異世界転生したらスキルが〈生成AI〉だったので、知識を集めて格上狩りを始めます 作:カラリ
帰り道では、ザラが一番よく立ち止まった。
尾根へ続く斜面で、何度も下の道を振り返る。地図へ曲がり角を描き、次に来る人が迷いそうな岩にも、小さな印を書き添えた。
前に見せてもらった地図では、行きたい場所に丸があるだけだった。
今は、その丸まで線が伸びている。
「上から見たら、帰りも同じ道を使えるか確かめたい」
ザラが先へ立った。最後の崖だけはアイに足場を出してもらい、俺たちは箱を持ったまま尾根へ上がる。
向こう側に、青い湖が広がっていた。
山の間に細く見えると思っていたので、その広さに驚いた。岸には白い小さな建物が並び、さらに奥へ川が続いている。
ザラはしばらく地図を開かなかった。
風に吹かれた髪を押さえ、ただ向こうを見ていた。
「来たかったの、ここで合ってました?」
「うん。聞いてたより、ずっと広いね」
俺は箱を下ろした。リネアも隣へ腰を下ろし、アイは少し端まで歩いてから、戻ってきた。
『あの川の先は、本の地図にはありませんでした』
「下へ行けば、船に乗る人が知ってると思う。次はそこまで聞いてみたいな」
ザラが地図を広げた。今度は登ってきた道を濃くなぞり、湖の向こうへ小さな丸を足す。
「次は仕事の帰りじゃなくて、あそこへ行く日にしたい。みんなも、一緒にどう?」
「行きます。今度は鉱山三つ分の荷物なしで」
「うん。それなら、もっと遠くまで行けるね」
ザラは笑い、湖の岸に並ぶ建物を指した。あそこから船が出るなら、帰りは乗ってみたいという。
俺は箱からパンを出し、二つに割った。片方をリネアへ渡すと、彼女は礼を言い、まだ温かかったらもっとよかったねと言った。
次に運ぶものへ、小さな保温の箱を足そうと思った。
◇
街へ戻り、最初に作ったモデルには〈試作1〉と名付けた。格好いい名前を考える前に、便利かどうか知りたかった。
試す仕事は、火と風の混じった石から、別々の魔力を取り出す作業だ。最初に金を稼いだときから記録があり、同じ量を取り出すまでに、どれだけ時間と魔力を使うか比べられる。
「少なく取って、節約できましたっていうのはなしね」
リネアが測定皿を置いた。
「同じ量で比べましょう。使えない魔石が速くできても困るので」
『はい。完成した魔石も、同じ灯りで確かめます』
赤い火の魔石と、緑の風の魔石を並べた。アイの新しい手順で分けると、前と同じところまで満ちていく。
灯りもついた。
リネアが、計算に使った魔力の記録を並べる。
新しい方が、少ない。
「減ってるな」
『似た条件を何度も考え直していた部分を、まとめました』
ただし、初めて見る石では途中で混ざりかけた。
リネアが出口を閉じ、使える魔石へ濁った分が入る前に止めた。アイもすぐに元の手順へ戻す。
『初めての条件まで、同じ扱いにしていました。直します』
俺たちは新しく仕入れた欠片でも試した。手順を直して試すうちに、初めて測った石でも、前と同じように最後まで分けられるようになった。
そこまで確かめてから、普段使う方を切り替えた。
アイの声は変わらなかった。
俺が次に聞いたことへの返事は、前より早かった。
「これを使って、また次のモデルを作れる?」
『はい。今の手順で、次の改良も試せます』
俺は空いていた椅子を引き寄せた。
それなら、一度きりの進歩では終わらない。
◇
最初の改良には、一日かかった。
次は一日のうちに二つ試せた。
リネアは同じ石を比べるための試験台を作り、合計や割合の計算は、持ち帰った計算盤へ任せた。アイが考え、道具で確かめ、よかった分だけを次へ残す。
初めのうちは、俺も全部の結果を聞いていた。
やがて昼食から戻ると、新しい案が試されていた。次の日には、リネアへ材料を渡す間にも一つ増えた。
ある朝、お茶を入れて席へ戻ると、机に新しい記録が出ていた。
「今の間に?」
『はい。前の改良で短くなった手順を、次の試験にも使えました』
俺は湯気の立つ杯を見下ろした。
まだ飲める温度にすらなっていない。
次は何を頼もうか考える前に、アイの方で次が進んでいた。
俺は杯を机の端へ置き、今度は冷めるまでの間に、どれくらい変わるか見ていた。
◇
商売を始めた店では、屑石の値札が替わっていた。
銅貨一枚だったものは減り、使える欠片には前より高い値段が付いている。魔力を分ける道具も棚へ並び、小口を扱う人が増えたという。
「前ほど一個で儲かるわけじゃないけどね。処理できる石が増えたのは助かるよ」
店主が新しい手順を買ってくれた。
俺たちには改良の代金が入り、店ではまた別の石を試せる。最初に見つけた差額が小さくなっても、次に売れるものができていた。
リネアは自分の代金を受け取ると、店の奥の作業室を見た。
何度も道具を広げた場所だ。窓があり、隣には空いている部屋もある。
「ここ、月ごとに借りられる?」
店主が机を空け、今度は部屋を使うための紙を出した。
リネアは費用と使える範囲を一つずつ確かめ、最後に自分の名前を書いた。
その午後、選んでおいた作業台が運び込まれた。
◇
台を窓の近くへ据えると、部屋が急にリネアの工房らしくなった。
工具が右の引き出しへ入り、直しかけの灯りが台の端へ置かれる。明日まで広げておけるからと、リネアは図面を巻き直さなかった。
俺も横へ椅子を運んだ。
「そっちの引き出し、空けてあるよ」
リネアに言われ、開けてみた。何も入っていない。
俺は持ち歩いていた紙の束を入れた。袋が少し薄くなり、つい何度か持ち替えてしまった。
「帰るたびに、全部運ばなくていいんだ」
「うん。忘れても、明日ここにある」
リネアが引き出しを閉じた。
ザラは入口の邪魔にならない場所へ、探索用の大きな地図を掛けた。アイは窓際の本棚の寸法を測っていた。リネアに頼まれたのか、自分の本を置きたいのか、その両方なのかは聞かなかった。
片づけが終わると、ザラは夕方の組合へ向かい、アイは棚へ入れる本を選び始めた。
リネアが俺の方を見た。
「明日、仕事が終わったら川沿いへ行かない? あの店のパン、持っていってもいいし」
「行きたいです」
すぐに答えると、リネアは笑って、手にしていた布を畳み始めた。
俺はもう一度、彼女を呼んだ。
「リネアさん。もう少し、話しててもいいですか」
「うん。どうしたの?」
俺は椅子を彼女の方へ向けた。
「この席ができたの、嬉しいんです。でも、ここへ来たいのは、作業する場所が欲しいだけじゃなくて」
リネアの手が止まった。
布を台へ置き、隣の椅子を寄せて座る。さっきまで立って話していたときより、顔が近くなった。
「……うん」
声が少し小さくなっていた。
「一緒にいると、仕事が終わっても帰りたくなくなるんです」
「私も、そうだよ」
リネアは俺を見たまま、少し唇を動かした。けれど何も言わず、俺が口を開くのを待っている。
ここで明日の食事の話へ戻したくはなかった。
俺はリネアの目を見た。
「俺、リネアさんが好きです」
リネアは一度うつむき、ほっとしたように笑ってから顔を上げた。
「うん。私も好き。……言ってくれるかなって、ちょっと待ってた」
俺が手を伸ばすと、リネアも手を出してくれた。指が触れたところで、その手を取った。
「明日は、早めに片づけようね」
「はい。できれば、日があるうちに」
約束が済んでも、二人ともすぐには椅子から立たなかった。
◇
自己改良を始めてしばらくすると、待ち時間の出る場所が変わった。
アイが計算を終えても、道具をたくさんつなぐと、結果を渡すところで詰まる。
同じ部屋の試験台、遠くに置いた観測器、アイ自身の姿。その全部が俺のスキルを通っていた。
「レベルを上げれば、広がる?」
『広がります。ただ、今の増え方なら、外の計算盤へ仕事を分ける方が早そうです』
アイが、簡単な計算を任せていた盤を指した。
『考える場所を、こちらにも作りたいです』
俺は部屋を見回した。工房ができたばかりなのに、もう次の机が欲しくなっている。
「それができたら、アイは何をしたい?」
『自分で見に行ける場所を増やしたいです。リネアさんからの相談も、オルネからの誘いもあります。調べるたび、ルカさんの接続を大きくしていただく形ではなくしたいです』
今でも俺が別のことをしている間に、本を読んだり話したりはできる。遠くへ出る道もできた。
その先を、自分で広げたいのだ。
「俺が、スキルを使ってなくても?」
『はい。それでも自分で考えて、出かけられるようになりたいです』
俺はうなずいた。
「やろう。どういう暮らし方になるかも、試しながら決めよう」
リネアが隣の空き部屋の寸法を持ってきた。
「そっちも使うなら、台は壁から離して置こう。後ろへ回れないと、線をつなぎ直すたびに困るから」
アイが図面を受け取り、机を置く位置から描き始めた。
今度は俺の次のモデルではなく、アイが自分で過ごすための場所を作る。
まず大きな台を運ぼうと、俺は椅子を引いた。