「どうしょうもなく、あなたが」 〜ブエナビスタとレッドディザイア〜 作:リンゴ糖
1.もやもやブエナ
笑い合う二人を見た私の足は急に重たくなって、そこから前に進もうとしなくなった。
立ち尽くした私は二人が歩いていくのをただただ見送り、ようやく動けるようになった頃にはもう二人の背中は遠く、私は来た道を引き返していた。
…じゃましちゃダメだよね。
たのしそうだったもん。
私もトレーニングの準備しなきゃ、と校舎の方に向かった。
───
「トレーナーさん、今日もがんばりましょう!」
「おっ、今日は一段と元気だね」
気合いを入れてトレーニングにはいったのだが、
「あれっ」
初っ端からコース間違えて、
「あぅ」
何もないところで躓きかけて、
「ぶえーっ!」
よそ見してたら壁にぶつかった。
「…今日のブエナは気合いが空回ってるみたいだね」
トレーナーさんも苦笑いして、午後は有馬記念に向けて情報収集にしようか?なんて言われる始末。
「…すみません」
うまくできない自分がもどかしくて涙が出そうだった。
───
教室でも、なんとか調子を取り戻そうとがんばるのだが、意識すればするほど普段どおりからは遠ざかってしまう。
休み時間に机につっぷした私の姿に師匠たちが声をかける。
「ブエナ、あんた大丈夫?」
師匠、不出来な弟子ですみません。
「なんて言うか、授業中もボロボロだったぞ」
アンライバルドちゃん、その通りでございます、うぅ。
「なんかあった、のは聞くまでもないか」
どうする、何か手伝える?
二人はそう言ってくれますが、私自身この気持ちをどうしていいかわからない。
「…ありがとうございます」
「でも、もうちょっとがんばってみますので」
心配そうにお二人はこちらを見つめます。
「ほら、有馬も近いですし」
「きっと今が忙しいだけですよ」
信頼に応えるためにもなんとかしなきゃ。
───
2.有馬記念 デビュー戦の絆
グランプリ有馬記念。
一年を締めくくる年末の一大イベント。
あの後、トレーニングも日常生活も年の瀬の忙しさでどんどん大変になった。
それでもレースに向けて集中することで、心のもやもやを振り払った。
そして迎えたレース当日。
レースのワクワクとは別に今回は楽しみなことがあった。
「よーっす、ブエナ」
皐月賞を制したアンライバルドちゃん。
「レースではお久しぶりですね」
ダービー二着のリーチザクラウンちゃん。
「また一緒に走れるなんて思ってなかったよぉ」
菊花賞ウマ娘のスリーロールスちゃん。
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします!」
出走メンバーが決まってから楽しみで仕方がなかった。
───
伝説のデビュー戦と呼ばれるレースがある。
煌めく才能が同じレースに、それも一度しかないデビュー戦でぶつかる。
過去にそんなことは何度かあったがこのレースは特別だった。
デビューしても半数は一勝もできずに終わるレースの世界で、十一人中十人がその壁を突破。
上位の五人は重賞を制し、残る一人も地方レースに移籍後結果を残した。
デビューから一年、そんな私たちがG1の舞台で再び巡り合った。
───
本馬場入場、一枠一番で最初に馬場に飛び出したアンライバルドちゃん。
一枠二番の私も芝の感触を確かめるように加速すると彼女に追いついてペースを落とす。
「いいレースにしましょうね!」
テンション高く声をかけた私に、
「なー、ブエナ」
少し困ったように眉根を寄せて彼女は続ける。
「私も今日が楽しみだったし、デビュー戦の絆を大事にしてくれてるのも嬉しい」
「でもな、今はもう一個の絆も向き合ってやりな」
『負けることを怖がるのはおやめなさい。 それよりも、力を出さないまま終ることを恐れなさい』
「お蝶夫人の言葉だ」
わかってんだろ?
その言葉に私は言葉を失う。
「わりぃ、脅かすつもりはなかったんだ」
「なんて言うか、ここ最近元気なさそうだったからな」
私たちの外を後続のウマ娘が通り過ぎていく。
リーチちゃん、ロールスちゃんが、ちらりとこちらを見ていった。
うーん、と唸っていたアンライバルドちゃんは突然ポンっと手を打つ。
「ブエナ!」
「はっ、はい!」
「思いっきりやっちまいな。
有馬記念はお祭りだからな」
もやもやはここで吐き出しちゃいな!
そう言って軽く背中を叩かれた。
───
宝塚記念の覇者で二番人気のドリームジャーニー先輩が出遅れた。
それ以外は揃ったスタートで、リーチちゃんが加速をつけて先頭に立つ。
エリザベス女王杯のテイエムプリキュア先輩も二番手につけた。
逃げウマ勢を見る形で最内で先行したアンライバルドちゃん。
私はそこに並ぶように前に出た。
隣でアンライバルドちゃんがニヤリと笑う。
後ろにつけたロールスちゃんは驚いているようだ。
先頭を取り切ったリーチちゃんだったが、背後のプリキュア先輩たちからつつかれてペースを上げた。
前は苦しい流れになって、第三コーナーあたりから隊列が崩れ始める。
勝負所と見た、中山の王マツリダゴッホ先輩は、一気に前を捲って先頭に並びかけた。
最終直線を向いて先頭はマツリダ先輩。
私も外に振られながらスパートをかける。
残り200メートルで前を捉えたが、今度は外側から小柄な影が飛び込んでくる。
出遅れから後方にいたドリームジャーニー先輩。
前のペースを見て、冷静にこの時まで息をころしていた。
前で削られた私と、後ろで牙を研いでいた先輩。
必死に追い縋ったが、半馬身届かなかった。
───
3.がんばりブエナ
有馬記念は歴代二番目の走破タイムで、参加者には少なくないダメージがあった。
最下位に敗れたアンライバルドは屈腱炎を発症し、長期休養に入ることに。
レース中に失速、競走中止したスリーロールスは屈腱断裂の重傷を負って、こちらは引退が決まっていた。
ブエナビスタとリーチザクラウンは暗い気持ちで二人のいる病室を訪ねたのだったが、
「なぁロールス、これの続きどこ?」
「…落ち着いて聞いてほしい、『イタズラ⚪︎Kiss』は未完なの」
そんなー!
情けない声をあげるアンライバルド。
「辛いよね、わかるよ。
でも大丈夫、他のも持ってきてるから!」
そう言ってロールスはサイドテーブルに置いてあった紙袋を渡す。
「これも名作だよ!」
「『ガラス⚪︎仮面』、演劇の物語なの」
友人ということで二人部屋に入れられた二人は、これ幸いとばかりにロールスおすすめの少女漫画を読み耽っていた。
白いベッドと入院着に、漫画の鮮やかな表紙が彩りを添えていた。
「…思ったより、心配しなくていいかも」
「…あはは」
ブエナとリーチは入口で脱力した。
───
「おう、二人ともありがとな!」
アンライバルドが軽い調子で迎え入れる。
「まったく、あなた達は」
ぶつくさ言いながらも差し入れを渡すリーチ。
「リーチもブエナちゃんもありがとぉ」
受け取りながらロールスも答えた。
なんとなくケガの話題にはしたくなくて、気づけば話題の中心はブエナとディザイアになっていた。
「ディザイアさんですが、どうもドバイ遠征を見据えているようですよ」
そんな中、リーチザクラウンが新情報をもたらす。
「ウオッカさんが元々年内引退予定だったのは知ってますよね?」
「有馬に出られなかったこともあって海外G1を目標に、ドバイまで引退を伸ばすようです」
解説モードになり、いつかの伊達メガネをかけるリーチ。
「詳しくはわからないのですが、レース後に何かあったようです」
「現状わかるのは、ディザイアさんはドバイを目指しながら、練習パートナーとしてウオッカさんの海外遠征に帯同されるということです」
「その何かを知りたいんだけどなぁ」
「そーだぞ、お前データキャラ辞めちまえ!」
ロールスとアンライバルドのヤジを聞き流し、
「ブエナさん、ドバイはイベントを盛り上げるため、有力ウマ娘には招待が届きます」
「ブエナさんの実績ならおそらく問題ありません」
ファイトです。
小さくガッツポーズでエールを送ってくれた。
「…うん」
それでもまだ迷ってる私に、
「ブエナちゃん、迷って足踏みするには人生は短いよ」
ロールスちゃんは足を指差して言った。
「ベタだけどさ、やらない後悔より、やった失敗のがいいよ」
ファイトだよ!
リーチちゃんにならって小さくガッツポーズしてた。
「あーっ!!」
突然アンライバルドちゃんが大声をあげる。
「おい、ロールス、これ!」
「あらら、教えてあげたかったのに自分で気づいちゃったかぁ」
彼女が向けた携帯の画面には、
『イタズラ⚪︎kiss』アニメで完結。
亡くなった原作者の構想ノートをもとに二人の結末を描く。
「なぁ、リーチ!次の差し入れこれ頼む!」
テンション上がってまた騒ぎ出したアンライバルドちゃん。
「別にいいけど、お前さー」
呆れて、ため息をつくリーチちゃん。
「…話の腰おられちゃったねぇ」
苦笑いしながらも嬉しそうなロールスちゃん。
「でもブエナちゃん、案外なんとかなるものかもよ?」
「人生って結構短いけど、案外長いんだよ」
「それも何かの漫画のセリフ?」
「残念、私のオリジナル♪」
そう言って彼女は私にピースした。
「…私が元気もらっちゃったな」
決意は固まった。
みんな!
私は力強くガッツポーズを決めると、
「ブエナ、がんばります!」
デビュー戦の同志に宣言するのだった。