副作用「犬可愛がられ」   作:またたび

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第3話「捨て犬」

 

 ラウンジには珍しい面々が揃っていた。風間隊隊長、風間蒼也(かざま そうや)。東隊隊長東春秋(あずま はるあき)。那須隊隊長、那須玲(なす れい)。この三人が顔を突き合わせ何やら話し込んでいた。

 

「本当に、結局アイツの物言いを治すにはもう少し時間がかかりそうだ。いまだに俺の事をチビというのはアイツぐらいだ」

 

 東、那須はその光景が目の前で起こったかのように想像できた。風間を見てはチビと言いおちょくるようにケラケラしている、工藤ぬいの姿が。

 

「工藤は加古にも同じような態度だぞ」

「アイツ……」

 

 東のタレコミに風間は頭を抱えていた。一方でなぜぬいが加古へそういった態度を取るのかを知っている那須はクスクスと笑っていた。

 

「那須は何か知っているのか?」

 

 那須の面白そうにしているのを見て、風間は不思議がっていた。

 

「いや、あのですね。ぬい君が加古さんにそういった態度を取るのは、ぬい君が加古さんに辱められたからなの」

「それは、どういうことだ?」

 

 その説明だけではまだ把握しきれなかった風間がそう言う。一方で事情を知っている東は苦笑いしていた。

 

「一度だけなんですけど、加古さんがランク戦実況の際に膝に乗せられて、それから加古さんにはそういった態度を取るようになったんです」

 

 それを聞いた風間は最初は鼻で笑ったが、それからそれを想像したのかミルクを飲む際に吹きこぼしそうになっていた。少しだけこぼれたミルクをナプキンで拭いていたが、なぜかツボに入ったのか下を向きプルプルしていた。次に顔をあげたときは真顔になっていたが、少しだけまだ頬がぴくぴくしていた。

 

「だがしかし、そう考えると那須になついているのが珍しいな」

 

 それから落ち着いてから、風間は普段の那須とぬいを考えながらそう呟く。

 

「それは、色々とあったんですが、聞きますか?」

「かまわん。アイツの事はもう少し知っておきたい」

 

 那須は、自身の目の前にある紙コップに入った飲み物を一口のみ、そらから思い出すようにゆっくりと語り始めた。

 

・

・

・

 

 ぬいと那須が出会ったのは、今から約二ヶ月ほど前。ぬいが入隊して四週間ほど過ぎたころだった。このころのぬいはまだまだB級にあがりたてであり、右も左もわからない新米であった。

 

 それに加えぬいは人見知りであり、人一倍臆病であった。そのためかB級に上がって正式な隊員となったにもかかわらず、ぬいはまだ一度もランク戦を行った事がなかった。

 

 一応、毎日ロビーに顔を出してはランク戦をしようか、しないか迷い、結局やらずに帰るという事を繰り返していた。そんな時だった。ぬいと那須が出会ったのは。

 

 初めに声をかけたのは那須からだった。

 

「貴方、毎日きているけど、ランク戦はやらないの?」

 

 那須は毎日ランク戦に来ては何をするわけでもなく帰るぬいを気にかけ、声をかけた。それもそのはず、ぬいはサイドエフェクトのせいでそこにいるだけでもとても目立つ。他の人からすれば、毎日迷子の犬がランク戦ロビーを歩き回っているようなものだった。那須も初めはその一人だった。

 

 なぜかほっとけなさそうな雰囲気を放っているぬいに善意で声をかけただけだった。

 

「うるさい。あっち行け」

 

 それがぬいが初めて那須に言った言葉だった。想像していた第一声ではなかったため、最初は那須も面食らった。それでも、ロビーで見かけるたびに根気強く那須はぬいに声をかけていった。

 

 挨拶をしても無視されたり、ずっと邪険に扱われたりしていたのだが、那須はそれでもぬいの事が気がかりで見かけるたびに挨拶をしたり、隣に立って他愛もない話をしたりしていた。

 

 一方でぬいは那須のことを変な奴と思っていた。

 

 そしてある日、ぬいの方から初めて那須へ声をかけてきた。

 

「おい、おまえ。今日ちょっとランク戦に、付き合え」

 

 ぬいは少し気恥しそうにしながら、つぶやくように声をかけていた。一方で那須はそれまでつんけんしていた子犬が初めて心を開いたような気持ちになった。那須はニコニコしながらランク戦に付き合った。そしてやはりというか当たり前というか、ぬいはB級に上がれる実力はあったものの、B級と戦える実力があるかどうかでいうと、その実力は全くなかった。それでも那須はぬいとのランク戦に付き合った。

 

 それから、ランク戦を終えてブースから出ると、ロビーにはすこし涙目になっているぬいがいた。どうやら負けたのが悔しいのか、それとも全く勝負にならなかったからだろうか、悪態をつきながらランク戦ロビーから駆け出していった。

 

 那須も手加減はしていた。B級に上がったばかりというのは察していたためだ。それでもぬいはまだまだ弱かったのだ。那須も悪い事したかなと思いながら過ごしていた。そして、ぬいと初めてランク戦をしてから二週間が過ぎた。

 

 このころ全くもって姿を見せないぬいを那須は心配していたのだが、その日、ぬいは現れた。それも、滅茶苦茶威張りながら。

 

「おい、またランク戦をしろ」

「フフ。ええ、いいわよ」

 

 自信満々でブースへと駆けだしていくぬいを見ながら、那須は微笑んでいた。

 

 まあ、結果はぬいのボロ負けだったのだが。たぶん、この二週間でいろいろと那須を倒す作戦でも考えていたのだろう。しかしどの作戦もことごとく失敗した。那須はボーダーで二人しかいない、バイパーをリアルタイムで軌道をコントロールできる人物だ。ぬいの作戦はその那須のバイパーによってすべて打ち砕かれた。

 

 それから、ランク戦を終えてブースから出ると、ロビーにはすこし涙目になっているぬいがいた。作戦がうまくいかなかったからか、もしくはまたボロボロに負けたからだろうか?前回と同じように悪態をつきながら、ランク戦ロビーから駆け出していった。

 

 三日後、また拗ねちゃったのかなと思っていた那須のまえに、またもや自信満々にトリガーを構えるぬいが現れた。こんどは自身満々に那須に対してブースに入れと宣言していた。那須もその代わりように少し驚きを隠せなかったが、ぬいがまたやる気になったという事で気にせずにランク戦を開始した。

 

 市街地の適当なところに転送され、ランク戦が開始される。ぬいと対峙した那須は手始めにバイパーを分割してぬいへと射撃する。しかし、驚いたことに、ぬいはシールドではなく全く予想もできなかったトリガーでバイパーを防いだ。

 

「ッ?!エスクード!」

 

 そして、そのエスクード越しからぬいの拳銃を撃つ音が聞こえてきた。まっすぐ上に放たれた弾は途中から弧を描くように那須へと追尾し迫っていった。

 

「ハウンド……シールド、バイパー」

 

 バイパーでハウンドを相殺しつつ、残りはシールドでカバーする。だが、視界の端に、エスクードから体をだし拳銃を向けていたぬいがいた。片方はすでにシールドを使い、もう片方はハウンドを相殺するために使ってしまった。

 

 そして、ぬいから強力なアステロイドの弾丸が撃ちだされた。だが、それでも那須には届かなかった。原因は作戦ではない。原因は、ぬい自身の射撃の精度だった。

 

 撃ちこまれた弾丸の内、二発は那須へと命中した。しかし、それだけでは那須を撃破することはできなかった。

 

 那須は射手である。例え手がなくともバイパーを構えることができる。両手からキューブが生成される。そして、それはエスクード越しに居たぬいを貫いていった。

 

「危なかったわ。あと少しで落とされるところだったわ」

 

 こんどは違う場所で二人は生成された。那須は素早くまたバイパーを構えたのだが、ぬいは何も構えずに、俯いていただけだった。

 

 近づき、顔を覗き込むと、下唇を噛み泣かないように耐えているようだった。那須はランク戦を中止して、ぬいのブースへと向かった。今回はロビーへ先に出て逃げもせずに、ブースの緊急脱出(ベイルアウト)用のマットに座っていた。

 

 特に何を言うわけでもなく、那須は黙って隣に座った。那須にもこういった事は初めてだった。どうしたらいいのか分からなかった那須は、とりあえず喋り出した。

 

 先ほどのエスクードのこと、ハウンドを上手く使った誘導、そして最後のアステロイドの弾の話。どれもちゃんと考えられた作戦だと褒めた。それでも、ぬいはいじけている様子だった。

 

 そして、那須はぬいが反応しそうな事を話した。

 

「貴方、最近なんて呼ばれているか知ってる?」

「うるせえ。オレが何と呼ばれようとも、知ったこっちゃねぇよ」

 

 言ってることはいつもの生意気さが出ていたが、声には全く覇気がなかった。それでも那須は構わずに話つづけた。

 

「あらそう?まあ、なら言うけど、貴方、最近捨て犬みたいだって言われているわよ?」

「は?なんて?」

 

 ぬいは驚き、なのだろうか顔をポカーンとさせて那須を見つめていた。那須の言った事を一度で理解できなかったのだろう。間の抜けた声で聞き返す。

 

「女性隊員の間でそう呼ばれているわよ?かわいくて子犬ちゃんみたいだって」

 

 那須がそう言うと、一瞬だけ何かを言おうと口を開きかけるが、何も言うわけでは無く下唇を噛んでまた下を向いていた。

 

 今度は那須が戸惑っていた。そこまで落ち込むことを言ってしまったのだろうかと心配になっていた。それから、また沈黙が続いた。

 

 しかし、今度はぬいの方から語りかけてきた。

 

「……お前も、お前もオレの事、子犬って思ってんのか?」

 

 下を向きながら、呟くように、那須へと問いかけた。那須は、微笑んでいた。

 

「まあ、確かに子犬っぽいけど、そうねぇ、私からすれば、頑張っている男の子って感じかな」

 

 ぬいはまた、ポカンとした顔で那須を見つめていた。それに気が付かぬまま、那須は思っていたことを話していた。

 

「最初は、確かに子犬みたいって思ったけどね。今日だったり、この前だって、頑張っていろいろ考えているのを見ると、やっぱり普通の男の子なんだなって、負けず嫌いで頑張ってる男の子」

 

 そこまで話して、那須はやっと隣に座っているぬいに目を向けた。

 

 ぬいは、よくわからないような、戸惑っているような表情ではあったものの、その顔は茹蛸のように真っ赤に染まっていた。

 

 それから、ぬいは那須に何も言わずにブースから逃げ出した。突然のことで那須は止める間もなく、ぬいはランク戦のロビーから姿を消していた。

 

 そして、その出来事から二日が経ったときだった。那須がランク戦で戦い、少し休憩しようかという時だった。マットを拭いてブースを空き表示にして外にでようとしている時だった。

 

 操作していないにも関わらず、ブースのドアが勝手に開いた。開いたドアの先に居たのはぬいだった。

 

 一方でぬい本人はとても動揺していた。

 

「あら?ちょうどいいわね」

 

 那須はあって話がしたかったという意味で言ったのだが、ぬいは別の意味に捉えたらしくなぜか威嚇をするように唸っていた。

 

「ッ!な、なんだ?!やるのか?!」

 

 そう吠えるぬいは、子犬がやんのかと威嚇しているような可愛らしい雰囲気だった。那須もそう思ったのだろう。面白そうにクスクスと気品よく笑っていた。その表情にぬいもいつの間にか警戒を解いていた。ひとしきり笑ったあと、那須は落ち着いて喋り始めた。

 

「いや、その、ごめんなさいね。なんだか、可笑しくって」

「もう笑うのやめろよ……やめろよ」

 

 また笑い始めた那須を止めようと声を張り上げるぬいだったが、またそれが更に那須のツボに入ったのか、さらに那須の笑いを加速させていた。

 

 それから、やっと落ち着いた那須は改めてぬいを見つめる。とくに何も話すわけもなく、沈黙が続いていく。

 

 先に口を開いたのは、ぬいのほうだった。

 

「おい、まあ、その、なんだ。ありがと」

「なにが?フフ、ほんとかわいい」

 

 何に謝罪しているのか分かっていない那須は、なぜか急に感謝を伝えてきたぬいを可愛らしく思っていた。

 

 ぬいはそれになんだこいつというような視線を向けていたが、改めて感謝の意味を伝えた。

 

「……オレは、オレはサイドエフェクトのせいでよく、犬みたいとか、子犬とかって言われるけど、お前は、そう言わなかったから……だから」

 

 手をもじもじさせながらそう言う。それを見ていた那須はおもわずフフっと笑い、ぬいの頭をなでた。ぬいは不服そうな顔をしていたものの、その手を払いのける事はしなかった。

 

・

・

・

 

「それから、ぬいとはランク戦をよくしたり、他にも色々と」

「なんというか、それはあれだな、犬が懐いていく感じだな」

 

 東さんがそう言うと、那須はフフっと笑い確かにそうかも、と同意した。

 

「それにしても、アイツを手懐けた那須の根気もすごいな。俺なら最初の時点で放っておくかもしれないな」

「本当ですか?結局、今のぬいも放っておいていないじゃないですか」

 

 そう言われると、風間はそれはそうかもしれないと、腕を組んで考えていた。

 

「……ぬいは、よく子犬みたいって言われるんですけど、私はそうは思わないんです。動物でたとえるなら、むしろハリネズミとかヤマアラシみたいなものです」

 

 その言葉に、東と風間はいつも可愛らしい、子犬のようと称されるぬいを思い出す。那須の語るハリネズミやヤマアラシというような動物はまったく連想できなかった。それでも、那須は自身の思いを語る。

 

「みんな、みんなぬいには優しくするんですけど、ぬいは、それがサイドエフェクトのせいじゃないのかっていうジレンマが必ず付きまとってしまう。実際、私も最初ぬいに目をかけたのも、多分その影響だと思います」

「確か、ぬいのサイドエフェクトは『犬可愛がられ』だったな」

 

 東はぬいが隊に入隊するまえの資料に載っていたサイドエフェクトについて思い出す。そのサイドエフェクトは、名は可愛いもののBランクという特殊体質に値するのかと考慮されるほどに強力なものだった。

 

 那須はそれから、なぜそれらの動物と考えたのかを語った。

 

「ぬいは、相手がサイドエフェクトのおかげで、自分を好きになったんじゃないかって思う。だから、ぬいは誰にでもああいった態度を取ってしまう。つまり、無意識に相手を試してるんです。俺には針があるぞ、それでも近づくのかって」

 

 那須のその考えを聞き、風間はこのまえ説教したぬいを思い出し。東は初めて東隊の作戦室に来たぬいの事を思い出した。

 

「だからといってああいった言葉使いは治させるべきなんですけど、それでも、多分難しいと思います。これは一朝一夕でどうにかなるものじゃないんです。ぬいも本当は素直になりたいし、根もすごく真面目です。お二人ならそのことが分かるでしょう?」

 

 そう言われた二人は、今までの事を思い出した。風間はぬいの射撃の巧さをおもいだし、東は彼が遅くまで作戦室で頑張って勉強し、なんだかんだ文句は言いつつも課した宿題はしっかりとこなすことを思い出した。

 

「でも最近、ぬいはあのままでいんじゃないのかって思ってきて」

「それは、よくないだろう那須」

 

 風間はそれまでの言動を思い出し、那須のいう放置という手段に対して駄目だと否定する。一方で那須はそう言う風間さんに対して微笑んでいた。

 

「風間さんの言いたいことはわかるんです。でも、ぬいにとってはそういった棘があっても抱きしめてくれる人こそ必要なんです。下手にぬいの言動を正しちゃうと、ぬいの成長を奪ってしまうんです。ぬいには、この世界にはあなたのように棘があっても好きでいてくれる人がいるって知ってもらいたいんです」

 

 那須の言葉に風間は思わずといった様子だった。また、東も那須の考えを聞き関心していた。

 

「それは、そうかもしれないな。だが、那須。俺はアイツの言動をこれからも正していくつもりだ。流石に前のようなのは行き過ぎだろうからな」

「なら、それは風間さんに任せますね」

「ははは、なら俺は那須と一緒にこれからもぬいを甘やかすとしよう」

 

 それに対して風間さんは、いやあんたも本来はこっち側だぞと突っ込むと、那須さんと東さんは笑った。

 

 しばらくすると、ぬいが那須をランク戦へ誘うためにラウンジへと来た。ただ、そのまえにまた風間に対してチビ、と言い叱られたぬいだったが、すこしだけ説教がマイルドになっていると感じたぬいだった。

 

 

 

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