「どうしょうもなく、あなたが」 〜ブエナビスタとレッドディザイア〜   作:リンゴ糖

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夏合宿:行くべき道、行きたい道

 

1.どちらにしようかな

 

「はい、では今日はここまで!」

先生の合図でホームルームが終わる。

放課後は主にトレーニングの時間。

すぐに教室を出たり、集まっておしゃべりだったり。

みんなそれぞれ、三々五々に動き出す。

ブエナビスタもトレーニングに向かうべく荷物をまとめていた。

 

ダービー、オークスが終われば春のクラシック戦線は一区切り。

最後の秋の一冠に向けて熱くて短い夏が来る。

春の活躍メンバーは出走に必要なファン数などが足りてるから、基本は合宿に全力投球!でいいんだけど…

 

「凱旋門、どうしようかな」

 

私ブエナビスタにはティアラ三冠を目指すか、それとも夢の凱旋門に挑戦するか、そんな二択が突きつけられていた。

 

凱旋門挑戦は名誉なことだし、こんなチャンス中々ない。

それはわかってるんだけど…

 

後ろの空席に目をやる。

ディザイアちゃんの姿はもうない。

トレーニングか、園芸組のお手伝いか。

オークスの時は気が抜けたから、って言ってて、実際あの後は体調崩すようなところは見てない。

今だってエネルギッシュに動いているように思える。

 

「ディザイアちゃんと走りたいなー」

 

凱旋門を期待されていることはわかっているけど、本音をこぼすとそっちの方が楽しみになってきている。

彼女との勝負は真っ向勝負って感じで、自分でも知らなかったワクワクがある。

 

 

まだ凱旋門の登録締め切りには余裕がある。

トレーナーさんとはサマー2000のどれかを前哨戦にしようと言っていた。

それなら一ヶ月くらいはまだ大丈夫なはずだ。

悪い子ブエナは、ちょっぴりの罪悪感とともに問題を先送りにすることを決めたのだった。

 

───

 

「「「うーみだー!!」」」

 

時が経つのは早いもので、あっという間に7月。

合宿会場にやってきた私たちは片付けもそこそこに海に突撃していた。

 

さっさとジャージに着替えたジョーダンさん、アンライバルドちゃんが真っ先に駆け出す。

 

ナカヤマさんと、ロジユニヴァースさんは木陰にビーチチェアを持ち込んでいた。

 

あらまぁと笑うアキュートさんは、リーチザクラウンさんとドリンクを運んでくれる。

 

あたりを見渡すと同じようにいくつものグループがやってきていた。

いつもは厳しいエアグルーヴ先輩も

「ほどほどで片付けに戻るんだぞ!」

と、どこか優しい。

 

「とても賑やかですね」

 

日傘を差したディザイアちゃんもやってきた。

レースがふんだんにあしらわれていて彼女によく似合っている。

 

「ほんとだね」

 

夏は始まったばかりだ。

 

 

───

 

トレーニングの傍らトレーナーさんと凱旋門挑戦のプランを相談する。

10月頭のレースに向けて予定通り国内で一戦して、現地で最終調整する。

そんな方針が固まり、あとはレースを決めるだけだった。

 

レースの間隔的に8月23日の札幌記念か、30日の新潟記念。

札幌記念は洋芝なのでこちらの方が良さそうなのだが、

 

「23日…」

その日は合宿所近くの地元のお祭りがあり、合宿の打ち上げとしてみんなで繰り出すのが半ばトレセン学園の伝統となっていた。

 

トレーナーさんもそれぞれのメリット、デメリットを調べてくれて、最後は私が決めていいと言ってくれた。

それでもあと二週間くらいしか時間はないよ、と付け加えて。

 

 

───

 

2.夏の約束

 

 

いまだに決断できないまま、一週間が経ってしまった。

トレーナーさんが心配してくれているのもわかる。

楽しそうにお祭りのことを話すみんなの前でウソをついてるみたいで心苦しい。

早く決めなきゃと思う心とは裏腹に、その一歩をどうしても踏み出せなかった。

 

 

そんなモヤモヤとした気持ちでお風呂から部屋に戻ると、ディザイアちゃんが扉の前に立っていた。

 

「ブエナさん、お散歩しましょう」

 

「今から?門限近いけど大丈夫?」

 

「それは大丈夫です。

ナカヤマさん達がごまかしてくれますので」

 

「えっ、どゆこと!?」

突然の提案に驚くとドアの隙間からサムズアップするナカヤマさんとジョーダンさんが見えた。

 

「善は急げ、聖女は走れです」

私の手を掴んだディザイアちゃんはズンズン進む。

後ろからは、行ってらー。と緩い声が届いた。

 

 

───

 

ディザイアちゃんは裏口にいたアキュートさんとトランセンドさんに目配せすると私の手を引いたまま素早く抜け出した。

 

「少し走りますよ」

 

正門まで暗いところを選んで駆け抜ける。

くぐり抜けると思わず止めていた息を吐いた。

 

「ディザイアちゃん!」

 

「しー、お静かに」

「ゆっくり話がしたかっただけです」

 

むー。

マイペースというか頑固なとこあるし、今は彼女に従おう。

 

「わかったよ。

それでも抜け出す必要はあったの?

言ってくれたら時間つくるのに」

 

「ブエナさんは意外と頑固ですから。こうやって追い込んだ方がスムーズだと思ったのです」

「それでも、そうですね。門限破る必要はなかったかもしれません」

 

ディザイアちゃんはふふふ、と笑う。

まったくもう。

 

「……私、門限破りとか初めてなんだけど」

 

「奇遇ですね、私もです。

これも試練の一つですよ」

 

いきましょう。そう言ってディザイアちゃんは私を夜の散歩に連れ出した。

 

───

 

「単刀直入にお聞きします」

「悩んでいるのは凱旋門賞のことですね」

 

「うっ」

 

「意外ですね。ブエナさんはもう参戦を決めているのかと思ってました」

 

「えーと、ね」

 

「悩みがあるならお聞きしましょう。

聖女とて迷う時はあります」

「幸いここにはもう一人聖女がいるのです。

こんなチャンスは中々ありませんよ」

 

さぁ、さぁ。

と急かしてくるディザイアちゃんに押し切られ、私は胸の内を明かした。

 

 

「……みんなでお祭りに行きたいから踏ん切りがつかない?」

 

「うー、子供っぽい理由でごめんなさい…」

恥ずかしさにその場にしゃがみ込む。

 

「なるほど本命のレースだと予定がかぶる。

しかしもう一方は妥協しているようで納得できないと」

 

言葉にされると私、めんどくさい性格してるなぁ。

 

「ブエナさん」

 

「はっ、はい!」

呆れられちゃう、思わずビシッと背筋を伸ばす。

 

「コンビニ、行きましょう」

 

───

 

ディザイアちゃんは先立ってコンビニへと向かっていく。

何にも話してくれないから、私はちょっと縮こまってついていく。

 

「待っててください」

 

たどり着いたコンビニ、ディザイアちゃんは私を残して一人進む。

さっきから振り回されっぱなし。

これからどうなるのか不安が募る。

 

「ブエナさん」

 

「ひゃい!」

 

戻ってきたディザイアちゃんは私に小さな袋を押し付ける。

 

「…線香花火?」

 

むふー、と若干ドヤ顔の聖女は私をコンビニの裏へ連れ込んだ。

 

 

───

 

「こちらです」

 

ディザイアちゃんは車止めの上に座ると隣をぽんぽん叩く。

 

促されるまま座るとディザイアちゃんはコンビニの袋からライターと携帯灰皿を取り出す。

そして私に先程の花火を出すよう目で訴える。

 

危なっかしい様子でライターで火をつけたディザイアちゃんは、

 

「わっわっわっ!」

おそらく初めて使うライターにびっくりしたのか、あっさり一本目を落としてしまった。

あぁ、と小さくこぼす姿に思わず吹き出した私に彼女はジト目でライターを押し付けてきた。

 

私は先に何度かカチッカチッと練習をして、線香花火を構えたディザイアちゃんに火を差し出す。

今度は二人とも無事に火がついた。

 

パチッ、

 

パチッパチッ、

 

二人並んで手の中で揺れる花火を見てる。

 

変な感じ。

門限やぶって、

合宿所ぬけだして、

夜中に二人だけでコンビニまで来て。

 

今まで避けてきた、

ううん、

やろうともしなかった事をしている。

 

隣にはディザイアちゃん。

この子と会ってから、きっと色々かわってきてる。

 

花火が落ちる。

火をつける。

 

 

「ねぇ、ディザイアちゃん?」

 

「……ブエナさん、今年の花火はこの聖女が付き合わせていただきます」

 

「他のみんなにも一緒に過ごす時間ができるように声をかけてみます」

 

パチパチと線香花火が力強く弾ける。

彼女の黄金の瞳は真っ直ぐに花火を見つめている。

 

「なので、ブエナさんにはやりたいことに真っ直ぐ取り組んでほしい」

 

「あなたの光は周りを照らしているのです」

 

花火の火が落ちる。

名残惜しさを振り切るようにディザイアちゃんは顔を上げる。

 

「私も、その一人なのです」

 

沈黙が落ちる。

まだ花火は残っているが続ける気にはならなかった。

 

「戻りましょう」

「勝手なことを言いました」

 

 

───

 

帰り道は無言だった。

きっとこの非日常にやられたんだ。

私もディザイアちゃんも、きっと普段は見せないとこまでさらしてしまった。

ディザイアちゃんは相変わらず私の前を歩いている。

その背は先ほどよりも少し小さく見える。

 

「…うん」

決意を固める。

ウソだ。

ほんとはとっくに固まってて見ないふりしてた。

 

私はトントンっと距離を詰めディザイアちゃんの隣に並ぶ。

レースだって、いつだって追いかけるのは私の方。

 

「私、札幌記念走ります!」

 

「…そうですか」

 

「それで、勝ったら凱旋門いきます」

「負けたら、秋華賞にいきます」

 

「っ!」

びっくりしたディザイアちゃんがこちらを見る。

 

「さっき、本音をもう一つ隠してました。

私はディザイアちゃんと走りたい!」

 

手を抜くつもりはない。

全部やりたいから、全部本気で挑む。

 

「どうなるかわからないから、その時はまたお話聞いてね?」

照れくさくなって話を打ち切る。

 

「…まったく、あなたは」

ディザイアちゃんは下を向いて小さくこぼす。

そして、

「それでこそ、我が運命の片翼!」

「聖女の光で、導くのです!」

 

ふふふ、と調子を取り戻したようなディザイアちゃんと笑いながら帰る。

合宿所の玄関は私たちを迎えるように光を放っていた。

 

 

───

 

……明かりがついてるってことは誰かいるってことで。

 

「すまねぇブエナ、ディザイア」

「ごめんねぇ、バレてしまったよー」

 

翌日の玄関横掲示板には、

一枚の紙が張り出された。

 

以下の六名は反省文の提出と、本日の食堂にて配膳の手伝いをすること。

 

・トーセンジョーダン

・トランセンド

・ナカヤマフェスタ

・ブエナビスタ

・レッドディザイア

・ワンダーアキュート

 

 

ズルはやっぱりダメだね!

 

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