「どうしょうもなく、あなたが」 〜ブエナビスタとレッドディザイア〜 作:リンゴ糖
1.推し変と心の本命
「ここまでティアラ戦線を見守ってきて、私はレッドディザイアを推してきた」
「もちろん応援はしている。
だけど今回、本命印はブエナビスタに付けることにした」
「どしたの、ナカヤマ?
変なもん食べた?」
「まぁ待て、ジョーダン。
今回私は信頼できる筋から有力情報をもらった」
「レッドディザイアは前走敗れた後、かなりのハードトレーニングを積んだらしい」
「そなの?
でもそれなら、ディザち有利じゃね?」
「いや、一概にそうとも言えない」
「どうもトレーニングの結果、若干絞りすぎらしい」
「究極仕上げといえば聞こえはいいが、要はお釣りがないんだ」
ナカヤマフェスタは悔しげに目を伏せると搾り出すように告げる。
「…本命はブエナビスタ。
おそらく三冠だよ」
「ギャンブラーとしてはイモ引いてるんじゃない?」
「なんとでも言え。
ロマンだけじゃリスクは取れないさ」
───
ナカヤマとジョーダンによる三回目の応援動画は異常なクオリティアップを果たしていた。
いつものようにアンライバルドがタブレットで見せてくれたのだけど、
「…なにこの、なに?」
三番人気のブロードストリートが困惑を隠せず呟いた。
カメラアングルまで計算してガッツリ決めた演技を見せるナカヤマフェスタ。
トーセンジョーダンは適当にツッコミ入れながらネイルを整えていた。
「うわぁ、ナカヤマちゃんカッコいいよー」
「逆にジョーダンは完全に素だよね」
きゃいきゃい言いながらみんな口々に感想をこぼす。
もうこの流れも慣れてしまったようだった。
───
2.秋華賞 決戦の時
スタンドのみんなと画面越しの二人からパワーをもらって、ターフに飛び出す。
ゲート入りまでのわずかな時間、私の足は彼女に向かっていた。
「ディザイアちゃん、勝負だよ」
レース前はお互い意識して距離を取ってたから、今日はひさしぶりに言葉を交わす。
「ブエナさん」
ディザイアちゃんは手を組み目を瞑る。
ゆっくり開かれた黄金の瞳は、真っ直ぐに私を見つめる。
「聖女の決戦ですね」
「我らの運命も今日、一つの決着を迎えます」
手を広げ空を仰ぎ、感極まったように彼女は続ける。
「私は運命を掴み取る!
我が全力を以てお相手いたしましょう!」
最後の決戦の火蓋が切られた。
───
レッドディザイアはいつも通り中団に構える。
ブエナビスタはいつもよりやや前方、レッドディザイアの真後ろにピタリとついた。
京都2000メートルはコース形態は逃げ有利。
しかしレースレベルが上がり、ペースが上がると一転して後方勢が有利になる。
先行して位置取りを意識すると終いが甘くなる。
しかし、後ろ過ぎると今度は前が開きにくい。
レッドディザイアは自分の歩んだ道を信じた。
ブエナビスタは自分の成長を信じた。
レースは先行勢が激しく動く。
一番人気のブエナビスタ、二番人気のレッドディザイア。
どちらも前走で前を捉えられず敗れている。
わずかなチャンスを掴むためにはチャレンジなくして届かない。
最終コーナーにかかるあたりで半分は競り落とされた。
相対的に前に出る、ブエナビスタとレッドディザイア。
前には四人。
直線入り口でレッドディザイアはスパートをかける。
ブエナビスタはレッドディザイアが抜け出すと信じ、じっと耐える。
外には失速した先行勢がいて、道は前にしかなかった。
残り200メートル、先頭に立ったレッドディザイアに、外に進路を取ったブエナビスタが襲いかかる。
一歩、一歩と絞り出して粘りこむ。
一歩、一歩と加速して追いすがる。
飛び込んだゴール板では、今回も二人の影が重なっていた。
───
ゴールを越えて、スピードを緩めていく。
息を整える。
吸って、吐いて。
全部出し切った。
顔を横に向ける余裕もなくて、隣から聞こえる激しい息遣いが、ディザイアちゃんがそこにいることを告げていた。
深呼吸を続けながら、ぐっと握った右手をディザイアちゃんに向ける。
ちょっと間をおいて、コツンと彼女の左拳がぶつかったのがわかった。
───
掲示板には暫定の順位が示されていた。
一着 レッドディザイア
二着 ブエナビスタ
三着 ブロードストリート
しかし隣に点った審議の青ランプが
なかなか消えない。
なんとか息を整えて待機所へと向かう。
判定は長引いていて、おそらくもうオークスの時と同じくらいの時間が経っていた。
スタッフからドリンクやタオルが届けられる。
それでも張り詰めた緊張感にお互い口を開くことはできなかった。
───
「二人とも!」
三番手で入線し、隣で控えていたブロードストリートさんの声が響く。
着順確定のアナウンスとともに、掲示板に結果が映し出される。
一着 レッドディザイア
二着 ブロードストリート
三着 ブエナビスタ
レッドディザイアは崩れ落ちて、顔を覆った。
ブエナビスタは天を仰いだ。
ブロードストリートはえっ、えっ?と周りを見渡した。
続いて、補足のアナウンスが京都レース場に響き渡る。
「二番手入線のブエナビスタは直線入り口で斜行。
それによって三番手入線のブロードストリートの進路が狭まりました」
「よって、ブロードストリートを二着とし、被害を与えたブエナビスタはその下の着順、三着とします」
───
3.旅立ちのとき
京都レース場は大歓声に沸いた。
ブエナビスタの三冠に期待していた者。
レッドディザイアの逆転を信じていた者。
ここまで二人の戦いを見届けてきた者たちにとってこの審議の17分間は、ここまでの歩みを振り返るのに十分な時間だった。
暫定発表があったことも受け止める下地となったのかもしれない。
ともあれ、情報確定のときには、祝福の拍手に包まれたのであった。
表彰式に現れたレッドディザイアは泣き腫らした目元で、それでも笑顔で手を振っていた。
悲願のG1タイトル。
ライバルとの直接対決を制し成し遂げた聖女は高らかに宣言した。
「聖女の試練はここに果たされました!」
「試練は新たな階層へ向かう!」
いつものように大袈裟な身振り手振りを交えながらレッドディザイアは空に手を伸ばす。
「異セカイ!」
「聖女は歩みを止めない!」
「ともに新たな道へ!」
正面を見据え、伸ばした手を強く握りしめた。
───
大歓声の中のインタビューが終わり、レッドディザイアが控え室に戻ってくる。
「おかえり」
同じくらい泣き腫らした目のディザイアちゃんを迎える。
泣いちゃうくらい悔しかったけど、それとおんなじくらい嬉しかった。
「おめでとう、ディザイアちゃん」
さっき伝えられなかった言葉を届ける。
「オークスとは逆になったね。
…あのとき祝ってもらえて、複雑だったけど嬉しかったんだ」
ディザイアちゃんに握手を求めて手を伸ばす。
それを見てディザイアちゃんも近づいてきて、
伸ばした手をすり抜けて、体ごと抱きつかれた。
「ディザイアちゃん?」
「……ブエナさん、ありがとう」
抱きつく腕に力が込められる。
「あなたのおかげで、私は、私は強い注目を集めました」
「…目標、どおりです…」
「…もくひょう、どおり、なんです」
「…ディザイア、ちゃん?」
「なに?」
「…どういう…こと、なの?」
ディザイアちゃんは私の肩に手を置くとグッと引き離す。
ゆっくりと瞑られた目が、ゆっくりと開かれる。
「聖女の試練は果たされました」
「貴方から受け取った片翼で、私は新たな道を進みます」
黄金の瞳から涙がこぼれる。
私は綺麗だな、なんてバカみたいに考えてて。
「さらばです、我が友よ」
ディザイアちゃんが離れる。
背を向ける。
いってしまう。
私は言葉も出せず、呆然とそれを見送っていた。