ソシャゲによくある主人公とめっちゃいっぱいの女子女性……すみっこに俺 作:帯電する者
絶対肩身狭いと思うんですよ、精神的にも物理的にも
これがゲームや漫画、アニメに映画とかの物語の世界だとしたら、絶対に主人公はこいつだろうな。ってやつがいる。
【アニタ・エオルボーグ】、通称艦長。
第二次カオス突入作戦の現地総指揮官であり、第三次バーグ大戦の生き残り。おまけにギルガオルグ討伐作戦の考案と実戦での指揮を担った男。泥と血にゲロと糞、そんな汚物にまみれた戦いを生き残ってきた猛者。
一見弱そうな、街中ですれ違えば一ミリも記憶に残らねぇ顔をしてるくせに、とんでもない経歴と実力を兼ね備えている化け物だ。正直、仲間でよかったと思ってる。
そんなアニタ様が艦長席でふんぞり返ってるのが、このゲロ箱。
正式名称【統合宇宙軍特務機動艦隊所属第八次改修型超長距離遠征式汎用強襲突入隠密作戦用指揮戦艦・アイーゼミューレ】
誰が考えやがったのかは知らねぇが、一度で噛まずに言えたやつを俺は見たことがねぇ。だから全員【アイーゼミューレ】か、もっと雑に【あの船】、【ゲロ箱】で済ませてる。
なんでゲロ箱なのかって? そりゃあこいつが使われるってことは糞みたいな作戦が確定するわけだし、あとギルガオルグ討伐作戦の時に、あのデカブツに思いっきしゲロぶちまけられたからってのもあるな。
さて、前置きが長くなっちまった。今日はそんなゲロ箱で過ごす、俺の一日を紹介するぜ。
俺の朝は、晴れ晴れとした日の出……とはかけ離れた小汚くて狭い部屋の中で、どの目覚ましよりも優秀な機関部の振動と一緒に始まる。
居住区域の割り当ては階級順……のはずなんだが、なぜか俺の部屋だけ第三機関室の真横だ。初めは抗議したりしたが、「男性クルー用の区画が他に空いていません」と言われた。艦長は男なんだが? 空いてない訳ないよな? 男性クルー何人だと思ってんだ??????
どうせアイツらが「近くでないと艦長の危機に馳せ参じられません」とか、「艦長のお役に立つために」とか本音を隠した建前だらけの文言で言い寄ってんだろうに。
そのせいで顔を洗いに行くのも一苦労だ。男用の洗面所兼トイレは、設計上は艦長室の隣にある。男が使う前提なんだから当然だ。問題は、その周りが一つ残らずアイツらの部屋で埋まってるってことで。
つまり俺は毎朝、寝ぐせのついた頭でドアというドアから突き刺さる視線の中を歩かされるわけだ。ギルガオルグの巣に突っ込んだ時だって、もうちっとは歓迎されてたぞ。
お、洗面所が見えてきた。もう少しで……ってところで、艦長室のドアが開いた。
「……ふぁ~、おはよう~」
そこから出てきたのは、寝ぐせ頭で大あくびをかます、どこにでもいそうな冴えない男。我らが艦長、アニタ様だ。
その瞬間、さっきまで閉じてたドアが一斉に開いた。
「艦長、おはようございます!」
「タオルをどうぞ!」
「……コーヒー、です」
「寝ぐせ直しましょうか?」
おーおー、出るわ出るわ女子どもが。お前らいったいどこに隠れてたんだ。というか、いつから待機してたんだ……?
ちなみに、俺の寝ぐせも艦長に負けず劣らずの爆発具合だ。にもかかわらず、さっきまで俺に向けられてたのは路肩の虫を見るような目で。いま艦長に向けられているのは、子犬でも愛でるような目だ。同じ寝ぐせだぞ、何が違うんだ。顔か、顔なのか。いや、顔だってそう変わらねぇだろ。
「わぁ~ありがとう」
当の本人は差し出されたタオルもコーヒーも、全部本当に感謝しながら受け取ってる。あれに他意がないってのがタチ悪ぃ……
あ、目が合った。
「あ、おはよう。ちょうどよかった、一緒に顔洗いにいこうよ」
あーちょま、まてよ艦長、落ち着けって。頼むから今この場でそれを言うのは……
「「「「……」」」」
その一言で、周りの視線が一斉に突き刺さる。さっきまでのが小石なら、今回は艦砲射撃だ。目は口ほどにものを言うって言葉があるだろ? 違うな、目は攻撃だ。覚えて帰れよ。
「……うっす、艦長」
背中に大量の攻撃を浴びながら、俺は艦長と一緒に洗面所のドアをくぐった。
プシュー、と音を立ててドアが閉まる。
あぁ……静かだ。
この艦で唯一、アイツらが入ってこられない場所。男用の洗面所兼トイレ。狭ぇわ、換気扇はうるせぇわ、鏡の端は欠けてる。それでもここは、俺にとってゲロ箱で一番まともな空間だ。聖域と言ってもいい。これぞサンクチュアリ、我が聖域。便所だけど。
「……ここ、落ち着くよねぇ」
蛇口をひねりながら、アニタがのんびり言う。
「……アニタが言うんかよ」
「えぇ、なんで?」
「なんでもねぇよ」
ここでだけは、俺はこいつを艦長とは呼ばない。こいつも、それを咎めたことは一度もない。軍で言えばケツを叩かれるだろうが、同じ泥を這いずり回って堪能した者同士。こんくらいは許してくれんだろ。
顔に水を叩きつける。冷てぇが、これがよく目を覚ましてくれんだ。
「そういえば、さ。部屋どう? 狭かったりしない?」
「狭ぇし、うるせぇよ。機関室の真横だからな」
「えっ、そうなの? 知らなかった。じゃあ僕から言って、変えてもらおうか?」
「やめろ」
即答した。
「えっ……なんで?」
「アニタが言ったら、部屋が変わる前に俺の人生が変わっちまう」
「……???」
心底分からないって顔で、首をかしげた。寝ぐせがそれに合わせて揺れる。
こいつは本当に、何もわかってねぇ。これ以外は全部わかってるように見えんのに。まあ、分かってないからアイツらに好かれてんのかもな。
「……まあ別に、意外と気に入ってんだぜ? 機関のバイブで起こされるから、目覚ましはいらねぇ」
「そっか。ならよかった」
いやよくはねぇがな?
そっからしばらく、水の音と換気扇の音だけが続いた。アニタはタオルで顔を拭きながら、欠けた鏡をぼんやり見ている。
「でもさ……」
「?」
「ここだけは、静かだよね。ほんとうに」
その声が、さっきまでの寝起きの声と、ほんの少しだけ違って聞こえた。
鏡越しにこいつの顔を覗く。いつも通りの、街中ですれ違っても一ミリも記憶に残らねぇ顔だ。それでも、ほんの一瞬だけ、疲れているように見えた。
……なんだ、お前も少しは分かってんのか。
そう口を開こうとしたタイミングで、ドアの向こうからきっちりとした声が響いた。
「艦長、ブリーフィングまで、あと十分です」
副長のエルナだ。
ドアの前で待機してやがったんか。いつからいたんだ?
「はーい、今行くね~」
アニタは、もういつものふにゃふにゃした顔に戻っていた。
「じゃ、行こっか」
「……おう」
……このまま行かせてもいいが。
「アニタ」
「ん?」
「気合入れていこうぜ」
バシンッ!
乾いた音が、狭い洗面所に盛大に響いた。換気扇の音すらかき消すくらいに。
「痛ったッ!」
「ハハ! 眠気覚ましにしちゃ格別だろ?」
「グヌヌ……覚えてろよ、ケン!」
やっぱり、お前にあんな顔は似合わねぇ。あほ面で笑ってりゃいいんだよ。
ドアが開く。聖域はおしまいだ。廊下の先にはエルナが待っていた。ものすごい顔でこっちを見てやがる。ま、そりゃそうだ。艦長の悲鳴が聞こえたんだからな。
艦長には柔らかく、俺にはきっちり冷たい態度。公私がはっきりしていて素晴らしいね。時間で分けろや。
ま、毎朝こんな感じだ。こいつが主人公って言った理由、少しは伝わったか? そりゃあいい。
朝のゲロ箱で、二番目に居心地の悪い場所。それがここ、ブリーフィングルームだ。ちなみに一番は、さっきの洗面所前の通路な。
艦長の半歩後ろをエルナが歩き、そのさらに三歩後ろを俺が歩く。この距離感も誰かに決められたわけじゃねぇが、気付いたらこうなってた。
【エルナ・シュタイン】。さっき洗面所の前で待ち構えていた副長様だ。
銀髪をきっちりまとめて、制服には皺ひとつない。この艦の規律を一人で背負ってるんじゃねぇかっていう堅物で、女性クルーのまとめ役でもある。まあつまり、俺を機関室の隣に追いやった張本人、その筆頭ってことだ。素晴らしいね、証拠はねぇが確証はある。
ブリーフィングルームの真ん中には、楕円のテーブル。その上座に艦長が座る。
一番の問題はその周りだな。艦長の右、左、正面。この三席だけは毎朝、というか毎回目に見えない殺し合いの末に持ち主が決まるらしい。右はエルナの指定席だから、実質二つの奪い合いだな。今日の勝者である二人は、席について勝ち誇った顔をしてる。
俺の席は、入り口横の折り畳み席だ。どういうことなん? 初日からずっとだ。たぶんだが、この船が沈むよりも俺の座席が変わる方が難しいぜ。
「じゃあ始めよっか~。まずは航路からお願い」
艦長の一言で、報告が始まる。
「はいっ!」
真っ先に立ち上がったのは、航路担当の【リーゼ・ヴァルトハイム】。金髪、笑顔、声と胸がでかい。朝、真っ先にタオルを差し出してたのもこいつだ。航法の腕は確かなんだが、報告には毎度のごとく余計なもんがくっついてくる。
「本日の航路は予定通り、第三宙域を直進して目標地点へ向かいます。宙域の気象・次元は安定。デブリの密度も低く、航行に支障はありません! 以上です、艦長♡」
これだ。最後の「♡」
声に出して言ってるわけじゃねぇのに、何故か聞こえる。全員に聞こえてる。俺が同じことやったらまず間違いなくイ〇ポスターだ。
「うん、ありがとう。いつも分かりやすいね」
「えへへ……」
えへへじゃねぇんだよ。お前何歳だ。
「次、索敵お願い」
次に口を開くのは、索敵担当の【ミラ・クロイツ】。黒髪で小柄、表情がほとんど動かない。朝、コーヒーを差し出してたのがこいつだ。艦の目と耳を一手に担っている、優秀なオペレーターでもある。
「……目標宙域に、敵性体の反応なし。ただし、旧バーグ戦域の残骸・放流物が多く、レーダーの死角あり。注意を、です」
「了解。ありがとうね、ミラ」
「……はい」
艦長に名前を呼ばれた瞬間、ミラの耳が赤くなった。表情は動いてねぇのに、耳だけ赤い。そうみると器用な奴だ。ちなみにこいつは、艦長以外とはほぼ口をきかない。俺に至っては、存在そのものを認識されてるのかすら怪しい。前、通路ですれ違ったときに「おはよう」と言ったら、俺の後ろの壁を見て通り過ぎていった。
壁に挨拶しているのだと思われたのかもしれない。は?
「兵装は」
「おう、任せとけ!」
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったのは、砲術長の【ベアドクス・ドーラ】。通称ベア。赤毛で背が高くて、腕が俺の太ももくらいある。この艦で一番、物理的に逆らっちゃいけない女だ。
「主砲、副砲、近接防御、全部ご機嫌だ! いつでも撃てる! いつでも飛ばせる! なあ艦長、今日こそ撃っていいんだよな? 撃っていいんだろ? な?」
「う~ん、撃つ相手がいたらね」
「よっしゃあ!」
まだ相手いねぇって言われてんだぞ今。
「本日の行動計画は以上の通りです。艦長、ご承認を」
エルナが端末を閉じながら言った。ちょまてよ、まだ大事な報告が残ってるんですが?
「うん……あ、その前に補給と整備も聞いとこっか」
その瞬間、エルナの眉がほんの少しだけ動いた。まるで「まだそれがありましたか」とでも言いたげに。うーんこの、副長の自覚あるんですかね。
「……どうぞ」
どうも。
俺は折り畳み椅子から立ち上がる。全員の視線が一斉にこっちを向く。リーゼは露骨につまらなそうな顔をして、ミラは相変わらず俺の後ろの壁を見て、ベアは欠伸をしてる。エルナに至っては、閉じた端末から顔すら上げねぇ。 俺こんな奴らと仕事してるってまじ?
「補給と整備です。艦体、機関、兵装、全体として問題はありません。ただ、一点だけ」
手元の端末を操作して、テーブルの中央に数字を映す。
「推進剤が予定航路だと帰りの分でギリギリです。第三宙域の直進ルートは最短ですが、途中で一度でも戦闘機動が発生すれば、帰還までの推進剤が足りなくなります」
部屋の空気が露骨に冷えた。
「……細かいなぁ」
リーゼが聞こえるか聞こえないかの声で言った。いや、聞こえてるからなそれ。てかそれもう聞かせるつもりでいってるだろ。
「戦闘になったら一瞬で全部ぶっ飛ばしちまえばいいだろ」
ベアがそういって、ミラは無言のまま小さく頷く。
「その件は、事前に私を通していただけますか」
エルナがようやく顔を上げた。
バカバカバカバカ四人です、頼むから引っ込んどいてくれ。
いいか、順番に言うぞ。
まずベア。お前の大好きな主砲な、あれ一発撃つたびに艦が反動で傾くんだよ。それを姿勢制御で毎回噴かして戻してんだよ。その噴かしてるもんが推進剤なんだよ。つまりお前が「全部ぶっ飛ばす」たびに、俺らの帰りの燃料が宇宙に撒き散らされてんだよ。分かるか? 分かんねぇよな、分かってたらそんなこと言わねぇもんな。
次にリーゼ。細かいってなんだ。細かくねぇよ。帰れるか帰れないかの話だよ。てかお前航路担当だろ。この計算、本来お前が最初に気付く側だろ。♡飛ばしてる暇あったら燃料計算しろ。いいか、ブリーフィングが一日三回、着任してから八か月、ざっと七百二十回だ。一回の♡に五秒かかってるとして、合計三千六百秒。ちょうど一時間だぞ一時間。お前は八か月かけて、艦長に一時間ぶん♡を捧げてんだよ。その一時間で何回燃料計算できると思ってんだ
で、ミラ。頷くな。お前さっき自分で「死角あり、注意を」って言ったよな? 言ったよな? 死角があるってことは何が飛び出してくるか分かんねぇってことでそれはつまり戦闘機動が入る可能性が普通にあるってことでそれを一番分かってなきゃいけねぇのがお前なんだよ黙って頷くんじゃなくて索敵しっかりしますとか死角潰しますとか言う事あんだろ何黙って頷いとんねん。
あとエルナお前もだよ副長だろお前が真っ先に拾えよこの数字お前の端末にも同じもん送ってんだぞ昨日の夜にな閉じてんじゃねぇよ開けよ読めよ
いいか帰りの推進剤が尽きたらどうなるか教えてやるよ宇宙のど真ん中で漂流だよこのゲロ箱がそのまま俺ら全員の棺桶になるんだよ棺桶ん中で♡もえへへも撃たせろもねぇんだよ救難信号出したって届くのは何週間後か分かったもんじゃねぇしそもそも旧バーグ戦域なんて誰も来ねぇよそれを避けるためにわざわざ昨日の夜中まで数字とにらめっこしてたんだよ機関室の隣のうるっせぇ部屋でな
ついでに言わせてもらうなら部屋変えろ椅子よこせ壁と間違えんな朝の通路で睨むな俺だって寝ぐせくらいつくわ
……と、全部言ってやりたいところを、奥歯で噛み潰す。
ふぅ。フゥ。フゥ。ふぅ。
「……はい。ですので、航路の再検討を具申します」
「ケン少尉。ですから、そういったことは私を通してと——艦長の貴重なお時間を、不確定な懸念で割くのは」
「……そっか」
艦長が、ふっと目を伏せた。
その瞬間、エルナの言葉が途切れた。ふにゃふにゃした声の男は、どこにもいなくなる。
「航路変更」
声は低く、静かだった。
「第三宙域は使わない。第四宙域を迂回して、補給拠点を経由する。到着は半日遅れる」
「ですが艦長、作戦の予定が」
「帰れない作戦は、作戦じゃない」
エルナが口を閉じた。
「異論は」
誰も何も言わないし、言えない。さっきまで声を上ずらせてたリーゼも、撃ちたがってたベアも、壁しか見てなかったミラも、規律の塊みたいに全員が背を伸ばして黙っている。
ああ、これだ。この顔を見るたびに、思い出す。泥と血とゲロの中で、こいつの指示だけを頼りに生き延びたあの日の事を。どれだけ情けない寝ぐせをしてようが、どれだけふにゃふにゃした喋り方をしてようが、こいつは、そういう男なんだ。
「よし、それじゃあ、解散~」
で、元に戻る。
ガタガタと椅子の音が鳴って、全員が立ち上がる。俺も折り畳み椅子を畳んでさっさと出ようとした。したんだが。
「あ、それと」
部屋を出ようとした全員の足が止まった。
「報告ありがとう。いつも助かってるよ、本当に。ケン」
……へへ、んなこと言われなくても伝わってるっつーの。まったく、俺が居なきゃダメなんだからよぉ。
「あとさっきの背中、お返しまだだから覚悟しといてね」
wait、waitwait
「……背中?」
エルナがゆっくりと、振り返る。……そういやこいつ、ドアの外であいつの悲鳴聞いてたよな……
「ケン少尉。艦長の、背中に、なにを?」
一言一句、区切るんじゃねぇ。俺の傍に、近づくんじゃねぇ!
「「「「…………」」」」
考えろ! いまこの状況から抜け出す、最善の一手を! そうだ、艦長に注目してもらっているうちに
「じゃ、僕は先に行ってるね~」
プシュー。
元凶が手を振って出ていった。俺の最善の一手ごと。
リーゼの目は路肩の虫を見る目で、ミラの目は、生まれて初めて俺を認識したかのような目で、ベアの目は、ようやく撃つ相手を見つけた目で。エルナの目は、もう何も言うまい。
へへ……
「俺はわるく――――(遺言)」
続けたい。