「どうしょうもなく、あなたが」 〜ブエナビスタとレッドディザイア〜 作:リンゴ糖
桜花賞:舞い散る桜と
1.本命女王、対抗聖女
雨に濡れ、風邪気味の聖女はデビュー二戦目を人気に応えて制した。
ハナ差でもぎ取った勝利。
字面だけでは気付けない彼女の強さは、少しずつ周りからも評価をあげていった。
───
「桜花賞、アンタはどう見る?」
「なあジョーダン、私はレッドディザイアを推すぜ」
「…ナカヤマのことだから分の悪い賭けなんでしょ?」
「つーかさー、がんばってる同期にやめたげなよ“逆神”さま」
「アンタに推されたってこれっぽっちも嬉しくないって」
桜花賞を目前に、皐月賞居残りのトーセンジョーダンとナカヤマフェスタがレースの展望を話していた。
大穴狙いのギャンブラーは、大本命を外して新進気鋭の聖女を推すようだ。
実際、本線メンバーの勝負付けは済んだと見て未知の強豪に期待するのはわかる。
わかるけど、
「ナカヤマって展開は読めてた、とか方向性は合ってた、とか言うけどさ、結局外すじゃん」
「聖女サマ一人に呪いかけるくらいなら、みんな頑張ってください、って等しく呪い振り撒きなよ」
「ククク、酷い言われようだな」
「…まぁ事実だからしょうがないが」
「つーか、今くらいはマジメにやろーよ」
「憧れのクラシック、ってヤツなんだからさ」
「ククク、…うん、そうだな」
「ホントに、そうだな」
「つーわけで、みんながんばれよ!」
「逆神懲らしめといたかんな!」
───
本馬場入場前に集まっていると、スタンドから声がかけられる。
デビュー戦で戦ったリーチザクラウンやアンライバルドが同期からのエールを届けてくれた。
小芝居じみた応援動画を見せられてみんな思わず吹き出した。
「私たちが準備でバタバタしてたら、ナカヤマ達が届けてくれてさ」
「“燃えたろ?”なんて言ってさ、燃えるのはあんたの財布だっつーの」
「とにかくさ、こっから私たちの世代が始まるんだ。
応援してるよってこと!」
「「「みんなー、がんばれー!」」」
スタンドから響く応援に背を押され、私たち十八人は飛び出していった。
─────
2.桜花賞
「がんばれー!」
「ブエナちゃーん!」
パドックに現れたブエナビスタに歓声が上がる。
ハイレベルなデビュー戦。
末脚一閃、押し切った阪神JF。
前有利の馬場も関係ないと、切れ味を示したチューリップ賞。
ぽわんとした柔らかい雰囲気から、豪快に追い込むその走り。
単純な強さだけでない華やかさが彼女の人気につながっていた。
ブエナビスタは贈られた声援に対し、微笑みを浮かべ小さく手を振りかえす。
圧倒的な一番人気。
それは応援であり、期待であり、そして勲章でもあった。
───
「異セカイを目指す旅が動き出します」
レッドディザイアは、ゆっくりと目を閉じ跪く。
一秒、二秒。
ふたたび開かれた黄金の瞳は曇りなくその道の先を照らす。
静寂の中、聖女は立ち上がり一礼をした。
大舞台で“レッドディザイア”がヴェールを脱ぐ。
集まった二番人気は、もはや未知ではない彼女の強さの証明だった。
───
ブエナビスタはそろりとゲートを出た。
若干出遅れた。
それでも末脚自慢の彼女にとって、後から巻き返すことも含めてある意味プラン通りなのだろう。
圧倒的一番人気のブエナビスタは道中を後方から二番手で追走。
逃げ切ろうと激しく出入りする先行勢を眺めながら、スパートのタイミングを見計らう。
最終直線、同じく後方から様子を伺っていたレッドディザイアが進出するのに合わせて大外に持ち出す。
レッドディザイアはブエナビスタの前をふさいで抜け出した。
ブエナビスタはレッドディザイアの後ろが開くと信じ加速した。
外に構えスパートしたディザイアのさらに外から、ブエナビスタが飛んでくる。
先頭までの十馬身をあっという間に詰めていく。
残り百メートルで先頭に立ったディザイアをゴール前できっちり捉え、最後は半馬身差し切った。
───
スタンド前に現れたブエナビスタに、ファンと報道陣が詰め掛ける。
歓声とフラッシュの渦。
次はオークスですね。
凱旋門も視野に入れているとか。
記者からのそんな質問に、観客席がどよめく。
光を、熱を、飲み込んで。
動き出した物語は加速する。
そんな中でも眩い光を放つ存在、
時代の象徴たる者を心待ちにして。
───
ようやく解放されたブエナビスタは、若干へろへろになりながら控え室にたどり着く。
シャキッとしなきゃとは思うが、さすがにレースにインタビュー、この後はライブとイベントが盛りだくさん過ぎた。
それでもここまで超特急で準備したのは、
「…ディザイアちゃん、すごかったな」
ついにレースでぶつかった、あの聖女と話がしたかったから。
これまでも一緒に練習したことはあったが、お互い全力の真剣勝負はまた違うものだった。
私たちはウマ娘、時に百の言葉よりも一度の走りが雄弁な時もある。
しかしレッドディザイアの姿は共通の控え室にはなかった。
個室にいるのなら押しかけるのは悪いかなと思い、ブエナビスタはライブに向けての準備をすることにした。
その間にも何人もともにレースを走った子たちが出入りしていたが、肝心のレッドディザイアは現れず、
ライブ直前になってとうとう舞台袖にふらりとやってきた。
流石にこのタイミングでは話しかけることができず、結局再会はライブ後、お互いフラフラになってからだった。
「…お疲れ、ディザイアちゃん」
疲労困憊の私と、
「…ブエナさんも疲れの色がでてますわ」
ぐったりしたディザイアちゃん。
「…ふふっ」
「なんですの?
ふふっ、まったく」
話したいことが色々あったはずなのに、顔を見たら思わず笑ってしまった。
二人並んでベンチに座る。
疲れたけど、一言だけ。
「一緒に走れてよかったよ」
「私もです」
また目があって、また笑ってしまった。