異世界転生したらスキルが〈生成AI〉だったので、知識を集めて格上狩りを始めます 作:カラリ
机の上に、光でできた手が浮かんでいた。
光で映しただけの手なので、そのままでは物に触れない。そこへ、重さを支える足場の魔法を重ねる。見える手と、本を持ち上げる力。その両方をアイに動かしてもらうのだ。
アイが足場の魔法を動かし、光の指を本へ伸ばした。けれど指は表紙をすり抜けるばかりで、本は机に置かれたまま、少しも動かなかった。
「触る場所、もう少し上かな」
『はい。指の形と、力を出す位置を合わせます』
リネアが薄い板の角度を変えた。今度は本へ指が触れ、表紙が少し浮く。そのまま開きそうになったので、俺は慌てて押さえた。
「中身も一緒に持ってくれ」
『下から支えます』
光の手のひらが、本の下へ回った。リネアが本の位置を直すと、今度は本全体が持ち上がった。
俺は自分の手を引いた。
落ちなかった。
光の指が、本の背に掛かっている。映った形と、重さを支える力が、ようやく同じ場所へそろった。
「……持てたな」
『はい』
声を出す音声板から返事がした。光の手は、しばらく本を持ち上げたままでいた。
◇
翌朝、作業室の床に、光でできた人影が立った。
昨夜は手だけを映していたが、今朝は全身だ。顔は俺たちと年が近そうで、短い灰色の髪が頬に掛かっていた。背丈はリネアより少し高いくらいだ。
「このくらいでいい?」
『はい。机の上も、皆さんの顔も見やすい高さです』
アイが答えるたび、目の前の口が動いた。ただ、声はまだ机の上から聞こえてくる。俺はついそちらへ顔を向けてしまい、リネアも同じことをしていた。
『次は声の位置を合わせます』
アイが自分の喉へ手を当てた。
『こちらです』
今度は目の前から聞こえた。
「おお」
思ったより、それだけで違った。誰に向かって返事をすればいいのか迷わなくなる。俺が一歩横へ動くと、アイの顔もそちらを向いた。
胸元には、目の代わりになる水晶と、小さな金属板が留まっている。金属板は、音声板で録音するときに周りの音を拾っていた部品だ。リネアが、拾った音をアイへ送れるようにつなぎ直した。
「これが耳になるんだな」
『はい。ルカさんに聞こえない声も聞けます』
服も体も光で見せているが、この二つの道具と留め具は本物で、触れる力に支えられて浮いている。
リネアが外套の形を映してみると、アイは肘を曲げ、両手を前へ出した。
『袖をもう少し短くできますか。本に掛かります』
「見えてる布だから、引っ掛かりはしないよ」
『でも、指先が見えにくいです』
「そっちか。じゃあ、手首までにしよう」
袖が短くなり、腰には小さな鞄が足された。アイが歩くつもりで足を動かすと、長かった上着の裾も少し上がる。
「それがいい?」
『はい。これで試したいです』
リネアが幻像を映す板へ、決まった姿を記録した。服の色を選ぶより、手首を曲げたときの見え方を直す方に時間がかかっていた。
◇
出来上がったアイの姿へ薄い本を差し出すと、光の両手が伸びてきた。
表紙の下へ指が入り、受け取った重さに合わせて肘が少し下がる。昨夜は空中に浮いた手を眺めていたのに、今は誰かへ本を渡しているようにしか見えなかった。
『ありがとうございます』
顔が上がった。俺と目が合い、それから本へ戻る。
ずっと聞いていた言葉なのに、俺もつられて少し頭を下げた。
アイが表紙を開いた。最初は二枚一緒にめくり、指を戻して一枚だけ選び直す。リネアが横からのぞき込むと、本を少し傾けた。
「読める?」
『はい。ルカさんが別の方を見ていても読めます』
試しに俺は壁を向いた。背後で紙の音がした。
「今、何ページ?」
『12ページです。右上の図が逆さに印刷されています』
振り返って確かめると、確かに図の数字がひっくり返っていた。俺がまだ見ていなかったところだ。
アイは、その隣の説明を読み続けている。
今度は俺が部屋の反対側まで離れた。リネアがアイの胸元へ顔を寄せ、小声で何か頼む。ここからでは聞き取れない。
アイは机の端から定規を取り、リネアへ差し出した。
「うん。それを借りたかったの。ありがとう」
◇
ザラが朝食の包みを持って戻ってきた。人の姿で本を読んでいるアイを見て、入口で足を止める。
「できたんだ」
『おはようございます』
「おはよう。歩ける?」
挨拶の次がそれだった。アイは本を閉じ、机へ置いた。
『試してみます』
一歩目は足だけが先へ出て、上半身が少し遅れた。俺が手を伸ばす前に、床を踏む力が調整される。二歩目では体も一緒に進んだ。
足を下ろすたび、光の靴に重ねた魔法の力が床をたたいた。小さな足音がした。
ザラは部屋の反対側へ歩きながら、椅子の間を通るように誘った。アイが横を向き、机を避ける。途中でザラが止まると、その少し手前で足をそろえた。
「外も行ってみようか」
「先に、ルカからどこまで離れられるか確かめよう。つながりが切れると、姿を動かせなくなるから」
リネアが、俺とアイの姿のつながりを測るメーターを持った。俺は扉の横へ立ち、アイとザラだけが廊下へ出る。まっすぐ見えるところでは、声も姿も変わらなかった。
曲がり角の先へ進むと、つながりを調べているメーターの針が小さい数字の方へ動いた。
「その辺まで。厚い壁が入ると弱くなるね」
アイが戻ってきた。俺も一緒に歩けば、廊下の先まで行ける。今は同じ部屋か、すぐ近くで動くのがよさそうだった。
次にアイへ声を掛けてから、姿へ送っている魔力を止めた。
アイの姿が消えた。胸元の水晶と金属板が留め具ごと残り、リネアが下へ用意した布の上へ落ちる。
――アイ?
『はい。ここにいます』
返事は頭の中から来た。昨日までと同じだった。
消えたのは外へ出した姿で、アイ自身はまだ俺のスキルの中にいる。もう一度つなぐと、水晶と金属板が持ち上がり、さっきと同じ顔がこちらを向いた。
「戻った」
『続きからできます』
リネアが魔石の残量を確かめた。立って話すだけなら大きく減らないが、本を持ったり歩いたりすれば、その分は使う。重いものを任せるのは、もう少し調べてからにした。
「まずは自分の本を持てれば十分か」
『今は、そう思います』
アイは机へ戻り、置いていた本を取り上げた。
◇
観測棟へ向かう前に、入口まで歩くことになった。
俺が道具をまとめている間、リネアとアイは本の逆さになった図を見比べていた。ザラは先へ出て、昨日通った廊下を確かめてくれる。
「そろそろ行こう」
呼ぶと、アイが本を閉じた。今度は俺へ渡さず、腰の鞄へ収めた。鞄も光で映したものだが、底に重ねた魔法が本を支えている。歩きだしても、本はちゃんと付いてきた。
俺たちは部屋を出た。
途中でリネアが話しかけると、アイは歩きながらそちらを向いた。俺は前を見たままでいられた。返事を受け取って伝える必要も、本を持ち替える必要もない。
角を曲がったところでザラが待っていた。こちらを見てから、先の通路へ歩きだす。
俺も続こうとして、隣からする足音に気づいた。
今日からは、四人分だ。