ソシャゲによくある主人公とめっちゃいっぱいの女子女性……すみっこに俺   作:帯電する者

2 / 2
女三人寄れば姦しい、なら男は?


昼②

 生還!

 

 結論から言うと、俺はまだ生きてる。ベアに襟首を掴まれて宙に浮いたところで、エルナが「艦内での私闘は規律違反です」と止めたからだ。

 助かったー、と思ったのも束の間。代わりに渡されたのは引導ではなく始末書三枚だった。罪状は「艦長に対する暴行の疑い」だってよ。疑いで三枚ってなんだよ。確定したら何枚になるんだよ。

 

 それはさておき、もう昼の時間だ。

 

 ゲロ箱の食堂は、艦のど真ん中にある。長テーブルが六つ並んでて、一番奥の大きなテーブルが言うまでもなく艦長の席。その周りを女性クルーがぐるっと囲む。当然、毎日だ。もはや食堂と言うよりは、艦長を中心にした一つの惑星系、アニタ系だな。

 

 うん? 俺の席はどこかって?

 そりゃあ当然、食堂のいちばん隅っこに決まってんだろ。換気ダクトの真下にある、四人掛けの小さなテーブルさ。

 

 通称男子テーブル、別名孤島。

 この艦の男性クルー、艦長を除いた全三名がここで飯を食う。

 

「おうケン、生きとったか」

 

 先に座ってたのは機関長の【グスタフ・ハーン】。白髪全開の髭面で、この艦の最年長。第三機関室の主である。歴戦の将軍みてぇな顔をしているせいで、俺たちを知らねぇヤツからは、よく艦長だと勘違いされてる。まあ無理もねえ。

 

「あぁ。まあ……なんとかな、おやっさん」

「ほっほ、そいつは重畳。だがその割に顔が引きつっておる」

「始末書、書けって言われたんだよ。三枚な」

「三枚程度で引きつっておるようじゃ、まだまだ青二才じゃのう。わしの若い頃なんて、上官の便所に爆竹仕込んで、十二枚じゃったぞ」

 

 何やってんだこのジジイ。

 

「ケンさん、大丈夫でしたか……?」

 

 その向かいでおずおずと声をかけてきたのは、整備兵の【ノア・マッカー】。十九歳の、この艦最年少だ。あのベアの部下、真面目で手先が器用で仕事ができる。ただ唯一の問題点があるとすれば。

 

「ブリーフィング、廊下まで聞こえてましたよ。ベアさんの『よし撃つ』って声が……」

「聞こえてたんなら助けに来いよ」

「無理です、というか代わってくださいよ。僕だってベアさんから『撃つ』って言われたいです」

 

 これだ。

 こいつ、よりにもよってベアに惚れてやがる。それもかなりの重症で。

 なんで惚れてるのか、一度だけ聞いたことがあったが……聞いたことを、俺は今でも後悔してる。

 

※以下、半年前の夜間当直中、俺が「ベアのどこがいいんだ?」と軽い気持ちで聞いた結果、ノアが語った内容の一(・)部(・)、抜粋である。

 

「どこって、そりゃ全部ですよ全部。まず強いじゃないですか。強いんですよあの人。主砲の予備砲弾を片手で一発ずつ、両手で二発ずつ同時に運ぶんですよ。規定では四人で運ぶやつをですよ。僕、初めて見たとき、あ……この人の為なら死ねるって思いました。いや本当に。

 それに撃つときの顔、普段はガハハって豪快に笑ってるじゃないですか。でも照準を覗いてる時だけ急に静かになるんですよ。目がすっと細くなって、息止めて、そこから一発。絶対に外さないんですよあの人。旧バーグ戦域での演習あったじゃないですか、三百キロ先の標的のど真ん中撃ち抜いたんですよ。それで撃った後に『よっしゃあ!!!』って。あのギャップですよ。分かります? 分かりますよね?

 あと手、手がいいんですよ。ゴツいんですけど、砲身の手入れをしてる時だけすごく丁寧なんです。布で一本ずつ、撫でるみたいに拭くんですよ。『こいつらはあたしの子どもだからな』って言いながら。子どもですよ? 主砲をですよ? もう尊いですよね、尊すぎるじゃないですか。

 それに声ですよ、声がデカいんですよ。艦内放送なしで艦橋から兵装区画まで届くんですよあの声。前に僕が整備でミスした時、廊下の向こうから『おいチビ!』って呼ばれて、怒られるのかと思ったら、頭をぐしゃぐしゃって撫でられて『次は気ぃつけろよ』って。それだけ。それだけなんですよ。それだけで僕はもうあの感覚が、頭を撫でられた感覚、声をかけられた感覚がずっと離れなくて。あと十年はこの艦にいられると思いました。

 チビって呼ばれるのもいいんですよ。名前で呼ばれたことないんです。一回もないです。でもそれがいいんですよ。いつか名前を呼ばれる日が来るかと思うと、それだけで毎日が色鮮やかにみえるんです。あと赤毛もいいですよね。戦闘の後、煤で顔真っ黒にして、髪もぐちゃぐちゃでいるんですよ。その状態で肉かじってるんです。最高じゃないですか。

 

 それから――」

 

※以上一部抜粋である。この後は「それから」が十七回続いた。

 俺は途中で考えるのをやめたが、ノアは数えるのをやめなかったらしい。翌朝、平然とした顔で「まだ十七個でしたね、昨日話したの」と報告してきた。

 

 当直は午前二時から五時まで。つまり三時間まるごとベアの話だった。前半と内容が被るわけでもなく、ただひたすらにベアのいいところだけを聞かされ続けた。その日のうちに、ノアと当直を被らせないよう勤務表の変更を申請した。

 

 エルナに却下された。「私的な理由による変更は認められません」ってよ。私的な理由じゃねぇ。精神的な被害だよ。

 

「……ノア、一応言っとくが、あいつの『撃つ』は比喩じゃねぇからな」

「そんなの僕が一番知ってます。だからいいんじゃないですか」

 

 ああ神様、どうかいるってんなら助けてくれ。こんな手遅れまみれのクルーが乗ってる船で働きたくねぇよ……

 

「で、昼飯は」

「いつものに決まっておろうに」

 

 テーブルの上に並んでいるのは、灰色のペースト。栄養補給用の標準レーションだ。見た目は、よく言ってセメント。味もよく言ってセメント。食感はたぶんセメントだ。誰が呼び始めたかは覚えてねぇが、ここでは正式にセメントって呼ばれてる。

 

「うまくないのう」

「美味しくはないですね」

「慣れた味だろ」

 

 三人で黙ってセメントを口に運ぶ。その視界の端で、奥のテーブルが見えた。

 

「艦長、今日のお弁当です♡」

「……栄養バランス完璧、です」

「肉! 肉食え肉!」

「艦長、本日の献立は規定に基づき、私が用意いたしました」

 

 弁当が四つ並んでる。リーゼのはハート形のおにぎり。ミラのは栄養素ごとに仕切られた、病院食みたいな几帳面なやつ。ベアのは肉、ただのでかい肉の塊。エルナのは、規定に基づいているらしい、妙に整った定食。

 

 艦長の前だけ、明らかに食文化が違う。

 

「わぁ~、どれも美味しそう。みんな、ありがとね」

 

 あいつは毎日、四つ全部食ってる。残さずに、完璧にだ。いったいあの細っこい体のどこに入ってるってんだ。

 

「ケンさん」

 

 ノアが、セメントのスプーンを止めて、奥をじっと見ていた。正確には、奥の肉を。

 

「あの肉、見てください。今日も完璧な焼き加減ですよ。表面の焦げ目、焦げ具合、均一です。たぶん強火で片面九十秒、返して六十秒。ベアさん、焼く時も撃つときと同じ顔するんですよ」

「なんで知ってんだよ」

「見てましたから」

 

 どこからだよ。

 

 換気ダクトがゴウンと鳴った。

 ここは食堂の隅っこ。アニタ系からは一番遠い場所。言うなりゃ冥王星。ああいや、そもそも認知すらされてない分、準惑星よりも扱いがひでぇな。

 

「そういや、ケン」

 

 ジジイが、セメントをすすりながら言った。

 

「推進剤の件、言うたらしいの」

「……誰から聞いた」

「艦長から直接、機関室に航路変更の連絡が来ての。『ケンが気付いてくれたから』とな」

「……あいつ」

「あの数字、わしも昨日の夜に見とったわい」

「なら、おやっさんが言やぁよかったろ」

「言うたことはあるんじゃよ。前の航海でな。『ご老体は心配性ですね』で終わりじゃった」

 

 ジジイは、セメントをすすって肩をすくめた。

 

「じゃが、お前の数字は艦長が拾う。わしの勘より、お前の計算の方が通るんじゃ。だから、お前が言うと思うて待っとった。言わんかったら、今朝わしが艦橋に乗り込んどったがの」

「……人任せかよ」

「信頼しとる、と言え」

 

 ジジイが、髭の奥でにやっと笑った。

 ノアが、なぜか目をキラキラさせてこっちを見てる。やめろ、その目はベアに向けとけ。

 

 ……まあ、悪い気はしねぇ。

 この隅っこにも、ちゃんと分かってる奴はいるってことだ。

 

「チビ!」

 

 食堂に、艦内放送いらずの声が響いた。ベアだ。

 

「午後は主砲の整備だ。食い終わったら来い」

「は、はいっ!!」

 

 ノアがセメントを一気に流し込んで立ち上がった。目が潤んでる。たぶん今、こいつの中で「呼ばれた回数」がひとつ増えた。

 

 入れ替わるように、テーブルの横にきっちりした影が立つ。

 

「ケン少尉。始末書は本日一五〇〇までに。それと」

 

 エルナが、端末をこちらに向けた。

 

「航路変更に伴う、補給計画の作成を。艦長のご(・)指(・)名(・)です」

 

 ……ご指名、のところだけ、やけに声が低かった。

 

 

 

 

 補給管理室。

 と言えば聞こえはいいが、実態は倉庫区画の奥にある、元・予備部品置き場だ。広さは俺の部屋とどっこいどっこい。ただし、機関室からは遠いから静かさは段違いだ。ここが俺の職場で、この艦で二番目に落ち着く場所でもある。

 

 椅子に座って、卓上の投影機を起動する。青白い光が立ち上がって、空中に星図が広がった。

 

 真ん中にゲロ箱。そこから伸びる赤い線が、今朝までの予定航路。第三宙域を一直線に突っ切る最短ルートだ。で、その横に緑の線が新しく引かれてる。第四宙域をぐるっと回りこんで、途中で補給拠点に立ち寄るルートだ。艦長が今朝、ブリーフィングで決めたやつだな。

 

「さて……」

 

 指で緑の線をなぞる。航路に沿って、数字が一斉に浮かび上がった。

 

 宇宙で船を動かすってのは、結局のところ「デルタV」の勘定だ。速度の変化量。加速するにも、減速するにも、向きを変えるにも、全部これを使う。で、デルタVを生むには推進剤を後ろに捨てるしかねぇ。この艦の場合、機関で反応させた重水素の残りカスを、ケツから全力で吐き出して進んでる。

 

 問題は、船って言うのは重けりゃ重いほど、同じだけ動かすのに推進剤を食うってことだ。しかも、推進剤そのものにも重さがある。つまり、推進剤を積めば積むほど船が重くなって、その重くなった分を動かすのにまた推進剤が要る。昔の誰かが式にしたらしいが、要するに「積みすぎると自分の重さで首が締まる」ってだけの話だ。

 

 だから補給計画ってのは、ただ足りないもんを積めばいいだけじゃ済まねぇ。何を積んで、何を削るか。一キロ単位の取捨選択だ。

 

「第四宙域……迂回距離が、プラス〇・八天文単位。減速二回、軌道修正一回……」

 

 ぶつぶつ呟きながら数字を叩く。このままだと、補給拠点に着く時点で推進剤の残りは三割を切る。拠点で満タンにしたとしても、帰りの分を考えると余裕がねぇ。

 星図を拡大する。第四宙域の真ん中に、でかい丸が一つ浮かんでた。

 

 ガス惑星【ヘルダ】。直径は地球の十一倍。濃い茶色の斑模様が、投影越しでもゆっくり渦を巻いてるのが分かる。

 

「……使えるな」

 

 スイングバイ。惑星の重力に船を引っかけて、ぐるっと回りこむときに惑星の公転の勢いを、ちょっとばかし分けてもらう。推進剤を使わずに、加速と方向転換が可能な、宇宙の数少ないタダ飯だ。

 

 ヘルダの公転方向と、補給拠点の位置。それから帰りの航路の角度。三つの数字をいじって線を引き直す。緑の線が、ヘルダの縁をなめるように大きく曲がった。

 

「よし」

 

 推進剤の消費、一割二分減。到着は予定よりさらに四時間遅れるが、半日遅れるって言ったのは艦長だし、誤差だ誤差。

 

 次は積荷だ。別ウィンドウで、各部署から上がってきた補給申請の一覧を開く。

 

【航路担当:リーゼ・ヴァルトハイム】

・航法用予備演算ユニット 一基

・香水 三瓶

 

 ……予備演算ユニットは通す。香水は、一瓶〇・二キロ。三瓶で〇・六キロ。まあ誤差だ、誤差の範疇だが腹が立つので一瓶にする。

 

【索敵担当:ミラ・クロイツ】

・長距離センサー用冷却材 四十リットル

・広域スキャナー交換部品 一式

 

 うーんまともだ。こいつの申請だけは中々にまともだ。あとは申請書の宛先の名前が書けるようになれば完璧だな。せめてケンくらいは書けや。全部通す。

 

【砲術担当:ベアトリクス・ドーラ】

・主砲予備砲弾 四十発

・副砲用弾薬 一式

・肉 できるだけ

 

 できるだけってなんだよ。

 

 主砲の予備砲弾は、一発二百四十キロ。四十発で九・六トン。これだけで推進剤の計算が全部ひっくり返る。……二十四発に削る。ヘルダで稼いだ分を、ほぼ全部持ってかれるが、背に腹は代えられねぇ。撃てない戦艦はただの重い箱だ。ゲロ箱なのは事実だが、ただの箱にまで落ちぶれるわけにはいかねぇ。

 肉は四十キロで切る。それ以上はセメントを減らす。どうせ俺らが食う分だし。

 

【副長:エルナ・シュタイン】

・規定用紙 二千枚

・艦長用茶葉(第一等級) 二キロ

 

 何に使うんだよこの紙の量。始末書か、始末書用なのか。

 茶葉はまあいい。わざわざ第一等級と書いてあるのはムカつくが、艦長なら俺にも分けてくれるしな。

 

【機関長:グスタフ・ハーン】

・第三機関用 冷却ポンプ交換部品 一式

・爆竹 一箱

 

 …………

 

 一通り削って*1、足して、もう一回デルタVを計算し直す。推進剤の残り、帰還時点で一割五分。戦闘機動が一回入っても、ぎりぎり帰れる。二回入ったら……そん時はそん時だ。艦長と何とかする。俺は今の道を、数字で舗装しておくだけでいい。

 

「よし、これで――」

 

 確定ボタンに指を伸ばしかけて、止まった。

 補給拠点のデータ欄。中継補給ステーション【ベルクハイム】。第四宙域の外縁にある、旧バーグ大戦時代からの古い拠点だ。在庫状況、ドックの空き、推進剤の備蓄量。全部ちゃんと、数字が入ってる。

 

 ただ一か所だけ。最終通信記録の日付が、三週間前で止まっていた。

 

「……」

 

 補給拠点ってのは、定期的に在庫データを艦隊ネットワークに上げる決まりになってる。普通は一日一回。サボったとしてもせいぜい三日に一回だ。

 

 三週間。

 旧バーグ戦域のすぐそば。

 ミラが今朝言っていた、レーダーの死角。

 

 ……嫌な予感がする。

 混沌領域に突っ込んだ時と、全く同じ種類の嫌な予感。

 血反吐とゲロの香りが、鼻につく。

 

 俺は確定ボタンから指を離して、代わりに通信用の端末を引き寄せた。宛先は艦長、ではなく、副長。

 規定ってやつは、こういう時のためにあるんだろ。なあ、エルナさん。

 

*1:
爆竹なんて論外




続けたい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。