副作用「犬可愛がられ」   作:またたび

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第2話「躾」

 

 次の日、ボーダーのランク戦ロビーには、幸せそうな雰囲気が漂っているぬいがいた。なんというか、お気に入りの棒を見つけた犬のような、今から楽しみにしていた散歩にでも出かけるような、そんな雰囲気だった。

 

 そして、それを見かけた一人の隊員が、ぬいに声をかけていた。

 

「あら?ぬい君じゃない?ランク戦ロビーにいるなんて珍しいわね?」

 

 声をかけたのは、B級那須隊隊長那須玲(なす れい)だった。それまでランク戦をしていたのだろうか。今日は車いすではなく、トリオン体で活動していた。

 

 一方で声をかけられたぬいは、なぜかすでにオラつきモードになっており、那須を睨みつけていた。

 

「なんだよ、オレがランク戦に居たら悪いかよ?あぁ?」

 

 本人からすれば威嚇でもしているのだろうが、那須からするとどうやらそれが可愛らしい仕草にでも見えたようだ。手で口を隠しながら、クスクスと笑っていた。

 

 何故笑っているのかわからないぬいは戸惑っていた。

 

「ふふふ、ごめんなさいね。別にランク戦に居ても大丈夫よ。ただ、最近は東さんからトリガーも制限されていたから、来なかったじゃない?だから、なんでいるんだろうって思って」

「……昨日のランク戦で、良い感じだから解禁されたんだよ」

 

 そう言い、ぬいは威張るような顔つきになった。

 

「これでお前もボコボコに出来るぜ」

「……なら、さっそくランク戦でもしましょうか?」

 

 那須がそう提案するとぬいは張り切ってブースへと入っていった。ちなみに、トリガー制限前は勝率としては10:0である。つまり、ぬいは一度も那須には勝てておらず、なんならB級ランク戦でも一度も落とせていないし、むしろ那須隊と当たるとき、ぬいはだいたい那須に落とされていた。

 

 そして、数十分後。ランク戦ロビーでは膝を抱えてソファーの上に座っているぬいがいた。その隣には、ちょっと困り顔の那須が、ぬいの分の飲み物を持ちながら座っていた。

 

「ほら、ミルクあげるから、ね?」

「……ホットじゃないじゃん」

 

 自身の大好きなホットミルクであることに文句をつけるが、それでも那須が買ってきてくれたミルクを受け取るとストローで飲んでいた。

 

「一回は勝てると思ったのによ……」

「で、でも結構動きは良かったわよ。それにほら、まだ新しい構成のトリガーに慣れてないのよ。だから、ほら、もう一回やりましょう?」

 

 那須がぬいを慰めようと色々と手を打つものの、ぬいはむしろ荒れていく一方だった。そして、不満が爆発したぬいはとうとうその場から立ち上がり、那須に捨て台詞を吐き、駆けだそうとしていた。

 

「うるさい、バーカ!お前となんか二度とするかよ!」

 

 ところが、中指を立てて立ち去ろうとするぬいに、影が忍び寄ってきていた。那須と同じぐらいの身長なものの、その眼光の鋭さはさながらスコーピオンのようだった。那須から逃走しようとするぬいの肩を掴み逃がさないようにしながら、その男性はぬいを振り向かせた。

 

「年上に対して敬意がなっていないな。一度、ブースに入れ」

「な、なんだよ!お前には関係ないだろ!あっち行ってろ!チビ!」

 

 それを聞いた、A級部隊風間隊隊長、風間蒼也(かざま そうや)はこめかみに血管を浮かばせながら、ぬいを無理やりブースへと運びランク戦を開始した。その行く末を見ていた那須も口出しをする間もなく、二人は市街地へと飛ばされた。

 

「おまえ、一体なんなんだよ?同い年ぐらいだろ?何をそんなに怒ってんだよ」

「言っておくが、俺はもう20歳だ。そして、お前は言葉使いがなっていない……いちから叩き直してやる」

 

 風間がそう言うと、ぬい反応するよりも先に剣の切っ先がぬいの首元まで届こうとしていた。それを寸のところで躱すぬいだったが、風間はすでに次の一手を打っていた。

 

「あ、足が……」

 

 もぐら爪(モールクロー)。スコーピオンを地面や壁から出現させる、スコーピオンならではの技だった。風間はその技を使い、ぬいの脚を突き刺していた。思うように足を動かせなかったぬいはそのまま倒れ、その隙にトリオン体を引き裂かれる。

 

「あと九回、だな」

 

 ぬいはズレた視界の先にいる風間がそう言い、微笑んでいるのをみて恐怖した。ボーダーに来て始めたの感覚だった。

 

 それからぬいは負けに負けた。何度か現状の手札で何とかしようにも相手はA級、なんなら攻撃手では二位に君臨するボーダーでもトップクラスの人物。ぬいが思いつくようなものはことごとく対応された。後半へとなるにつれ、少しづつぬいはなすすべもなくやられていく。第三者からみれば一方的な虐殺であり、ぬい自身を潰しかけるような行為だった。さらにいえば、これは他の隊員にもみられているということだ。相手が攻撃手二位である風間であるにしてもここまでの一方的な試合、ワンサイドゲームはそれを観ていた者にも畏怖を与えた。

 

 十回戦が終わる。負けた、とも形容できぬほどの敗北。勝ち負けがきまる勝負ではなかった。強い者が弱い者を殺す、そういったものだった。猫がじゃれてネズミを殺すように、子どもが力加減を間違えて捕まえた虫を殺すように、そういったものの部類であった。

 

 ぬいは敗北というよりも、恐怖、畏怖そういった感情を抱いていた。そんなぬいの気などは気にせず、ブースに風間が入ってきた。その顔は無表情で何を考えているのか全く分からなかった。風間はぬいを見据えながら椅子に腰を掛けた。ぬいは風間のつま先だけを見つめていた。それだけしかできなかった。

 

「顔をあげろ。話はそれからだ」

 

 ぬいは恐怖でいっぱいだった。相手は今、どんな表情をしているのだろうか、それを考えるだけでぬいは頭からサーっと血が引いていき、体が凍えるような感覚だった。

 

 ぬいは恐る恐る、相手の顔をみた。

 

「ふん。……で? さっきの態度はなんだ。那須に突っかかり、挙句の果てに俺に向かって『チビ』という。まあ、このさい俺への言動は大目に見よう。だが、那須への態度はなんだ?お前を気にかけてくれる、尊敬できる先輩だろう。お前はそんな相手に向ってあんな態度をとるのか?」

 

 ぬいは風間の正論に何も言い返せなかった。ただただ、厳しく降り注ぐ叱責の言葉を、黙ってあびていた。

 

「頭に血が上るとすぐ口が滑る。戦闘中もそうやってカッとなって突っ込むのか? お前のそれは、ただの駄々っ子の癇癪だ」

 

 ぬいはただ、黙って聞いているしかなかった。自分でもわかっている。けどどうしようもなかった。那須にあんな態度を取るのは別に意地悪をしたいとかそういったものではなかった。那須にはちゃんと感謝したいと思っている、なんなら正直になれない自分が一番嫌いだった。風間の言葉に、ぬいは心を抉られるよな感覚だった。

 

「誰かに何か言われるたび、子ども扱いされるたび、ムキになって牙を剥く。……滑稽だな。そんなに必死に『強い男』を演じないと、自分の足で立っていられないのか?」

 

 それは、ぬいの逆鱗だった。まさにぬいが一番気にしている事、言わばコンプレックスを見抜かれたのだ。

 

「あんたに、あんたに、僕の何が分かる!!僕の、オレの事を何も知らないくせに!説教なんかしてくるな!」

 

 それまで恐怖で委縮していたぬいが、初めて激昂した瞬間だった。息を荒くし、噴火するような怒りを噴き出したぬいは風間を強烈に睨みつける。しかし、風間はそれを意に介さずに、むしろ少しばかりか笑みを浮かべてすらいた。

 

「先の戦闘でお前がどういう奴なのかというのは知っている。戦いというのは何にしてもそいつの性格というのが浮かび上がる。堅実に攻めてくるか、それとも奇策で攻めてくるか、あるいは物量、もしくは純然たる力で倒すのか。そういったものは本人の性格に大きく影響する」

 

 そこで風間はブースに備え付けられているコンピューターを操作し、先ほどの戦いを垂れ流していた。

 

「まあ、ハッキリいってお前の戦いは見るに堪えないものだ。だが……」

 

 あるシーンで映像を止めた。それは、ぬいが拳銃を抜き風間に向けているシーンだった。

 

「射撃までの速さ、精度はどれも完璧だ。どの射撃もオレのトリオン器官を正確に狙っている、良い腕だ。……これまでずっと、日々研鑽を重ねてきたのだろう。お前はそういう奴だ。地道に、コツコツと毎日訓練を続けれる奴だ」

 

 風間はぬいの弱い部分、コンプレックスをしっかりと分かっていた。そして、それと同じように風間はぬいの強みを理解していた。

 

 ぬいは、知らず知らずのうちに涙を流していた。それは、自然と流れた涙だった。風間は静かにハンカチを手渡した。

 

「焦るな。お前はまだまだこれから強くなっていく。周りと比べられて焦り、葛藤するのも分かる。だが、それでも今日俺に魅せたように、お前には日々少しずつ積み上げ、努力できる強さがある。それは誰もが持っている物じゃない。だから、そうやって周りに対して当たるのはやめろ。もしまた誰かに当たりたいなら、俺に当たれ。いつでも相手になろう」

 

 そういう風間の顔には最初のような鋭い目つきはなく、愛しむ様な優し気な表情をしていた。

 

「……ごめんなさい」

「それは、俺じゃなく、他に言うべき人がいるだろうな」

 

 そう言い、風間はブースから出て行った。それから少ししてブースのドアがまた開いた。そこにいたのは、先ほどぬいが酷い事を言い、悪態をついた相手、那須だった。

 

 無言が続いたが、先に口を開いたのはぬいだった。

 

「……さっき、あんなこと言って、ごめんなさい」

 

 ボソッと呟くような謝罪。それでも静かなこの部屋ではとても大きく聞こえた。それを聞いた那須は笑顔になり、ぬいの頭を撫でていた。ぬいは大人しく撫でられていた。

 

「目も赤くはらしちゃって、ほんとうに、もう……」

 

 そう言うと、那須もハンカチを出し、ぬいの涙で濡れた顔を綺麗に拭いていた。

 

「もういいから、その、やめて」

「口調も大人しくなっちゃて、ほんと可愛いわね」

「だから、子ども扱いすんのやめろって」

 

 いつもの調子のような口ぶりに、那須は微笑んだ。それからぬいの肩を抱いた。

 

「ぬいが、ぬいが、大変なのは知ってる。けど、今日のはちょっと傷ついたな」

「……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 ぬいの目からは、また涙がポロポロとこぼれていた。それをみた那須さんは困ったようにまたハンカチで涙を拭いていた。

 

「わかったでしょ?ぬい。ここにはちゃんと貴方を見てくれる人がいるんだから、もうちょっと正直になってもいんじゃない?」

「……わかった」

 

 それから那須は、ぬいが泣き止むまでゆっくりと待っていた。ぬいはその優しさがちょっとだけくすぐったかった。

 

「今日泣いていたこと、他の人には絶対に言うなよ」

「ふふふ、さあどうだろう。ぬいがまたこんな事したら言うかもね」

 

 そう言うと那須はぬいに意地悪な視線を投げかける。しかしぬいは動揺することはなかった。

 

「……もうしないよ」

 

 そういうぬいの顔はどこか晴れ晴れしていた。

 

 

 





誤字脱字報告、よろしくお願いします。

那須さんのよしよし、いいよね。
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