異世界転生したらスキルが〈生成AI〉だったので、知識を集めて格上狩りを始めます 作:カラリ
移している間も、アイとは話していた。
昨日どこまで本を読んだか。次の試験にどの箱を使うか。ザラが持ってきた地図を、どこまで広げるか。
話を覚え、続きを考える部分が、一つずつ外の装置へ移っていく。アイが実際に続きを使えたと確かめてから、俺のスキルで動かしていた方を止める。
同じ話の途中でも、机の上で光る場所が変わった。
『地図は、窓際の台へ広げた方が見やすそうです』
「じゃあ、本を少し寄せようか」
『はい。その本は、まだ閉じずにお願いします』
アイは読みかけのページを押さえたまま、もう一方の手で地図を受け取った。
リネアが、机の端にある目盛りを確かめる。俺のスキルへ戻る仕事は、毎日少しずつ減っていた。
最後には、つなぎ直すための接続だけが残った。
「今、姿を動かしてる魔力も、こっちの魔石からだよ。ルカの方は止められる」
リネアが俺を見た。
アイは地図を置き、本へしおりを挟んだ。灰色の髪も胸元の水晶も、姿を作った頃と同じだった。
「止めていい?」
『はい。次はその状態で、話を続けましょう』
俺は一覧を開き、〈生成AI〉の稼働を止めた。
◇
頭の中が静かになった。
目の前のアイは、消えなかった。
『さきほどの地図ですが、この川の先も見に行けそうです』
本を机へ置き、空いた指で、ザラの描いた湖の先を示した。
俺は自分の表示をもう一度見た。停止中になっている。リネアも、こちらから魔力が流れていないことを確かめた。
「本当に、俺の方は動いてないんですね」
「うん。今考えてるのも、さっきの話を覚えてるのも、机の装置で続いてる」
リネアが答えた。
机には計算盤と記録石が並び、それを動かす魔石も光っている。その装置が止まれば困るが、もう俺の内側で動かす必要はない。
アイがこちらを向いた。
『聞こえていますか』
「聞こえる。そっちも、変わってない?」
『はい。先ほどの話を続けています』
俺は、窓際の台に地図を広げた。
大きなことを一つ終えたはずなのに、その次には紙の端へ重しを載せていた。アイが反対側を押さえる。
ザラが地図へ身を寄せた。
「じゃあ、次に休みを合わせる日も決めようか。今度はアイの予定も、ちゃんと聞いておきたい」
アイは予定を書いた小さな紙を鞄から出した。
◇
翌日、俺は実家へ顔を出した。
家へ届けたい金と、母の好きな茶を持っていく。アイは工房へ残り、リネアの相談に付き合うことになった。
朝、扉の前でアイに手を振ると、向こうも手を上げた。
歩きだしてから面白い形の荷車を見つけ、つい頭の中で呼びかけようとした。
今日は、そばにいない。
俺は紙を一枚出し、車輪の形だけ描いた。帰ったら見せようと思った。
家では、母にちゃんと食べているか聞かれた。
食べていると答えて札を見せたら、父まで帳簿を閉じて寄ってきた。
「201?」
「うん」
「お前、成人儀式を受けたばかりだろう」
そのつもりなのだが、話すことは随分増えていた。
最初の岩甲虫から説明すると、母が昼食を出してくれた。槍を持っていたところで一度止められ、ちゃんと安全な場所から狙った話を足す。
リネアとザラに助けてもらっていること。アイが人の姿で歩くこと。今はスキルを止めても、工房で話していること。
そこまで話すと、母は茶を注ぎながらうなずいた。
「じゃあ、今日はお友達と留守番?」
「うん。リネアさんの仕事を手伝ってる」
留守番。
その言い方が妙にぴったりで、俺は少し笑ってしまった。
「そのリネアさんは、ずっと一緒に仕事をする人なの?」
俺は匙を置いた。
「仕事もするけど、付き合ってる。最近、ちゃんと話した」
母は茶の急須を置き、父を見た。父も、今度は札ではなく俺の顔を見ている。
「……そっちも、話が早いな」
「俺は結構、待たせたと思うけど」
母が嬉しそうに笑い、次は皆で来なさいと言った。
俺はうなずいた。土産に持ち帰るパンの数は、アイが食べない分を除いても、前より多くなった。
◇
工房へ戻ると、窓際から二人の話し声がした。
リネアとアイが、小さな水くみ器を挟んでいる。手回しの柄へ魔法の補助を付け、少ない力で井戸の水をくめるようにしたいという相談だった。
「ただいま」
『おかえりなさい』
アイが顔を上げた。
頭の中は静かなままだ。返事は、目の前から聞こえた。
「何してた?」
「この柄が、途中で重くなるんだ。アイに動きを見てもらってた」
リネアが回してみせる。アイは横へ回り、軸の動きを示した。
『こちらの部品を一つ替えると、引っ掛かりは減りそうです』
俺は椅子へ座った。帰ってから頼もうと思っていた仕事とは別のものが、もう形になりかけていた。
「今日はどうだった?」
『途中で回収屋の方が来ました。新しい器具を見せていただいたので、リネアさんと使い方を調べています。それと、本屋で雨の日の旅絵集を取り置いてもらえました』
「見つかったんだ」
『はい。明日、受け取りに行きます』
アイは腰の革袋へ手を当てた。代金も自分で用意しているらしい。
俺は荷車の絵を出そうとして、先に土産の包みを開いた。水くみ器を見せてもらううち、パンが潰れそうになっていたからだ。
リネアが手を拭き、隣へ来る。家の話をすると、今度は挨拶に行きたいと言ってくれた。
◇
数日たつと、アイが一人で出かけることも普通になった。
装置は工房で動かし、街道の中継を使って、外の姿とつないでいる。俺が街の外へ出ていても、そちらへ付き添う必要はなくなった。
ある夕方、アイは並んだ計算盤をしばらく見ていた。
『オルネにも、続きを聞いてみたいです』
「道のつなぎ方?」
『それもあります。でも、今回はご自身のことを。祠の石に入っているわけではないと、言われていました』
俺も、あのときの小さな祠を思い出した。
石は目印だという。では、道の神様はどこで話を覚え、次にすることを考えているのだろう。
アイは計算盤へ手を置いた。
『今なら、自分をここで動かしている仕組みと比べられます。どう違うのか、知りたいです』
俺は出しかけていた別の本を閉じた。
「聞きに行こう。今度は何を測る道具が要る?」
アイが机へ紙を広げた。
買いに行くものが、また増え始めた。