繋いじゃいけないからね」
「わかってる」
わかってるんだけど……なんでだろう。足が勝手に……! だめだめだめ! 自然と手が伸びてしまった。手が触れるまで数センチ。
「少女! 意識を強く持つんだ! あいつは精神に干渉してくる!」
肩を引っ張られたことでギリギリ触れずに済んだ。危なかった……何これ。何この感覚。頭でダメってわかってるはずなのに体がうまく動かない。まるで私の体じゃないみたいだ。無意識下でも手が動く。意識を強く……力が入らないよぅ……
「少女。非常事態だし魔法、使ってもいいよね」
ダメ。市街地だから……誰かに見られたら……そう思っても、口には出せなかった。仕方なく、頷くことにした。小さかったものの、今度は自分の意思で動けた。
「私はまだ帰らないから。まだあんたに会う必要はないわ。出直してきなさい」
アルマがそう言うと、貉は見えない斬撃で八つ切りになった。思わず目を閉じかけたが、貉は霧のようになって消え去った。血は吹き出さなかった。点滅した電灯の下には、もう誰もいない。それを確認した瞬間、私の体がヘナヘナと崩れ落ちた。まるで緊張の糸がするすると解けていくように。膝が床にゴツンと当たった。痛い。でもそれよりも助かったことへの安堵が勝った。
「あの魔獣は実体を持たない。もう大丈夫だよ。少女、立ち上がれる?」
「無理、かも……」
立とうとしても、足に力が入らない。どうしても膝が笑ってしまう。血が滲んでいて、痛いのもあるのかもしれない。
「しょうがないなぁ」
「ふぇえ……!」
驚きすぎて、つい変な声が出てしまった。アルマは私の膝裏と背中に腕を回して、お姫様抱っこした。ちょ、学校の先生としても、大の大人としてもこれは……。ちょ、誰か来るかもしれないのに……恥ずかしいよ……!
でも、「下ろして」と言う気にはなれなかった。別に恥ずかしいだけで嫌なわけじゃないし……別に、この状態が嬉しいとかでは……! とりあえず熱くなった私の顔を両手で隠した。
「ちょ、少女。ちゃんと腕を回してくれないと。ほらほら」
こ、この顔見られたらまずい……今すぐクールな顔に戻さないと……クールな顔ってどうやるんだっけ? ええい、もうどうにでもなれ! 手をアルマの首の後ろに回した。
「少女、その顔もしかして……って、おっとっと」
アルマが揺ら揺らしている。なんか貧血みたいだな。ん、貧血? 確か魔法には血を使ってるんだっけ? 足りなくなったら魔法を使うのはおろか、体の動きまで鈍るの?
「アルマ。血が足りないの?」
「……そうかも。油断した。自分の血液量か、エネルギーにする他者の血のどっちかが足りてないとこうなるんだよね……」
「とりあえずさっさと家に行っちゃお?」
「抱き抱えられてるやつがよく言うよ」
うっ。痛いところついてくるじゃん。ふ、ふん! まあ、アルマにしてはやるじゃない。
◇◇◇◇◇
家に着いた。二人でソファにバタッと倒れ込んだ。つ、疲れた〜。昨日の比じゃないくらいに疲れたんだけど。横ではアルマの目が虚になっている。顔色も良くない。あれ、これまずい状況なのでは?
「アルマ? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかも……血が足りない……」
私の血を飲んでもらうか? いや、でもそしたら私も吸血鬼になっちゃうんじゃないの……? それは怖い。怖い……けど、今まで二回も命の危機を助けてもらったのに、ここで手を差し伸べてあげられなくてどうするのよ! 今こそ恩を返すべきよ。私は、意を決して首筋を見せた。
「アルマ、死なない程度なら吸っていいから。吸血鬼になったりとかは……する?」
「ならないし、少女みたいな上級の血はたくさん吸いすぎるとこっちが胃もたれしちゃう。だから、死ぬ事はないよ」
アルマが私の肩を抱き寄せて、首筋に口を近づける。彼女の生暖かい吐息が首筋にかかって、くすぐったい。これやばい……かも。あぁ、ドキドキする。血を吸われる事じゃなくて、アルマの口が私の首に触れることに。
その時、玄関のドアが開いた。おかしい。鍵は閉めたはずなのに。まさか……!
「悠〜! お姉ちゃんがあっそびにに来ったよ〜ん! 悠の友達に仕事持ってきたよ〜。いやぁ、その友達は運がいいねぇ。私たち新田グループに会えたんだからさ〜」
まずい。やっぱりお姉ちゃんだ。この状況見られたら絶対バカにされる。いや、バカにされるだけならいい方だ。ここで引かれたらやばい。アルマを仕事に就けられなくなっちゃう。どうにかして隠さないと。小声でアルマに囁く。
「ちょ、お姉ちゃん来ちゃったから一旦後でもいい?」
ピクッとうごいてから止まった。顔を上げてこちらを見る。その瞳は瞳孔が細くなっていて、猫のように見えた。まだ少し虚なのが心配だけど。口からはいつもより少し伸びた八重歯を覗かせていた。めっちゃ吸血鬼っぽいじゃん。吸血する時だけこうなるのかな?ー
「むり。おあずけ、や。いまするの」
言葉遣いが拙く、幼児のようになっていた。赤ちゃんみたい……可愛い……心なしかちっちゃく見える。こんな顔されたら断れないじゃん。お預けできないよ……
「悠〜、開けるよ」
ドアが開いた。お姉ちゃんと私は目があった。自分の状況を改めて整理する。金髪の美女が私の肩を抱き寄せて、首筋に口をあてている。……恋人関係の図、じゃん。しかもそれなりに関係が深くなったところ。アルマが完全に噛み癖のある彼女じゃん。いや、実際にこれから噛むところなんだけどさ。お姉ちゃんの顔は……?
驚き八割、引き二割? いや、あれは引きじゃなくて喜びかな。なんで?
「悠ももう大人の階段を上る時期だったのね……終わったら呼びなさい。そっちの子が仕事に就く子よね? ごゆっくり〜」
無慈悲に扉が閉まった。「違う」と正直に言いたかったのに、咄嗟に口をつぐんでしまった。否定は、したくなかったから。私の本音は、ずっとそうしたいって望んでたから。たぶん会った時から色々あって、それで……一目惚れしちゃったんだよな。きっと。だから……ちゃんと伝えよう。
「ねえ、ち、すっていいよね?」
「うん、いいよ」
「ちゅうっ」と音が鳴った。小さく短く。歯が首に差し込まれたけど、そんなに痛みは感じなかった。私の血が吸われて、代わりに彼女の唾液が私の中に溶け込んでくる感覚があった。むしろ気持ちいいと言えるくらいだ。しかし、それは彼女の言う通り一瞬で終わった。
「ぷはっ」という音を出して、彼女の口は私の首筋から離れた。彼女の目は元のように人間っぽくなって、元気を取り戻していた。調子が戻って何よりです。
「もう大丈夫。ありがとう、少女」
「それは何より。ねえ、アルマ。言いたいことがあるんだけどいい?」
言え。言うんだ。あなたが好きです。一目惚れしましたって。助けてくれた時はかっこよかったし、顔を赤らめていた時は可愛かったし、まだ出会って一日だけどアルマと話しているのは楽しかったって。
「どうしたの?」
「えと……その……。……少女って言い方、やめてくれない? 名前で呼んで」
違う! そうじゃないでしょ、私! なんでここで日和るのよ! それも思ってたことだけど、今じゃない!
「うん? いいよ、悠って呼ぶね」
「あ、あと……その……」
立ち止まらずに、そのまま……!
「アルマに一目惚れしたの! 好きなの! だから——付き合ってください!」
「……わ、私も。私も会った時から気になってた。いい匂いがするけど、それだけじゃなくて優しくて話してて楽しくて。付き合うって、番になるってことだよね?」
ちょっと違うと思うけど。まあ、今は否定しないでいいや。
「もしそうなら……これから、よろしくお願いします、悠」
「よろしく!」
そう言いながら、アルマにハグをした。一気に顔が近づく。その勢いで——キスをした。
ドアが開いた音がしたが、キスしたまま動くつもりはなかった。
やがて唇を離しても、すぐにまたアルマがキスをしてきた。私の首筋には小さく穴が空いている。しかし、触れても不思議と痛みはなかった。むしろ、あの感覚を思い出して、またしたいとすら思った。
アルマにされるがままキスをしている間思ったのは、「来年のハロウィンは吸血鬼コスでお揃いだな」だ。日常にアルマと私の「二人で」溶け込んでいく感じがまた、どこか心地よかった。