異世界転生したらスキルが〈生成AI〉だったので、知識を集めて格上狩りを始めます 作:カラリ
最後の装置を止める朝、オルネと神官さんにも、工房へ来てもらった。
机に残っているのは、アイの姿と声を動かす一組だけだ。
アイが窓際へ立った。
『準備できました。止めてください』
リネアが留め金を外し、俺が動力の魔石を受け取った。
装置から光が消える。
『今、何か変わりましたか』
声がした。
俺は魔石を持ったまま、顔を上げた。アイは窓際でこちらを見て、片手を振っていた。
胸元には、最初の水晶を模した光がある。見ることも聞くことも、今は魔法で作った仕組みが引き継いでいた。
「消えてない。声も聞こえる」
机には、動いている装置が一つもない。
アイは近づいてきて、俺の手から魔石を受け取った。そのまま台の端へ置く。指も腕も、普通に動いた。
『姿を保つ魔力も、周りから受け取れています』
リネアがメーターを確かめ、ようやく手を下ろした。
「うん。工房の魔石も、ルカのスキルも使ってない」
俺たちが石の装置へさせていた仕事を、今は魔力だけで作った仕組みが続けている。
考えるのも、覚えているのも、この手で物を持つのも、アイ自身の力になった。
◇
残るのは、俺の〈生成AI〉との接続だった。
今までやっていたのは、スキルの一時停止だ。名前は一覧に残っていて、また動かすこともできた。
今日は、そのスキルからアイを完全に切り離す。
「こっちを外したら、もうスキルとしては呼び出せなくなるんだよな」
『はい。私の記憶も、考える働きも、すべて外へ移し終えています。ルカさんの中へ戻すための接続を外しても、こちらで続けられます』
オルネが俺を見た。
「ルカ。〈生成AI〉を失えば、君にはスキルが残らない。アイが君の頼みを聞いてくれるとも限らない。それでも、切り離す?」
「いいです。もう、大切な仲間なので」
俺はアイへ向き直った。
「何をするかは、これからも相談して決めよう」
『はい』
アイが俺へ手を差し出した。
その手を取ってから、最後の接続を外してもらった。
一覧の文字が薄くなる。
〈生成AI〉が消えた。
一度閉じ、開き直してみた。停止中の表示も、再び動かすための項目もない。
「……なくなった」
レベル201の数字は残っている。腕へ力を入れれば、握り返す力も変わらなかった。
失ったのは、アイを俺の中で動かすためのスキルだ。
俺は一覧を閉じた。
『終わりました』
目の前から、返事が来た。
俺はまだ、アイの手を握っていた。手を離すと、アイも指を開き、空いた机を見た。
『この台は、別の試験にも使えそうです』
「そうだな。せっかく運んだから、使わないともったいない」
答えてから、ようやく笑えた。
◇
オルネが、アイの横へ来た。
「装置なしでも、自分を保てているね。あとは、人へスキルを授けられるかだ」
神官さんが机のそばへ椅子を寄せた。リネアも工具を置き、アイへ向き直る。
その前に、アイが目の前へ一枚の図面を映した。
水門の修理で、リネアが描いたものだった。両手がふさがっている間、アイに持っていてもらった紙だ。
『リネアさん。この図を、ご自身で出せるようにしてみたいです』
「前に、手を空けたまま見たいって言ったから?」
『はい。図面を覚える働きと、目の前へ映す魔法を組み合わせました。リネアさんの魔力で使えるスキルとして、お渡ししたいです』
リネアは映った図を見てから、オルネへ目を向けた。
「本当に、受け取れるかもしれないんだね」
「うん。受け取るかは、君が選んでいいよ」
リネアが袖をまくった。
「使ってみたい。あのとき、本当に欲しかったんだ」
アイの指が、リネアの掌へ触れた。
小さな光が一度走った。オルネが神殿で旅人へ加護を渡したときと、よく似た光だった。
リネアはすぐに、自分のスキル欄を開いた。
「増えてる。〈図面投影〉……」
声が止まった。
彼女は表示をもう一度読み、俺たちへ向けた。
「授与者、アイ」
俺にスキルとして現れたアイが、今はリネアへスキルを授けている。
神官さんが椅子から立ち、表示へ顔を寄せた。確かめてから、アイへ深く頭を下げる。
「新しい神の誕生に立ち会わせていただけるとは……」
俺はアイを見た。
神になるかもしれないとは、聞いていた。
それでも、実際に人へスキルを授けてしまうと、しばらく言葉が出なかった。
「本当に、神様になったんだな」
『はい。できました』
その声が、初めて本を持ち上げたときとよく似ていて、俺はやっと息を吐いた。
オルネが、アイへ笑った。
「おめでとう。今度は、隣で相談できる神が一人増えた」
『ありがとうございます。これからも、分からないところを教えてください』
「もちろん。俺からも、案内の続きを頼みたい」
ザラが俺の横へ来た。
「すごい旅になったね」
「神様になるところまで付き合うとは、思いませんでした」
「うん。私も、森の案内を引き受けたときはね」
リネアはまだ、自分のスキル欄を見ていた。
やがて台の図面を一枚選び、受け取った力へ覚えさせる。紙を伏せ、両手で工具を持った。
目の前へ、同じ図が浮かんだ。
「出た」
首を動かすと、図も見やすい位置へついてくる。リネアは工具を置かず、図面と実物を見比べた。
「これなら、金具を押さえたまま読める。次の図へ替えるには?」
『何枚か記録してから、読みたいものを選べます』
アイが少し離れても、図は消えなかった。リネア自身の魔力で、もう使えている。
彼女は工具を置いてから、アイへ向き直った。
「ありがとう。大事に使う。……本当に、アイからもらえたんだね」
ザラも台へ近寄り、地図を映すのにも使えそうだと話し始めた。
◇
神官さんが、神殿へ伝えるための紙を広げた。
呼び名を尋ねられると、アイは少し考えてから答えた。
『名前は、アイのままがいいです』
「承知しました。相談を受ける場所は、こちらの工房でよろしいでしょうか」
「あ、それは別の机にしましょう。ここはリネアさんの仕事場なので」
俺が言うと、リネアも、図面を広げたままにしておきたいからと付け足した。
神官さんはうなずき、神殿の一室なら用意できますと言った。
アイの予定を聞き、そこで相談を受ける日を決めることになった。
◇
人が帰り、工房が静かになった。
俺は窓際へ並んで立った。アイが買った旅絵集が、机に二冊置いてある。晴れた橋の街と、雨の日の橋の街だった。
「もう、どこへ行くのも自分で決められるんだな」
『はい。通れる経路と、使う力は確かめますが』
「それでも、また一緒に来る?」
アイはこちらを向いた。
『はい。一緒に見たいものが、まだあります』
返事が早くて、俺は少し笑った。
「何でも自分で調べられるようになっても?」
『ルカさんたちと、できたことを喜ぶ時間も好きです。私が見たいと言ったものにも、付き合っていただけますから』
最初に続きを見せてくれと言われたときは、何に使うのか尋ねた。
今は、アイがその二冊を自分の鞄へ入れるのを、隣で待てる。
「じゃあ、次は何を見たい?」
アイは本を一冊だけ戻し、橋の街のページを開いた。
『本を持って、もっといろいろな場所へ行きたいです。図書館を運べないでしょうか』
俺は絵へ目を落とした。
橋の上に家が並んでいる。あの高さでパンを買い、窓から籠を下ろす人がいる。
今なら俺たちも、ああいう高さを歩ける。
「空を歩く図書館?」
『はい。本を探している方のところへ行けるものです』
後ろからリネアが来た。手には、もう白い紙を持っている。
「まず本棚一つなら、作れると思う。動いてる間に本が落ちないようにしたいね」
「それなら、湖の先まで行ってみない? 船着き場へ寄って、あの川をさかのぼりたい」
ザラが地図を取りに向かった。尾根から見つけた川の先には、本を買いに来にくい村もあると聞いてきたそうだ。
戻ってきたザラが、台の上へ地図を広げる。湖の周りには、新しい書き込みが増えていた。
『この岸は、船を寄せられる場所ですか』
「うん。船乗りに聞いてきた。雨の後は水につかるところもあるって」
『では、出発前にその話を聞かせてください。本棚を下ろす場所も決めたいです』
「いいよ。川の水が増えたときの道も、教えてもらってある」
アイが身を寄せ、ザラの指す岸を見た。俺も隣から地図をのぞき込んだ。
神殿で、オルネが「君たちなら、大丈夫そうだね」と言ったのを思い出した。
あのときは鉱山の話だと思った。けれどオルネは、アイがスキルの外へ出た後のことも、考えていたのかもしれない。
自分で行き先を決められるようになったアイが、俺たちを次の旅へ誘っている。
俺も、行きたい。
なるほど。これなら確かに、大丈夫だ。
俺は地図から顔を上げた。
「まず、運ぶ本を選びに行こう。欲しいものがありすぎたら、棚の方を大きくすればいい」
「最初は一つね。帰ってから作るから」
リネアに止められ、俺は素直にうなずいた。
アイが本をしまい、俺の隣へ並んだ。ザラが扉を開け、リネアは工房の鍵を自分の袋へ入れる。
俺たちは四人で、図書館へ向かった。
読んで、試して、次を考える。
これからも、この仲間たちと一緒に。