異世界転生したらスキルが〈生成AI〉だったので、知識を集めて格上狩りを始めます 作:カラリ
異世界に来てまで、俺はまた上位モデルを欲しがっていた。
ことの始まりは今朝の成人儀式だ。神官さんに言われるまま石板へ手を置くと、目の前にスキルを示す文字列が浮かんだ。
〈生成AI〉
生まれ変わって18年、前の世界で使っていたものの名前を、こんな場所で見るとは思わなかった。
戦闘系のスキルを想像していたが、知識チートはもちろん大歓迎だった。前世では仕事の資料を整理させたり、思いついたことを相談したり、冷蔵庫にあるもので何が作れるか考えてもらったりした。異世界に持ってこられたら便利だろうと、何度か考えた覚えもある。
だから儀式を終えるなり呼びかけてみた。返事が来た。道を歩きながら質問しても、頭の中でちゃんと答えてくれる。
いいものをもらった。
そう喜んでいたところで、こんな表示を見つけたのだ。
〈軽量モデル 使用中〉
〈標準モデル レベル10で解禁〉
上があるなら使いたい。もっと賢くなると言われて、気にならないわけがない。
俺はその足で冒険者組合へ向かい、登録を済ませたばかりの札を握って窓口へ並んだ。
「レベル10になるまで、どれくらいかかりますか?」
「安全な依頼と訓練を続けるなら、半年ほどでしょうか」
半年。
思わず札を見下ろした。ルカ・エルバン、18歳、レベル1。今日から成長の力が開いたばかりの、正真正銘の新人である。
「もう少し早くする方法は……」
「強い魔物を倒せば、その分だけ早く上がります。装備を揃えて、指導役と一緒に始める方ならもっと早いですよ。ただ、最初は無理をなさらないでくださいね」
受付の女性が案内紙を広げてくれた。薬草採取、大鼠の駆除、荷運びの手伝い。初心者が仕事を覚えながら少しずつ強くなるための依頼だそうだ。
それはよく分かる。俺だって剣は苦手だし、戦える魔法も覚えていない。村で荷物を運んでいたくらいの経験で、いきなり魔物と殴り合えるとは思っていなかった。
ただ、頭の中には相談相手がいる。
「固有スキルは、どのようなものですか?」
「調べ物とか、考え事を手伝ってくれるものです」
「まあ。それなら採取のお仕事にも向いていそうですね」
女性は薬草採取の説明を一枚添え、地図の街道を指でなぞった。
「この道は巡回しています。最初は、この辺りのお仕事からどうぞ。赤い印の先には入らないでくださいね」
「討伐中ですか?」
「いえ。倒せる人が集まらず、通らなくなった道もあるんです」
親父が仕入れで遠回りをするのも、そういう道だった。今までは荷物を運ぶ方に気を取られていたが、自分が冒険者になるなら印の意味も覚えなくてはならない。
ありがたく受け取り、礼を言って組合を出る。
さて、どうしたものか。
道端へ寄って案内紙を開いたまま、声に出さずに尋ねてみた。
――今の俺でも倒せる、経験値の多い魔物を探したいんだけど。
『この地域の魔物について、情報が必要です。図鑑などを見せていただけますか』
前世でも、手元の資料を渡してから相談した方がいい答えが返ってきた。まずは俺が材料を集めよう。
通りの向こうに、本を開いた形の看板が見えた。
剣を買う前に図書館へ行く冒険者がいてもいいだろう。俺は薬草の案内を畳み、そちらへ歩きだした。
◇
閲覧料の銅貨10枚を払うと、司書さんは魔物図鑑と魔法の入門書を持ってきてくれた。
机に並べた図鑑を開き、俺の見ているものをアイにも見せてみる。読めます、とすぐに返事が来た。わざわざ頭の中で文章を読み上げなくていい。ページをめくるだけで見てもらえるのは、思った以上にありがたかった。
――そうだ。呼び名を決めよう。AIだから、アイでいいか?
『はい。アイとお呼びください』
――よろしく、アイ。まずは近くにいるやつから見ていこう。
地図を横へ広げ、街の周りに出る魔物のページをめくる。空を飛ぶもの、何匹も一緒に動くもの、毒を持つもの。絵を見るたびに、これは嫌だな、あれも困るなと候補が減っていった。
その中で、石の山に脚が生えたような魔物が目に留まった。
岩甲虫。魔力の残る鉱石を食べ、気に入った石は背中へ貼り付ける。討伐にはレベル10以上の複数人を推奨。
俺が欲しい数字を、すでに条件として要求されていた。
――これ、今の俺には無理じゃない?
『正面から殻を破るのは難しいと思います。ただし、硬いのは体に付けている石です。下の体は柔らかいと書かれています』
図をよく見ると、確かに石と虫の体は別々だった。岩そのものが生きているのではない。犬くらいの虫が、体より大きな石を背負っている。
これを鎧として叩くから、剣が要るのか。
――じゃあ、外せたら?
『倒しやすくなります。石を貼り付けている魔力を抜けないか、調べましょう』
俺は図鑑を開いたまま司書さんを呼んだ。
「石から魔力を抜く方法って、本に載ってますか?」
「それでしたら鉱業の棚ですね」
魔法の本が来ると思っていたので、少し意外だった。俺の顔を見て、司書さんが棚へ向かいながら説明してくれる。
「魔力を含んだ鉱石は、そのまま砕くと中の力が噴き出すことがあるんです。加工する前に抜いて、安全な状態にしておくんですよ」
渡された手引きには、石の破片が飛び散る採掘事故の絵があった。その隣のページに載っていたのが、長い棒の先へ金属の針を付けた道具だ。
排魔針、というらしい。
石へ針を当てると、中の魔力が針につないだ線を通って地面へ抜ける。最初に少し魔力を流せば、後は当て続けるだけでいい。生き物の内側からは抜けないが、石の処理には広く使われている、と。
俺は図鑑を引き寄せ、二冊をぴったり並べた。
魔力で石を貼り付ける虫と、石から魔力を抜く道具。
――これ、いけるんじゃないか?
『はい。ただし、動く相手へ針を当て続ける必要があります。近づきすぎない位置を確保したいです』
図鑑の絵にある太い脚を見た。確かに、目の前であんなものに暴れられたら困る。剥がす前に俺が踏まれては話にならない。
でも、棒は長い。
上から届く場所があればどうだろう。
「すみません。この採石場の、詳しい地図もありますか?」
司書さんは俺が指した場所を見て、今度は図面の棚へ向かった。
おかげで机の上は本だらけになった。最初に借りた入門書など、もう下に埋まっている。
剣も魔法も明日までに使いこなすのは無理だが、石を外す道具なら今日買える。俺は店へ持っていく図を写し始めた。
◇
採掘道具の店で、石から魔力を抜く排魔針を見せてもらった。店主は練習用の石まで出してくれる。
「初めてなら、先にこっちでやってみな」
教えられたとおりに、線の先の杭を土へ刺す。針を石へ当て、柄から少しだけ魔力を流してみた。
石の奥にあった青い光が、細い線を伝って地面へ走った。
「おお」
思わず声が出た。見ている間にも石は暗くなり、やがて灰色の塊になる。柄を握る手は、ほとんど疲れていなかった。
「これで岩甲虫の石も外せますか?」
「剥がすのに使うやつはいるよ。ただ、虫は作業台の上で待ってくれんぞ」
「上から届くところを探してきました」
図面を広げると、店主はしばらく眺めてから店の奥へ入った。持ってきたのは、さっきより柄の長い一本だった。
「この長さがあれば届くだろう。引っ掛けて振り回されないようにしな」
ありがたく受け取り、中古の狩猟槍と餌にする灯り石も買った。槍は、鎧がなくなった後のためだ。刃が通るか分からない石を剣で叩くよりは、よほど仕事が決まっている。
店を出る頃には財布がすっかり軽くなっていた。
失敗したら、明日から薬草採取だな。
そう考えると、受付でもらった紙も捨てずに持ってきてよかった。
◇
岩甲虫を見つけたとき、俺は予定よりずっと長く物陰に隠れていた。
本には犬くらいの体と書いてあった。だが、目の前を歩いているのはどう見ても岩の塊だ。六本の脚が砂利を踏むたびに、背中へ載せた石がこすれ合って音を立てる。
あれがこっちへ走ってきたら。
買ったばかりの槍を握りしめたところで、頭の中に声がした。
『右側に崩れた斜面があります。そこから登ってくる可能性があります』
顔を引っ込め、言われた方を見る。切り立った壁の端に、崩れた石が坂を作っていた。本当だ。あそこから上がってきたら、俺はこの荷物を抱えて逃げなくてはならない。
――分かった。もう少し離れる。
図面と見比べながら場所を変えた。次の壁は大人の背丈ほどで、上まで滑らかに切り取られている。登る足掛かりがないことを確かめ、そこから排魔針と槍を下ろしてみた。
届く。
これでようやく少し落ち着いた。敵が下で、俺が上。あの石の塊と同じ地面へ立たずに済む。
足元の土へ杭を打ち、排魔針から魔力を逃がす線をつなぐ。槍は右手側へ置き、先に排魔針を持った。虫の背中の石から魔力を抜けば、鎧が外れる。下の柔らかい体を槍で刺すのは、その後だ。
「……よし」
灯り石へ魔力を込めて壁の下へ落とした。
岩甲虫がすぐに顔を向けた。俺の方ではなく、地面で光る石へだ。
魔力のある鉱石を食べる、という本の説明を信じて見ていると、甲虫はまっすぐ壁際までやってきた。口を石へ近づける。上からなら、大きな背中がよく見えた。
俺は排魔針を下ろした。
先端が石へ触れたところで、魔力を流す。
青い光が線を伝った。
いけた、と思った直後だった。
甲虫が背中を大きく振り、針先が石の隙間に引っ掛かった。柄が横へ跳ねて、俺の膝まで縁へずれる。
「うわっ!」
棒を引き抜き、尻もちをつきながら後ろへ下がった。膝の下から小石が落ちる音がして、遅れて背中が冷たくなった。
落ちるところだった。
下を見ると、甲虫は壁へ脚を掛けようとしていた。だが重い鎧を背負った体は持ち上がらず、爪が石の表面を滑っている。
こっちへは来られない。そこは、考えたとおりだ。
『棒を縁へ載せてください。腕だけで支える必要がなくなります』
俺は息を整え、今度は少し後ろから柄の途中を岩へ預けた。針先を石へ触れさせ、相手が動いたら無理に押さえず合わせて動かす。滑っても、触れてさえいればいい。
線がまた青く光った。
数秒ほどで、小さな石が背中から転がり落ちた。
俺は思わず目を見開いた。続いて脇の石が外れる。甲虫の体が青く光り、落ちかけた石が一度浮いたが、その光もすぐに針へ吸い込まれた。
貼り直そうとしているのか。
でも、つないだ逃げ道はまだ開いている。
「そのまま。そのまま……」
誰に言っているのか分からないまま、俺は棒を動かし続けた。甲虫が身をよじるたびに石が落ちる。鎧を失ったところから、灰色の小さな体が見えてきた。
『大きな石が落ちます。針を引いてください』
棒を引くと、背中の岩が外れて地面へ落ちた。足元まで響く音に肩が跳ねる。
虫は、思ったよりずっと小さかった。
俺は排魔針を置き、右に用意した槍をつかんだ。頭の後ろの柔らかい継ぎ目へ狙いを付ける。甲虫が壁から離れようと体を回したところへ、上から突き下ろした。
穂先が通った。
柄へ伝わる振動に歯を食いしばり、両手で押さえる。砂利をかく音がやがて止まるまで、俺は槍を放さなかった。
◇
槍を引き抜こうとしたとき、胸の奥へ熱が流れ込んできた。
〈岩甲虫 レベル12 討伐〉
目の前に文字が浮かぶ。
自分のレベルが2、3と上がっていくのを見て、俺は槍を持ったまま固まった。熱は肩から腕へ、脚へと広がっていく。表示が止まったとき、そこにあった数字は8だった。
「……一匹で?」
ようやく引き上げた槍が、さっきより軽い。
疲れていないわけではなかった。手は震えているし、膝には擦り傷もある。それなのに、柄を握る力だけははっきりと増していた。
俺は縁から離れて座り込み、もう一度数字を確かめた。
レベル8。
朝には1だった。受付では、10になるまで半年と言われた。
それが、あと2つ。
思い出したように笑いが出た。途中から声になって、慌てて口を押さえる。まだ近くに別の甲虫がいるかもしれないのに、どうしても止まらなかった。
倒せたのだ。
剣もろくに振れない俺が、本を読んで道具を買って、あの岩の塊を倒してしまった。
――アイ。助かった。ありがとう。
『お役に立ててよかったです』
返事はいつもと同じ落ち着いた声だった。それを聞いて、ようやく肩から力が抜けた。
モデル一覧を開いてみる。標準モデルの欄はまだ暗い。けれど今朝見たときより、その文字がずっと近く感じられた。
今のアイでこれができる。
もっと賢くなったら、何ができるのだろう。
早く試したいと思って立ち上がり、俺は自分の手を見た。指先がまだ細かく震えていた。次の一匹を探しているうちに日も傾くだろう。
今日は帰ろう。勝った後で欲張って落ちるのは、さすがに嫌だ。
俺は槍を置いて息を吐き、少し休んでから下りた。甲虫の体から売り物になる核を取り出し、背中から落ちた石も拾っておく。
◇
「岩甲虫ですか?」
組合へ戻って核を出すと、朝の受付の女性が俺の顔を見た。
さらに登録札をレベル測定用の器具へ置き、もう一度俺の顔を見る。
「レベル8……今朝、登録された方ですよね」
「はい」
「確か、薬草採取のご案内を」
「それも持ってます」
捨てずに持っていた紙を見せると、女性は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。
「ずいぶん予定が変わりましたね」
排魔針を見せて、戦い方を説明した。崖の上へ立ったこと、石を外してから槍を使ったこと。登れる斜面のそばは避けた方がいいという話もすると、女性は担当者を呼んで記録を取ってくれた。
「条件が合えば、ほかの方にも役立ちそうです。詳しく教えてくださってありがとうございます」
報酬と買い取り代を受け取ると、軽くなっていた財布に少し重さが戻った。宿へ泊まれるし、明日の餌も買える。
ただ、核にくっついていた濁った欠片だけは戻された。
「これは器具に使いにくいので、こちらでは買い取れないんです」
光へかざしてみると、赤と緑の筋が見えた。かすかに輝いていて、魔力がないわけではなさそうだった。
使いにくい、か。
前世でも、そういう一言を聞くと、つい何とかする方法を探したくなった。
――アイ。これ、使えるようにできるかな。
『理由を調べましょう。加工の本に手掛かりがあるかもしれません』
俺は欠片を袋へ入れた。図書館の閉館まではまだ少しある。握力の怪しい手で虫を追うのはやめたが、ページをめくるくらいならできる。
「今日はもうお休みですか?」
「図書館へ行ってきます」
女性が顔を上げた頃には、俺は次に聞くことを考えていた。
今日買った道具の代金くらい、あの欠片で取り戻せたら嬉しい。
それから明日は、もう一匹だ。
今度こそ、あの欄を明るくしてやろう。